956話 外伝65話 ラティルとザイシンの話を盗み聞ぎした百花は、どうするのでしょうか?
◇百花と狂犬◇
大神官は、
普段は一抹の羞恥心もなく
行動しているのに、
どうして、こんな時にだけ
無駄に正直なのか。
百花は呆れて、ため息をつきました。
クーベルは
百花が話を盗み聞きするのを防ごうと
最善を尽くして、もがきましたが、
平凡な神官である彼が
聖騎士団長に対抗するのは困難でした。
百花は、十分、話を聞いた後、
抑え込んでいたクーベルを放して、
廊下へ歩いて行きました。
しかし、彼の心は、
すでに干からびた魚のように
変わっていました。
百花は、欄干をギュッと握ると
目を閉じました。
彼は大神官の美しい容貌と
神聖ながらも禁欲的な雰囲気。
そしてロードである皇帝と
大神官の関係などが、
神殿を復興させる鍵だと
確信していました。
そして、彼は、
これまで一線を越えないようにして
大神官を助けて来ました。
しかし、大神官だけを信じて
このように過ごしていれば
神殿復興は不可能に見えました。
自分が前に出なければならない。
百花は、
しばらく物思いに耽りながら
ハーレムの中の遊歩道を
ゆっくり歩きました。
子供たちが集まって遊んでいる
プレイルームの近くを通り過ぎる時、
彼はついに、
うってつけの人を一人見つけて
立ち止まりました。
百花は、彼らと距離を空けると
通りすがりの宮廷人たちに
いくつかのことを囁きました。
それから40分程、経った頃。
カルレインは、
砂の中を転げ回ったせいで
服を台無しにした子供を抱き上げると
デーモンに、
皇子を風呂に入れる準備をするようにと
指示しました。
デーモンは、
どうせお風呂に入っても、
すぐに汚れるので、
そのまま汚いままにしておこうと
言うと、
周囲の乳母たちは驚きました。
しかし、長生きしている
吸血鬼のデーモンは、
彼女たちが驚く理由を
理解できませんでした。
カルレインが
「準備しておけ」と指示すると、
デーモンは渋々、
先に住居に戻りました。
カルレインは、
王子の服に付いた砂を払いながら
ゆっくり、その後を進みました。
ところが、歩いている途中、
それでは、クライン皇子を
捕まえに来たのだろうか。
と遠くから囁く声が
聞こえて来ました。
カルレインは立ち止まって
囁いている人たちを見ました。
彼のいる場所から
かなり離れていました。
ひそひそと話す宮廷関係者たちは
カルレインがじっと見つめても
彼の視線すら感じなかったので
当然、彼が、
自分たちの話を聞いているとは
思いもせず、
安心して話していました。
クライン皇子は
カリセンの皇子なのだから、
まさか捕まえるわけがないだろう。
でも怪物を脱走させようとして
捕まったらしい。
成功しなかったではないか。
皇帝が保護するか、カリセン皇帝が、
出て来るかもしれない。
自分は、火の粉が自分たちに
飛んで来るのではないかと心配だ。
だから百花卿も、しばらく行動に
気をつけなければならないと
言ったのだろう。
その後も、彼らの会話は
続きました。
百花は、宮廷人たちに
異端審問官の話をしながら、
訳もなく、
そちらに絡まらないよう
気をつけて歩き回れと
頼んだようでした。
カルレインは
手すりを軽く叩きながら
立っていましたが、
皇子が髪の毛を引っ張ると
我に返りました。
その汚い手で髪を引っ張るなと
注意すると、カルレインは、
慎重に、砂だらけの赤ちゃんの手を
つかみました。
皇子は、それでも笑いながら
カルレインの顔をつかもうとしました。
彼は皇子を自分から離して抱えながら、
自分の住居へ歩いて行きました。
デーモンと一緒に
王子をお風呂に入れたカルレインは
赤ちゃんに
子守唄を歌ってあげました。
赤ちゃんが人形を抱きしめて眠ると
その時になって、
ようやくカルレインは気づいて
表情を固めました。
「クライン、あいつだったのか」と
呟くカルレインを、
デーモンは全く理解できなかったので
彼を変な目で見ました。
赤ちゃんを寝かせてから、
なぜ急にクラインの話をするのか。
デーモンは宮廷の仕事に
関心がなかったので、
ヘイレンやアクシアンのように
一つの単語だけで、
これまでのことを推測することが
できませんでした。
カルレインは、子供のお腹まで
小さな布団を掛けると、
これまで、ご主人様はクライン皇子を
ずっと寵愛していたと話しました。
デーモンは、
元々、ロードは順番に寵愛する。
浮気者だからと返事をしました。
しかし、カルレインは、
ご主人様が寵愛する前には
いつもきっかけがあった。
今回はきっかけがないのに
クライン皇子を寵愛したと
話しました。
デーモンは、
考えてみればそうだ。
団長の誕生日で、団長と一緒に
怪物の監獄にも行ったのに、
団長の誕生日の前後に
クライン皇子を大事にしたと
言いました。
すると、カルレインは、
「まさにそれ」と言うように
デーモンを指差しました。
デーモンは、
まだ理解できませんでした。
カルレインは、
クライン皇子が
怪物を逃がそうとして捕まり、
今日、異端審問官が
訪ねて来たそうだ。
あの皇子は、周期的に奇行を犯す。
それで自分は、今回のことを
深刻に受け止めなかったけれど
考えてみたところ、
どうも、あの皇子は
怪物と取引をしたようだ。
ご主人様が、
自分との偽の未来を見ようとして
怪物を訪れた時、
クライン皇子は、その怪物に、
彼との偽の未来を
ご主人様に見せるように言ったに
違いない。その見返りに、
自由を約束したのだろうと話しました。
デーモンは、
宮殿のことに無関心なだけで、
愚かではありませんでした。
彼は爆笑すると、
異端審問官や聖騎士は、
元々、自分たちが
気をつけなければならない存在なのに
半分不死身になったとはいえ、
人間のクライン皇子が
彼らに捕まるなんて滑稽だと
言いました。
しかし、カルレインは面白くなく
気分が沈みました。
彼は、ご主人様が、
自分との偽の未来を見ることを
望みませんでした。
たった一度、見ただけでしたが、
その偽の未来がない方が
マシでした。
もちろん、今のご主人様も、
色々、悪い状況を経験しました。
何度かの裏切りと悲しみ、
苦痛、辛い真実に苦しみました。
しかし、ご主人様のそばには
自分を含め、
自分と同じくらい有能な
多くの人々が一緒にいて、
自分たちは力を合わせて
危機を乗り越えて来ました。
すぐに後継者のことで、
頭が痛くなるだろうけれど
命がかかった危急な時期とは
比べものになりませんでした。
彼は、偽の未来がない方がマシだと
思いました。
しかし、これとは別に、
ご主人様が、
自分の誕生日プレゼントとして
くれるはずだった時間を
他の恋敵が現れて奪ったことに
気分が悪くなりました。
カルレインは、
あの馬鹿な皇子は、
一度きちんと叱られるべきだ。
そうすれば、何ヶ月間は、
また静かに過ごすだろうと
言いました。
デーモンは、
もう少し手を使おうか。
聖騎士たちが慄くような物をいくつか
あの皇子の部屋に持って行って置けば
もっと苦しむだろうと提案しましたが
カルレインは、
自分が手を使うこともない。
百花が先に怒って
異端審問官を呼んで来たし、
今、待っている狂犬も一匹いるからと
返事をしました。
デーモンは、
狂犬とは誰なのかと尋ねました。
◇ペンギンのぬいぐるみ◇
ゲスターが、
おもちゃをいっぱい入れた紙袋を
見ていると「ゲスター様!」と
呼ばれたので、
彼は声のする方を向きました。
1番目の皇女と2番目の皇女の
担当下女たちが
嬉しそうな顔で近づいて来ました。
しかし、彼女たちより
明るい顔をしているのは
二人の皇女でした。
下女たちは、
ゲスターが皇女たちと
遊んでくれるというので、
皇女たちは、
とても喜んでいると言って
お礼を言いました。
それから、担当の下女たちは
皇女たちの手を離すと、
持って来たおやつなどを
ゲスターの侍従に渡しました。
不思議なことに、子供たちは
性格の良いタッシールより、
静かで恥ずかしがり屋の
ゲスターの方が好きでした。
しかし、ゲスターは
皆が集まる時だけ、適当に
子供たちの面倒を見るだけで、
いつも後ろに下がり、
他の側室たちほど、
子供たちと交わることは
ありませんでした。
ところが今日はどういうわけか
ゲスターが子供たちと
遊んでくれると言ったので、
皇女担当の下女たちとしては
喜ばざるを得ませんでした。
それに、ゲスターが、
4番目の皇子にあげると言って、
しっかり包んでおいた
あの大きな遊具も、
いよいよ使えるように
してくれるとのことでした。
皇女たちは、皆、可愛いから
一緒に遊んでくれるなら
自分は、もっと嬉しい。
ただ不注意により、皇女たちが
怪我をするのではないかと心配で
よく面倒を
見ることができないだけだと
ゲスターが照れくさそうに言うと、
下女たちもつられて恥ずかしくなり、
視線をあちこちに避けました。
ゲスターは、
ラナムンやクライン皇子ほど
美しくはなかったけれども、
最も親切で優しい上に、
傲慢な面が全くありませんでした。
宮廷人たちも、
顎がそびえている側室は、
全く別世界の存在のようで
怖かったけれど、
ゲスターに接する時は
わくわくする気持ちになりました。
下女たちが子供たちを置いて退くと
ゲスターは、自分をじっと見上げる
ミニラナムンとミニサーナットを
見下ろしました。
二人の皇女は、
ゲスターが優しく微笑むと、
喜びながら飛び上がりました。
二人の皇女はゲスターに
今日、滑り台に乗れるのか。
おもちゃを見てもいいかと
尋ねると、ゲスターは
「そうだよ」と優しく返事をし、
持ってきた紙袋から
おもちゃを取り出して
ベンチに並べました。
これはプレラのもの。
これはクレリスのもの。
これはカイレッタのもの。
これは後で四番目の皇子と
五番目の皇女が大きくなったら
あげるもの・・・と、
ゲスターは子供たちに
一つ一つ説明しながら、
念入りに作ったおもちゃを
まんべんなく配りました。
下女たちは、遠くから、
その姿を満足そうに眺めながら
ゲスター様は本当に親切だ。
ゲスター様にも、お子さんができたら
本当に、よく面倒を見ると思うのに
残念だ。
最近、陛下は、
クライン様やザイシン様だけを
気遣っている。
前はクライン様だけを
気遣っていたのに、
異端審問官が来てからは、
ザイシンさんにも
少し気を遣うようになった。
と囁き合いました。
彼女たちは、自分たちが囁いている
その内容のせいで、
突然、ゲスターが、
皇女たちと遊んであげると
言い出したのを知りませんでした。
ゲスターは下女たちの囁きを
聞き流していましたが、
彼女たちが
自分たち同士の話に気を取られて、
こちらを気にしなくなった頃、
最後のおもちゃをプレラに渡すと
あっという顔をして
再び、おもちゃを回収しました。
それは、ひときわ可愛い
ペンギンのぬいぐるみで、
プレラとクレリスが
一番ドキドキしながら
待っていたものでした。
ところが、ゲスターが、
そのぬいぐるみを紙袋に入れると
両腕を一生懸命伸ばしていた
プレラの表情が虚ろになり、
先ほど自分の所に来たペンギンを
どこへやったのかと尋ねました。
ゲスターは、
とても申し訳なさそうな表情をすると
ペンギンのぬいぐるみは、
作るのが難しくて二つしかないと
答えました。
その言葉にクレリスは、
今は、プレとクレの二人だけだと
賢く返事をしました。
しかし、ゲスターは首を横に振り
下に弟たちが三人もいる。
皇女二人だけにあげれば、
他の三人が寂しがると
言い訳をしました。
プレラは地団太を踏み、
声を低くしながら、
自分たちだけの
秘密にしてはいけないかと
尋ねました。
クレリスも、
秘密にしよう。内緒にしようと
せがみましたが、
ゲスターは気の弱そうな姿で
首を横に振ると、
ダメ。
後で他のぬいぐるみが完成したら
その時に分けてあげると
返事をしました。
子供たちは悲しくなりました。
他のおもちゃも、
たくさんもらったけれど、
チラッと見た、
一番可愛くて大きくて
きれいなぬいぐるみを見たら、
妙に損をした気分でした。
ゲスターは、
それでも屈することなく紙袋を閉じ
お姫様たちは優しいと言って
微笑みました。
二人は、
もちろんです。いい子です。
と返事をしました。
ゲスターは、
滑り台に乗って遊ぼうと
子どもたちを誘い、
彼女たちの背中を軽く叩きながら
立ち上がりました。
それでも未練が残ったプレラは
ゲスターの腕を握りながら、
ペンギンを、あと三個作るのに、
とても時間がかかるのかと
尋ねました。
ゲスターは、
少しだけれど、
もっと、弟たちが生まれたら、
もっと時間がかかると答えました。
クレリスは目を丸くして、
また弟ができるのかと尋ねました。
ゲスターは、
これからも、ずっと
できるのではないか。
そうなると、今のように頻繁に
おもちゃを作ってあげられなくなると
答えました。
プレラとクレリスは
互いに見つめ合いました。
四番目の皇子と五番目の皇女は
ゆりかごに寝ている赤ん坊なので、
まだ何も考えていないけれど
三番目の皇子は
とても面倒な弟でした。
何を言っているのか分からないけれど
いつも一人で
変なことを呟きながら、
彼女たちと遊ぼうとして
追いかけて来ました。
大人たちも三番目の皇子が
何を言っているのか分からないのに
皇女たちが三番目の皇子の
変な奇声を理解していると思い、
しきりに弟の面倒を見るよう
強要しました。
それなのに、その面倒な弟が
次々、生まれるなんて。
それに、その弟たちのせいで
おもちゃも減るなんて
耐えられませんでした。
ゲスターは、
子供たちの深刻な表情を見ながら
口元を上げました。
他の側室たちは恋敵ではあるけれど
彼らと協力して共に戦うことで
ラティルは、ありとあらゆる苦難を
乗り越えることができた。
しかし、
他の側室たちがいない偽の未来では、
ラティルと自分だけで
戦わなければならず、
現実のような勝利は得られない。
カルレインは、
偽の未来を見ることで、
他の側室たちの必要性を
痛切に感じたのではないかと
思いました。
ゲスターは、
また何か良からぬことを
考えていますが、
彼にも、子供を産んであげて
ラティル以外に
愛情を注げる対象ができたなら
彼の悪行も、
少しは収まるのではないかと思います。