
14話 自分の恋愛には疎いペンドルトン嬢です。
ペンドルトンが嬢が下りてくると
2人は、すぐに散歩に出かけました。
大抵は薄暗いロンドンの天気が
久しぶりに、のどかな日差しを
精一杯に与えてくれていました。
そのせいか、街には、
黒いシルクハットをかぶった紳士たちと
きちんとした服装の淑女たちで
いっぱいでした。
ベビーカーを押しながら歩く母親たち。
手をつないで歩く少女たちと
仲良く腕を組んで歩く恋人たち。
彼らの間で、
ダルトン氏とペンドルトン嬢は、
友人同士らしく、
15㎝くらいの距離を開けて
並んで歩きました。
2人の間で、特に言葉は
交わされませんでしたが、
親しげな空気が漂っていました。
ペンドルトン嬢はダルトン氏に
ロンドンでの生活は楽しいかと
尋ねました。
彼は、
思ったよりずっと楽しんでいると
答えました。
ペンドルトン嬢は、
良かった。
生活が退屈だったら、自分は
ダルトン氏のロンドンの友人として
気になっていただろうからと
言いました。
ダルトン氏は、
すでにペンドルトン嬢は
十分、気を遣っているので、
自分の楽しみまで気にすることはない。
例えばモートン夫妻との晩餐会のように
自分はすでに
ペンドルトン嬢のおかげで、
ロンドンで楽しめる楽しみは
ほとんど味わっていると言いました。
数日前、ペンドルトン嬢は
モートン夫妻に招待された晩餐会に
ダルトン氏を連れて行き、
彼ら夫婦の新しい邸宅を訪れました。
ペンドルトン嬢は、
モートン夫妻は愛らしい夫婦だと
言いました。
ダルトン氏は、
2人とも、とてもお似合いだ。
お互いの足りない部分を
補い合っているという感じがしたと
返事をしました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏も、そう思ったのかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
もともとモートン氏は、
冷たく見えるほど、
無口な人だという印象を与えていた。
ところが、モートン夫人は、
そんな夫を会話に引き込み、
自然に話せるように促した。
おかげで、自分は、
参戦したことのない海戦を、
直接経験した人の口から聞く
貴重な体験をした。
一方、モートン氏は、
奥さんが飲み過ぎようとする度に、
それとなく阻止していたと話しました。
その言葉にペンドルトン嬢は笑い、
ワイングラスとコップを
入れ替える方法で?と尋ねました。
ダルトン氏も笑いながら、
少なくとも4回、モートン夫人は
なぜ、コップがここにあるのか
不思議がっていたと答えました。
ペンドルトン嬢は、
長年の友人エリザベスが、
馬鹿に見えるのではないかと
心配だったので、
彼女は、会話にのめりこんでいたから
そうなったのだろう。
子供の頃から、
集中力の高い子だったからと
弁護しましたが、
笑いを堪えることはできませんでした。
2人は悪気のない笑い声を上げました。
ダルトン氏は、
愛らしい夫婦だ。
心から、そう思うと言いました。
ペンドルトン嬢は、
その通りだと返事をしました。
ダルトン氏は、
こんなにお似合いの夫婦を
誕生させたことを、ペンドルトン嬢は
誇りに思っているだろうと
言いました。
その言葉に、ペンドルトン嬢は
驚きながら彼を見ると、
どういうことかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢がいなかったら、
モートン夫人と結婚することは
できなかっただろうと、
答えました。
ペンドルトン嬢は顔を赤く染めながら
モートン氏は大げさに話している。
2人は、うちのお茶会で、
よく会っていたと謙遜しました。
ダルトン氏は、
客観的な事実を大げさに話すのを
嫌がっていたモートン氏の、
ペンドルトン嬢を見つめる目に
信頼と友情が満ちていた。
彼女を妻として迎えるきっかけを
作ってくれた恩人でなければ
決して向けることのできない
眼差しだったと話しました。
ペンドルトン嬢は言葉を失い
ただ顔を赤らめました。
ダルトン氏は、
そんな彼女をじっと見つめました。
ペンドルトン嬢は
恥ずかしがり屋のせいか、
いつも、少し褒めただけで困ってしまい
途方に暮れていました。
普通の紳士なら、
淑女がこのように困っている時に
話題を変えて、淑女を困惑から
救ってあげるべきなのだろうけれど
ダルトン氏は、自分を
あまり立派な紳士だとは思っておらず
そうなるつもりもありませんでした。
彼は、
親愛なるペンドルトン嬢が、
周囲の友達が調和のとれた家庭を
築けるように、
心を砕いているという話を
モートン氏から聞いた。
それは素晴らしいことだ。
世のためになるという点では、
政治家や軍人より
はるかに良い仕事をしていると、
ペンドルトン嬢が、
苦しんでいようがいまいが
お構いなしに、
自分の考えを、そのまま伝えました。
ペンドルトン嬢は
自分は、ただ、
2人の会話が盛り上がった時に
席を外した程度のことしかしていない。
そんな消極的な仲立ちを、
軍人や政治家の仕事と比較するなんて。
なぜ、そんなに自分を
過大評価するのか分からないと
反論しました。
しかし、ダルトン氏は、
軍人と政治家たちは、
世の中のためになるようにという
使命を与えられて世に出て来たけれど
時々、目的への執着が
世の中を破壊する。
しかし、ペンドルトン嬢は、
そのような者たちが忘れがちな慎重さで
世の中を見つめている。
そして、健全な結婚観で
友達にぴったりの縁を結び付けていると
言いました。
彼の黒い瞳が、
紳士らしくない、まっすぐな眼差しで
ペンドルトン嬢を見つめました。
そして、
賢明な仲人とは、
真に世の中を益する仕事だという考えに
変わりはない。
世の中には、
恐ろしい程ちぐはぐな男女が
一日に数10組ずつ、
神の前で夫婦の縁を結んでいる。
そしてお互いに縛られ、
一生、不幸に生きて行く。
そんな滑稽なことが
あまりにも横行しているので、
人々は問題意識さえ感じられずにいる。
ただ財産と持参金のために
自分を不幸な結婚に売り渡している。
世相を考えると、
ペンドルトン嬢の善意は
さらに大きな価値を発揮すると
言葉を続けました。
ペンドルトン嬢は顔だけでなく
耳まで真っ赤になってしまいました。
彼女の赤くなった顔を
じっと見つめました。
そして、微笑みまで浮かべました。
不純にも彼は、
そのペンドルトン嬢の姿に
愛らしさを感じました。
彼女が困って恥ずかしがる姿が可愛いし
彼女が、こんなに恥ずかしがる理由は、
その愛らしさを倍増させました。
単なる儀礼的な賛辞なら、
彼女は、こんなに恥ずかしがらず
社交界で経験を積んだ彼女らしく、
美しいとか、声がきれいだとか、
そういう言葉には、むしろ
落ち着いて反応したりしました。
しかし、客観的な観察を通じた
真の褒め言葉を聞くと、
このように的を射たように慌てました。
彼は、その度に、
欠けるところのない完璧な淑女である
ペンドルトン嬢の中に隠された
はにかんだ心を感じ取りました。
そして、そうすればするほど、
ペンドルトン嬢を、
もっと当惑させたくなり、
その愛らしさを、
もっと感じたくなったりしました。
ペンドルトン嬢もまた、
彼が自分の当惑した姿を
面白がっていることを知りました。
彼女は、
ダルトン氏が再び自分の急所を突いて
自分を途方に暮れさせる状況から
逃れるために、
だからといって自分を
誤解しないで欲しい。
自分は、銀行家と同じくらい
徹底した現実主義者だ。
自分は決して友達に、
現実を無視した結婚を勧めない。
危機に瀕している結婚は
不幸を生むということも、
また事実だから。
幸せに満ちた家庭だとしても、
貧しさが客として訪れると、
まるで借金取りから逃げる
債務不履行者のように、
愛というものは裏口から逃げて行く。
だから、どうか、
自分を褒めるのを止めて欲しいと
必死に訴えました。
そして、自分は友人の一人を
ダルトン氏と結婚させるために、
陰で密かに陰謀を企てていた。
ダルトン氏がロンドンで
妻を探そうとしていると
誤解をしていたためだった。
舞踏会の初日に、
ダルトン氏のワルツの先生をしたのも
自分の友人の一人と
踊らせるためだった。
それでも、自分は賢明な仲人だと
今でも思っているかと尋ねました。
しかし、ダルトン氏は
彼女の言葉に驚くどころか、
さらに深く微笑むだけでした。
ペンドルトン嬢は、
すぐに彼の意図に気づき、
すでに知っていたのかと、
思わず、大声で叫びました。
彼は返事の代わりに
大声で笑いました。
ペンドルトン嬢の顔は、
もっと赤くなりました。
しばらく笑っていた彼は、
ようやく笑うのを止めると、
許して欲しい。 自分はただ
ペンドルトン嬢が可愛い・・・
と言いかけましたが、
小さく首を横に振り、
ただ、ペンドルトン嬢の純粋さに
感心しただけだ。
許してもらえますよねと尋ねました。
ペンドルトン嬢は黙って俯きました。
彼に赤くなった顔を、これ以上
見せたくなかったからでした。

ペンドルトン嬢は、
深呼吸しながら歩き続けました。
話している間、彼らはいつの間にか
グロヴナースクエアを通り過ぎて
ハイドパークに入っていました。
広大な緑に覆われたハイドパークは、
先ほどよりも、多くの紳士淑女が
散歩を楽しんでおり、
ロットン・ロウでは、頻繁に
二頭立ての高級馬車が
ドライブをしていました。
ペンドルトン嬢は、きれいな空気の中で
心を落ち着かせました。
彼女はすぐに優しいペンドルトン嬢に
戻り、
自分が仲を取り持ったせいで
不愉快にならなかったかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
不愉快どころか感謝している。
自分の能力不足で、
自力でできなかったことを、代わりに
解決しようとしてくれたではないかと
答えました。
ペンドルトン嬢は、
でもダルトン氏は、まだ、
結婚する気がなさそうではないかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
ホワイトフィールドの領地にいる間、
恋に落ちてみようと
数えきれないほど努力した。
しかし、それが努力だけでは
可能にならないことを
実感するだけだったと答えました。
ペンドルトン嬢は、
心が開かなかったようですねと
指摘しました。
ダルトン氏は、
心が開かなかったというのは、
まさにぴったりの表現だ。
正確には、
心を開きたいような淑女を
見つけられなかったと
返事をしました。
ペンドルトン嬢は、
どんな人でも、
良い点を見つけようとすれば、
長所のない人はいないはずだ。
それに、ヨークシャーの女性が
平均以下という噂は
聞いたことがないと反論しました。
ダルトン氏は、
もちろん、それなりに良い家柄の
お嬢さんたちだった。
ただ、自分の心が開かなっただけだ。
基準が厳しいわけでも、
絶世の美貌を求めたわけでもないのに、
ただ、そうなってしまったと
返事をしました。
ペンドルトン嬢は、
かつて、フェアファクス氏が
彼のことを「運命を待つ人」だと
表現していたことを思い出しました。
彼女は、もしかしてダルトン氏は、
運命の女性を探しているのではないかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
面白い。
ウィリアムのようなことを言う。
まさかウィリアムが身の程知らすに、
そんなことを、
言ったはずがないだろう。
自分は、運命というような
大げさな言葉を信じていない。
ただ、どこかに
一組の手袋のように、
自分とペアになってくれる
パートーナーがいると思っているだけ。
そして、そのような人は、
人為的な努力がなくても
出会うことになると信じている。
ああ、これが運命を
信じていることになるのかと
答えました。
ペンドルトン嬢は、
ただ笑っていました。
彼女は、ロンドンで、もっと熱心に
その人を探してみるのはどうか。
先程褒めてもらった自分の仲人の腕前で
その運命の淑女を必ず見つけると
申し出ました。
ダルトン氏は、
しばらく、ペンドルトン嬢を見つめた後
黙って首を横に振りました。
彼女は、
なぜなのか。
運命を台無しにする人為的な出会いが
嫌だからなのかと尋ねると、
ダルトン氏は、それを否定し、
これ以上、人為的な出会いは
必要ないと答えました。
ペンドルトン嬢の脳裏に、
これ以上必要ないという言葉が
残りました。
女性を探す努力を諦める。
あるいは、
すでに運命の女性を見つけた。
2つの解釈ができる言葉でした。

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ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢という運命の女性に
出会ったので、
もう、彼女に紹介してもらわなくても
大丈夫なのです。
けれどもペンドルトン嬢に、
そんなことが、
まだ分かるはずがないですよね。
ダルトン氏がどうやって
ペンドルトン嬢のハートを射止めるか
楽しみです。