82話 マティアスはタオルでレイラの体を拭きました。
マティアスは、
きれいに拭いたレイラのそばに
横になりました。
熱が冷めるほど
時間が経ったにもかかわらず、
依然として赤く染まっている
小さな体がきれいでした。
布団をかけてあげようとして
気が変わったのもそのためでした。
暖炉のぬくもりがあるので、
これ以上、寒くはないだろう。
相変わらず寒いといっても
心変わりするつもりは
ありませんでしたが。
マティアスは、堅固な壁のように
黙っている頑固な女を
自分の懐に引き寄せました。
離れていた間に消えてしまった
手と唇の跡が
再び鮮明になっていました。
満足そうな笑みを浮かべた
マティアスは宥めるように
じっとしているレイラの肩と胸、
お腹を撫でてみました。
まるで、何かをせがむようにしている
自分の姿が滑稽でしたが、それが
とても嫌ではありませんでした。
レイラは、
その手が足の間に滑り込んだ瞬間
はっと目を開けました。
しかめっ面をして
体をよじるのが可愛くて、
マティアスは少し笑いました。
レイラは理解できないことを
心配するかのように
「やめて」と力を込めて頼みました。
力なく垂れ下がっていた手は
いつの間にかマティアスの手首を
ギュッと握っていました。
力が弱かったけれど、マティアスは
素直に捕まってやりました。
レイラは、
もう思う存分やったではないかと
言いました。
実はこれよりもっと
たくさんやったこともありましたが
レイラは知らないふりをしました。
前のように痛いわけではないけれど
痛くないので、もっと苦しみました。
この男とこんなことをして
快楽を得るという自己恥辱感より、
体が二つに裂けるような
最初の痛みの方が、
まだ良いと思いました。
マティアスは、
腫れた下部を撫ででいた手を
ようやく離し、その代わりに
片腕で腰を抱き、
もう片方の腕で頭を支えて
自分に抱かれている小鳥を
見下ろしました。
レイラは力を込めて目を見開き
彼と向き合いました。
マティアスは、
腰から少し上に手を伸ばして
乱れた髪を撫でながら
首都で暮らせと囁きました。
メイド扱いされて侮辱されるレイラを
見たくなかったし、
どうせ、結婚した後まで愛人を
領地に置くわけにはいかないので
住居を少し早く移すのも
悪くはありませんでした。
レイラは徐々に目を細めながら、
その理由を尋ねました。
マティアスは、
大学へ行きたがっていたではないかと
答えました。
レイラは、
自分を大学に行かせてくれるのかと
尋ねました。
マティアスは、
レイラが望むならと答えました。
レイラは激しく首を横に振ると
嫌だ。体を売って大学に行く気なんて
絶対にないと答えました。
険しい目つきとは違って、
声は力なく震えていました。
真顔のレイラを眺めていた
マティアスは、
冷ややかな笑みを浮かべながら、
ため息を呑み込みました。
レイラ・ルウェルリンが
吐き出すこの種の言葉が
自虐ではないことが、ようやく
わかったような気がしました。
この賢い鳥は、
主人を侮辱する方法が何かを
正確に把握していました。
自分たちは、
取引をする間柄であり、
自分の体は、
ただその取引の手段に過ぎない。
それを周知させて神経を逆撫でる
この女の浅はかな手口が丸見えでしたが
それでも、
毎回巻き込まれてしまう自分に
マティアスは、
ふとイライラしました。
彼は、
無茶苦茶に振る舞うあなたの体が
大学に行くのに値すると思うのかと
尋ねました。
柔らかい髪の毛をつかんだ
マティアスの手に
徐々に力が入りました。
侮辱感が大きいほど、彼の声は
むしろ落ち着いて来ました。
レイラはビクッとすると、
それなのに、なぜ、
自分にこうするのかと尋ねました。
息を切らしているレイラの顔が
一瞬赤く燃え上がりました。
「さあ」と答えると、マティアスは
自分でも理解できない気持ちで
しばらく物思いに耽りました。
実際、あえて愛人を
大学に行かせなければならない
理由はなく、首都の邸宅で
贅沢をさせてやるだけでも十分で
彼もそれを知っていました。
マティアスは
自分が施す慈悲と恩恵だろうと
失笑するように言い放つと
レイラは、
短くため息をつきました。
マティアスを
鋭く睨みつけていたレイラが
起き上がろうとしました。
しかし、それより少し速く、
マティアスはレイラの肩をつかんで
ベッドに押し付けました。
神経を逆なでる態度が、
とても気に障るけれど、
クロディーヌに侮辱され
寒くて暗い寝室に一人で
うずくまって眠っていた
その哀れな姿より、
はるかに良いと思いました。
自分に反抗して
歯向かう愛人に対して持つには
多少滑稽な感情でしたが、
マティアスは
素直に受け入れました。
全てが
理解できないことだらけでした。
クロディーヌのことを見ても
そうでした。
どんなに不埒なことを企んでも、
彼女は婚約者なので、当然、彼女を
優先しなければならなかったのに
あのように
クロディーヌを叱責したのは
秩序に反することでした。
クロディーヌが何をしたとしても、
自分がこの女にやっていることより
残酷なはずがありませんでした。
わかっているのに、
思うようにはいきませんでした。
マティアスはため息をつく代わりに、
閉じている小さな唇を
飲み込みました。
レイラがあちこちに
顔を避けようとすると、
そのまま細い体の上に乗り
力を入れて押し潰しました。
衝動的に始まったキスに
欲望が宿るまで、
それほど長い時間は
かかりませんでした。
レイラがそれを察知した時、
マティアスは、
すでに彼女の中にいました。
彼が拭いてくれた所が、
彼によってまた汚され始めました。
以前のように避ける代わりに、
レイラは、
ゆっくり動くマティアスの顔を
注意深く見つめました。
公爵がこのようなことをする理由は
自分の楽しみに他ならないことを
知らないほど
馬鹿ではありませんでした。
それなのに、慈悲と恩恵だなんて。
苦しそうな息の合間に、
レイラが「嘘」と小さな囁くと
マティアスの動きが
しばらく止まりました。
突き刺すように、
彼を見つめているレイラの瞳は、
どうしようもなく純真なあまり、
さらに大胆に感じられました。
いつも力なく揺れていた両腕と足も
今はしっかりと彼を包んでいました。
「全部知っている」と言うレイラは
他に弱点でもつかんだのか
かなり深刻な表情をしていました。
体にたくさん力を入れて、
彼を締めつけました。
にっこり笑ったマティアスは、
さらに何か言おうとする
小さな唇を飲み込み、
再び動き出しました。
激しくなった動きに合わせて
ぬるぬるした音が鳴り響きました。
もしかしたら、レイラが
正しいかもしれないという
気がしました。
真実が何なのか彼さえ知らない嘘。
早朝、
顔を洗って着替えた直後に
玄関のドアがノックされたので
レイラは少し驚いた顔で
ドアを開けると、
クロディーヌのメイドが
いきなり頭を下げて謝りました。
幼い頃から一様に
レイラを冷遇してきた姿は跡形もなく
気づまりなほど、丁寧な態度でした。
レイラが、
一体どうしたのかと尋ねると、
メイドは、
手を怪我したという嘘をついて
自分の仕事を
ルウェリンさんに代わってもらったと
真っ赤な顔で答えました。
レイラは包帯を解いた
メイドの右手を見ました。
少し慌てましたが、
驚きはしませんでした。
このような嘘かもしれないということは
すでに予想していたからでした。
しかし、早くから
クロディーヌの計略だと
知っていたとしても、
変わることはなかっただろうと
思いました。
以前は、高貴な伯爵家の令嬢だから、
そしてビルおじさんが
困ることになるかと思って
従っていましたが、今は、
さらに強固な罠が
レイラの首を締め付けていました。
クロディーヌの婚約者と
悪いことをしている立場で
何を言えるだろうか。
夜の闇に隠れて彼女のものを盗む
泥棒と変わりませんでした。
自分の意思ではないからといって
その事実が、変わるわけでは
ありませんでした。
落ち着いて自分の嘘を説明して
謝罪する間、メイドは
クロディーヌに対するように
丁寧でしたが、
時々、目つきに現れる本心まで
隠すことはできませんでした。
メイドが帰って玄関のドアを閉めた後
レイラは、
その感情が軽蔑と怒りであることに
気づきました。
以前よりずっと露骨で鋭い反感でした。
ベッドの端に座って
考え込んでいたレイラは、
もしかして、クロディーヌは
知っているのかもと、
悪い仮定をし、息が詰まりました。
よりによってその瞬間、
ベッドの横のテーブルに置いた箱が
目に入りました。
昨夜、離れを出る前に
公爵がくれたものでした。
寝室のドアの前まで行った公爵が
コートのポケットから取り出した
小さな箱を持って帰って来ました。
ベッドの下に腕を伸ばして
衣類を拾って集めていたレイラは、
ビクッとしながら
布団を胸の上に引き上げました。
すでに全身に、その男の痕跡が
残っていましたが、
恥ずかしいことは、
恥ずかしいままでした。
マティアスは
「開けてごらん」と言って
レイラのそばに箱を置きました。
眉を顰めて、
それを見つめていたレイラは
眼鏡をかけました。
赤いベルベットの箱を開けると、
呆れたことに、
鳥の形をした装飾が現れました。
レイラは、
ラッツの博物館の通路の
天井を飾っていた
クリスタルの鳥たちが煌めいていた
午後のことを、
すぐに思い出しました。
まさかと疑問を抱きながら
クリスタルの鳥を見つめた後、
顔を上げて、再び公爵を見ました。
深く観察しても、その男の表情から
何の感情も読み取れませんでした。
結局、レイラが先に、
なぜ、これをくれるのかと尋ねました。
彼を見る大きな瞳は、
「覚えていたの?」という
口にできない質問で
いっぱいになりました。
マティアスは、
好きだったではないかと
あまりにも、さわやかに答えたので
レイラはさらに混乱しました。
期待と希望がどんな傷として
戻って来るのか、レイラは
もう、よく分かっていました。
彼が、こうするなら、
これは絶対に・・・と
自分勝手に広がって行く考えを
断ち切るように
レイラは急いで箱を閉めました。
頭を下げて息を整えている間に、
マティアスがベッドの近くに
もう一歩近づきました。
レイラが避ける暇もなく、
マティアスは彼女の顎をつかみ
力を入れて顔を引き上げました。
贈り物を受け取った愛人の表情が
気になったようでした。
避けることもできない、
その男の目に向き合ったレイラは
「いいえ」としか
答えられませんでした。
マティアスは目を細めただけで
何も言いませんでした。
レイラは、
もう嫌い。必要ない。
持って行ってと言いましたが
空に舞い上がるような瞬間のことが
思い浮かびました。
冷たく滑らかなクリスタルの表面に
指先が触れ、驚いて振り向くと
公爵の顔を見下ろすことができた
春の日の一瞬。
もう意味がないのに。
いや、最初から意味なんてなかった。
しばらく、
レイラの顔を見下ろしながら
立っていた公爵は、
そっけなく手を引き
「じゃあ捨てろ」と平然と命令して
立ち去りました。
だから捨てるべきだったけれど、
結局、持って帰って来た箱を
開けてみたレイラの瞳に、
自分自身に対する責めと幻滅の色が
浮かび上がりました。
投げ捨てようとして、
手にしたりもしましたが、
結局、できませんでした。
お前はかなり立派な
大人になるだろうと
確信のこもったビルおじさんの声が
浮び上がると手が震えました。
抑えきれない羞恥心に
首が締め付けられるようでした。
レイラは昨夜のように
急いで閉じた箱を
ベッドの下に隠しました。
もう二度と見たくありませんでした。
レイラが鳥を触れるように
マティアスが
抱き上げてくれて、
レイラは本当は嬉しかった。
そして、マティアスが
その時のことを覚えていてくれて
クリスタルの鳥を
プレゼントしてくれたことが
本当は嬉しかった。
けれども、
立派な大人になるだろうという
ビルおじさんの期待を裏切り、
婚約者のいるマティアスと
キスをしたり、ついには、
愛人にまでなってしまったことに
レイラは
罪悪感と羞恥心を覚えているので
嬉しいという気持ちに、必死で
蓋をしているように思いました。
そして、レイラは
マティアスとの関係は
永遠に続くものではなく、
いつかマティアスは
自分を捨てると思っている。
それならば、
あまり傷が深くならないうちに
早く捨てて欲しくて、
レイラはマティアスに反抗し
酷い言葉を浴びせる。
けれども、レイラは
マティアスとの嬉しい思い出の
証拠であるクリスタルの鳥を
捨てることができない。
かといって、その鳥を
見えるところに置けば、
あの時の思い出が蘇り、
また何かを期待をしてしまう。
でも、そうするわけにはいかないし
そうならないだろうと思っている。
マティアスはレイラを愛人にできて
喜んでいるけれど、
レイラは愛人という
未来のない立場にいることが
苦しくて苦しくて
たまらないのだと思いました。
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いつもたくさんのコメントを
ありがとうございます。
あいちん様
あらすじの後に書いている文言は
原作のタイトルではなく、
私が考えています。
タイトルを、そっくりそのまま
書くのは気が引けますので・・・
81話は書き忘れてしまいましたので
これは、そのままにして、
原作のタイトルをお教えしますね。
「永遠に変わらない心」です。