961話 外伝70話 議長と連絡がついたと、ギルゴールが知らせにやって来ました。
◇プレラの寿命◇
ラティルは執務室の中の人々を
全員、外に出しました。
プレラの寿命に関することは
他の人に、絶対に知らせることが
できなかったからでした。
ラティルはギルゴールを引き寄せると
詳しく話して欲しいと催促しました。
ギルゴールは、
議長が来てもいいし、
お嬢さんが来てもいいと
言っているけれど、
どうするかと尋ねました。
ギルゴールは、プレラの寿命の問題を
あまり気にしていない様子で、
ラティルの飛び出ている髪の毛を
手で捩じるという、
いたずらまでしました。
ラティルは、悩んだ末に
議長を直接連れて来てと頼みました。
議長を宮殿に呼ぶよりは、
直接訪ねる方が安全だろうけれど
より正確に判断してもらうために
議長にプレラを
見せたかったからでした。
ギルゴールはラティルに
大丈夫かと聞くことなく、
直ちに承諾しました。
その後、数日間、
ラティルは議長を待っているせいで
誕生日の準備に
あまり気を使う暇がありませんでした。
幸い、タッシールは、一人でも
パーティーの準備くらいは
軽く済ませました。
また、彼は、プレラが
ラナムンの子供だという理由で
パーティーの準備を
適当にする人でもありませんでした。
議長が姿を現したのは、
プレラの誕生日の一週間前でした。
ギルゴールは、夕方に
彼を連れて現れました。
議長は、
人々に姿を見られたくないらしく
フード付きのマントをかぶって
顔をほとんど隠したままでした。
ラティルは議長を見るや否や
皿を脇へやり、
すぐに立ち上がりました。
その姿に、
議長の表情が微妙に歪みました。
彼は、こんなに自分を
喜ばせてくれるなんて、
本当に感激していると言いました。
その口調からラティルは、
議長の不快な気持ちを読み取りましたが
彼が不快に思うようなことは
あまりにも多かったので、
どのような理由で気分を害したのかは
分かりませんでした。
ラティルは議長が動揺しているのに
気づかないふりをして彼に近づき
聞きたいことがあると言いました。
しかしラティルと議長が
完全に近づく前に、
ギルゴールがこっそりと移動して、
二人の間に割り込みました。
ラティルは眉をつり上げることで、
なぜ、そんなことをするのかという
合図をギルゴールに送りました。
深刻な話をしなければならないのに、
彼がいたずらをすることに
腹が立ちました。
ギルゴールは、
自分が議長の耳を
むしり取っていないので
そこで話しても
話を聞くことができると思うと
ニコニコ笑いながら説明しました。
ギルゴールと喧嘩したところで
自分の損だと思ったラティルは
ギルゴールに
いたずらをするなと言う代わりに
自分も一歩、後ろに下がりました。
そして、ギルゴールに隠れて
マントだけ見える議長に、
すでにギルゴールから
聞いていると思うけれど
プレラの寿命について聞きたいと
言いました。
すでに全員を
外に出したにもかかわらず、
ラティルは、
あえて辺りを見回しました。
誰もいないけれど、
ラティルは依然として
安心できませんでした。
この宮殿の中には、
普通の人以上の耳を持つ人が
あまりにも多いからでした。
誰も聞いていないと、ギルゴールが
自信を持って教えてくれると
ラティルは安堵しました。
一方、議長は、
お茶もくれないのかと
素っ気ない態度でブツブツ言いながら
ラティルの机をチラッと見ました。
ラティルはギルゴールの肩越しに
必死に議長を見ながら、
お茶は後であげると返事をしました。
とにかく、今は
プレラが長生きするか短命か、
聞きたかったので、その前に
お茶を飲むことなんて
できませんでした。
議長は、
まず子供を見てみると言いました。
ラティルは、
子供を見なければ分からないのかと
尋ねました。
議長は、
見ても分からないけれど、
それでも一度見た方が良いと
答えました。
ラティルは直ちに人を送って
プレラを連れて来させました。
プレラは、クレリスと力を合わせて、
カイレッタと
戦っているところでした。
クレリスは
カイレッタが生意気すぎると言い、
カイレッタは
クレリスがムカつくと言いました。
プレラは、
二人が、なぜああなのかは
分かりませんでしたが、
とりあえずクレリスの味方をしました。
ところが、この忙しい戦いの途中で
突然、本宮に呼ばれ、
プレラは喜びました。
母陛下は忙しすぎて、顔を見ることも
容易ではありませんでした。
プレラは、母親が
自分だけを別に呼んだと考えると
自然に笑みがこぼれました。
しかし、
妹たちが嫉妬するかと思い、
わざと面倒なふりをして
膨れっ面をしました。
そして、自分が帰ってくるまでの間
喧嘩をしないようにと
言い聞かせました。
本宮の回廊に入ると、プレラは
嬉しそうな表情を隠しませんでした。
ところが、秘書の案内を受けて
到着した所には、母陛下の他に
彼女の夫の一人であるギルゴールと
もう一人、知らない人がいました。
プレラは母陛下に挨拶をしながら
見知らぬ人をチラッと見ました。
そうしているうちに
ラティルがプレラの頭を撫でながら
その人を覚えているかと尋ねました。
プレラは首を横に振り、
自分も知っている人かと尋ねました。
議長は黙って
プレラを上から下へ見下ろすと
目を細めました。
まるで魂まで
くまなく見つめる視線でした。
プレラは理由も分からず、
ラティルの後ろに身を隠し、
頭だけ出しました。
しかし、隠れてみると
少しプライドが傷つきました。
自分はタリウムの堂々たる
一番目の皇女だからでした。
プレラはラティルの腕を振りながら
なぜ、あの人は来たのかと尋ねました。
ラティルは、
それに答えようとしましたが、
意外にも議長が、
なぜ自分が来たと思うかと
先に尋ねました。
議長の質問にプレラは
目をパチパチしながら
ギルゴールを見ました。
彼は笑っているだけでしたが、
プレラは、ギルゴールの気分が
あまり良くなさそうだと
思いました。
プレラは考えている途中で、
前に大人たちが言っていた言葉を
思い出し、
「お母様の新しい夫ですか?」と
尋ねました。
その言葉にラティルは驚き、
苦笑いして、
子供の頭から手を離しました。
議長の表情が歪みました。
ギルゴールは
お腹を抱えて笑いました。
ラティルは、自分の娘にまで
このように見られていたことに
少しショックを受けました。
それでも、
新しい側室を迎えなくなってから
何年も経っているではないかと
思いました。
しかし、ラティルは
怒った素振りを見せず、
どうしてそう思うのかと
親切そうに尋ねました。
プレラは目をパチパチさせると
皆が、そう言っているからと
答えました。
宮廷人たちが、
ひそひそ話しているのか、
側室たちが
ひそひそ話しているのか。
いずれにしても、
一度、口封じをしなければと
ラティルは心の中で誓いました。
しかし、プレラの
とんでもない推測のおかげで、
緊張感が少し和らぎました。
そして、議長もまた、
プレラの言動を見ながら、
もう全部消えたと言いました。
ラティルは
前世の記憶のことだと思いながら、
「あれだよね?」と
嬉しそうに聞き返しました。
議長は「はい」と答え、
それも赤ちゃんの頃の記憶と
同じように消えてしまったようだと
気まずそうに教えました。
しかし、ラティルは喜びました。
かすかに記憶があった時も、
プレラは依然として
子供のようだったけれど、
やはりそのような記憶はないのが
一番でした。
しかし、最も重要な問題が
依然として残っていました。
ラティルは
寿命のことを思い浮かべながら
「じゃあ・・あれは?」と尋ねると
乾いた唾を飲み込んで
議長を見ました。
プレラは、大人たちが
一体何を言っているのかと思って、
頭がクラクラしました。
どうして「あれ、あれ」って
何度も聞いて、答えているのか
不思議に思いました。
議長はすぐに答えず、
プレラを見ながら、
子供が一緒に聞いても大丈夫なのかと
尋ねました。
当然ダメなので、
ラティルは再び秘書を呼び、
子供を送り返すよう指示しました。
プレラはうろたえました。
母陛下が呼んでいるというので、
喜んで駆けつけて来たのに、
知らない人の顔だけ見せられてから
帰れと言われたからでした。
プレラは、
本当に帰らなければならないのかと
尋ねました。
議長は、
どうして、子供が
そんな話し方をするのかと
尋ねましたが、
ラティルは議長の質問を無視し、
子供の頭を撫でると、
「いい子だから、帰ろう」と
宥めました。
プレラは完全に腹を立て、
膨れっ面で外に出ました。
子供がいなくなると、ラティルは
「さあ、話して。どうなの?」
と議長を急き立てました。
彼は、寿命の問題については
何とも言えないと、
少しも躊躇うことなく答えました。
ラティルは、
議長も分からないのかと
ぼんやり聞き返しました。
議長は、
今、分かるのは、魂が対抗者の力と
うまく
くっ付いていることくらいだと
答えました。
ラティルは、
安定的に、くっ付かなくなったら
どうなるのかと尋ねました。
議長は、死ぬだろうと答えました。
ラティルは、素早く瞬きしながら
ギルゴールを見ました。
これといった意味はありませんでした。
彼は首を横に振りました。
ラティルは再び議長を見ました。
頭がクラクラしました。
ラティルは、
どうやって、これからも安定的に、
くっつけたままにするのかと
尋ねました。
議長は、
本来の半分の魂のままだったら、
今ほど生きることも
できなかっただろう。
今は対抗者の魂が1/4あるおかげで、
引き裂かれた魂でも生きていられる。
しかし、そもそも対抗者の力は
魂に付いて回るのではなく、
あちこち歩き回る力であり、
自分がわざと貼り付けただけ。
だから、どうなるか
自分も分からない。
生まれた後は、
もう自分の手を離れたと答えました。
それから、議長は
しばらく話すかどうか
悩んでいるようでしたが、
数年前の赤ちゃんの時より
少し安定的ではない。
大きな違いがあるわけではなく、
ほんの少しと付け加えました。
ラティルは頭が真っ白になり、
何も考えられなくなりました。
ラティルが黙って立っていると、
議長は眉を顰めました。
彼は何度か唇を震わせましたが、
沈黙を選びました。
それを見たギルゴールは、
剥がれそうになったら
そばで議長がくっ付けられるのかと
尋ねました。
議長は、
エルフを何だと思っているのかと
言って鼻で笑った後、ラティルに
気楽に考えるように。
魂が何ともない人間だって
天寿を全うして
死ぬわけではないのだから、
あの子が先に死ぬか、
健康だった普通の人間が先に死ぬか
結局、誰も分からない。
このように考えれば、
気持ちが楽になるのではないかと
現実的な助言をしました。
気が楽になるはずがない。
気が狂っているのかと、
ラティルは聞くところでした。
人をムカつかせるにしても、
どうして、あのように
ムカつかせるのか。
あんな話を聞いてほっとする人が
どこにいるというのかと
思いました。
しかし、ギルゴールは、その話を聞いて
「なるほど」というように頷きました。
ラティルは、あの二人の怪物が
過度に長く生きすぎて、
考えが腐ってしまったのだと
確信しました。
議長は、
皇帝さえ良ければ、
これからも、時々やって来て
皇女の様子を見る。
あのままの状態が維持されるか、
それとも成長するにつれて
不安定になるか分からないから。
魂が不安定になり続けても、
進行速度が今と変わらなければ、
他の人たちと同じくらい生きることが
できるだろうと言いました。
ラティルは、
議長の提案を受け入れました。
議長を信頼しているわけではないし
彼が宮殿を行き来するのも嫌でしたが
子供のために、
甘受しなければなりませんでした。
◇話すべきか否か◇
ギルゴールが議長を連れて去った後、
ラティルは、普段あまり飲まない酒を
持って来るよう指示しました。
ラティルは、おつまみなしで
酒を飲みながら
大理石の壁をじっと見つめました。
酒を1本飲み干しましたが
酔えませんでした。
ラティルは空き瓶を脇に置き
机に頬を当てて突っ伏しました。
涙が流れ落ち、
紙の上に広がりました
ラティルは、この話を
ラナムンにも伝えるべきかどうか
しばらく悩んでいた時、
扉の外で秘書が
ラナムンの来訪を告げました。
ラティルは反射的に、
机の中に空き瓶を隠しました。
しかし、酒の匂いを隠すことはできず
中に入ってきたラナムンは、
一気に酒の匂いに気づいて
酒を飲んだのかと尋ねました。
ラティルは酒の話は無視して
こんな時間に何の用で来たのかと
尋ねました。
しかし、なぜ彼が来たのか
ぼんやりと見当がつきました。
ラナムンは、プレラが
金髪でとてもハンサムな男と
変な話をしたというのを聞いたと
答えました。
やはり、
プレラの話を聞いたラナムンは、
ラティルが議長に会ったことを
察して来たようでした。
ラティルは、
ラナムンよりハンサムな男ではないと
知らんぷりしました。
しかし、ラナムンは、真剣な声で
ラティルを呼びました。
ラナムンは、ラティルが
酒を楽しまないことを
知っていましたが、部屋の中は
酒の匂いが充満していました。
ラナムンは、
ギルゴールも、その場にいたと
聞いたけれど、
議長が訪ねて来たのか。
議長とプレラに関する話をしたのか。
どんな話をしたのかと尋ねました。
ラティルは
机を叩きながら悩みました。
もしプレラの寿命が確実に短いのなら
ラナムンにも
話さなければならないけれど、
しかし、まだ確実なことでは
ありませんでした。
魂が不安定になっても、人並みに
生きることもできるという状況で
ラナムンに話しても、ただ二人で一緒に
不安になるだけでした。
子供たちは意外と鋭いので、
両親揃って、子供を見る度に
不安そうにしていれば、
プレラが気づくかも知れない。
しかし、最初から言わないと、
後日、ラナムンが傷つきそうでした。
カイレッタのことが嫌だと
言っていたプレラが、
クレリスとカイレッタに
喧嘩をしないようにと
言い聞かせるなんて、
随分、お姉さんらしくなったと
思います。
そうはいっても、まだ7歳。
母親に甘えたい年齢なのに、
母親は忙しいからと我慢している
プレラは健気だと思います。
自分だけラティルに呼ばれただけで
とてもプレラは喜ぶのだから、
もっと彼女と接する時間を
増やして欲しいと思います。
もしかしたら、寿命が
短いかもしれないのだから。