960話 外伝69話 ゲスターは泣きながら百花にいじめられたと訴えました。
◇嘘ではない◇
ラティルは、
どういうことなのかと尋ねました。
カルレインが登場もせず、
心が乱れるだけの
偽の未来を見たせいで、
ただでさえ心が乱れているのに、
百花がゲスターを
いじめたという話まで聞くと、
ラティルは、
頭がよく働きませんでした。
百花がゲスターを
いじめることは可能なのか。
ランスター伯爵もいるので、
ゲスターは、やられるような
性格ではないのではないかと
考えていると、
ゲスターは目から涙を一滴落とし、
百花は自分が黒魔術師であることを
不満に思っている。
皇帝に会いたくて、ここに来ていたら、
百花に、
ザイシンの子供が生まれたら
再び黒魔術師を以前のように扱うと
言われたと話しました。
百花とゲスターの会話を
全て聞いていた怪物は
舌を巻きました。
全部目撃した自分がここにいるのに、
ゲスターが瞬き一つせずに話すことに
驚きました。
さらに、ゲスターが
嘘をついていないという点に
呆れました。
確かに百花はあのように言ったし、
ゲスターは、哀れに泣くほど
やられなかっただけでした。
ラティルは怪物を見ながら
本当なのかと尋ねました。
怪物は思わず頷きました。
すべて、正しいので何とも言えないし
黒魔術師と聖騎士団長の
どちらも嫌いだけれど、
あえて嫌いな方を選ぶなら
聖騎士団長でした。
ラティルは、
ゲスターの涙を拭いながら、
今やゲスターは
告げ口もするようになったと
からかいました。
ゲスターは、ラティルの手に
顔を預けながら、
ランスター伯爵が出て来て
戦うことはできるけれど、
皇帝は
ランスター伯爵が出ることを
あまり好まないからと
言い訳をしました。
好きではないけれど、
謀略を巡らしたり、命を奪ったり
狐の穴に永久に閉じ込めておくなど
一戦を越えなければいいと
ラティルは返事をしました。
あれこれ全部取り除いたら
何が残るのかと、
ゲスターと怪物は同時に考えました。
ラティルは、
とにかく百花の言葉は気にするな。
ザイシンの子供が生まれるかどうか
分からないし、生まれても
その子が後継者になる可能性は
低いと言うと、
ゲスターは素直に頷きました。
彼は
ラティルが百花を訪ねて、
すぐに怒鳴りつけることを願って
言ったのではなく、
長期的な未来を見ていたからでした。
◇一度は見たい◇
翌日の夜、
ラティルは偽の未来を見せる怪物を
訪ねはしたけれど、
続きから見せてくれと言うことができず
鉄格子の前を
ずっとウロウロしていました。
カルレインが、
まだ登場もしていないということは
カルレインが出て来る頃には
さらに状況が
悪くなっているということだろうと
ラティルは考えました。
カルレインとの偽の未来だから、
一度は彼の顔を
見なければならないけれど、
彼が登場するまで、
引き続き悪化する状況に
向き合うのが怖かったラティルは
しばらく悩んだ後、
時間帯をもう少し先送りして
偽の未来を見せるよう指示しました。
◇自分がロードなら◇
怪物と手を握ると、背景が
突然、明るく変わりました。
そこは、皇女ラティルが
裏切った侍女たちに騙されて
入ることになった旅館でも、
その周辺の森でもありませんでした。
ここはどこなのかと
ラティルが判断を下す前に、
神官の服装をした人が
二人近づいて来ると
皇女ラティルに聖水を注ぎました。
彼女は、
半分夢うつつの状態でしたが
急いで顔を振りました。
しかし、彼らは皇女ラティルに
続けて聖水を注ぐだけで
大丈夫かと、
聞くことさえしませんでした。
皇女ラティルは、
「誰だ!」と叫んで
立ち上がろうとしましたが、
全身を縛られていて
身動きもできませんでした。
聖水を注いでいた
二人の神官のうち、
空き瓶を持っている男は、
皇女ラティルの枕元に立っている誰かに
本当に皇女がロードなのか。
聖水を振りかけても
何の反応もないと尋ねました。
枕元にいる人は、
聖水を注いだら、
目を覚ましたではないかと
答えました。
皇女ラティルは、
今話した人が誰なのか確認しようと
頭を上げましたが、
いくら顎に力を入れても
見えませんでした。
容赦なく皇女ラティルに
聖水を注いだ神官は、
水を注いでも目を覚ましたはずなので
それだけでは何とも言えない。
怪物たちに聖水を注げば、
この程度の反応では済まないと、
意外にも客観的な意見を述べました。
皇女ラティルは、
彼らの会話の中の
「怪物」という部分に注目し、
彼らが自分のことを
怪物と呼んでいるのかと尋ねました。
皇女ラティルの
肩を持つように話していた神官は
彼女の質問を無視しました。
代わりに、隣で一緒に
聖水を注いでいた別の神官が、
皇女が
本物のロードであろうとなかろうと
冒険を甘受する必要は
ないのではないかと答えました。
枕元に立っている人も、
その通り。
皇女がロードでなければ、
皇女一人だけが
悔しい思いをするけれど、
皇女がロードなのに
放って置いたら、世の中は危険だ。
このような状況では
皇女が犠牲になるのが正しいと
答えました。
あの野郎は、今何を言っているのか。
皇女ラティルは、彼らの言葉を
全く理解できませんでした。
自分は皇女だけれど後継者でもないのに
いったい彼らは、何を考えて
自分を危険人物扱いするのかと
訝しみました。
皇女ラティルが考えを整理する前に
皇宮から人が来たと、
誰かが叫びました。
すると、ラティルを取り囲んでいた
神官たちは皆、枕元にいた人まで、
ラティルから距離を置いた別の所へ
歩いて行きました。
彼らが声を潜めて話を交わしている間
皇女ラティルは、
手を少しずつ動かして
脱出する方法を探しました。
すると、どういうわけか、
横でカチッという音がしたかと思うと
先程まで、びくともしなかった鎖が
ほんの少しだけ緩みました。
皇女ラティルは、
かろうじて、そちらへ
目を向けました。 手が動きました。
皇女ラティルは、
神官たちの声に集中しながら、
自由になった手で、
他の鎖も緩めようとしました。
しかし、うまくいきませんでした。
結局、片手だけ自由になった状態の時に
皇宮から来たという人が話を終えて
先に近づいて来ました。
皇女ラティルは手を下ろし、
縛られたふりをして
じっとしていました。
近づいて来た人は、
顎だけが少し見えるくらい、
深くマントをかぶっていて、
見ただけでは誰なのか
よく分かりませんでした。
いずれにせよ、このような状況で
登場したのだから、
敵だろうと思いました。
皇女ラティルは息を殺していましたが
その人が十分に近づいたと思うや否や
自由になった手で、
その人を自分の方へ引き寄せました。
そして、捕まえた人を人質にして、
皇女ラティルは、
自分が捕われていた場所から
脱出し始めました。
ところが、ほぼ扉の付近まで到達した頃
人質のせいでできた死角に、
誰かが剣を持って
飛び込んで来ました。
皇女ラティルが気づいた時は、
すでに剣が近くに到達していました。
しかし、剣に刺される直前。
意外にも
皇女ラティルが連れていた人質が、
突然、身を挺して
皇女ラティルを庇いました。
皇女ラティルは人質を刺した者を
蹴飛ばして気絶させ、
自分の代わりに剣で刺された人質を
支えました。
その瞬間、人質がかぶっていた
マントのフードが下がり、
皇后の顔が現れました。
皇女ラティルは当惑して
皇后を落とすところでした。
皇后は、皇女ラティルの頬に
片手を添えて、
タリウムの外へ逃げろと囁きました。
遠くない所で、
何かが壊れて粉々になって
爆発する音が聞こえたかと思ったら、
だんだんその轟音が
近づいて来ました。
しかし、
衝撃に陥っていた皇女ラティルは
皇后を抱きかかえたまま
動くことができませんでした。
その体を、誰かが
ひょいと持ち上げました。
カルレインでした。
皇女ラティルは
魂が抜けていましたが、
ラティルは、
カルレインと彼の傭兵たちが
神殿に攻め込んで来たことが
分かりました。
その後、カルレインが
皇女ラティルを連れて行った所は、
以前、ゲスターとの偽の未来でも登場した
あの城でした。
カルレインは
皇女ラティルをベッドに座らせ、
食べ物を持って来てくれて、
布団を肩にかけてくれても、
ぼーっとして何も言えませんでした。
カルレインは、
お湯で温めたタオルで
皇女ラティルの手を
拭いてあげました。
皇女ラティルはようやく我に返ると、
揺れる目で
カルレインを見つめました。
見知らぬ顔でしたが、
皇女ラティルは「誰?」と聞く代わりに
自分を傷つけようとした人たちが
自分のことをロードと呼んでいた。
もし、そうなら
母の命を奪った人たちを
同じ目に遭わせることができるのかと
尋ねました。
◇母親への思い◇
ラティルは、
クラインとの偽の未来を見た
直後のように、
しばらく鉄格子に寄りかかって
時間を過ごしました。
怪物はラティルの背中をつつきながら
「大丈夫ですか?」と尋ねました。
ロードが大丈夫かどうかを
心配するというより、
ロードが怒って、
自分に八つ当たりすることを
心配していました。
ロードたちの性格は良くないことで
有名だからでした。
そして、
お前を解放することはできない。
お前は人を害するからと、
突然ラティルが吐いた言葉に、
怪物は憂鬱な気分になりました。
怪物は、
ロードの見た未来が
気に入らなかったようだけれど、
それは自分のせいではない。
それなのに、
なぜ自分に八つ当たりするのかと
尋ねました。
ラティルは立ち上がると
怪物の肩を叩きました。
今、ラティルは腹いせをするために
そんなことを言ったのでは
ありませんでした。
ラティルは、
完全に自由にはできないけれど、
このように、
閉じこめられてばかりいなくても
済むような方法を
探してみると言いました。
怪物はびっくりしました。
落ち込んでいたロードが、
なぜ急に、自分に優しく接するのか
理解できませんでした。
ラティルは黙って首を横に振って
出て行きました。
しかし、心は依然として
そわそわしていました。
ラティルは
すぐにカルレインを訪れると
彼を抱きしめました。
カルレインは、
突然、ラティルがやって来て
自分を抱きしめたことを
訝しく思いましたが、
一緒にラティルを抱きしめました。
カルレインはラティルに
どうしたのかと尋ねました。
ラティルは、
カルレインとの偽の未来を
少し見てきたけれど、
なぜカルレインが
見るなと言ったのかが分かったと
答えました。
カルレインはラティルと違い、
一度だけ偽の未来を
見ただけでした。
しかし、カルレインが
偽の未来で初めて見た光景は
先皇后が死んで、皇女ラティルが
パニックに
陥った部分だったのではないかと
ラティルは考えました。
それならば、一度見るや否や、
カルレインが衝撃を受けたのも
当然だと思いました。
カルレインは、
黙ってラティルの手を握りました。
ラティルは、
カルレインと母親は
少し縁があるようだ。
母親はカルレインを
一番、皇配に推していたし、
カルレインとの偽の未来では、
母親は裏切らなかったと
話しました。
ラティルは、
皇女ラティルを縛っていた鎖の
片方が切れたことと、
皇宮の人を、
すぐに人質に取ったことには、
ちょっとした運が働いたと
考えました。
今思えば、その運は母親でした。
母親は、皇女ラティルの片方の手が
自由になったのを見ながらも
知らないふりをし、
わざと人質になってくれたのでした。
また、侍女のルイーダも
裏切ったけれど、心変わりをして
ラティルを助けようとしました。
ラティルは
カルレインの手を握りしめて
いたずらをするように
撫でていましたが、
ふと母親が、
今どのように過ごしているのか
気になりました。
すぐにラティルの動揺に気づいた
カルレインは、
もし手紙を書いてくれれば
部下が渡してくると提案しました。
ラティルは
しばらく答えられませんでしたが、
消え入りそうな声で、
ペンと紙を頼みました。
◇連絡がついた◇
クラインとカルレインとの
憂鬱な偽の未来を相次いで見たことで
衝撃を受けたラティルは、
偽の未来への好奇心が
かなり消えました。
その代わり、
ラティルは少し寛大になり
血人魚二人が、定期的に
偽の未来を見せる怪物を連れ出して
風に当ててくれないかと
メラディムに頼みました。
メラディムは、
吊るして乾かせということかと
尋ねると、ラティルは、
短い旅行や長い散歩に
連れて行ってくれという意味だと
答えました。
偽の未来を見せる怪物が監獄を出て
監視付きで歩き回るようになると、
ラティルがその怪物を訪ねることは
自然に減りました。
再びラティルは昼に働き、
夕方には、
側室と子供たちの世話をしながら
時間を過ごし、人々は
皇女が弟たちが嫌いだと言ったことを
徐々に忘れていきました。
平和な時間はあっという間に過ぎ
事件は、プレラが
満7歳の誕生日を控えた時に
起きました。
ラティルは
プレラの誕生パーティーに
かなり気を配っていました。
これからはプレラも、
徐々に他の貴族の同年代の子供たちと
交流しなければならないので、
同じ年頃の子供たちも
一緒に招待する予定でした。
ところが、
誕生日の準備で慌ただしい中、
ギルゴールが訪ねて来て、
議長と連絡がついたと告げました。
ラティルは
「プレラの寿命!」と
心の中で叫びました。
特定の側室と二人だけで
愛し合う世界は、
ロマンティックなどころか、
ラティルを密かに
守ってくれる人たちがいなかった分
現実よりも過酷な世界だったと
思います。
今、ラティルが
幸せに暮らせているのは
皇配と側室たちのおかげであることを
深く感じ、
彼ら一人一人に感謝し、
大事にしてあげて欲しいです。