
22話 ダルトン氏はペンドルトン嬢に刺激されて困っています。
ペンドルトン嬢はダルトン氏に
どこか具合が悪いのかと尋ねました。
イアンは首を回して彼女を見ました。
彼女は心配そうに
彼を見上げていました。
彼女の澄んだ灰色の瞳を見ると、
彼はさらに罪悪感を覚えました。
ペンドルトン嬢は
あそこに座り心地の良さそうな
場所があるので、
少し休もうと提案すると、
道の片隅にある平らな岩を
指差しました。
彼は首を横に振って断りましたが
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏の顔色が、
先ほどより、ずっと青白いし、
額に汗も出ている。
今日は、馬車を操り、
ボートを漕ぐのに疲れたのだろう。
早く行って座ろうと勧めました。
本当に心配しているようでした。
彼と踊った最初の出会いから今まで
彼と全く身体的接触をしなかったのが
嘘のように、ペンドルトン嬢は
自然にダルトン氏の腕をギュッと握って
彼を岩の方へ連れて行って
座らせました。
ダルトン氏は、彼女の親切によって
ますます困惑してしまいました。
彼女が親切であればあるほど、
彼は、自分がますます
情けなく感じられました。
彼は、しばらく冷たい岩に座って
彼女を見つめました。
自分を見下ろす彼女の姿。
真っ白な顔の中の
繊細な目鼻立ちと日傘を握る細い腕。
危ない。このままでは、
理性を失ってしまいそうでした。
彼は、ずっとペンドルトン嬢と
向き合いたくなかったので、
ポケットからハンカチを取り出し
自分の隣の席に敷きました。
ペンドルトン嬢は彼の意図を察し、
すぐに日傘をたたんだ後、
ハンカチが敷かれている
彼の隣に座りました。
彼は自分の隣に座っている
ペンドルトン嬢を
見ることができませんでした。
ただ、目の前の緑の樹木と、
その間から、ちらちら見える
輝く川を眺めるだけでした。
一瞬、涼しい風がサーッと
彼らをかすめて通り過ぎました。
風に乗って葉がサラサラ鳴る音と
草の葉のさわやかな匂いが
彼らを刺激しました。
一瞬、彼は、
ここが、ホワイトフィールドの
森だったらいいのにと思いました。
白樺の生い茂る美しい森で、
ペンドルトン嬢と、こうして
一緒にいられたらと思いました。
すると、ペンドルトン嬢は
ホワイトフィールドの森は
ここと似ているのかと尋ねました。
ダルトン氏は首を回して
彼女を見つめると、
森を埋め尽くしている木が白樺なら
きっと、ホワイトフィールドと
同じだろうと答えました。
ペンドルトン嬢は
ホワイトフィールドも、ここのように
木が生い茂ってきれいなようですねと
聞きました。
ダルトン氏は、
そして、人がいないので静かだと
答えました。
ペンドルトン嬢は
素敵だ。そんな森がそばにある
ダルトン氏は幸運だ。
ロンドンに住んでいると、
思い切って郊外に出て来ない限り、
こんなに生い茂った森には
近づきにくい。
せいぜい、人工的に造られた
公園ぐらいだと言いました。
ダルトン氏は、
それでも、
ロンドンっ子であるという誇りが
埋め合わせをしてくれて
いるのではないかと言いました。
ペンドルトン嬢は
ロンドンっ子であることは
確かだけれど、
誇りは・・どうだろう、と答えました。
ダルトン氏は、
地方に住む人は
ロンドンに憧れる傾向がある。
そうでなくても、お金さえあれば
タウンハウスを作って、
社交の季節ごとに、
出入りできることを願っている。
多くの人が、
グロヴナーの住宅街に住んでいる
ペンドルトン嬢を羨ましがるだろうと
言いました。
ペンドルトン嬢は微かに微笑むと、
ロンドンが、
流行の最先端を走っているのは確かだ。
遊ぶ所も見どころも多いし、
物資は常に溢れ、機会も多い。
でも、それだけうるさくて
疲れる所でもあると返事をしました。
そして、日傘の先で土の道を
軽く叩くと、
こんな静けさを満喫できるなんて、
どれだけ祝福されていることか。
本当に帰りたくない。
ロンドンはあまりにもうるさいと
不満そうな声で言いました。
彼女は今日に限って、
かなり率直でした。
ダルトン氏は、
彼女が、このように率直に話すのが
好きでした。
可愛らしい上に、彼女と、もう少し
親しくなれた気がしました。
ダルトン氏は、
ここがホワイトフィールドの
森だったらいいのに。
そうすれば、ペンドルトン嬢は、
ずっと木や葉っぱと一緒にいられる。
夕方には、歩いて
ホワイトフィールドホールに戻って
ゆっくり休み、朝になったら、
また歩いて森へ行ける。
1日、2日、3日、4日、いつまでもと
話しました。
ペンドルトン嬢は
素敵だと言いました。
ダルトン氏は、
単に言葉だけではない。
いつでもいいので、
ホワイトフィールドへ来るように。
部屋は溢れていて、
毎日、空けておくのが
無駄だと思うほど。
食事も、もう一人分作るのは
何の苦労もない。
使用人たちも、新しい客が来れば
面倒に思うどころか
浮き浮きするだろう。
あそこはとても静かなので、
少しの変化も、
嬉しく感じられる場所だからと
話しました。
ペンドルトン嬢は微笑みながら
親切な提案に
心からお礼を言いました。
そして、自分もいつか、是非、
ホワイトフィールドへ行ってみたい。
そこでダルトン氏が愛する
その土地の美しさを
すべて目に焼き付けたい。
そのためには、
早くダルトン氏の邸宅に
女主人を迎えなければならないと
言いました。
ダルトン氏は、
必ず女主人が必要なのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
それ以外に、未婚の紳士の家に、
自分が客として泊まる方法があるのかと
当たり前のように答えました。
ダルトン氏は、
自分が女主人を得るには、
かなり時間がかかるかもしれないと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
それでは待っているので、
もし結婚したら、必ずロンドンに
招待状を送って欲しい。
列車に乗ってすぐに駆けつける。
考えてみると、本当に素晴らしい。
ホワイトフィールドの
美しい景観はもちろん、ダルトン氏が
美しい花嫁を手に入れた姿まで
見られるようになるのだからと
言いました。
ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢の言葉が
愉快ではありませんでした。
ペンドルトン嬢の遠慮のない言葉は、
彼女が自分に対して、
友達以上の感情がないことを
再確認させました。
しかし、そうであっても、
彼の感情は
一向に収まりませんでした。
彼女から感じられる愛らしさも
変わっていませんでした。
むしろ彼の切実さを煽るだけでした。
ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢のためにも、
グズグスしているわけにはいかない。
一日も早く
女主人を迎えるようにする。
そして、その女主人の口から、
ペンドルトン嬢が、いつまでも
ホワイトフィールドホールで
過ごすという確認を受けるだろうと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
それは奥様に対してひどい仕打ちなので
絶対にそうしてはいけない。
自分は奥様に迷惑をかけてまで
ホワイトフィールドホールに
いることはない。
その人が、少しでも
自分を快く思わないならば、
自分は、いつでも荷物をまとめて
出て行く。
自分は友達夫婦の安らぎを
壊すようなことは絶対しないと
言いました。
ダルトン氏はペンドルトン嬢を
じっと見つめながら、
でも、自分の妻であるダルトン夫人が
いつまでも、
あなたがそばにいてくれることを
望んでいたらどうだろうか。
いつまでも、
ホワイトフィールドホールに
いるしかないと主張したら?
と尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン夫人が、自分を友人として
受け入れてくれるのなら、
あり得るだろう。
しかし、概して妻たちは、
夫の異性の友人に対して、
それほど純粋な好意を抱くことはない。
自分は到底、そのような状況を
想像することができないと
反論しました。
しかし、ダルトン氏は、
ダルトン夫人が、
あなたと喜んで一緒に暮らすことを
許す姿を、自分は想像できると
言い返しました。
ペンドルトン嬢は、
もし、そうなら、ダルトン氏は、
女心について
何も知らないと言っても過言ではない。
妻ができて、ひどい家庭不和を
経験したくないのなら
絶対に、結婚前の異性の友達に対して
頼んではいけないと主張しました。
しかし、ダルトン氏は、
自分はやる。なぜなら、
自分が結婚というものをするなら、
ペンドルトン嬢が
ホワイトフィールドホールで
過ごさざるを得なくなるから。
その状況なしには、
自分の結婚は成立しないと
主張しました。
しばらく、
二人の間に静寂が流れました。
ペンドルトン嬢は、
灰色の目を大きく見開いて
彼を見ました。
彼は顎を固く引き締め、
彼女を睨みつけるような
強い視線を向けていました。
もし彼が、自分の心の中にある言葉を
もう一言だけ口にできていたら、
二人の間の友情は、そのまま
終止符を打っていたはずでした。
しかし、ペンドルトン嬢は、
その機会を奪ってしまいました。
彼女は立ち上がると、
ホワイトフィールドホールの女主人は
きっとそれに反対するだろう。
そもそも自分を受け入れることを
前提として
結婚しなければならないということを
知ったら、決して応じないはず。
未来の奥さんに
無理な強要はしないで欲しい。
そして、自分を招待するのは、
あくまで友人としての資格のみで
お願いしたいと頼むと、
すぐに日傘を差して立ち去りました。
彼女の態度がどれほど冷静なのか、
彼は彼女を追って、
自分の考えを再び打ち明けることも
できないほどでした。
彼はただ、長い森の道を歩いて、
遠さかって行くペンドルトン嬢を
ぼんやりと見つめるだけでした。

彼は完全にふられてしまいました。
他の判断の余地もなく、
切り捨てられてしまいました。
彼はしばらくそのまま座っていました。
自分が今
プロポーズをしたという事実が
彼女に拒絶されたことよりも、
もっと衝撃的でした。
こんなに感情的に押し通すなんて。
それも彼女が、
自分を友達としか見ていないことを
確認した直後に。
断られることを覚悟した行為でした。
しかし、自分は
そんなことをしてしまいました。
そして、このようなことをした理由は
明らかでした。
愛のためといえば、
高尚な表現だろうけれど、
正直に言うと欲望でした。
畜生。
男という奴がやってしまいがちな、
ありふれた過ちを
自分も犯してしまったようだ。
彼は男たちが女のために
とんでもないことをするのを
嘲笑ったりしました。
社交界を出入りしていた頃、
彼は男という人種が、欲望によって
どれほど愚かになるかを
十分に観察していました。
彼らは女性の前で、
特に美しい女性の前で無力でした。
名門の出身で、
十分な教育を受けた男たちでさえ
呆れるほど簡単に、
女性たちの誘惑に負けて
愚かな結婚を犯しました。
愛だの恋だのと言って求愛したけれど
その底にあるのは、
ひたすら欲望でした。
欲望に目が眩み、
美徳も共通点もない女性たちを
伴侶として迎えようとした。
そして、欲望だけの結婚は、
最終的には、
ひどい結婚生活につながりました。
そんな愚かな風景に彼は嫌気が差し
彼は社交界に
出入りしなくなりました。
しかし、イアンは、
自分がペンドルトン嬢に
言ってしまったことが
欲望から始まったとしても
後悔はしませんでした。
彼のプロポーズは
衝動的ではあったけれど、
いつか、行っていたであろう
ことだったからでした。
彼はロンドンに滞在している間に、
彼女にプロポーズをして結婚式を挙げ
自分の領地へ連れて行くことを
密かに計画していました。
彼が1か月もの間、
ロンドンで時間を稼いだ目的は
それだけでした。
自分がどれほど彼女を
真剣に愛しているか、彼女に
説明しなければなりませんでした。
単なる衝動ではなく、
心から彼女を愛していることを
告白しなければなりませんでした。
そうすれば彼女も、
自分のプロポーズについて
再び、考えてくれるだろうと
思いました。
彼はすぐにハンカチをポケットに入れ
早足で、今、彼女が行った方へ
歩いて行きました。
森から抜け出すと、
遠くに一行が見えました。
女性たちはテニスをし、
男性たちはコートの近くに座って、
ドレスの裾をなびかせながら
ボールを打ち返す淑女たちを、
ぼんやりとした目で眺めていました。
彼は群れの中から
ペンドルトン嬢を探しました。
しかし、どこにもいませんでした。
彼はテニスコートの片隅で
汗を冷ましているランス嬢に近づき
ペンドルトン嬢がどこへ行ったか
尋ねました。
ランス嬢は、
ペンドルトン嬢は急用があるとかで
先に帰ったと答えました。
ダルトン氏は、
何に乗って帰ったのかと
尋ねました。
ランス嬢は、
使用人たちの馬車だ。
急いでいるように見えたので、
ペンドルトン嬢を
すぐに連れて行くよう
御者に指示したと答えました。
ダルトン氏は唇を噛みしめました。
自分を避けるためだという
彼女の意図が、
あまりにも明らかに見えました。
逃げなければならないほど、
自分の心が嫌だったのだろうか。
ランス嬢は、
なぜ、ペンドルトン嬢を
探しているのか。
ダルトン氏が来た方向を見ると、
ペンドルトン嬢に
会ったのではないかと尋ねました。
ダルトン氏は、
途中になった話があると答えると
どんな急用だと言って帰ったのかと
尋ねました。
ランス嬢は、
親戚が訪問するというような
ことだった。
そういえば、 家の大小の用事のため、
当分はペンドルトン家で
客を迎えられないだろうとも
言っていたので、話をするのは、
かなり後回しにしなければならないと
答えました。
彼は何も言わずに
彼女が去った土の道だけを
見つめました。
ランス嬢は、さらに何か言いましたが
彼には、ほとんど聞こえませんでした。
彼女は、自分から逃げるために、
あの道を、慌てふためいて
去ってしまった。
彼は先程の冷ややかな反応よりも、
明らかにペンドルトン嬢の意中を
知ることができました。
ペンドルトン嬢は、自分との結婚を
望んでいませんでした。
自分を男として
決して望まないのでした。

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ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏に対して、友人として
好意を抱いていたとしても、
自分は彼の結婚相手の対象外だと
思っていたので、
彼のプロポーズは
青天の霹靂だったのだと思います。
いきなりプロポーズされて
ペンドルトン嬢は
どうしていいか分からず、
逃げるしかなかったのだと思います。