15話 レイラは狩られた鳥を埋めるために森へ来ました。
狩り仲間を先に帰したマティアスは、
森の間の広々とした道の真ん中で
馬を止めました。
マティアスは、
狙いを定めたすべての標的に
命中させ、その瞬間は
いつものように刺激的だったので
今日の狩りも、
なかなか楽しかったと思いました。
しかし、それでも、このように
物足りなさを感じるのは、
おそらく、必死に逃げ回る
鳥一羽のせいだろうと思い、
小屋のある方向を見つめました。
彼の狩場に住む幼い少女は、
狩りが終わると、
わんわん泣きながら森に出て来て
死んだ鳥たちを埋めていました。
あまりにも
馬鹿馬鹿しいことだったので
覚えていました。
それならば、
もう幼くない女はどうだろうか?
その妙な興味を抱いたマティアスは
木の枝に座っている小鳥に
銃口を向けました。
銃声とともに、鳥は地面に落ちました。
マティアスは
獲物を置き去りにして
ゆっくりと馬を走らせました。
マティアスは、
続けて狙いを定めながら、
夕暮れの森に向かって進みました。
その道沿いに、一羽二羽と
血塗れの鳥たちが舞い降りました。
レイラは、穴を掘って
鳥を埋める度に、
このような悪趣味を持った
ヘルハルト公爵が
本当に嫌いだと思いました。
いつの間にか
汗に濡れた額を拭いながら、
レイラは喉元まで上がってきた
悲しみを飲み込みました。
もう終わりかと思ったら、
数メートル離れた所に
血塗れになった、
もう一羽の鳥が横たわっていました。
息を整えたレイラはシャベルを握って
そこに近づきました。
ビルおじさんも
食事のために狩りをするし、
レイラも家畜を飼っていたので
すべての殺生を非難したいという
気持ちはありませんでした。
しかし、ただ楽しむために
遠慮なく殺めて、
ぞんざいに投げ捨てることを
どのように理解すべきなのか
全く見当がつきませんでした。
レイラは長いため息をつきながら、
彼女の大好きなこの季節が
早く終わることを祈って
もう一羽、鳥を埋めました。
何か少しおかしいと思ったのは、
すでに森の奥深くに
入ってしまった後でした。
レイラは、
毎年鳥を埋めていましたが、
このように
規則的に続く墓を作った記憶は
ありませんでした。
というか、これは
まるで死んだ鳥が作った道のように
感じられたりもしました。
そろそろ引き返すべきだろうか。
レイラは不吉な予感に捕らわれて
立ち止まりました。
そして夕焼けの下の
低木の茂みの向こうで、
切株に座って自分を凝視している
ヘルハルト公爵を
レイラは発見しました。
頭の中が真っ白になったレイラが
ふらふらしている間に彼は
「こんにちは、レイラ」と
柔らかい声で挨拶をしました。
エリーゼ・フォン・ヘルハルトは
カードを下ろすと、
一緒に狩りに行った人たちは
皆、戻って来ているようなのに
マティアスは帰って来ていないと
言いました。
そろそろカードゲームも
退屈になって来たけれど、
マティアスが戻って来ないので、
食事を早めに始めることが
できませんでした。
クロディーヌは、
森を散歩して来ると聞いたと
先程のゲームで負けた人らしくない
華やかな笑顔で答えました。
意図的な敗北だったということを
よく知っている貴婦人たちは
ほほえましい笑みを浮かべたまま
クロディーヌを眺めました。
機転と礼儀、気品をすべて備えた
次期公爵夫人。
クロディーヌは、
皆の目に込められた思いを
誰よりもよく知っていました。
エリーゼは、
マティアスは、あの森が
本当に好きだと言って
軽く鐘を鳴らすと、
メイドたちがテーブルを
片付け始めました。
その後、退屈な貴婦人たちは、
おやつを楽しみながら
雑談を交わしました。
エリーゼはクロディーヌに
友達を招待して
パーティーを開いてみたらどうかと
提案しました。
その言葉に
クロディーヌの目が丸くなりました。
エリーゼは、
毎日、自分たちを相手にするのは
退屈だろうから、一度くらい
気分転換も必要ではないかと
主張しました。
クロディーヌが、
そんなことはないと否定すると、
エリーゼは、
冗談だと言って笑いました。
エリーゼは、
婚約を控えた息子を持つ母親とは
思えないほど、若くて美しく
マティアスによく似ていました。
しかし、一世を風靡し
全帝国の賛辞を受けた
美しいエリーゼも
夫の愛を独り占めすることは
できませんでした。
それを考えると、クロディーヌは
愛に執着する女性たちのことが
さらに滑稽に感じられました。
先代のヘルハルト公爵も
愛人がいましたが、
私生児で愚かな後継者争いを
起こすことなく、
愛し合っていなくても、
ヘルハルト公爵夫妻はお互いを尊重し
任務に忠実でした。
クロディーヌが
マティアスに望んでいるような
無意味な希望と欲で
お互いを蝕むことがない
清々しい家族でした。
エリーゼは、
負担に思うことはない。
予行演習だと思えばいい。
久しぶりに若い人たちで
屋敷が賑わったら、
自分たちも楽しくなる。
皆、そう思わないかと尋ねました。
まず、ブラント伯爵夫人が、
エリーゼは、
本当に寛大で思いやりがあると
賛辞を送りました。
まもなく他の貴婦人たちも
若干、誇張された称賛の言葉を
並べ立てました。
クロディーヌはうつむいたまま
恥ずかしそうな笑みを浮かべ
招待したい友人たちの名前を
考えていましたが、
日が沈む庭の向こうの森に
視線を移すと、
あの森に住むかわいそうな
孤児のことを思い出しました。
本当に礼儀正しくて、
自分の身の程もよく分かって
行動しているのに、
本当に不思議なほど
生意気に感じられる子でした。
クロディーヌは、
レイラを招待しても大丈夫かと
尋ねると、貴婦人たちは
眉を顰めました。
まさか庭師が育てている
孤児のことかと聞かれると、
クロディーヌは
その子だと答えました。
困ったブラント伯爵夫人は
クロディーヌの顔色を窺いましたが
彼女は平然としていました。
クロディーヌは、
あの、可哀想な子は、
一度も格式あるパーティーに
参加したことがないので
彼女に良い思い出を一つ
プレゼントしたいと、
淑女らしい礼儀と品位を失うことなく
言いました。
公爵家の老婦人カタリーナも
その言葉も一理あると言って
微笑みました。
クロディーヌは、
好きにするようにと言われました。
レイラは、鳥を葬りながら
歩いてきた道を振り返りました。
そして再び彼を見た時、
「狂人」と結論を下しました。
血塗れの手袋をはめた
レイラの手から冷や汗が流れ
怒りの入り混じった恐ろしさで
胸が張り裂けそうなくらい
ドキドキしました。
ようやく、
逃げなければならないという
考えが浮かび、
レイラは背を向けようとしました。
しかし、マティアスは
落ち着いた表情で、
歌を口ずさむように、
レイラを呼びました。
レイラは、
手に持ったシャベルを杖にして
姿勢を正しました。
唇を固く閉じて
両足に力を入れました。
逃げても無駄。
その気になれば、公爵は
いくらでも
自分を捕まえられるという
事実を認識すると、レイラは
むしろ、頭の中がすっきりしました。
頭を下げて挨拶したレイラは
震える目を上げ、
彼の視線に向き合いました。
マティアスは、レイラに
続けて。
お前の仕事をしなければならないと
指示しました。
彼が目で差した茂みのほとりに
最後の獲物のような鳥が
横たわっていました。
血まみれになった鳥の足首には
赤い糸が結ばれていました。
去年孵化した千鳥の子たちに
レイラが結んだ糸でした。
遠い南の国で
冬を過ごして帰ってきた鳥は、
あの男の、
ちょっとした楽しみのために
生まれた所で命を失いました。
レイラは何も言わずに
穴を掘って鳥を埋めました。
マティアスは、
その糸はお前が結んだのかと
尋ねました。
レイラが「はい」と答えると、
彼は、その理由を尋ねました。
レイラは、土をかぶせながら、
去って行った渡り鳥が
また戻って来るか、
調べてみたかった。
このような再会を
望んでいたわけでは
なかったけれどと答えました。
ヘルハルト公爵は、
非難でもしたいのかと尋ねると
微かに嘲笑しました。
レイラは、
「いいえ」とは言えないと
答えました。
彼は僅かに眉を顰めながら
何か問題でもあるのか。
自分の領地の、自分の猟場で、
自分の鳥を狩っただけなのにと
反論しました。
レイラの頭の中で、
ビルおじさんのことを
考えてという命令が
鳴り響いているにもかかわらず、
レイラは、
鳥たちにとってはただの森。
生まれ育った住処。
とても遠いところまで行っても
また戻って来たい所だと
口にしてしまいました。
マティアスは、
自分が鳥の心まで
知らなければならないのかと
尋ねました。
レイラは、
そうではないけれど、
ここまで残忍な狩りをする
必要はないのではないかと
答えました。
その言葉を口にするために、レイラは
ここの住所が書かれた紙を一枚持って
列車に乗った時より、
さらに大きな勇気を出さなければ
なりませんでした。
遅ればせながら
後悔が押し寄せてきましたが、
公爵はいかなる怒りや不快感も
示しませんでした。
その妙な静けさに、さらにレイラは
息が詰まりました。
マティアスは、
鳥の心をよく知っている
レイラ・ルウェリンは、
一体、狩りを何だと思っているのか。
優しい狩りでもして欲しいのかと
尋ねると嘲笑いました。
レイラは侮辱に耐えながら、
差し出がましい話をしたことと
無礼を働いたことを謝りました。
しかし、マティアスはレイラに
鳥が、そんなに好きな理由を
尋ねました。
レイラは、
公爵にとって、
あまり興味深い話ではないと思うと
返事をすると、
これ以上彼を見たくなくて
目を伏せました。
公爵は何も言いませんでした。
そして、自分の仕事を終えたので、
この辺で失礼すると言って
レイラは深く頭を下げました。
彼は黙ったままでした。
ほっとしたレイラは
一歩を踏み出すと、
冷たい銃声が鳴り響きました。
レイラは青ざめた顔で振り返ると
公爵は木の先に向けた銃を下ろし
彼女をじっと見ていました。
彼とレイラの間には
もう一羽の血まみれの鳥がいました。
公爵は何事もなかったかのように
木の根元に腰を下ろすと、
どうしよう。
まだお前の仕事は
終わっていないようだと言いました。
母親のようにはなりたくない。
愛に執着する女性は滑稽だ。
マティアスとは、
お互いを尊重し合い、
任務に忠実な夫婦になるという
クロディーヌの、サバサバした考え。
子どもの頃から
マティアスと結婚すべく育てられ
親が敷いたレールの上から
外れることが許されない彼女の
ささやかな抵抗なのではないかと
思いました。
自分の自由に生きられない
クロディーヌは
自由を満喫しているレイラを
心のどこかで羨ましく思っていて
しかも、そのレイラにマティアスが
惹かれているかもしれないと思うと
何となく心が落ち着かなくて、
レイラに意地悪をすることで
彼女に自分の優位性を
知らしめようとしているのではないかと
思いました。
一方のマティアスも、
レイラを自分の所へ来させる手段が
あまりにも酷すぎる。
こんなことをしても、
レイラの気持ちがマティアスに
向くとは思えないです。
問題な王子様は、
何かにつけてビョルンが
エルナを助けてあげているので
まだ安心していられましたが、
こちらのお話は、気が滅入る一方です。