
18話 ハイド嬢は間違って結ばれたような親子関係もあると言いました。
ペンドルトン嬢は、
彼女を責めもせず、だからといって
相槌を打つこともありませんでした。
ただ彼女の手を取って、
おそらく、ハイド嬢は
タイピングだけして
生きていくことはないだろうと
言いました。
ハイド嬢が「えっ?」と聞き返すと、
ペンドルトン嬢は
ハイド嬢にとってタイピングは、
あまりにも単調な作業だからと
答えました。
ハイド嬢は、
自分はまだ就職もしていないのにと
呟きました。
ペンドルトン嬢は、
先走った言葉であることは
分かっている。
でも、自分たちの進む道が分かれて
自分がそばにいない時に、
今のこの言葉を覚えていて欲しい。
ハイド嬢は賢くて強いお嬢さんで、
それ以上に新しい世界を求めている。
だから、もしまた別の機会が訪れた時
恐れずに突き進むように。
そうしないと後悔すると言いました。
ハイド嬢は、ペンドルトン嬢の手を
じっと見下ろしました。
白くて小さな手。
ほっそりした手首と腕。
それから、服に包まれた小さな肩。
か細い首筋。
そして、思いやりのある優しい顔に
視線を移しました。
ハイド嬢は、
彼女の顔をじっと見つめながら、
しばらく、そわそわしました。
ペンドルトン嬢は、
なぜ愛に出会えなかったのか。
ハイド嬢は心から気になりました。
自分と違って、こんなに美しく繊細で
自分のように男性との結婚生活を
嫌がる女性でもないのに
しかし、ハイド嬢は、
時間と助言とタイプライターを
惜しみなく与えてくれた
ペンドルトン嬢に、
そんな失礼な質問はしませんでした。
ただ、彼女の手をしっかり握って
練習を続けると約束するだけでした。
そのように2人の淑女が
固い決意で未来を準備しながら
汗を流して修練している間に、
ランス嬢が計画した
春のピクニックの日が、
あっという間に近づいて来ました。

ランス嬢は、自分の20回目の夏を
非常に盛大な娯楽と接待で過ごそうと
固く決心したところでした。
もしかしたら、自分が未婚で過ごす
最後の社交シーズンに
なるかもしれないからでした。
ランス嬢は、
知り合いの若い紳士淑女全員へ
ピクニックに誘う手紙を送りました。
全員出席すれば、
30人は超えるほどでした。
当然のことながら、ダルトン氏は
彼女が招待状を送った
最初の紳士でした。
ペンドルトン嬢は、
彼女の手紙を受け取ると
喜んで出席するという返事を
送りました。
ペンドルトン嬢が返事を書く時、
隣の机に座っていたハイド嬢は
一体なぜ、数回挨拶しただけの
ランス嬢が、自分に招待状を
送って来たのか分からないと
困った表情で、首を横に振りました。
ペンドルトン嬢は、そんな彼女に
一緒にピクニックに行こうと
誘いました。
遅くともハイド嬢は、今年中には
就職することになり、
そうなると、この種の遊興とは
しばらく縁がなくなるはずでした。
しかし、
ペンドルトン嬢の心の奥底には、
フェアファクス氏とハイド嬢を
和解させるという
別の意図がありました。
フェアファクス氏にとっても
ハイド嬢にとっても、
前回のプロポーズは、
なかったことにできない
恥ずかしい事故のようなものでした。
しかし、フェアファクス氏は
根に持っていないし、
ハイド嬢には感情がないので、
2人が再び
友達になってはいけないという決まりは
ありませんでした。
そして実はペンドルトン嬢は、
2人の友情が回復するのと同じくらい
ハイド嬢が、
フェアファクス氏の紹介を通して
就職できるようになることを
切に願っていました。
社会生活は初めてのハイド嬢が、
信頼できる職場で
キャリアをスタートさせるのは、
過去の気まずい出来事を乗り越える
価値のあることでした。
ペンドルトン嬢の密かな勧誘により、
ハイド嬢は彼女と一緒に
ランス嬢が主催するピクニックに
出かけることにしました。
6月下旬の、ある晴れた日。
ピクニックに参加する紳士淑女たちは
すぐにランス家に集結しました。
20人余りの紳士淑女たちでしたが、
いつものように女性たちが
3分の2を占めていました。
ほとんどの男性が、財産を築くために
海外に出ている状況なので、
ロンドンの社交界は
いつも淑女たちで賑わっていました。
まもなく邸宅の前に
屋根が大きく開いた、4人乗りの
4台の馬車が用意されました。
数人の紳士たちは
喜んで淑女たちをエスコートし、
御者役をする準備ができていました。
社交界で、紳士は
淑女の娯楽に奉仕する義務が
あったからでした。
彼らはそれぞれ御者台に座り、
淑女たちは、
自分が一番親しい者たちと
グループを作り、
華やかな日傘をぱっと広げて
馬車に座りました。
まもなく、馬車は
ロンドンの郊外へと出発しました。
馬車の外の風景が、商店や広場から
青々とした山や野原へと
次第に変わって行きました。
淑女たちは、
馬車の揺れに身を任せながら、
楽しくお喋りをしていました。
時折、車輪が石に引っかかって
ガタガタ揺れる時でさえ、淑女たちは
ケラケラと笑っていました。
最もうるさい馬車は、
ランス嬢と彼女の友達が
乗っていたものでした。
ランス嬢の3人の友人、
デイジー・オーソン嬢と
スーザン・ドノバン嬢と
ビクトリア・ウィルクス嬢は、
先週、それぞれ
バース、ヨークシャー、
ヨークシャーから、ロンドンへ
上京して来たところでした。
彼女たちは、
この一週間ずっと毎日会って、
互いに離れている間に経験した
あらゆる出来事を
根掘り葉掘り共有しました。
話のテーマは、徹底的に、
彼女たちが接した地方の社交界と
そこで出会った男性たちでした。
彼女たちは、
それぞれ自分が出会った男性たちの
魅力と財産について詳しく話し、
彼らとの関係が、どこまで進展し、
再び会う価値があるかどうかについて
頭を突き合わせて、
時間を過ごしました。
しかし、今のこのピクニック馬車では、
そのような話題は
適切ではありませんでした。
御者席と客席が、腕さえ伸ばせば
届く距離だったからでした。
それに、彼女たちの馬車の
御者台に座っている男は、
他の誰でもない
イアン・ダルトンでした。
彼女たちは、すでにある程度
イアン・ダルトンのことを
知っていました。
彼らがロンドンに上京した時、
淑女たちの間で、
最も頻繁に話題に上る
名前だったからでした。
彼の財産と地位は、
すでに若い淑女たちと、
嫁入りを控えた娘たちを持つ
夫人たちの間で、
公然の話題となっていました。
そして彼が初めて
正式な食事に招待されたのが
ランス家だったということは、
それに劣らず、
よく話題に上っていました。
3人の淑女たちは、
噂のイアン・ダルトンが、
実際、どんな人物なのか
知りたがっており、
彼女たちの憧れの対象のような
ランス嬢が、ダルトン氏と
どんな時間を過ごしたのかも
知りたがっていました。
今回の社交シーズンに、
友達が全員集まった初めてのお茶会で
ランス嬢は、彼との舞踏会と
晩餐会について話しました。
3人の女性は、話が終わる前に
ダルトン氏がランス嬢に恋をしたと
直感しました。
ランス嬢が語った彼の視線と話し方は
彼女の賛美者たちのそれと
そっくりだったからでした。
デイジー・オーソン嬢が、
その推測について言及すると、
ランス嬢は、
もちろん、強く否定しました。
しかし、その後、お茶会の間中、
3人の淑女たちが、
ダルトン氏の話題を持ち出すことを
止めはしませんでした。
ヨークシャー出身の
スーザン・ドノバン嬢は、
彼女の隣人たちから聞いた
イアン・ダルトンの資産価値について
話すと、彼女たちの間に
ダルトン嬢の心をとらえた
ランス嬢に対する羨望が、
さらに大きくなりました。
馬車に乗った淑女たちの頭の中には
すでにダルトン氏とランス嬢の間に
ハートが飛んでいるという考えが
しっかりと根付いていました。
彼女たちは、馬を走らせている
秀麗な御者を絶えず意識し、
自分たちだけで笑い、騒ぎながらも
ダルトン氏に話しかけ続けました。
最近、なぜランス家で
夕食を取らないのか。
ランス嬢の話では、招待しても
いつも断られるそうだけれどという
質問に、ダルトン氏は
後ろも振り向かずに、
申し訳ないけれど、
いつも急用ができてしまうのでと
答えました。
その言葉に、
とんでもないことだ。
一体、どれほどの急用があって、
ランス家の正体を断ったというのか。
ランス家に招待されるなんて、
ロンドンで最も格式高い人物という
称号をもらうようなものだと
非難しました。
ダルトン氏は、
そんな意味があることを知っていたなら
他の用事を差し置いてでも出席したのに
残念だと返事をしました。
彼の言葉に、1gの熱意も
混じっていませんでしたが、
馬車がガタガタ揺れているおかげで、
彼の口調までは伝わりませんでした。
デイジー・オーソン嬢は、
噂では、ペンドルトン家のお茶会に
出席しているそうだけれど、
そこで時間を過ごすのは楽しいかと
尋ねました。
それを聞いたスーザン・ドノバン嬢は
あんな所が、
面白いわけないではないか。
あの家は、
まともな音楽会を開くわけでも、
舞踏会を開くわけでもない。
いつも集まって、本だの音楽だのと
騒いでるだけではないかと
話に割り込みました。
デイジー・オーソン嬢は、
でもペンドルトン夫人は面白い人だ。
ペンドルトン嬢のピアノの腕前も
素晴らしい。
品格のある人々は、
ペンドルトン家のお茶会を非常に好む。
ダルトン氏は、きっと、
そんな上品なことに趣味がある。
だから、そんなに熱心に
ペンドルトン家に
出入りするのですよねと尋ねました。
ダルトン氏は簡単に答えました。
彼は絶え間なく喋り続ける
女性たちの騒音に
だんだん頭が痛くなり始めました。
デイジー・オーソン嬢は、
あそこで出される食べ物も
本当に美味しい。
料理長が誰かは分からないけれど
おそらくフランス人だと思う。
この前の晩餐会に
バーベキュー料理が出たけれど
皮がどれだけ
パリパリしていたことか。
夢中で食べていたら、
危うくコルセットが、
はち切れそうになったと言うと、
淑女たちは、
ひとしきりケラケラ笑いました。
スーザン・ドノバン嬢は、
ワインもそうだし、デザートもそう。
ペンドルトン夫人は、
かなりの美食家だ。きっと料理長も、
骨折って連れて来たはず。
でも、食べ物には、
そんなにお金を使うのに、
どうして自分の孫娘に、
お金を使わないのか分からない。
ペンドルトン嬢を、そんなに長い間、
結婚させないなんてと
皮肉を言いました。
その言葉に、ランス嬢は、
ペンドルトン嬢の結婚について、
自分たちがあれこれ言うのは
適切ではない。
当事者が聞いたら、きっと
気分を害する言葉ではないかと
上品に前に出ました。
スーザン・ドノバン嬢は
ダルトン氏の方をチラッと見て、
口をつぐみました。
しかし、隣にいた
ビクトリア・ウィルクス嬢は、
ドノバン嬢よりも、
気が利かない方でした。
彼女は、
ペンドルトン嬢に持参金が
一銭もないことを、ロンドンで
知らない人がいるだろうか。
全盛期のペンドルトン嬢は、
誰もが認めるほどの美しい顔だった。
今もまあ、婚期を過ぎた女性にしては
悪くないけれど。
とにかくペンドルトンという家柄に
あの美貌まであれば、
今頃、黄金の馬車に乗って
貴婦人のように振舞っているのが
正しい。
しかし、今まで、一度も、
まともな男性から
プロポーズを受けられなかったのは、
すべて結婚する時に持っていく
お金がないからだ。
たぶんペンドルトン嬢も、素直に
それを認めるだろうと話しました。
ただ話を聞いていたオーソン嬢は、
好奇心を抑えきれなくなって、
なぜ、ペンドルトン家は
ペンドルトン嬢に、
お金を用意してくれなかったのかと
尋ねました。
ビクトリア・ウィルクス嬢は
まだ知らなかったの?
ペンドルトン嬢の母親が・・・と
驚いたように聞き返しているところで
「ビクトリア!」という叫び声が
彼女の言葉を遮りました。

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ハイド嬢の未来のことを
真剣に考えてあげたり
ピクニックを通して、
ハイド嬢とフェアファクス氏の仲が
元通りになることを願う
ペンドルトン嬢は、
本当に優しい人だと思います。
そして、ランス嬢の友達の
面白くない話を黙って聞いている
ダルトン氏は、
忍耐強い人だと思います。