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57話 エルナはフォレスター家の招待に応じましたが・・・
何てこと。本当に現れるなんて。
船上で開かれた、
フォレスター子爵夫人の
ティーパーティーに現れた
レチェンの大公妃を見た貴婦人たちは
一斉に驚愕し、
お互いの顔色を窺いました。
招待状を送ったのは、
一種の挑発的な、いたずらに過ぎず、
自分の立場に相応しくない席に座った
田舎者に、
ただ、グレディス王女の存在を
思い出させたかっただけでした。
誰も大公妃が、この席に
現れるとは思いませんでした。
グレディス王女の親戚が開く集まりに
大公妃が参加するなんて、
お話になりませんでした。
客たちが口を塞いで
ざわついている間に、
エルナ・デナイスタが
ホールを横切って来ました。
上品なドレスに、
ダチョウの羽が飾られた帽子を
かぶった大公妃は、噂で聞いた
下品な女性とは全く違う姿なので
彼らを、もう一度当惑させました。
貴婦人の真似を、よくするのか?
金持ちの王子が、新しい奥さんに
惜しみなくお金を
使っているようだ。
どれくらい続くか分からないけれど。
悪意を隠さない、その言葉が、
クスクス笑う声と共に広がりました。
一歩遅れて、
敵対的な雰囲気を感知したエルナが
足を止めたと同時に、
グレディスが登場しました。
お互いを見る二人の目つきからは
隠せない戸惑いが
鮮明に感じられました。
なんと大公妃は、
自分がお姫様の親戚であることを
本当に知らなかったみたいだと
グレディスのそばに近づいた
フォレスター子爵夫人が
声を精一杯低くして囁きました。
声を出さすにため息をついた
グレディスは、憐憫の眼差しで
大公妃を見つめました。
途方に暮れている姿が哀れで
イライラしました。
親交の範囲内にある家門を
見分ける能力すらなく、
恥をかく王子妃だなんて。
しばらくの間、
その席にいたグレディスまで
恥ずかしくなることでした。
フォレスター子爵夫人は、
ほんの少しいたずらをしただけなのに
王女まで困らせてしまったことを
謝りました。
グレディスは、
自分は大丈夫なので気にしないでと
返事をすると、
大公妃に近づきました。
妻の顔は夫の顔でもある。
このままビョルンを
恥をかくままにさせておくわけには
いきませんでした。
グレディスは
「ようこそ、大公妃」
と親切に挨拶することで、
会話の扉を開きました。
グレディスは、招かれざる客に対して
明るい笑みを浮かべながら、
そうでなくても、一度は
会いたいと思っていたので
このように来てくれて本当に嬉しいと
言いました。
彼女は「ビョルンのために」という
呪文を繰り返すことで、
心からこの哀れな女を歓迎することが
できるような気がしました。
そして、
みんなも、そう思わないかと
そっと力を込めて尋ねると
反論できる貴婦人は
誰もいませんでした。
その代わりに彼女たちは、
別の方法で
招かれざる客を罰しました。
フォレスター子爵夫人と
視線を交わした、ある夫人が、
随分、ご無沙汰しているけれど
レーマン伯爵は元気かと
声を高めて騒ぎ始めました。
その家門との親交について
話をしている間、
彼女の視線は、
大公妃に向けられていました。
他の客たちも同じでした。
年が年なので心配だ。
元気でいるといいのだけれど。
少し前まで、三番目の奥さんを
迎えようとしていたのを見ると
そんな心配はしなくても
いいのではないか。
まあ、本当に?
努めて笑いをこらえる
フォレスター子爵夫人の口元が
小さく痙攣しました。
お茶を楽しんでいる間、
レーマン伯爵から
ハインツ家の問題児まで。
普段なら、
関心も持たなかった名前について
熱心に言及する貴婦人たちの声からは
優雅な嘲笑が滲み出ていました。
案内されたテーブルに座ったエルナは
冷たく固まった手で、
シャンパングラスを握りました。
ブクブクする泡を
じっと見下ろしている間に、
複雑に糸が絡んだようだった頭の中が
一通り整理されました。
フォレスター子爵婦人は
グレディス王女の母方の親戚で、
二人は親しい間柄。
自分に送られて来た招待状は、
決して、
好意の表れであるはずがないという
意味でした。
それなのに、夫の返事一つを頼りに
喜んで返事を送って、この場に来る
馬鹿なことをしてしまった。
それに気づいても、
背を向けることができなかったのは
レチェンの王子妃という、
自分が責任を負わなければならない
名前の重さのためでした。
すでに取返しがつかないのなら、
むしろ針の筵に耐えた方が良く、
逃げるように去れば、さらに
大きな嘲笑を買うことになるだろうと
思いました。
一口も飲めなかった
シャンパンを置いた瞬間、
大公妃は、本当に口数が少ないと言って
グレディスが近づいて来ました。
エルナのそばに座っていた夫人たちは
慌てて席を外しました。
グレディスは、
もしかして、このパーティーが
退屈なのかと尋ねると、
当然の権利を行使するかのように
空いているエルナの向かいの席に
座りました。
エルナは、
そうではないけれど、
少し慣れていないと答えました。
グレディスは、
ああ、そうですね。
大公妃は田舎出身だと聞いたと言うと
理解していると言わんばかりに
頷いて微笑みました。
それから、グレディスは、
それでも眼識は立派ではないか。
帽子がとてもきれいで
よく似合っていると褒めました。
エルナは恐縮しながら
お礼を言いました。
しかし、グレディスは、
装飾は少し減らした方がいい。
ビョルンの好みは、
もう少しシンプルで優雅なものだからと
親切に助言すると、
遠くで待機中のウェイターに
目を向けました。
急いで近づいて来た彼は、
香ばしいお茶を一杯用意した後、
再び元の場所に戻りました。
カップを軽く握りながら見た
エルナの顔は、目に見えて
赤くなっていました。
どうしても、こんな選択をするほど
あなたは自分を憎んでいる。
改めて悟ったビョルンの気持ちに
グレディスは
惨憺たる気持ちになりました。
あの孤高な男が、
元の場所に戻れるようにして
あげたかったけれど、かえって
もっと深いぬかるみの中に
背中を浮かべるようなことに
なってしまいました。
グレディスは、
「ビョルンをよろしく」と頼むと
カップをソーサーの上に置き、
首をまっすぐに伸ばしたまま
真っ赤な顔をしたエルナと
向き合いました。
幼い顔立ちと小柄なせいか、
限りなく未熟な少女のように見え、
到底、一国の王子妃らしい威厳は
見当たりませんでした。
離婚から子供の死まで、
たくさん傷ついた人なので
どうか自分の分までよろしくと
グレディスはエルナに頼みました。
煌びやかな午後の日差しの中で
笑っているグレディスは、
まるで名画の中の聖女のように
高潔で美しく見えました。
ビョルンのものとそっくりな
プラチナブロンドの髪と
傲慢なほどに優雅な笑みが、
限りなく、
みすぼらしくなったエルナを
圧倒しました。
それからグレディスは、
緩く握っていた扇子を下ろした手で
再びカップを握りました。
誰の目にも、友達と一緒に
ティーパーティーを楽しむ
貴婦人に見える姿でした。
彼女は、
もう一つアドバイスがあると言うと
今後は、
このようなミスを犯さないよう
注意するように。
もうすぐラルスに到着するのに
このように呑気でいては困る。
今日は、幸いにも自分がこの場にいて
苦境を免れたけれど、
いつも、そうとは限らないと
警告すると、先に席を立ちました。
青白くなったエルナの顔を見る
目つきからは、憐憫と幻滅が
同時に滲み出ていました。
エルナは、ただ、黙々と
その視線に耐えるだけで
何の反論もできませんでした。
少なくとも、最低限の礼儀と対面は
知っている淑女のようでした。
どうせ、返事を期待していなかった
グレディスは、
楽しい新婚旅行になりますようにと
礼儀正しく、別れの挨拶をしました。

グレディスが頭痛を訴えて
先に席を立つと、ティーパーティーは
予定より早い時間に終わりました。
空気を読まずに現れて
パーティーを台無しにした主犯
レチェンの大公妃に
厳しい視線が注がれたのは
当然の成り行きでした。
エルナは、
醜い姿を見せないように努力して
そこから抜け出しました。
目の前がグルグル回って、
両足が震えましたが、
屈することなく、落ち着いて
一歩を踏み出しました。
かろうじて甲板に出ると、
冷たい海風が吹いて来ました。
どこを見ても、
水平線だけしか見えない大海原に、
ふと耐えられなくなったエルナは、
逃げるようにして
船室に向かいました。
ファーストクラスの甲板に入ると、
使節団と一緒に休憩している
ビョルンに出くわしました。
葉巻を吸っていた男たちの視線が
一斉にエルナに集中しました。
葉巻を消して
近づいて来たビョルンは
船上の社交の集まりは楽しかったかと
茶目っ気を漂わせながら
質問をしました。
きれいに梳かした髪と
格式のある服装のどこにも、
エルナを限りなく恥ずかしくさせた
昨夜の男の跡は
見当たりませんでした。
そして、
「ティーパーティーって
言っていたっけ?」と
何も知らない人のように
平然と尋ねるビョルンを、
エルナは呆然とした目で直視し、
フォレスター子爵夫人の
ティーパーティーだったと
答えました。
フォレスターと聞いたビョルンは
眉を顰めてエルナを見ました。
当惑した表情でした。
まさか、知らなかったの?
エルナの目つきが
ぼんやりとしました。
そのような場に
自分を送った夫に対する恨みが
一瞬、当惑に変わりました。
確かに聞いて、答えてくれたのに
どうして?
ビョルンは、ため息をつくように
エルナの名前を呼びながら
一歩近づきました。
頭を下げてエルナを見つめる
彼の瞳には
もはや温もりがありませんでした。
ビョルンは、
招待を受け入れる前に、
まずカレンと相談するようにと
忠告しました。
穏やかな口調でしたが、
そこから突き出ている棘に気づくのは
それほど難しくありませんでした。
夫を信じていた妻を
こんなに冷たく叱っていることに
エルナは悔しい思いをしたけれど
結局、何も言えませんでした。
エルナは、
迅速な検討を頼まれた報告書だけに
集中していた、あの日のビョルンを
思い出しました。
自分に無関心な態度でしたが、
それでもエルナは、
夫と一緒にいる時間を楽しみました。
たまに見せてくれる
ビョルンの視線と笑顔が、
まるで恋人のように
優しかったからでした。
その態度に、
とても、ときめいたエルナは
お茶を飲む間、
ずっと緊張していました。
もし、また目が合ったら
きれいに見えるように。
ただ、その一念だけで、
何度リボンを結び直して
姿勢を整えたか、分かりませんでした。
でも彼は、そうではなかった。
遅れて悟ったその事実が、
エルナの心を、
さらにみすぼらしくしました。
向かい合っていた妻の話を
上の空で聞き流し、
記憶のない返事をするくらい
徹底的に無関心だったのでした。
エルナは「はい」と返事をしました。
結局、エルナはビョルンを
問い詰められませんでした
彼は、妻と一緒に
新婚旅行を楽しむ夫である以前に、
使節団を率いるレチェンの王子なので、
皆が見ている前で、夫の体面と品位を、
むやみに貶めたくありませんでした。
エルナは、
震える両手を握り合わせながら
これからは気をつけると謝りました。
ビョルンは、
少し前にグレディスが見せたのと
よく似ている、
若干の困惑と憐憫が混じった笑顔を
見せました。
二人を見守っていた大臣が
丁寧にビョルンに声をかけました。
頷いたビョルンは、
そちらを振り向きました。
夕食前までには帰るので
休んでいるようにと、
再び恋人のように
優しく囁いてくれた彼は、
使節団を率いて遠ざかりました。
夫の後ろ姿が甲板から消えるまで
エルナはその場を
離れることができませんでした。
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貴族たちにしてもメイドたちにしても
エルナは大公妃なのに、
あからさまに彼女に聞こえるように
侮辱する言葉や馬鹿にする言葉や
嘲りの言葉を発することが
理解できません。
田舎の貧乏な男爵家出身であっても、
ビョルンの妻になった以上、
他の王子と王女と
身分的には同等のはずだから
エルナに対しても
敬意を払うべきなのに。
言いたい放題言われているエルナが
本当に可哀想だと思います。
グレディスの取り巻きたちは
エルナが貴婦人の真似をしていると
馬鹿にしているけれど、
エルナは、その場にいる誰よりも
貴婦人としての礼儀を
身に着けていると思います。
上品そうにしているけれど
事あるごとに、人の悪口を言って、
意地悪をして
誰かを陥れようとしている人たちは
貴婦人の皮をかぶった野蛮人。
けれども、グレディスは
そのようなことをしないので、
もしかして、ビョルンは、
グレディスは他の人と違うかもと
思っていたのかもしれません。
ところが、グレディスは
虫も殺さないような顔をしているくせに
別の男との間に子供を作って
嫁いで来るという、
とんでもないことをしでかした。
だから、ビョルンは
グレディスに似た雰囲気のエルナも
腹黒だと思った。
けれども、エルナが
心底、貴婦人であることを見抜いた
ビョルンは、事あるごとに
エルナのことを淑女と
呼んでいるのではないかと
思いました。
ビョルンを元の場所に
戻れるようにしてあげたかったとか
エルナに要らぬ助言をする
上から目線のグレディス。
そこまで偉そうにできるほど
立派な人間なのかと
非難したくなります。
そして、グレディスは、
さも、ビョルンのことを
よく知っているように話すけれど
彼女は彼のことなんか
全然、分かっていないと思います。
グレディスは、ビョルンが
自分のことを憎んでいると
思っているけれど、ビョルンは
彼女を憎んですらいないと思います。
グレディスが
ビョルンを理解していたら、
彼とよりを戻そうなどという
恥知らずなことを考えないはず。
自分の思い込みと自分の利益のために
行動するグレディスは
改めて自己中心的な女だと感じました。
それから、ビョルン。
エルナは、
ビョルンと一緒にいられるのが
嬉しくて、
綺麗な自分を見せたくて
リボンを何度も結び直したのだから
いくら忙しくても、
きちんとエルナの話を
聞いて欲しいです。
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