17話 レイラはクロディーヌからパーティーの招待状をもらいました。
レイラが公爵邸のパーティーに
招待されたという噂は、
すぐにアルビスの使用人の間に
広まりました。
皆、戸惑っていましたが、
アルビスで長く働いている使用人なら
ブラント家の令嬢が、
可哀想なレイラを自分の犬ころのように
扱っていることを知っているので
最後には舌打ちしました。
その話を聞いた料理人のモナ夫人は、
その日の午後、
すぐに小屋に駆けつけました。
彼女は、
ここだけの話だけれど、
貴族の人たちは、なぜ、皆、
そんなに意地悪なのか分からない。
配慮だなんて、
いいことを言っているけれど、
そのような場で、あの子が
どれほど気後れすることかと
怒りました。
ビルは、
レイラがそんなことで
気後れする子供なのか。
しばらく顔を出してくれば
いいのではないかと言うと、
モナ夫人は、
男というものは、
こんなに何も知らないと、
目を細めて嘆きました。
モナ夫人は、この機会に、
きれいに着飾ったレイラの美貌で、
貴族のお嬢さんたちの
鼻っ柱をへし折ってやろうと
提案しました。
ビルは、何もそこまで・・・と
反論しましたが、モナ夫人は、
まさかビルは、レイラに制服を着せて
パーティーに行かせることでも
考えていたのかと抗議すると
ビルは当惑した表情で、
制服の何がどうしたのかと
聞き返しました。
モナ夫人は舌打ちをして
首を横に振りました。
モナ夫人は、
これだけ長い年月が経ったので
もう娘も育てることも
できるはずではないかと尋ねました。
ビルは、
娘だなんて、
あの子をどこへ行かせようかと
考えているうちに・・・と
反論すると、モナ夫人は、
レイラを嫁に出す日も、
孫を抱いても、
棺桶に横になっても、
ビルは同じことを考えるだろうと
非難しました。
すると、ビルは、
あんなに幼い子を嫁に出すなんて
とんでもないことを言うと
カッとなりました。
モナ夫人が、
そんなことを言いながら
娘ではないと言うなんて、
本当に分かっていないとぼやくと
ビルは、
余計なことを言うなら帰れと
言いました。
するとモナ夫人は、命令口調で、
あの子に、
サプライズプレゼントとして
きれいなドレスを一着買おう。
あの子も女だから、
どれだけ喜ぶことか。
レイラは、そんなことを
要求する子ではないし、
ビルもやってくれないので、
ドレス代をくれたら
自分が代わりに、それを準備すると
言いました。
ビルは、
それならそうしてくださいと
ブツブツ言いながらも、
お金の入った袋を持ってきました。
銀行を信用できない彼は、
いつもお金を、
その袋に貯めていました。
モナ夫人が、
ドレスはもちろん、靴代まで
受け取った頃に、
レイラが帰って来ました。
二人は、
慌てて取引の痕跡を隠しました。
レイラはお茶を勧めましたが、
モナ夫人は手を振りながら
小屋を出ました。
その間にビルは
袋を尻の下にうまく隠しました。
レイラは、
最近、モナ夫人に、
木に登る姿を見つかっていないけれど
また自分のことで
小言を言われたのかと
心配そうに尋ねました。
ビルはそれを否定し
余計な心配をするなと返事をしました。
それなら良かったと
にっこり笑ったレイラは
帽子を脱いだ後、
椅子に深く腰を下ろしました。
今夏、毎日のようにかぶっている
レイラの麦わら帽子を見る度に、
ビルはこの上なく満足しました。
きれいなドレスを着せれば、
何倍も満足するだろうと思うと、
モナ夫人に取られたお金が
惜しくありませんでした。
ビルはレイラに、
公爵邸のパーティーについて
どうするつもりなのかと尋ねました。
レイラは、少し立ち寄って
顔だけ出して帰るつもり。
エトマン博士の家も
招待されたというので、
カイルと一緒に行くことにしたと
答えました。
カイルの名前を聞いて
ビルは安堵しました。
食糧を食い荒らす小僧だけれど
彼は信用できるからでした。
ビルは、
それでも、着て行く服など、
必要なものがあるのではないかと
尋ねました。
レイラは、
大丈夫だと答えて笑いましたが
それは、レイラが幼い頃から
ずっと見せてきた、
とても晴れやかだけれど、
ビルを不快にさせた笑いでした。
ビルは、
大丈夫なのか。
制服でも着て行くつもりかと
尋ねると、レイラは
それも悪くないと答えて
クスクス笑いました。
その顔が、あまりにも平気そうなので
ビルは、改めて、自分が本当に
娘を育てる方法を知らなかったのかと
悩み始めました。
しかし、首を横に振り、
「いや、違う、娘だなんて」と
ブツブツ独り言を言いました。
レイラは当惑した表情で彼を見ました。
ビルは、レイラの眼鏡を見ると、
また心苦しくなりました。
レイラが
できるだけ迷惑をかけないように、
世話にならないようにと
必死になっているのを
よく知っていたからでした。
けれども、
どう慰めればいいのか分からず、
いつも無愛想な言葉ばかり
吐いてしまいました。
とにかく、
多少過激ではあったけれど
モナ夫人は、
なかなか立派な仕事をしてくれた
という考えは
ますます強くなりました。
それでも、ビルは
もう一度勇気を出しましたが
「かなり暑い」と
くだらないことを
言ってしまいました。
ビルは、そんな自分が滑稽で、
訳もなく咳払いばかりしました。
レイラは大声で笑うと、
椅子の肘掛に置かれた彼の手を
そっと握りました。
不機嫌そうな顔をしながらも
ビルはその手を振り払うことが
できませんでした。
レイラはにっこり微笑みました。
きれいに笑う子でした。
レイラは目が覚めると、
横になったまま、
ゆっくりと辺りを見回しました。
見慣れた天井などを見て、
自分の部屋だと分かると
安堵のため息が漏れました。
レイラは、
この世に一人残されて
親戚の家を転々としていた頃の
悪夢を見ました。
ビルおじさんに会う前までは
毎日が、悪夢の繰り返しのような
ものだったけれど
水に対する恐怖を植え付けた
あの家に留まっていた頃のことは
特に深く鮮明に残っていました。
酔っ払った日、
おじは全てをレイラのせいにして
彼女に怒りを表しました。
しらふの時は、
小心者で静かな男でしたが
週に5日ぐらいは酒に酔っていました。
賭博場でお金を失った日は、
さらに凶暴になり、
レイラに罵声を浴びせ、
鞭で打ちました。
彼が嫌いで憎かったけれど
他に行く所がないので、
レイラは、ただ我慢しました。
彼女は片時も休まず家事を手伝い
食事も少しだけ。
隅に置かれた物のように
おとなしく過ごしました。
それでも、その家から
追い出されることになった日
おばから、
クッキーの入った紙袋を
渡されました。
痣ができたおばの顔を
じっと見ていたレイラは、
頷いて、それを受け取りました。
次に世話になる
親戚の家に向かう駅馬車の中で
レイラはチョコレートクッキーを
一つ取り出して食べました。
本当においしくて悲しくなりました。
でもレイラは泣きませんでした。
目的地に向かう道中、
いい子のように笑う練習をしました。
泣きたくなればなるほど
明るく笑いました。
泣く孤児が好きな人は
この世に誰もいないからでした。
何度も追い出されることを
繰り返しているうちに、
レイラは、ますます
よく笑うようになりました。
しかし、国境を越えて、
このベルクまで一人で
来なければならなかった日には、
それがうまくいきませんでした。
手に持った住所一つが
最後の希望だということ。
今回も捨てられたら、
孤児院に行く羽目になるということを
知っていたからでした。
それでも、
最善を尽くして笑ったあの日。
温情と憐憫が込められた
ビルおじさんの目に向き合った瞬間。
この部屋の敷居を越えた第一歩を
レイラは依然として
忘れられませんでした。
再び家族を、
帰りたい家を持つようになった
あの日のことを、おそらく
永遠に忘れることはない。
だから全て大丈夫だと
自らを慰めたレイラは、
ベッドを抜け出しました。
公爵邸のパーティーは今夜。
平気と言えば嘘になるけれど、
いつまでも、
悩みたくありませんでした。
勇ましく出席して、
静かに滞在してから帰ればいい。
ビルおじさんと
この温かい小屋のためなら
レイラが喜んで
何でもできるということを
クロディーヌは知りませんでした。
レイラは急いで顔を洗って着替え
力強く扉を開けると
仕事の支度を終えたビルおじさんに
満面の笑みで近づき、
一緒に行こうと声をかけました。
午後になると、邸宅は
客を迎える準備を終え、
あとは、日が暮れて
華やかなパーティーが始まるのを
待つばかりとなっていました。
マティアスはイブニングコートを着て
ドレスルームを出ました。
髪を上げて額と眉を見せると、
彼の印象は
もう少し冷たくなりました。
執事のヘッセンは、
指示通りにうまくいったと
静かに報告しました。
マティアスは、片方の眉を
軽く吊り上げながら振り向きました。
ヘッセンは、
一時間ほど前に出発したそうなので
準備された物は
今頃、きちんと届いているはずだと
伝えました。
マティアスは軽く微笑みながら、
ヘッセンを労いました。
クロディーヌが、
レイラをパーティーに
招待したという知らせは、
慈悲と親切を施す心優しいお嬢さんを
称賛するような形で
母親から伝えられました。
みすぼらしい姿で現れるレイラに
思いきり憐憫と同情を注ぐ
クロディーヌ。
じっとしていれば、
かなり面白い見物を
することになるので、
マティアスは、
あえて反対しませんでした。
レイラ・ルウェリンのどんな面が
クロディーヌを刺激するのか、
マティアスは、
よく分かる気がしました。
確かに、気に障る女の子だし、
彼女のプライドを傷つけるのは
結構、楽しいことでした。
しかし、マティアスは、
クロディーヌが何を望んでいるのか
知っていたので、
それを渡したくありませんでした。
その楽しみは、
マティアスのものであるべきで
自分のものを他人と分け合う方法を
彼は知りませんでした。
ヘッセンは、
ビルの代わりに
料理人が準備したプレゼントが
入っている箱を指差しながら、
あれをどうすればいいかと
尋ねました。
今日、ビルの小屋に
配達される予定だったそのプレゼントは
ヘッセンを通じてここに運ばれ、
ヘッセンを通じて準備した品物が
ビルのプレゼントに変わって
小屋に送られました。
マティアスは「捨てろ」と
淡々と命令しました。
今回は、
ビルおじさんとモナ夫人の
密かな反撃があったので、
良かったと思っていたら、
まさか、マティアスが
自分の邪な満足感を得るために
ビルとモナ夫人の好意を
無駄にするなんて
マティアスの馬鹿!
でも、ビルは、モナ夫人が
どんなドレスを買ったのか
見ていないと思うので、
モナ夫人が、
ドレス姿のレイラを見ることなく
ドレスが取り替えられたことに
2人が気づかないで済む展開を
望みます。
マティアスにドレスを
変えられてしまったけれど、
レイラがカイルにエスコートされて
パーティーに参加できるのは
良かったです。
今更なのですが、
アルビスの使用人たちは、
レイラに対して好意的なのに、
クロディーヌが
最初にレイラを呼び出して、
彼女をお風呂に入れたり、
金貨を渡したメイドが意地悪なのが
不思議だったのですが、
ふと、あのメイドは
アルビスのメイドではなく、
クロディーヌの家の
メイドなのではないかと思い
マンガを見直したところ、
このメイドと
アルビスのメイドの制服が
違っていることを発見しました。
原作でも、ただメイドとしか
書かれていないので
確信できませんが、
たぶん、そうなのではないかと
思います。
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いつも、たくさんのコメントを
ありがとうございます。
ぺこちゃん様
この気が滅入る話を
明るく楽しむためには、
逆境の中でも、
ひたすら前向きに生きようとする
レイラや、
彼女の周りにいる心優しい人々に
できるだけ、焦点を当てると
良いのではないかと思います。
そうはいっても、
マティアスとクロディーヌの腹黒さに
ついつい目が行ってしまいますが・・・
私の場合、
気が滅入ってドヨ~ンとした時は、
元気になれそうな音楽を
聞くことにしています。
いよいよ、明日で私の正月休みは
終わりですが、
更新できるよう頑張ります。