![]()
58話 オデットが散歩に出かけようとすると・・・
ギリス女学校の寮にいる
ティラ・ベラーから
電話がかかって来たという知らせが
オデットに伝えられました。
野良犬のために用意した食べ物が
入っている袋を急いで隠したオデットは
急いで電話機のある書斎へ
向かいました。
息を切らしながら受話器を取ると、
「お姉さま!」と
愛嬌たっぷりのティラの声が
聞こえて来ました。
元気だった?
新しい学校での最初の学期はどう?
授業はきちんとついて行けている?
食事も、きちんと摂っている?
オデットは矢継ぎ早に尋ねました。
ティラは高らかに笑いながら、
息が切れてしまうので
落ち着いてと言いました。
オデットは、自分が焦っていることに
気づきました。
久しぶりの電話に
心が浮き立っていたようでした。
ティラは
新学期が始まったので、
学校がもっと楽しくなった。
良い先生と友達がたくさんいる。
勉強はなんとかやっている、
食べ過ぎたせいで、腰回りが
一インチ太くなったと、
一つ一つ答えてくれました。
幸いにも、学校生活について話す
ティラの陽気な声からは、
一点の曇りも感じられませんでした。
有難いことでした。
ところが、
安堵して胸をなで下ろした瞬間、
ティラが突然、
数日前に父親の夢を見たと話したので
オデットは当惑しました。
その後もティラは
父親が自分を
刑務所に送る夢だったけれど、
現実のことのように鮮明で・・・
と話し続けましたが、
気を引き締めたオデットは
「止めなさい」と言って、
急いでティラが話すのを止めました。
オデットは、
あなたとは関係のないことだから
忘れるように、
自分が責任を負うと
はっきり言ったではないかと
言いました。
それでもティラは、
何か言おうとしましたが、
オデットは、
書斎のドアが固く閉ざされているのを
再度確認すると、
自分の言うことをよく聞くように。
もう一度そんなことを言ったら
二度とあなたに会わないと、
厳しくティラを叱りました。
ティラが、しょんぼりして謝る声が
重い静寂を破りました。
ティラは、
良いことばかりだったので、
それで不安になったようだ。
今まで、こんなに
幸せだったことはなかったから、
もしこれが、
全てなくなってしまったら
どうしようと、とても怖かったと
打ち明けました。
オデットは、
再び温もりを取り戻した声で
大丈夫、そんなことは
絶対に起こらないようにすると
ティラを宥めました。
それは自分に対する、
固い誓いでもありました。
ティラは、
自分も、もう本当に全部忘れる。
だから、お姉さまも
二度とそんな怖いことを言わないと
約束して欲しい。
お姉さまは、
もう新しい家族ができたけれど
自分にはお姉さまだけ。
お姉さまがいなければ、自分は
独りぼっちだと言いました。
オデットは
「分かった、約束する」と返事をすると
穏やかなため息をついて笑いました。
実は、自分の家族もあなただけなのと
伝えられない言葉は、
胸の奥深くに埋めました。
ふと浮かんだ、偽の家族の記憶も、
その後に続きました。
感情の起伏が大きいティラは、
すぐに、
最初の快活な姿を取り戻しました。
新しく付き合うようになった友達に
自転車の乗り方を教わっていること。
隣の男子校の素敵な少年。
来月開かれる学園祭など、
初々しい女学生らしい話が、
オデットの心に残っていた心配を
消してくれました。
ティラは通話が終わる頃、
保護者招待日に、
来ることはできるだろうか。
お祭りの時に、
そのような行事が開かれるそうだけれど
自分にとって、お姉さまが母親だからと
慎重に尋ねました。
そして、絶対に負担を
かけようとしているのではない。
忙しければ来なくてもいい。
必ず両親を、連れて来なければ
ならないわけではないと
付け加えました。
オデットは、
日程が合うか一度確認してみると、
適当な言い訳をして、
確答を延ばしました。
カルスバルは、とても一日で
行って来ることができない距離にある
都市でした。
いくらギリギリに日程を組んでも
二日は席を外さなければならないので
行くためには、
バスティアンの許可が必要でした。
雇用主と使用人。
彼が定めた関係にふさわしい
手続きでした。
残念がっている様子が
ありありと浮かびましたが、
ティラは明るい声で、
「また電話します。 愛している。
さようなら」と言いました。
オデットが、
自分も愛していると小さく囁いた時、
すでに電話が切れていました。
心を引き締めたオデットは、
私情を消した顔で書斎を出ました。
良く晴れた暖かい日でした。
無駄な憂鬱感にとらわれて、
良い一日を台無しにしたくは
ありませんでした。
不可抗力を受け入れよう。
自分の力で
どうしようもできないことにこだわって
気を揉まないようにしよう。
その状況で享受できる最高のものを
見つけようう。
うまくいかないことは
分かっていましたが、
それでもオデットは、毎朝
そのような誓いを立てました。
人生が悪くなる一方だった時代にも
手放さなかった儀式でした。
そうすれば、
なんとか一日を生き抜くことができ、
その無数の一日が集まって
織り成した人生の模様は美しく、
オデットは
そんな人生を愛していました。
部屋に戻ったオデットが
隠しておいた食べ物袋を
探していた時、突然、
今度は来客を告げられました。
オデットは、仕方なく食べ物袋を
再びベッドの下に隠し、
身なりを整えた後、
寝室のドアを開けました。
オデットは、
今日は訪問する客が
いなかったのではないかと
尋ねると、メイド長は、
特に約束はなかったけれど、
少し時間を割いてもらえるか
聞いて欲しいと言われたと答えると
礼儀正しく、持って来た訪問カードを
差し出しました。
マクシミン・フォン・ジェンダス。
招かれざる客の名前を確認した
オデットの目が丸くなりました。

早く退勤して、
繁華街の高級商店街の前を
通っている時、バスティアンは
思わず目を向けた車の窓の向こうに
父親を発見しました。
ジェフ・クラウヴィッツは、
せいぜいフランツと同じ年くらいの
若い女性の腰を抱き締めて
宝石店を出るところでした。
初めて見る顔でしたが、少しも
目新しくありませんでした。
プラチナブロンドの髪に水色の目。
小柄で清純そうな美人。
今回も母親に似ている女でした。
思う存分利用して捨てた女の代用品を
絶えず探し回る悪趣味に、
短い嘲笑を漏らしたバスティアンは、
このくらいで、
その醜態に関心を持つのを止めました。
母親が亡くなった年齢を超えれば、
次の代用品を探すだろうから、
今回の愛人も、
そう長くはもたないはずでした。
あのような態度を我慢しながら、
クラウヴィッツ夫人の座を守っている
継母の無限の愛に
改めて敬意を表しました。
もちろん、あんな価値のない相手に
捧げた愚かな愛の大きさでは、
母親も決して彼女に引けを
取らないだろうけれど。
線路の補修工事による渋滞が
解消されると、
バスティアンは速度を上げて
都心を抜け出しました。
ベルクの南と北を結ぶ
鉄道敷設権を獲得するための争いが
日増しに激しさを増していました。
最も有力な候補は
ジェフ・クラウヴィッツでしたが、
強力なライバルが登場して、
形勢が逆転しました。
ラビエルとの合弁により設立した
バスティアンの鉄道会社でした。
その鉄道敷設権を奪われ、
大きな打撃を受ければ、父親は
バスティアンが仕掛けた罠の中に
さらに深く入り込むしかない。
焦りが募れば、
攻撃的な投資を敢行して
突破口を探すことになるだろう。
その日のための準備は
もう終わっていました。
後は父親が餌に食いつくのを
待つだけでした。
ラッツとアルデンの境界を越えた
バスティアンは
タバコを一本吸ったまま
車の速度を上げました。
実際、これほどの努力を続けるほどの
価値のないことでした。
放っておいても、
父はどうせ自滅するだろうから。
イリス家と姻戚関係を結んで
引き入れた資金で
飛躍的な成長を遂げたけれど、
それ以降、長い間、足踏み状態でした。
まだ健在だけれど、
ぎりぎりまで追い上げて来た
ライバルとの争いで生き残る可能性は
著しく低いだろうし、
天運に恵まれて
父親がなんとか持ち堪えたとしても、
フランツが家業を受け継いだ瞬間に
終わるゲームでした。
貴族になりたくて、必死になって
手に入れた貴重な息子が
結局家門を滅ぼすことになる。
これより完璧な結末は
ありませんでした。
それでも動くことにしたのは、
世間が騒ぎ立てている、憎悪と
復讐心のためではありませんでした。
バスティアンにとって
彼らは無意味な存在でした。
あの家門を離れた時代から
すでにそうでした。
彼らが、心を病ませたからだと
母方の祖父は言いましたが、
バスティアンの考えは
少し違いました。
このような平常心が病気の産物なら、
病気にまま生き続けるのも
悪くありませんでした。
しかし、母方の祖父が望みました。
無念の死を遂げた娘の仇を
討つことができなかったという鬱憤を
一生胸に抱いて生きてきた彼は、
目もまともに閉じられないまま
この世を去りました。
自分の全てを、その娘の息子に残して。
イリス家の後継者である
バスティアンが受け継いだのは、
単に莫大な遺産だけでは
ありませんでした。
彼には、あの地獄から自分を救い、
この上なく、
大きな愛と恩恵を与えてくれた
祖父の目を閉じなければならない
義務がありました。
そして、
妻子を踏みにじった代価として得た
あのすごい名誉と血統。
半貴族的地位。
お金がなくても、それが、本当に
そんなに良いものなのか、
一度確認してみたいと思いました。
あれほど蔑視した古物商のお金で
築いたものを全て失えば、
自ずと答えが出るはずでした。
もし一文無しになっても、
その皮を抱いて幸せになれるなら、
その時は、いくらでも
父親を尊重するつもりでした。
その日を早めるためには、
今回の件を成功させることが
重要でした。
ラビエルへの依存度を下げるためにも
絶対に必要なことでした。
今はラビエルと友好的な関係を維持し
協力していますが、
永遠の味方はいないものでした。
サンドリンが、
最高の花嫁候補である理由も
そこにありました。
姻戚関係は
最も効力の強い安全装置だから。
でも、もし
ラビエルという翼がなくても
高く飛べるようになったら?
遠くにアルデン湾が見え始めた頃、
ふと馴染みのない仮定が
脳裏をかすめました。
不可能なことではありませんでしたが
望むすべての条件を備えた
立派な同盟があるのに
あえて、そのような茨の道を
選ばなければならない理由は
ありませんでした。
明確な結論を下したバスティアンは、
もう一度ギアを変速して
速度を上げました。
「知恵の稲妻です。」
今朝のでたらめな占いが、
ますます近くなる邸宅の上に
浮かび上がりました。
「大切な気づきを得る
一日になるでしょう」
細長い形で割れた卵の殻を見た
オデットは、
相変わらず眉一つ動かさずに
詭弁を並べ立てました。
一体、どこまでやるつもりなのかと
見守っているところでしたが、
まだ詐欺劇を
止める気がなさそうでした。
やはりサンドリンとの結婚が
最善だという気づきを得たのだから
全く間違った占いでは
ないかもしれませんが。
夕日が沈む頃になると
邸宅にたどり着きました。
驚いて駆け寄って来た侍従に
車を渡したバスティアンは、
大股でロビーに入りました。
予定より早い帰宅の知らせを聞いた
執事が慌てて現れたのは、
ちょうど中央階段に
足を踏み入れた瞬間でした。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ロビスが、
出迎えの挨拶をしたのと同時に
「バスティアン!」と
響きが澄んでいるオデットの声が
聞こえて来ました。
バスティアンは顔を上げて
踊り場を眺めました。
ちょうど玄関ホールに
降りてくる途中だったオデットが
そこに立ち止まっていました。
小さな子供を抱いた男も一緒でした。
マクシミン・フォン・ジェンダス。
許可したことのない客でした。
![]()
![]()
バスティアンに
何の迷いもなければ、
サンドリンと結婚することが最善だと
改めて考え直すことはないと
思います。
けれども、バスティアンは
オデットに惹かれていて、
彼女との結婚を続けたいという思いが
心のどこかに潜んでいるので、
その気持ちを打ち消すために
サンドリンとの結婚を
正当化しているように思いました。
オデットとのことを
何とも思っていなかったら、
マクシミンに嫉妬することはないと
思います。
今日の訪問カードの画像は
AIで作成したのですが
マクシミン・フォン・ジェンダスの
名前で作ってとお願いしたのに
マクシミリアンに
なってしまいました(-_-;)
作り直しても、
同じになりそうですし、
個人的にマクシミリアンという
名前が好きなので、
このままにしておきます(( ̄▽ ̄;;)
![]()