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37話 オデットはティラと電話で話をしています。
新しくできた友達と寮生活について
ぺちゃくちゃしゃべっていたティラは
新婚生活はどう?
元気に過ごしているよね?と、
突然、
とんでもない質問をして来ました。
オデットは受話器を持ち直して
自分も元気だと、淡々と答えました。
まさか、それで終わりなの?
とティラが聞き返すと、
オデットは悩んだ末に、
気楽で楽しいと付け加えました。
その言葉に、ティラは爆笑すると、
新婚生活を、
そんなにつまらないように説明する
新婦がどこにいるのか。
とにかくお姉様は本当に生真面目だ。
まるで寮の舎監先生みたいだと、
言いました。
それからティラは、興奮が鎮まり、
一段と穏やかになった声で
オデットにお礼を言いました。
彼女は、
何に対して?と聞き返すと、
ティラは、
ただ、全てに対して。
離れて暮らしてみて、
お姉様が自分を、本当にたくさん
愛してくれていたことが
分かったみたいだ。
だから感謝しているし、
申し訳なかったと言うと、
少し前までは、
楽しそうに浮かれていたティラが
すすり泣き始めました。
ティラは、
幸せなんだよね?と尋ねました。
オデットは、幸せだと答えました。
ティラは、
大尉が、お姉様をとても大切にして
愛してくれているかと、いつもと違って
真剣な質問を続けました。
オデットはゆっくり閉じた目を
開きながら、体を回しました。
海に面した窓から降り注ぐ
白い夏の日差しが、
まだ何の装飾もない小さな書斎の壁を
照らしていました。
サンドリンが風景画をかけてほしいと
要求した、まさにその場所でした。
お姉様?と
不安に囚われたティラの声が、
物思いに浸っていたオデットを
我に返らせました。
オデットは「うん、ティラ」と答えると
まるで目の前に
ティラが立っているかのように、
明るい笑みを浮かべました。
オデットは、
バスティアンは有難い人だと、
ありのままの真実を伝えて
ティラを慰めました。
時には、あの男の非情な言葉に
心を痛めることもあるけれど、
それでも、
有難い人でした。
崖っぷちに立った彼女に
手を差し伸べてくれたおかげで、
家族全員の人生が救われたからでした。
たとえ目的を達成するための
手段に過ぎないとしても、それは、
今までに一度も受けたことのない種類の
好意でした。
その事実一つだけでも、オデットは
この結婚に深く感謝していました。
ティラは、
すぐに本来の明るい声を取り戻して
本当によかった。 もう安心したと
言うと、今週末の計画について
騒ぎ始めました。
友達との遠足。 テニスの教習。
市内見物。
わずか1ヵ月前までは
想像もできなかった生活でした。
ティラの周りがにぎやかになりました。
友達が集まって来たようでした。
ティラは、
もう行かなければ。今度また電話する。
またね、お姉様。愛している!
と大声で叫ぶと、電話を切りました。
さようなら。愛していると
伝える暇がなかったその言葉を
小さく囁いたオデットは、
そのくらいで受話器を置きました。
ティラの声を聞いた途端、
この場所に対して、さらに馴染みがなく
寂寞とした感じがしました。
つまらない感傷に浸りたくなかった
オデットは、鐘を鳴らして
メイド長を呼びました。
今日中に発送しなければならない
郵便物を渡すと、
その分の新しい手紙が渡されました。
ほとんどがクラウヴィッツ夫妻宛ての
招待状でした。
オデットは机の前に座り、
最初の封筒を開けました。
バスティアンの上官である
デメル提督の妻からの手紙で、
夏の別荘に、彼らを
招待したいと書かれていました。
オデットが手紙を下ろすと、
メイド長は、
次の書類の束を差し出しながら、
数日前に面接を受けたメイドたちが
持ってきた紹介状だ。
検討して決めて欲しいと告げました。
オデットは、
今でも、邸宅の人員は
十分なようだけれど、
あえてメイドの数を増やす必要が
あるのかと尋ねました。
メイド長は、すぐさま
ご主人様がそのように命じられたと
断固たる返事をしました。
オデットは、
これ以上反論しませんでした。
この家の使用人たちは、
主人に対する忠誠心が非常に強く、
その愛と尊敬の大きさと同じだけ
女主人のことが不満でした。
オデット個人に対する
憎しみというよりは、
身分と血統に対する反発心に
近いものでした。
それがなくても、
十分に立派な人生を送っていた
自分たちの主人が、
ただそれしか持っていない女性と
結婚することになったという事実を
大きな侮辱と考えているようでした。
克服したとばかり思っていた
旧時代の秩序が蘇り、
バスティアンを屈服させたのだと。
オデットは彼らの反感を、
ある程度、理解しました。
貴族社会では、
古物商の孫という蔑称で呼ばれ
排斥されているけれど、
大多数の大衆にとって、
バスティアンは新しい時代の希望であり
偶像だからでした。
オデットは、
お昼はここで簡単に食べるようにすると
丁重に頼むと、
残りの手紙を読み終えました。
次から次へと来る客たちをもてなすのに
夢中だった日々が過ぎ去ると、
それに対して
お礼の訪問をしなければならない時期が
訪れました。
この仕事を終えれば、
すっかり夏が終わりそうでした。
バスティアンの意向を尋ねる
招待状の選別を終えた頃、
メイド長が戻って来ました。
キュウリのサンドイッチ二個と
冷やしたトマトスープ。
そして材料を惜しむことなく
作られたレモネードが
整然と乗せられた盆が
机の片隅に置かれました。
オデットが
あまり好んで食べない物を厳選した、
誠意が感じられる昼食でした。
オデットはドーラにお礼を言い、
少し休むようにと労をねぎらうと
一口かじったサンドイッチを置いた手で
カタログを広げました。
昨日会ったインテリアデザイナーが
置いていったものでした。
約束した期間内に書斎に掛ける絵を
決めるためには、
近いうちに、紹介された画廊を
訪ねる必要がありそうでした。
高価な絵を直接見ないで
選ぶことはできないからでした。
まだその場に留まっている
メイド長に向かって、オデットは
他に何か用事があるのかと、
静かな力強さがこもった
質問をしました。
急いで表情を変えたドーラは
「いいえ」と返事をし、
他に必要なものがあったら
呼んで欲しいと言って、
丁重に頭を下げた後、立ち去りました。
ドアが閉まると、オデットは
残ったサンドイッチを食べました。
スープ皿もきれいに空にしました。
メイド長が見過ごした
重要な事実が一つあるとすれば、
それはオデットが嫌なことに
耐えることが、
とても上手だということでした。
甘過ぎて酸っぱいレモネードの前では
小さく身震いしてしまいましたが。
短い食事を終えたオデットは
再び女主人の仕事に没頭しました。
週末が近づいていました。
どんな責められる材料も
作りたくありませんでした。

今日はいつもより早く完走したと、
執事のロビスは
喜びの笑みを浮かべた顔で
バスティアンを迎えました。
バスティアンは余裕ができると、
必ず公園に走りに出かけました。
いつも同じ距離を走るため、
所要時間も一定でした。
トロサ諸島から帰国してからは
スピードを少し落としましたが、
最近は怪我をする前より
速い記録を出していました。
にっこり微笑んだバスティアンは
特に返事をすることもなく
玄関に入りました。
ロビスは、あらかじめ用意しておいた
レモン水を持って彼の後を追いました。
ロビスは、
アルデン邸の使用人を補充するよう
指示しておいた。
ご主人様が移住される際に、
一緒に連れて行く、
この家の使用人を加えれば、
人手が足りないということは
なさそうだと、
影のように静かに後を追いながら
報告しました。
頷いたバスティアンは、
一気に空にしたグラスを
再び盆の上に置きました。
バスティアンはロビスを労うと、
一時間後くらいに外出する。
自分で運転するので、
付き添いは不要だと告げました。
ロビスは、
そのように準備すると返事をすると、
夕食を済ませた後は、
すぐにアルデンに出発するのかと
尋ねました。
バスティアンは、今週末は
ラッツに滞在すると答えました。
ロビスは目を丸くして、
奥様が心待ちにしているはずなのにと
言いました。
事前に何も連絡していなかったので
アルデンでは、彼を迎えるための準備の
真っ最中のはずでした。
しかし、バスティアンは
意に介さない様子だったので、
ロビスは、
それ以上、干渉できませんでした。
彼は、
ラッツでの仕事が忙しくて、
残念ながら今週は、
アルデンを訪問できないと
連絡しておくと、
適切な代替案を提示することで
困難な状況をうやむやにしました。
バスティアンは、顎の先で頷き、
「もう退いてもいい」と言うように
目配せをしました。
ロビスは立ち止まって、
階段を上っていく主人の後ろ姿を
見ました。
いくら忙しくても、週末には必ず
新婦に会いに行ったのに。
新婚の若い夫らしい姿が
本当に良かっただけに
残念な気持ちになりましたが、
ロビスは、
その本音も深く飲み込みました。
どうせ何の返事も
返ってこないからでした。

オデットは、
久しぶりに好きな服を着ました。
それは、
バスティアンが気に入らなかった
あの水色のドレスでした。
オデットは耳たぶにぴったり
小さな真珠のイヤリングを付けると
身支度を終えました。
化粧をほとんどしていない顔には
久しぶりに明るい笑顔と
活気が漂っていました。
夫のいない週末。予期せぬ幸運に、
しばらくは戸惑いましたが、
すぐに、オデットは、
しっかりとした計画を立てました。
まず、ラッツの美術商に会って
絵を数点選んだ後、
一人だけのティータイムを持つ
予定でした。
社交界をそのまま移したような
高級ホテルのラウンジより、
静かなカフェテラスが良さそうでした。
そこで読む本は、近くの本屋で
直接選んでみるつもりでした。
オデットが
手提げカバンと日傘を持って
振り向くと、
運転手兼侍従のハンスが
礼儀正しい挨拶をした後に、
どの車を利用するかと、
突拍子もない質問をしました。
オデットは
眉を顰めて考え込みました。
この邸宅には理解しがたい言語が多く
経験によると、こういう時は
正直になるのが一番でした。
オデットは、
申し訳ないけれど、
自分はまだ、この邸宅の全てを
把握していないようなので、
もう少し詳しく
説明してもらえないかと頼みました。
ハンスは、
もちろんだと答えて力強く頷くと、
親切そうな笑みを浮かべながら、
これまで別の倉庫に保管していた車を
新しい邸宅の車庫に移した。
ご主人様が主に利用する車は
ラッツにあるので、こちらにあるものは
奥様の好みで選べばいいと思う。
直接見て決めますか?と尋ねました。
オデットは
「はい、そうします」と答えると
少し気まずそうな笑みを浮かべました。
まるで不思議の国に
迷い込んだようでした。
侍従に案内されて向かった
車庫のドアが開くと、その考えは、
より一層強くなりました。
色とりどりの形と色を持つ自動車が
整然と並んでいました。
せいぜい二、三台程度だと
思っていたオデットを
当惑させる光景でした。
自動車を好まないのであれば、
馬車を用意すると言われましたが
オデットは、
その必要はないと思うと答え、
ぼんやりとした目で
広大なガレージを見回しました。
品格のある女主人。
バスティアンの要求を、
もう一度心に刻んでみましたが、
目の前に広がる光景が与えた衝撃は
簡単には消えませんでした。
オデットは必死に悩んだ末、
夫の使用頻度が最も低い車はどれかと
尋ねました。
しばらく考えていた侍従は、
自分の考えではこれだと思うと答えて
車庫の一番後ろにある
自動車を指しました。
新品のように輝いている
黄色のコンバーチブルでした。
オデットは、
それでは、あれにすると、
厄介な宿題をやり遂げる気分で
答えました。
不思議な国の世界に適応するためには
どうしても、もう少し時間が
必要なようでした。
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今回のお話は、マンガでは
ほぼ端折られてしまったようです。
(私の勘違いだったら
申し訳ありません)
ティラと電話で話すシーンは
マンガの45話に出て来ますが、
会話の内容が違いますし・・・
オデットが
ドーラに負けていないシーンを
マンガで見たかったです。
バスティアンと問題な王子様の
作画担当者様は違うのに、
ドーラの上に
カレンの顔が重なりました。
わざと、オデットが好きでない物を
持って来るなんて、
何て意地悪なんでしょう!
しかも、それを食べる時の反応まで
見ていたなんて、性格悪いです。
けれども、嫌なことに耐えることが
とても上手なオデットの方が一枚上手で
ドーラが彼女にやり込められて
スカッとしました。
レモンと砂糖を
たっぷり使ったレモネードの味は
あまり
想像したくありませんでしたが・・
一体、バスティアンは
何台車を持っているのか。
この時代の車の値段を考えると、
バスティアンが
どれだけお金持ちなのか
想像できました。
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