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131話 レイラの監禁は続いています。
マティアスは、
夜明け前に目を覚ましました。
暗闇に慣れた目に
真っ先に入ってきたのは、
空っぽの隣の場所でした。
泣き疲れたレイラが眠っていた場所が
暗闇だけで満たされていました。
それに気づいた瞬間、マティアスは
反射的に立ち上がりました。
最初に確認した客室のドアは
確かに固く閉ざされていました。
そして外につながる唯一の通路は
そのドアだけでした。
だから、窓から
飛び降りるようなことでも
しない限りは・・・
突然浮かんだ不吉な考えに
マティアスは急いで
窓際に駆けつけました。
すべての窓が、
しっかり閉まっていることを
確認しましたが、
不安は簡単には消えませんでした。
思いがけない場所で
レイラを発見したのは、
心臓が正常に鼓動しなくなって
暴れ始めた頃でした。
マティアスは、
目の前に広がる光景に気が抜けて
ため息をつきました。
レイラは、ソファーにうずくまって
眠っていました。
薄い毛布一枚にしがみついて
震えている姿を見ると、
笑いが漏れました。
触らないで。 汚い。
軽蔑に満ちたレイラの叫びが
耳元から聞こえてくるようでした。
隣で横になることさえ
耐えられないほど恐ろしい男の前で
君は、あのように美しく微笑み
甘く抱き着いて来て、
上手に愛を囁いた。
それだけ君は、
自分を憎んでいたのかと、
静かに訪れたその気づきを
繰り返し思い起こすマティアスの顔には
これといった表情が
浮かびませんでした。
知らなかったわけでは
ありませんでした。
それでも否定したかった事実を
今は受け入れるようになっただけ。
どこまでが本気で、
どこからが嘘だったのだろうか?
レイラが消えてしまった春から
今まで続いてきた
その疑問に対する答えも
マティアスは、今になって
知ることができました。
すべてが嘘だった。
もう愛さなくなった。
しかし、依然として色あせない
あの時間と感情が、マティアスを
さらに惨たらしくしました。
そっと閉じていた目を開けた
マティアスは、
慎重に抱き上げたレイラを
ベッドへ連れて行きました。
少し、もぞもぞ動きましたが
幸いレイラは起きませんでした。
妊娠して、
お腹が丸くなっているのに、
依然として軽すぎる女でした。
マティアスは、羽のようにそっと
レイラを下ろすと、布団を引き上げ、
ゆっくりと慎重に
小さな体を包みました。
マティアスは再び横になる代わりに
椅子を引いて来て
ベッドの横に座りました。
すやすやと眠っているレイラの顔は
穏やかで澄んでいました。
考えてみれば、
彼ではない他の全ての人々には、
一様にこのような顔を見せてきた
女でした。
明るくて凛々しくて優しい娘。
それが皆が知っている
レイラ・ルウェリンでした。
この女の笑顔より涙に慣れている人は
もしかしたら、この世に
自分だけかもしれないと思いました。
それでも赤ちゃんがいる。
その事実だけにしがみつく自分が
滑稽でしたが、
手放すことはできませんでした。
自分を憎むと同時に、
自分の子供を愛する気持ちが
一体何なのか、
実はよく理解できませんでした。
しかし何であれ、それは今や
マティアスに残された
唯一の希望でした。
レイラは愛する子供を置いて、
決して死ぬことも
逃げることもできない女でした。
そのため、子供を
彼のそばに縛り付けておけば、
自然にレイラも
彼のものになるはずでした。
最も完璧な足かせである鳥かご。
それが予期せぬ変化要因である
子供に対する
彼の見解のすべてでした。
他に何を感じるべきなのかは
分かりませんでした。
見知らぬ存在であり、
いくらかの異物感さえ覚えました。
もちろん、
一つだけ確かな感情がありました。
後悔。
もう少し早く妊娠させていたら、
レイラを失わなかっただろうという
痛切な後悔。
ぼんやりとした顔に浮かんでいた
不安と焦りが消えると、
マティアスは飴を握った子供のように
微笑みました。
出征してシエンに入城するまで、
一瞬、一瞬、
レイラが無事であることを祈りました。
そうしてこそ、
命を奪うことができるから。
もちろん、
憎しみや恨みのためではなく、
レイラの命を奪う理由は、
いつも愛、その一つだけでした。
取り戻す方法がないのに、
愛は依然として熱烈でした。
人生を丸ごと飲み込んでも
止まることのない炎のようでした。
命を奪わなければならない。
自分の手で息を止めたという
明確な事実が残ってこそ、
終わらせることができました。
だからレイラは
必ず生きていなければならないし
むやみに
死んでしまってはいけませんでした。
日増しに、さらに愛するようになり
その愛と同じくらい、
この女性の命を奪いたいと思いました。
切実な本心でした。 今もそうでした。
しかし、水色が美しい海辺で
レイラに出会った瞬間、マティアスは、
自分が決してこの女の命を
奪うことができないことを
知りました。
命を奪いたいのに、
そうしなければならないのに、
それができない。
その絶望と歓喜の中で子供を見ました。
救いでした。
再び、捜し出すことができないから
命を奪わなければならなかった。
しかし、子供という奇跡が
新しい道を作ってくれました。
だから命を奪わなくても
良くなりました。
子どもがいれば、
子どもさえ逃さなければ、
またレイラを
手に入れることができるから。
マティアスはゆっくりと手を伸ばして
レイラの顔を包み込みました。
彼の体温にすがりつくかのように
レイラは、そっと頬を
擦り付けて来ました。
彼の心を砕いた、
あの恍惚とした偽りの瞬間のように。
力いっぱいその顔を握りしめて
引き寄せたい衝動を
努めて抑えながら、マティアスは、
じっと、痩せた頬を撫でました。
永遠に嫌われることくらい
どうでも良いと思いました。
許されなくても大丈夫でした。
レイラを取り戻すことができれば、
何でもすることができるし
何にでもなることができました。
この選択がどんな苦痛を与えても、
レイラなしに一人で
放置されていた日々より
残酷ではないからでした。
夜明けの光が差し込む中、
マティアスは、長い間
レイラを見つめていました。
ある瞬間からは、
微かな希望が湧き上がって来ました。
レイラに公爵夫人の地位を与える。
子供は自然に彼の後継者になり、
ヘルハルトのすべての権勢と栄光を
享受することになるはず。
それだけではなく、
自分がレイラと子供にあげられるものは
数えきれないほど多い。
だから、いつか、レイラの気持ちが
変わる日が来るかもしれない。
たとえ、
非常に長い年月がかかったとしても、
マティアスは、いくらでも
忍耐することができました。
いつのまにか夜が明けた頃、
マティアスは、ゆっくりと腰を屈めて
眠っているレイラの頬に
キスをしました。
愛している。
命を奪わずに、あなたを
再び手に入れることができて、
とても嬉しい。
自分を軽蔑し、憎悪した女への
マティアスの返事が、
透明な日差しの中に
静かに溶け込んでいきました。

静寂の中で朝食は続きました。
カトラリーと皿が触れ合う音が
規則正しく響くだけで、
向かい合って座っている二人の間には
一言の言葉も交わされませんでした。
レイラは固い表情で
無理やり食べ物を飲み込み、
マティアスは、楽しそうに
そんなレイラを見守るだけでした。
皿を空にしたレイラを見た
マティアスは、
目に笑みを浮かべながら、
友人を飢えさせないために、
頑固なレイラ・ルウェルリンが
心を改めるなんて、
とても涙ぐましい友情だと
皮肉を言いました。
レイラは食べ物を吐き出したい
衝動を抑えながら
静かに水を飲みました。
公爵と戦う意志も気力も
残っていませんでした。
死なない限り、
あの狂った男から逃れる道は
なさそうでした。
いや、はたして、
死んで逃れることができるのかも、
今は確信できなくなっていました。
ビルおじさんがいなければカイル。
カイルだけで足りなければ、
自分の子供まで動員して、
彼はついにレイラを縛りつけました。
その理由が何なのか、
もう、考えたくありませんでした。
歪んだ欲望、 執着、あるいは愛。
何であれ、
彼にとってレイラ・ルウェリンは、
自分勝手に握りしめて振り回すだけの
所有物に過ぎないだろうから。
カトラリーを置いたレイラは、
あなたの目の前で、
確かに自分の分を全て食べたと
冷たく言葉を吐き捨てました。
マティアスは快く頷くと、
おかげで、今日カイル・エトマンは
空腹ではないだろうと言いました。
レイラは、
これで満足かと尋ねました。
マティアスは「十分だ」と答えると
本当に嬉しそうに笑いました。
自分のした行為とは相容れない
爽やかな笑みでした。
レイラは、
ここから出して欲しい。
家に帰りたい。
そうしたところで、
どうせ逃げられないということを
あなたは
誰よりもよく知っているだろうと
言いました。
言っても無駄だと分かっていましたが
レイラに言えるのはそれだけでした。
マティアスはレイラに
慣れるしかないと言いました。
レイラは、
こんな刑務所に
慣れることなんてできないと
抗議しました。
しかし、マティアスは
そうするしかないと思うと
返事をしました。
そして、分別のない
駄々をこねる子供でも見るように、
じっと彼女を見つめていた
マティアスは、短く舌打ちをすると
一生、こうやって
生きなければならないのだから
慣れた方がいいのではないかと
勧めました。
レイラは、
とんでもないこと言わないでと
反発しました。
マティアスは、
嫌ならば、また逃げればいい。
その子さえ産めば、
命を奪わすに解放してやると
言ったではないかと言い返しました。
そして、
ゆっくりと足を組んで座ったまま
頭を斜めに傾けました。
膨らんでいるお腹に注がれている
その視線にレイラは震えました。
レイラは、
本当に自分から
子供を奪うつもりなのかと尋ねました。
マティアスは、
自分の子供なのに、奪うという表現は
少し大げさではないかと非難しました。
レイラは、
どうして、あなたの子供だと
確信できるのかと尋ねると、
子供が話を聞いているかもしれないと
心配したかのように、
お腹を庇いました。
無駄だと分かっていても、
自分が口にする酷い言葉を、そのまま
子供に聞かせたくありませんでした。
レイラは、
自分の人生で、
男があなただけだと信じるのは
馬鹿げていると主張しました。
マティアスは、
自分の子供ではないという、
あの、でたらめな嘘を
もう一度言ってみたいのかと
聞き返しました。
レイラは、
あなた以外にも男はたくさんいたと
答えました。
レイラの表情が真剣になればなるほど
マティアスは軽やかに笑いました。
彼は「ああ、そうなの?」と
聞き返しました。
レイラは「はい」と返事をすると、
自分はあなたを騙した。
自分は、あなたにだけは
嘘が上手なことを
知っているではないか。
ヘルハルト公爵のような人を
愛するふりをする演技も上手な自分が
他の男がいたのを隠すことは、
そんなに難しくなかったのではないかと
震えながらも、
上手に腹黒い言葉を続けました。
マティアスは、
片方の口の端を斜めに下げたまま
そのようなレイラを見守りました。
もう笑っていない瞳は、
凍りついた真冬のシュルター川のように
冷たいものでした。
マティアスは、
それで、誰の子供だと言いたいのか。
カイル・エトマン?
そうだとしたら、
あの可哀想な衛生兵は
明日を迎えることができずに、
頭に銃弾の穴が開くだろうと
言いました。
レイラは、
カイルを、このことに
巻き込まないでと頼みました。
マティアスは、
エトマン以外に、
君が知っている男の名前が
他にもあるのかと尋ねました。
レイラは、
絶対に言わない。 あなたが何をするか
全部知っているから。
しかし、確かなのは、
自分に見事に騙されたくせに、
また自分に騙されて、
自分の子供だと固く信じている
あなたが、
本当に愚かだということだと
暴言を浴びせました。
レイラはしきりに
「ごめんね、赤ちゃん」と謝りながら
毒気のある言葉を続けました。
しかし、これが最後の希望でした。
まさか、この男が、
自分と血の繋がらない子にまで
執着することはないだろうと
思いました。
しかし、マティアスは、すぐに、
いつもの表情を取り戻しました。
クスクス笑う声からは、
怒りよりも、
むしろ喜びが感じられました。
彼は、
些細な嘘をつくことで、
君の心が癒されるなら、
喜んで尊重すると言いました。
レイラは、
嘘だと思いたいのなら、自分も
公爵の取るに足らないプライドを
尊重してあげると
負けずに言い返しました。
あまりにも恐ろしくて
歯がカチカチぶつかりそうでしたが、
あの図々しくて残酷な男を、
そのままにしておきたく
ありませんでした。
このまま、子どもを奪われるわけには
いきませんでした。
マティアスは、
優しい告白でもするように
「レイラ」と囁くと、
ゆっくり体を起こしました。
一歩一歩近づいて来た彼の影が、
まもなくレイラと子供に
覆いかぶさりました。
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とうとうマティアスがレイラを
愛していることを
はっきりと認めました。
レイラと結婚し、
彼女をヘルハルト公爵夫人にして
子どもを後継者にすることまで
考えている。
そこまで、レイラを愛するようになり
彼女を手放したくないと
思っているのに、彼の歪んだ行為が
レイラを苦しめて追い詰めているのが
本当に悲しいです。
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