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23話 光の橋の先で、エルナはビョルンを待っていました。
2人を乗せた馬車は、
静かな川辺で止まりました。
御者は気を利かせて
持ち場を離れることで、
自分の役目を果たしました。
2人だけになった馬車の中は、
濃い沈黙が漂っていました。
エルナは馬車の窓に張り付いたまま
遠ざかって行く御者の後ろ姿を
見つめました。
彼の姿が見えなくなっても、
気軽に視線を戻すことが
できませんでした。
どんな言葉を、
どのように話し始めるのが
良いだろうか。
エルナは固まったまま、
じっくり考えました、
一日中、練習して来たセリフが
全て飛んでしまいました。
残ったものと言えば、
再び、馬鹿みたいに慌てふためく姿と
胸が張り裂けそうなくらい速くなった
心臓の鼓動でした。
エルナの自己恥辱感が強まると同時に
夕焼けも濃くなりました。
じっとエルナを見つめていた王子は
話すようにと、
エルナに淡々と命じました。
そして、
このように無計画に待っていたのは
どうしても、
やらなければならないことが
あったからではないかと尋ねました。
的を得た質問に、
エルナの肩は縮こまりました。
真っ赤になっているに違いない顔を
隠してくれる夕日に
感謝したくなりました。
エルナは、
こっそりハルディ家を抜け出して
駅馬車に乗る時まで、
自信がありました。
服を返して、あの日のことを謝罪し
借金を返すと確約する。
これらを一つずつ思い返しましたが
いざ、ビョルンに向き合うと、
目の前が真っ暗になりました。
気を引き締めたエルナは、
まず、これをお返しすると告げると
足元に置いておいた
大きな箱を差し出しました。
あの夜、王子が肩に掛けてくれた
イブニングコートでした。
手入れの行き届いた
自分の服を見たビョルンは、
軽く笑いました。
ビョルンは、
ハルディ家に、このようなお使いを
代わりにしてくれる使用人が
一人もいないわけではないだろうと
聞くと、エルナは
自分が直接、返したかったと
答えました。
ビョルンが、その理由を尋ねると
じっと見つめる彼の目が
負担になったエルナは、
そっと目を伏せて、
自分を助けてくれたことへの
お礼を言い、自分のせいで
王子が濡れ衣を着せられたことを
謝りました。
そして、自分が
ハインツさんを傷つけたのに、
王子様の仕業だという
間違った噂が広まって・・・と
言い始めると、
ビョルンはエルナの言葉を遮り
噂ではないと告げました。
その言葉が理解できなかったエルナは
さっと顔を上げました。
帽子を飾った色とりどりの造花が
ゆらゆらと揺れました。
ビョルンは興味津々の目で
改めて彼女をじっくり観察しました。
桜色のドレスと白いレース、
色々な花とリボンを
たくさんつけて飾ったエルナは、
ウェディングケーキのように
見えました。
ビョルンは、
自分が殴ったと打ち明けました。
エルナは気絶しそうに驚きながら
その理由を尋ねました。
ビョルンは、
そのエルナの反応が面白くて
殴られるのに値したからと
少し意地悪く答えました。
そして、
ハルディさんに殴られて
できた傷より、
自分が作った傷の方が10倍多い。
だから厳密に言えば
濡れ衣ではないと説明しました。
エルナは、
王子が怪我をしなかったかと
深刻に心配をしました。
その言葉に、ビョルンは笑い出し、
自分を暴行した女性が、こんなに
自分の心配をしてくれるなんて
意外だと言いました。
暴行と言われたエルナは、
あの日のことは、王子様が・・・
と反論しかけましたが、
ビョルンは、大丈夫だと言って
さらに穏やかな笑みを浮かべました。
そして、
エルナがボーッとしている間に、
ビョルンは、
噂は濡れ衣ではないので、
これ以上のお礼や謝罪は必要ない。
この件は、
これで片が付いたと思うと言うと、
他に言いたいことが残っているかと
尋ねました。
エルナは、残っていると答えると
慌てて籠から何かを取り出しました。
それが鈴蘭だと気づくと、
ビョルンの目が暗くなりました。
彼は、
まさか花でも売りに来たのかと
尋ねました。
エルナは首を横に振り、
売るつもりだけれど、王子様に
売ろうとしているわけではない。
これを売って
王子様のトロフィー代を弁償すると
どもりながら説明しました。
可愛らしい挑発というには
あまりにも真面目な態度でした。
ビョルンは、
ハルディさんが直接造花を売るのかと
尋ねました。
エルナは、
以前からやっていたので、
うまくできる。
これも自分が作った造花だと言って
もう一度スズランを差し出しました。
青いリボンで飾られた造花は、
一見、生花のように見えるほど
繊細で精巧でした。
ビョルンがそれを受け取ると、
エルナは、ようやく
安堵の表情を浮かべました。
ビョルンが、
随分、上手だと褒めると、
エルナはお礼を言い、
実はペントさんも、
同じことを言ってくれたと、
ビョルンが嘲笑うように
皮肉ったにもかかわらず
エルナはあどけなく喜びました。
ビョルンは呆れて失笑しました。
そして、ペント氏のことを聞くと、
エルナはデパートにある
帽子屋の主人で、
自分が作った造花を
買ってくれることになったと
答えました。
そして、ますます分からない話をする
エルナを混乱の目で見ている
ビョルンに、
どうやってお金を稼いで
トロフィー代を弁償するのか、
エルナは詳細な計画を伝えました。
ビョルンは
スズランを軽く振りながら
これを売って、
トロフィー代を返すのか、
自分が棺桶に入る前に
借金を全部返すことは可能なのかと
尋ねました。
エルナは、もちろん
長い時間がかかるだろうけれど
自分の造花は、
王子様が思っているより高く売れると
答えました。
プライドが傷ついたのか
エルナは怒っていました。
小心者で臆病なようだけれど、
自分の言うことは、しっかり言う
不思議な女でした。
エルナは、
自慢するようで恥ずかしいけれど
自分は本当に上手に造花を作れる。
自分は花が好きだと言いました。
ビョルンは、
確かにそう見えると言って
帽子とドレスの
あちこちに付いている造花を
6つまで数えると爆笑しました。
非現実的な紫色の中で、
非現実的な話を
ぺちゃくちゃ喋る女を、
ビョルンは、
晴れた夏の日の夕方のように
美しいと思いました。
ビョルンは、
ハルディさんの好きなようにしてと
上の空で答えました。
どうせ、この女性にトロフィー代を
返してもらう気などないので、
何をどうしようと
構わないということでした。
彼女はただ、
その負債に耐え切れず、
自分の船に乗り、
勝利と賭け金を与えた後、
消えてくれれば良い存在に
過ぎませんでした。
造花の商売をするハルディ家の娘に
注がれる悪評と嘲笑を、
あえて気にする理由がないという
意味でした。
エルナは、とても喜び、
ビョルンが理解してくれたことに
何度もお礼を言いました。
赤く染まった両頬が、
今日という日が残した最後の光の中で
きらりと輝きました。
鈴蘭を返そうとするビョルンに、
約束の証として、
それをプレゼントすると言いました。
ビョルンが当惑しても
エルナは明るく笑いました。
彼に差し出した花に似た笑いでした。

駅馬車の停留所からハルディ家まで
休まず走ったおかげで、
エルナは夕食前に
帰宅することができました。
消えたエルナのせいで
地団太を踏んでいたリサは
喜びながら、どこにいたのかと
叫びました。
エルナは椅子に倒れるように座り、
苦しい息を吐きながら、リサに謝り、
少し散歩に行って来たと。
嘘をつきました。
ビョルン王子を嫌っているリサに
真実を話す気になれませんでした。
幸いリサは、
それ以上のことを聞くことなく、
自分の仕事にだけ熱中しました。
エルナはドレスを着替えて
髪をブラッシングする間、
少しウキウキしながら、
今晩の出来事を振り返りました。
計画したことを全て
成功させたかと思うと
胸がいっぱいになりました。
見知らぬ都市に
なかなか適応できなくて
心が落ち着かないけれど、
少なくとも役に立たない馬鹿に
転落しなかったので安堵しました。
また、王子が
造花を褒めてくれたことを
何よりも嬉しく思いました。
一番きれいに作ることができて
大事にしていた鈴蘭を
彼にプレゼントしたのは
そのためでした。
王子が造花を
ブトニエールに使ってくれたら、
とても満足するような気がしました。
評判を元に結論を出せば、
彼は悪い人だけれど、
少なくともエルナにとって
彼は優しい人あることを
彼女は素直に
受け入れることにしました。

約束より1時間も遅れて現れた
ビョルンを見たレオニードは、
こんなに遅れた理由を尋ねました。
読んでいた本を置く動作からも
不満そうな気配が感じられました。
時計をチラッと見たビョルンは
何事もなかったかのように笑いながら
レオニードの向かい側に座ると
思いもよらないことが一つあったと
答えました。
レオニードは、
何があったのかと尋ねると
ビョルンはニコニコしながら
プライバシーと
厚かましい返事をしました。
夕食の準備ができたことを
執事が知らせに来たので、
レオニードが立ち上がろうとすると
ビョルンが造花を持っていたので
眉を顰めて、
それは何かと尋ねました。
ビョルンは、ようやく自分が
何を握っているのかを
悟った顔をしました。
その造花が
グレディスが愛した鈴蘭であることに
気づいたレオニードは、冷たい表情で
まさか彼女に会ったのかと尋ねました。
手に持った花を見下ろしていた
ビョルンは、さりげなく
それを灰皿に投げ入れました。
純白の小さな花は、
すぐにタバコの灰で汚れました。
ビョルンは
「行こう」と言うと、
軽やかな足取りで
先に歩き始めました。
捨てた花のことなど
覚えていないように、
いつもと少しも変わらない
様子でした。
不審な目で見るレオニードに、
ビョルンは、遅れた代わりに
ゲームは手加減すると提案しました。
夕食後、
ビリヤードをする約束を
思い出したレオニードは
鼻で笑いました。
レオニードは、
下手な人が上手な人に
言うようなことではないと思うと
非難すると、ビョルンは、
確かに、ビリヤードは
殿下の特技だったと言って笑いました。
「あの子をよく見て」という
母親からの密かな頼みを
思い出しながら、レオニードは
注意深くビョルンを観察しました。
特に問題になるような何かを
見つけるのは困難でした。
一つだけ確かなことは、
グレディスに対する未練が
全くないということでした。
一安心したレオニードは、
軽快に一歩を踏み出し、
ビョルンに近づきました。
2人の兄弟は、
しばらく長い廊下を並んで歩き
夕食が用意されたテラスに
到着しました。
食卓に向かい合った2人の間に
涼しい風が吹いて来ました。
甘い花の香りでいっぱいの
シュベリン宮の夏の夜は、
一幅の絵のように静かでした。
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ビョルンの態度に
腹が立ってきますが
後のお話で、
あの時は、実はああだったと
ビョルンが自分の感情を
解析するので、怒るのは
半分くらいにしておきます(笑)
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