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34話 週末、バスティアンはアルデンに戻って来ましたが・・・
探るように、
ドレスを見回したバスティアンは
それが最善なのかと、
落ち着いて質問をしました。
オデットは当惑した表情で
夫を見ました。
バスティアンの意図を理解するまでには
あといくらかの時間が必要でした。
感情がこもっていない乾いた目つきと
口調のせいでした。
彼は、愛情深い夫を演じていた時と
変わらない態度で、
オデットを非難していました。
オデットは、
晩餐会に出席するのに、
何一つ欠けていない姿だと思うと
自信を持って
自分の見解を明らかにしました。
派手ではないけれど、
十分に格式があって
優雅なドレスでした。
オデットが最も好むスタイルで
一緒にドレスを準備した
トリエ伯爵夫人も同意見でした。
バスティアンは、
まさか奥様に渡した
あのたくさんの宝石の中で、
気に入っているものが、
それだけだなんて言えないはずだと
非難すると、今や彼の目は、
妻の耳で輝いている
小さな真珠のイヤリングに
向かいました。
オデットが身に付けている
唯一のアクセサリーでした。
オデットは、もちろん
あなたからもらった宝石は
美しいけれど、このドレスには
過度な装飾は似合わないと思うと、
今回も躊躇わずに反論しました。
バスティアンは「ああ、思う」と、
妻がよく口ずさむ言葉を繰り返しながら
椅子から立ち上がると、
今、自分があなたの考えを
聞いていると思うのか。
自分はあなたの考えなどに興味はない。
そのみっともない服装を変えろと
命令していると言うと、
オデットとの距離を
一歩ほど残した所まで近づきました。
オデットは、
そっと目を伏せたまま息を整えた後に
今夜、招待した客のことを考えて
これを選んだと、
決して口に出したくなかった
本音を打ち明けました。
オデットは、
晩餐を共にするあなたの友達は
あの夜、
自分たちが初めて会った時のことを
全て目撃して、
よく知っているのではないか。
それなのに、自分が
過度に贅沢で派手な姿をしていると
滑稽に見えると思った。
それよりは地味で品のある身なりが
あなたの体面を保つのに
ずっと役に立つと思うと主張しました。
非常にプライドが傷ついて、
悲惨な気持ちになりましたが、
オデットは、
決して興奮しませんでした。
バスティアンも
冷徹な目つきを保ったまま
その言葉を聞いてくれました。
そのため、
その男の口元をよぎった嘲笑は、
さらにオデットを混乱させました。
バスティアンは、
もっともらしい論理ではあるけれど
それほど大きな効果は
期待できないだろう。
父親の賭博の借金で売られた
女性の品位などに
一体誰が関心を持つだろうかと
声を上げることなく、
オデットの心を踏みにじりました。
そして、
どんな服を着ようと、あなたは
どうせ滑稽に見えるだろうと
言いました。
頭を傾けたバスティアンが吐いた
柔らかいため息が
血の気の失せたオデットの頬に
届きました。
ぼんやりした目を
ゆっくりと瞬かせていたオデットは
そう思うなら、なぜ、
わざわざ着替えを強要するのかと
反論しました。
バスティアンは、
あなたの境遇がどう変わったのか
はっきりと、
見せなければならないからと
一抹の躊躇や悩みもなく
返事をしました。
オデットは、
偽の妻がおかしく見えるのは
構わないけれど
あなたの財力が無視されるのは
我慢できないということかと
尋ねました。
バスティアンは、
大した違いはないと答えると、
赤くなったオデットの目を
チラッと見た後、
そのくらいで椅子の前に戻りました。
再びそこに座ると、
若干の苛立ちが混じったため息が
長く漏れました。
かなり賢い女性だけれど、
たまに、あまりにも生真面目で
純真に振る舞う時がありました。
その、ご立派な名誉や
品位に関することの前では
特にそうでした。
バスティアンは、
椅子の背もたれに深くもたれかかり
視線を上げました。
あの女を買った。
バスティアンは、
この結婚の本質が何であるかを
明確に認識していました。
契約が切れるまで、
オデットは彼のものでした。
自分のものが安物扱いされるのを
我慢する忍耐と寛大さのようなものは
バスティアンにはありませんでした。
そのため、オデットは、
蔑視されていた姫の跡を
誰も見つけることができないように、
この世で
最も華やかで美しい女性でなければ
なりませんでした。
バスティアンは、
新婚生活を楽しんでいる夫の顔で、
あなたは考える必要がない。
考えるのは自分だ。
奥様は、自分が考えて命令したことに
従えばいい。
まさか、それが
自分たちの契約であることを
もう忘れてしまったと
思いたくないけれど、
もしかして、そうなのかと尋ねました。
それから、彼は置き時計を見て
目を細めました。
そろそろ客が、到着し始める頃でした。
バスティアンは、
思い出せないなら言って欲しい。
もう一度、
契約書を見せてもいいと言いました。
オデットは、
そんな手間をかける必要は
なさそうだと答えました。
青緑色の瞳いっぱいに
透明な涙が滲みましたが
オデットは泣きませんでした。
むしろ、話を始めた時より
さらに理性的に見える顔色が
バスティアンを満足させました。
彼は、
結論は出たようだと言うと、
それほど悪くない話し相手を見て
優雅に微笑みながら、
今すぐ着替えるように。
それが自分の命令だと告げました。

「それがね・・・」と
戦々恐々としていたルーカスが
ようやく口を開きました。
最後の客を迎えるために
近づいて来たクラウヴィッツ夫妻は
少し驚いた目で、彼の隣に立っている
同行者を見つめました。
すでに到着して
談笑していた他の客たちも
同じ反応を示しました。
ギュッと閉じていた目を開けた
ルーカスは、
事前に伝えていなくて申し訳ない。
よりによって今日、
エマが、病気になってしまって
どうしようもなかった。
パートナーと一緒に招待された場に
一人で来るわけにはいかなかったし
ちょうどサンドリンが、
夕食の約束がないと言っていたので
偶然に偶然が重なったと、
あらかじめ練習しておいた言い訳を
連発しました。
平然と自分の順番を待っていた
サンドリンは、
自分がルーカスの婚約者の
代わりをしてもいいかと尋ねると、
にっこり笑って見せることで
了解を求め、その後、
懇願するかのように
バスティアンを見ました。
大胆な行動に出たものの、
いざ彼と向き合うと、
胸がひやひやしました。
まもなく社交的な笑みを取り戻した。
バスティアンは
「もちろんです。
ようこそラナト伯爵夫人」と
挨拶をしました。
すでに、すべてを見透かしたような目で
見ていても、バスティアンは
快諾してくれました。
胸いっぱいの喜びが、
この男を憎んで恨んだ過去の時間を
消してくれました。
サンドリンは
品位のある客らしい挨拶をした後、
応接室に入りました。
晩餐会の招待客は、
皆、顔なじみでした。
サンドリンは、
しばらく会わないうちに
クラウヴィッツ夫人は、
さらに美しくなった。
こんな妻を得た大尉は本当に幸運だと
まず適当な褒め言葉で、
会話を始めました。
バスティアンの偽の妻は、結婚前より
ずっと若々しくて
美しかったからでした。
オデットは礼儀正しくお礼を言うと、
伯爵夫人も、とても美しいと
褒めました。
その時、オデットの耳に付いている
とても繊細に細工された
ダイヤモンドが小さく揺れました。
細い首筋も
同じ宝石で飾られていました。
わずか数ヵ月前までは、
貧乏人扱いされていた女性とは
思えない姿でした。
雲の上を飛んでいたような
サンドリンの気持ちは、
すぐに再び地獄の火の中に
押し込められました。
バスティアンは、
もともとケチな男ではないけれど
どうも、これは度が過ぎているように
思えました。
サンドリンが笑みを失わないように
非常に努力している間に
晩餐の準備が完了したという知らせが
伝えられました。
夫の手を握って立ち上がる
オデットを眺めたサンドリンは、
自分でも知らないうちに
呆れたため息をつきました。
夜の海のように
濃い青色のドレスの裾が、
星の光のような人造石の彫刻と
銀の糸で飾られていました。
それを一つ一つ縫い付けて、
刺繍した手間まで加わったことで、
あのドレス一着の値段は
普通の宝石の値段に
劣らないだろうと思いました。
女性の服に無知な将校でさえ、
バスティアンの妻を、とても驚いた目で
チラチラ見ていました。
その視線の意味を
知らないはずがないにもかかわらず、
オデットは超然としていました。
そんな妻をエスコートする
バスティアンも同様でした。
晩餐会のテーブルが設けられている
テラスに向かう間、
サンドリンは一時も
その夫婦から目をそらすことが
できませんでした。
たったニ年間の結婚生活。
結局、捨てられることになる
女性を妬むのは、
おかしなことでしたが、
心は彼女の意志通りに
動いてくれませんでした。
社交界全体を衝撃に陥れる
醜態をさらして
舞踏会を台無しにしたイザベル皇女を
理解することができそうになった瞬間に
幸いにも晩餐会が始まりました
神様が施してくださった慈悲でした。

水平線に残る太陽の光と
空から降ってきた闇が共存する海は、
一枚の絵のように美しいものでした。
オデットの心配とは裏腹に、
客たちは念入りに準備した晩餐を
楽しんでくれました。
もちろん、たまにチクチクする視線を
感じたりもしましたが、その程度なら
いくらでも甘受することができました。
オデットは、どうか今夜が、
このように平安に過ぎて行くことを
切実に願いました。
その時、バスティアンに、
急な電話がかかって来たという
知らせが伝えられました。
客たちに了解を求めて
彼がしばらく席を外すと、
楽しそうな笑いと会話も
跡形もなく消えました。
素早く目配せした将校の一人が
ディセン公爵が
大けがをしたと聞いたけれど、
最近の体調はどうか。
一度会ったことがある間柄なので、
どうしても気になると、
きつい質問をしました。
エーリッヒ・ファーバー。
記憶が間違っていなければ、
あの夜、最も低俗で下品な言葉で
オデットを嘲弄した将校でした。
彼女は、
動くのは難しいけれど
健康は随分回復したと答えると、
心配してくれたことに感謝しました。
オデットの返事に客たちは、
一斉に笑い出しました。
礼儀をわきまえた客とは思えない
態度でした。
オデットは、
思わず水の入ったグラスを置き、
両手を合わせて強く握りました。
どうやら、バスティアンが
正しいようでした。
今夜の客たちは
オデットを見下していました。
これまで、
素直に親交を分かち合ったのは
純粋に
バスティアンのおかげのようでした。
嬉しい知らせだ。
いずれにせよ、
ディセン公爵が、あの夜に
大きな功績を立ててくれたおかげで
クラウヴィッツ夫人は今、
このような贅沢を享受している。
娘に、こんなに大きな
プレゼントをしてくれた父親なら、
長生きする資格が十分あると
言いました。
「おい、エーリッヒ」と
エヴァルト伯爵の息子が
そっと制止しましたが、
エーリッヒ・ファーバーは
止める気がなさそうでした。
状況をのんびりと静観していた
サンドリンは、
その夜に一体何があって、そんなに
楽しそうな顔をしているのか。
一人だけの秘密にしないで
自分たちにも聞かせて欲しいと
その悪意に火を点けました。
エーリッヒ・ファーバーに
懇願した瞬間も、サンドリンは
オデットだけを見つめていました。
光が消えた海は
いつのまにか闇の一部に
溶け込んでいました。
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ルーカスの婚約者が
病気だと言うのは絶対に嘘。
サンドリンが、
どうしても晩餐会に来たくて、
無理矢理ルーカスに
付いて来たのだと思います。
ルーカスは気が弱そうなので、
サンドリンの強い押しに
負けてしまったのだと思います。
バスティアンがいなくなった途端、
オデットをいじめるエーリッヒ。
バスティアンの前では、
オデットに意地悪を言う勇気もない
情けない男だと思います。
オデットが、
あまりにも豪華なドレスを
着ていることに
嫉妬心もあるのかも。
バスティアンの本音としては、
こんなろくでもない男と
付き合いたくないけれど、
資本家として成功するために
あれこれ嫌なことも
我慢しているのではないかと
思いました。
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