959話 外伝68話 偽の未来を見ていたラティルを眺めていたゲスターに百花が声をかけました。
◇閉じこもっていない◇
ゲスターは、上から下まで
百花を見つめながら、
「はい・・・どうぞ・・・
どんな用件ですか・・・?」と
尋ねました。
百花は何も言わずに
ゲスターの顔だけを
じっと見つめました。
怪訝に思いながらも、ゲスターは
同じように百花を見つめました。
しばらくして、百花は、
顔はうちの大神官の方がいいのにと
とても不思議だという風に
呟きました。
ゲスターはプッと吹き出すと、
「あっ。 すみません」と、
片手で口元を覆って
申し訳なさそうに謝りました。
百花は、
ゲスターが同意しないようだと
指摘すると、ゲスターは
人によって好みが違うからと
返事をしました。
怪物は、
ムカつく黒魔術師と聖騎士団長を
交互に眺めながら、目を丸くしました。
百花は肩をすくめて、
皇帝の好みは掴み所がないと
皮肉を言いました。
ゲスターは、百花が
とても不安そうだと言いました。
百花は「私がですか?」と
聞き返すと、ゲスターは。
突然、自分を訪ねて来て、
大神官の顔を評価するからだと答えると
百花は、自分が評価したのは
ゲスターの顔だと反論しました。
ゲスターは、
心配しないように。
自分は、こんなことを告げ口しないと
言い返すと、
怪物は目をキョロキョロさせ、
黒魔術師と聖騎士団長が、
自分と皇帝の前で、
口論をしていることに気づきました。
怪物は躊躇しましたが、
皇帝と握っていない方の手で
鉄格子をトントンと叩きました。
しかし百花は全然気にせず
自分を脅迫しているのかと
ゲスターに聞き返しました。
やはり、ゲスターも
怪物を気にすることなく、
百花こそ、
よく脅迫をしているようだ。
そうでなければ、
そのように聞こえないはずだと
皮肉を言いました。
百花はクスクス笑うと、二歩進んで
ゲスターの隣に並びました。
そして、彼は、横を見ながら
世の中、本当に良くなった。
黒魔術師が自分の隣で
一緒に話をするのだからと
親しみを込めて、皮肉を言いました。
ゲスターは、
良くなる前はどうだったのかと
尋ねました。
百花は、
逃げたり、哀願したり。
罵倒したと答えました。
ゲスターは、
あの頃が懐かしいようだと
尋ねると、百花が
「はい。少し?」と答えると、
ゲスターは「腐った奴・・・」と
罵倒しました。
怪物は目を見開き、
ドキドキしながら
戦いを見守りました。
百花も、
自分が何を聞いたのか一瞬驚いて
目を見開きました。
ゲスターは照れくさそうに
百花が好きだと言うので、
恥ずかしいけれど、してあげたと
説明しました。
しばらく固まっていた百花は
口元を片方だけ上げると、
ありがたいけれど、罵倒する人が、
どこかに閉じ込められていれば
もっと良かったのにと言いました。
ゲスターは怪物に
「お前がする?」と合図を送りました。
怪物は戦いに入りたくなかったので、
素早く首を横に振りました。
怪物は黒魔術師と聖騎士団長の
両方が嫌いでした。
百花は、怪物とゲスターが
視線を交わしあう姿を、
嘲笑いながら見守った後、
ニッコリ笑いながら、
ゲスターが、
どんなに善人ぶっても
自分は黒魔術師を信じない。
今回の事件だけ見ても分かると
言いました。
ゲスターは、
百花が知っていても
皇帝が知らなければ、
何の役にも立たないと
返事をしました。
二人は、少しずつ、遠回しに
互いを非難し合っていました。
百花は眉を顰めて再び横を見ました。
ゲスターはニッコリ笑っていました。
今回は笑みを手で隠さなかったので
嘲笑しているのが、
はっきり見えました。
百花は苦笑いをしながら、
自分の前でゲスターが
猫をかぶらないことを皮肉り、
自分が皇帝に言いつけることを
怖がらないのかと尋ねました。
ゲスターは、
世の中が良くなったらかと
答えました。
百花はゲスターの横顔を
じっと睨みつけました。
怪物は百花の表情に鳥肌が立ちました。
彼が捕えて来た怪物たちにしたことを
思い出すと、怪物は百花が
一体何を考えているのか
想像もしたくもありませんでした。
しかし、ゲスターは百花の方には
目も向けずにいました。
しばらくして、百花は
先に背を向けました。
百花は、
大神官の子が皇帝の後継者となる日、
黒魔術師たちは、再び閉じこもって
生きていくことになるだろうから
残り少ない自由を楽しむようにと
言いました。
ゲスターは何か言おうとしましたが、
怪物が、
まもなくロードが目覚めると
目で合図を送ると口をつぐみました。
百花は、
一緒に皇帝が目覚めるのを待たずに
先にその場を離れました。
ゲスターは
ラティルのそばに近づき、
皇帝が目を開けた時に、
すぐに自分が見える位置に立って
微笑みました。
百花が吐き出した言葉は、
すでに遠くへ飛んで行きました。
黒魔術師たちが閉じこもって
暮らしていた時も、
彼は閉じこもって暮らしたことが
なかったので、百花の警告が
脅迫になるはずがありませんでした。
◇裏切り◇
偽の未来を見ているラティルは、
自分のすぐ近くで、
このような話が交わされていたことを
知らずに、全神経を、
侍女たちの裏切りに注いでいました。
現実では、侍女たちは
自分を裏切っていない。
少し残念ではあったけれど、
彼女たちは偽物の皇帝を
見分けられなかっただけで
裏切りではなかった。
ところが、ここでは
完全に裏切るんだ。
先ほど聞こえて来た
裏切り者の侍女の声は
明らかにルイーダでした。
偽皇帝事件以後、ラティルは
侍女たちと顔を合わせるのが
気まずくなりました。
それでも、今は
少しずつ良くなって来たのに、
また顔を合わせるのが
気まずくなりそうだと思いました。
皇女ラティルは
半分ボーッとしていましたが、
ようやく、どこかから聞こえて来る
騒々しい音に気がつきました。
皇女ラティルは、
こんなことをしている場合ではない。
早く逃げよう。
ルイーダが先に自分を裏切ったなら、
あえて、彼女を助けなくていいと
思いました。
しかし、倉庫の外に逃げる前、
ルイーダは、
確実に自分を裏切ったけれど
他の侍女二人はどうなのだろうかと
考えました。
クエリスは脱出して
外にいるから例外としても、
ベイジは、まだこの旅館の中にいる。
ルイーダのように
ベイジも裏切り者なのだろうか。
ルイーダは、
皇女を連れて来れば、
自分たちは無事だと
言っていたけれど、それは
共犯がいるという意味ではないか。
しかし、共犯者が
侍女ではない可能性もある。
暗殺者たちは侍女たちより先に、
御者や騎士たち全員の命を奪ったし。
皇女ラティルは悩んだ末、
ひとまずルイーダのことは放って
ベイジを探し、
彼女が裏切り者かどうか
調べることにしました。
しかし苦労して捜し出したペイジは
もう死んでいました。
皇女ラティルは、
彼女の目をじっと見つめてから
背を向けました。
考えてみると、
散らばって逃げようという
話が出た時、
ベイジだけが反対したので、
もしかしたらベイジは、
裏切り者ではなかったかもしれないと
思いました。
皇女ラティルは、
力なくその場を離れました。
とにかく、
一緒に死ぬわけにはいかないので、
一人でも脱出しなければ
なりませんでした。
しかし、すでに扉と窓の近くに
敵が集まっていたので、
どこへ行っても
見つかりそうに思えました。
皇女ラティルは
外から見た旅館の構造を思い出すと、
天井板をはがして、
その上に登りました。
換気のために、
屋根に小さな窓があったので、
きっと、そこに繋がる通路が
あるはずでした。
皇女ラティルの予想通り
通路がありました。
非常に狭かったけれど、
閉所恐怖症でない人なら
難なく通り抜けられそうでした。
皇女ラティルは
狭い通路の中に入りました。
ところがしばらく這っていくと、
下の方から悲鳴と叫び声が
聞こえて来ました。
ルイーダの声だと分かると、
皇女ラティルは、
天井の隙間から下を覗きました。 こ
予想通り、
ルイーダは捕まえられていて
覆面をかぶった三人と
一緒にいました。
彼らはルイーダの家門の話をしながら
どのようにルイーダの命を奪えば
森で盗賊に遭ったように偽装できるか
議論しているところでした。
皇女ラティルは、
ルイーダも裏切り者だけれど
あいつらは、
もっと悪いと思いました。
彼女は舌打ちすると、そのまま
通り過ぎることにしました。
裏切った人の面倒を
見たくなかったからでした、
ところが、意外にもその瞬間、
ルイーダが天井を見たので
ニ人の目が合いました。
皇女ラティルは、
すでにルイーダが一度自分を
裏切っているので、
自分の居場所を殺人者に教えて、
再び命乞いするだろうと
推測しました。
ところが、意外にもルイーダは
目をギュッと閉じて
頭を下げました。
彼女は、自分が死ぬ寸前なのに、
皇女に気づかないふりを
しようとしているようでした。
その姿が、
皇女ラティルの心を
揺さぶりました。
彼女は天井を壊して飛び降りると、
ルイーダを手にかけようとしている
暗殺者の背中に
馬車の破片を突き刺しました。
暗殺者は、
引き裂くような悲鳴を上げました。
皇女ラティルは他の暗殺者を蹴り、
その暗殺者が持っていた剣を抜いて
三番目の暗殺者を斬りました。
血が飛び散り、
ルイーダの顔が赤く染まりました。
しかし、彼女は、
口の中に血が入ってしまうのに、
閉じることさえできませんでした。
皇女ラティルは「走れ!」と叫ぶと
ルイーダの手を握って
窓に向かって走り、
体を横にひねって
全身で窓を壊しました。
大きな音がして窓が壊れると、
四方から足音が響きました。
皇女ラティルとルイーダは
夢中で走りました。
殺人者たちが追いかけて来たけれど
森に入った後は、
地形と地物を利用して
対応することができました。
二人は壊れた馬車の近くに
到着しました。
皇女ラティルは殺人者たちが
ここまで追いかけてくると
思いました。
ところが、
うまく撒くことができたのか
襲撃者たちは、
見当たりませんでした。
ルイーダは息を整えるや否や
泣きながら謝りました。
皇女ラティルは、
馬車の車輪にもたれかかって
息を絞り出すように吸っていましたが
頭を上げました。
ルイーダは、
馬車の事故を偽装して
皇女をここへ連れてくるよう
指示を受けたと
ギュッと目を閉じて打ち明けました。
彼女は、
皇女ラティルが階段の下で
自分と犯人の会話を聞いたことを
知らないようでした。
皇女ラティルは
「ああ」と返事をして
手を振りました。
ルイーダは、皇女が、
この途方もない告白を
たいしたことではないように
受け入れると、涙が止まりました。
ルイーダは、
驚かないのか。
もしかして、何か見当が
ついていたのかと尋ねました。
皇女ラティルは、
ルイーダが自分を裏切ったと思った。
だから、ルイーダを
放って行こうとしたと言う代わりに、
誰から指示を受けたのか。
自分はルイーダが
馬鹿ではないと思うし、
自分は普通の皇女にすぎないので
自分が死んだところで、
誰の得にもならない。
それなのに、
このような事故まで偽装して
自分を売り渡そうとするなんて
指示した人は
普通の人ではないだろうと
指摘しました。
皇女ラティルの言葉に
ルイーダの顔が青ざめました。
どうせ犯人は、父か母。
あるいはレアンだろうと
ラティルは思いました。
皇女ラティルは、
こうなってしまったのに
まだ秘密にするつもりなのか。
自分に言わなければ、ルイーダが
酷い目に遭うかもしれない。
現にルイーダに
自分を裏切るよう指示した敵は、
ルイーダの命まで奪おうとしたと
言いました。
すると、ルイーダは、小さな声で
陛下。あるいは皇太子殿下が・・・
と答えましたが、その瞬間、
皇女ラティルは、
大きな岩のような物に、
後頭部を打ちつけたような感じがし
そのまま前に倒れました。
薄れていく意識の向こうで
ルイーダが驚いて
近づいて来るのが見えました。
ルイーダは、皇女ラティルを
すぐに捕まえるかと思いきや、
すぐに立ち上がったのか、
足だけが見えるようになりました。
その後、ルシーダが、
何をやっているのかと
誰かに抗議する声がしました。
なぜ急に一人で足を抜くのか。
元々皇女の命を
奪うことになっていたのにと
言い返しているのは、
先に脱出するのに成功したと
思っていたクエリスでした。
彼女は逃げずに、
壊れた馬車の中に入り込んで
隙を狙っていたのでした。
ルイーダは、
命を奪わなくてもいいではないか。
皇女は自分たちを助けてくれたのに
どうして、こんなことをするのかと
抗議しました。
クエリスは、
皇女が死ななければ自分たちが死ぬ。
自分たちは、
あまりにも多くのことを
知り過ぎた。
殺人者たちが、自分たちの命まで
奪おうとしているのに
気づかなかったのかと尋ねました。
ルイーダは、
皇女と力を合わせれば・・・と
言いましたが、クエリスは、
馬鹿なことを言うな。
皇女が生きていれば、
もっと徹底的に自分たちを
始末しようとするだろうと
言いました。
◇目の前にいる人◇
彼女たちが言い争う声を聞きながら
目を開けたラティルは、
自分をじっと見つめる目と出会い、
一瞬、慌てて後ろに下がりました。
偽の未来から抜け出した後、
一番先に見えるのは
いつも怪物のハエの目だったのに、
意外にも今日は、ゲスターが
ラティルと怪物の間に立っていました。
意外なのは、
彼が泣いていたという点でした。
驚いたラティルは
両手でゲスターの頬を包み込んで
泣いている理由を尋ねました。
ゲスターは、自分の額を
ラティルの額に当てながら
百花卿にいじめられたと
訴えました。
今、ラティルが見ているのは
間違いなく、
カルレインとの偽の未来ですが、
今までのパターンと違って、
カルレインが
まだ出て来ていないのは、
マンネリ化を防ぐ意味でも
良いのではないかと思います。
前話を読んだ時も思いましたが
ラティルに気づかれないよう
密かに彼女の命を守っていた
側室たちは、
本当に大変だったと思います。