
23話 ダルトン氏からプロポーズされたペンドルトン嬢は先に帰ってしまいました。
翌日、ダルトン氏は
ペンドルトン家を訪ねました。
ドアをノックすると、
彼が邸宅を訪問する度に、
いつもドアを開けてくれた
メイドが出て来て、
客を迎えることができないと
告げました。
門前払いは予想していたので、
彼はメイドに手紙だけでも
渡してくれと頼みました。
しかし、メイドは、
客から何も受け取ってはならないことに
なっていると、
不愛想に答えるだけでした。
結局、ダルトン氏は、
訪問者カードだけを残して
退くしかありませんでした。
しかし、彼は、その場を
立ち去ることができなかったので
家の向かいに立って、
何時間も窓を眺めました。
カーテンのかかっていない
窓の向こうに、時々
ペンドルトン嬢が通り過ぎる姿を
見ることができました。
彼は彼女の姿を確認した後に
ようやく、
背を向けることができました。
言葉では言い表せない苦々しさを
感じました。
そんな日が何日も続くと、
彼はそろそろ焦って来ました。
ペンドルトン嬢が、自分に対して、
永遠に心を
閉ざしてしまったかもしれないという
不安が芽生えました。
彼は数日間、煙草をくゆらせながら
毎日ペンドルトン嬢の家の近くを
うろつくこと以外、
何もできませんでした。
こんなことをしても、
何の役にも立たないということを
知りながらも。
そんな中、これ以上、
帰郷を先送りできないようにする
電報が届きました。
彼の領地内の教区牧師である
ゼンフィールド氏が
亡くなったからでした。
ゼンフィールド氏の年齢を考えると
驚くことでもなかったけれど、
出発する前までは
とても元気にしていたので、
イアンにとっては、
予期せぬことでした。
彼は、自分がロンドンに
あまりにも長く滞在していたことに
気づきました。
今はホワイトフィールドに
帰らなければならない時でした。
遺族を慰め、
新たな牧師を任命するためでした。
彼は電報を打った後、
すぐに最速の列車の便を
調べました。 一時間後でした。
彼は、列車の時刻を教えてくれた
使用人に 、
ホワイトフィールドに戻る荷物を
まとめることと、
ホワイトフィールドと
ダンビルパークの両方に
自分が戻るという電報を出すよう
指示しました。
それは直ちに実行されました。
彼は、使用人たちが
荷造りするのに忙しくしている
客室の片隅の机に座り、
紙を一枚取り出しました。
そしてペンを取って
急いで手紙を書き始めました。
親愛なるペンドルトン嬢。
急にロンドンを
離れることになったので、
このように手紙で、
自分の状況を知らせます。
教区牧師のジンフィールド氏が亡くなり
自分は弔問客として、
また牧師の任命権を
行使しなければならない地主として
再びホワイトフィールドに戻ります。
状況が落ち着き次第、
またロンドンに戻って来るつもりです。
やむを得ず断たれてしまった
ペンドルトン嬢との関係を
修復するまでは、
ホワイトフィールドに
居座ることはできません。
ピクニックの後、ペンドルトン嬢が
自分を避けていることを知っています。
そして、その問題について、自分は
ペンドルトン嬢を恨んでいないので
責めたい気持ちもありません。
ただペンドルトン嬢との友情の橋が
再び、架けられるのを願うだけです。
ホワイトフィールドから戻ってきた時
少なくとも弁明の機会が
与えられることを期待しています。
あなたの忠実な僕
イアン・ダルトン
彼は、すぐに手紙を
封筒に入れて封をした後、
ジャケットの内ポケットに入れると
引き出しを開けて、
その中にあった額縁を取り出しました。
ホワイトフィールドの風景を描いた
小さな絵でした。
ペンドルトン嬢に、
ホワイトフィールドの絵を
プレゼントすると約束した直後、
彼は自分のスケッチブックにあった
数十枚のホワイトフィールドの
風景画の中で、
最も出来の良い物を選んで彩色した後、
額縁に入れておきました。
いつか彼女に
プレゼントするためでした。
彼は、彼女に
ここへ行って自分と住まないかと
聞こうとしました。 計画はそうでした。
彼は絵を無地の包装紙で包み、
紐を十字に結びました。
そして、それを持って外に出ました。
前もって指示しておいた通り、
馬車に、彼の荷物が
全て積まれていました。
彼は馬車に乗って
ペンドルトン家へ向かいました。
間もなく
邸宅の前に馬車が停まりました。
彼は紐の内側に手紙を挟んだ
包みを持って、馬車から降りました。
そして、すぐに、
ペンドルトン家の玄関のドアを
叩きました。
いつも自分を出迎えていた
若いメイドが出て来ました。
メイドは、ひどく無表情な顔つきで
彼を見ました。
そして、
申し訳ないけれど、
訪問者を迎え入れていないと
断りました。
彼は包みを差し出し、
ペンドルトン嬢に渡して欲しいと
頼みました。
メイドは、
申し訳ないけれど、どんな客からも
代わりに何かを受け取るのは
できないことになっていると
前回と同じ返事をしました。
彼は列車の時間を気にしながら、
急を要する状況なので、
今回は例外にして欲しい。
自分は今すぐ領地に
出発しなければならないと
苛立たしげな声で頼みました。
しかし、メイドは、
申し訳ないけれど、
それは、あなた様の都合だと
言い返しました。
ダルトン氏は、
それなら、これを石に結び付けて
窓へ投げるしかないと言いました。
メイドは、
そんなに切に渡したいものなら、
郵便局から正式に送ればいいと
助言しました。
しかし、ダルトン氏は、
時間があればそうしたけれど、
自分は30分以内に
列車に乗らなければならないと
返事をしました。
メイドは、
しばらくイアンを見つめました。
そして、すぐに腕を組みながら、
自分の権限で、
どうにかできることではない。
命令を破ったせいで、
首になったりしたら
どうするのかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ロンドンの他の家の仕事を紹介する。
それとも、ヨークシャーに来て
働くかと尋ねました。
メイドは、
田舎は嫌いだと答えました。
ダルトン氏は、
都会の垢にどっぷり浸かった、
世間知らずのガキめと思いました。
彼は自分の財布から
2枚のポンド紙幣を取り出して、
包みの上に置きました。
都会の垢にどっぷり浸かった、
世間知らずのガキにとって、
ポンドほど効果のある買収方法は
ありませんでした。
メイドは2枚のポンドを見て、
すぐに包みを受け取りました。
ダルトン氏はそのまま背を向けて、
馬車の方へ歩き出しました。
ところが後ろから「ダルトン様!」と
メイドの声が聞こえて来ました。
イアンは振り返ってメイドを見ました。
メイドは彼に一歩近づきました。
そして2ポンドを、
再び彼に押し付けました。
ダルトン氏は顔をしかめながら、
もっと欲しいということかと
尋ねました。
メイドは首を横に振り、
別のものをお願いしたいと答えました。
ダルトン氏は、
取引をしようと言うのかと
尋ねました。
メイドは、
そうだ。2ポンドは自分にとって
取るに足らないものだと答えました。
ダルトン氏は、
メイドが、今、
何をしようとしているのかと思って
彼女を見ました。
しかし、メイドは
瞬き一つしませんでした。
彼女は、
これをお嬢様に渡す代わりに、
必ずロンドンに戻って来るように。
戻って来て、
ペンドルトンお嬢様の心を
つかんで欲しいと頼みました。
ダルトン氏が
「何だって?」と聞き返すと、
メイドは、
ヨークシャーで準備を整えて、
もう一度、うちのお嬢様の心を
つかんでみるように。
あんなに、しつこく
訪ねて来ておきながら、
まさか、このまま
引き下がったりしないだろうと
話しました。
ダルトン氏は、ぼんやりした表情で
メイドを見ました。
メイドは彼のジャケットに
2ポンドを突っ込むと、
ドアをバタンと閉めて
中へ入ってしまいました。
ダルトン氏は、
差し迫った時間を意識して、
すぐに馬車に乗りました。
しかし、心の中には、
先ほどのメイドの言葉が
突き刺さっていました。
また戻って来たら
ペンドルトンお嬢様の心を
つかんでみるように。
ダルトン氏は
出発する馬車に寄りかかりながら
ため息をつきました。
畜生。それができるなら
今すぐにでもやったのに。

アンは包みを持って
書斎に入りました。
普段は、タイプライターの音で
うるさかった書斎が
今日は静かでした。
よく訪れていたハイド嬢は、今日
フェアファクス氏の取り計らいで
出版社に面接に行ったので、
ペンドルトン嬢1人でした。
彼女はいつものように、
肩に白いレースのショールを掛け、
ラテン語の聖書を翻訳して
時間を過ごしていました。
アンは机の反対側に立ち、
ペンドルトン嬢に包みを見せました。
ペンドルトン嬢が、
どうしたのかと尋ねると、アンは
今日も、ダルトン氏が来たと
答えました。
ペンドルトン嬢が、
何も受け取らないようにと
言ったのにと、責めると、
アンは泣きべそをかきながら
仕方がなかった。
自分が断る暇もないうちに、
さっと渡されて、
捕まえる間もなく行ってしまったと
言い訳をしました。
ペンドルトン嬢は、
沈んだため息をついた後、
それを受け取り、
包みをじっと見つめた後、
すぐに、それを開きました。
包みの中に入っていたのは
小さいサイズの額縁で、その中には
水彩絵の具で描かれた風景画が
収められていました。
ペンドルトン嬢は、
絵をじっと見つめた後、
すぐに首を伸ばし、
額縁を覗き込んでいたアンに
こちらへ来て、見てみないかと
促しました。
アンはお嬢様のそばに近づいて、
絵を見ました。
小さな額縁の中には
眩い田園風景が広がっていました。
起伏の激しい山脈を背にした
広大な野原の上に、
可愛らしい農家が
寄り添うように集まっており、
そのそばには、美しい湖と
真っ白な白樺の木々が
森を成していました。
そして絵の片隅には
美しい白い邸宅がありました。
アンは感心しながら、
とても素敵だ。
これは誰の絵かと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏の作品だと答えました。
アンは心から驚き、
本当ですか?
あの紳士は画家なのですねと
聞きました。
ペンドルトン嬢は。
色使いが本当に上手。
これほど上手だとは思わなかったと
答えました。
アンは、
ところで、ここはどこなのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
ホワイトフィールド。
ダルトン氏の領地だと答えました。
自分の領地の風景画を
淑女にプレゼントした。
彼の意中は明らかでした。
好きな女性に、自分の住む所を
見せたかったのだろう。
自分のプロポーズを受け入れれば、
ここで暮らせるという
誘惑もしたかっただろうし。
アンは優雅に見えた、
あの紳士の心の中が、はっきり見えて
こっそり笑いました。
しかし、この事実に、
はたして、うちのお嬢様は
気づいているのだろうか。
アンはペンドルトン嬢の横顔を
チラッと見ました。
肝心の、これを受け取った彼女は、
心の中が読めない穏やかな表情で
絵を眺めているだけでした。
ペンドルトン嬢はアンに
この絵を応接室に掛けるよう、
レオンに頼んでと指示しました。
アンは、
掛ける位置はどこにするのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
翡翠色のサイドテーブルの上にと
答えました。
アンは、
応接室で一番目立つ場所に?
と尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏自身が描いてくれた絵なので
当然、それにふさわしい場所に
掛けるべきだと答えました。
アンは承知すると、部屋を出て、
応接室に絵を掛けました。
その晩、アンは
ペンドルトン嬢の
髪の手入れをするために、
ノックをして、
彼女の部屋に入りました。
ペンドルトン嬢は、
窓の外を見つめながら立っていました。
彼女の手の中には手紙がありました。
ペンドルトン嬢は、
アンが入って来ると
ドレッサーに腰を下ろしました。
アンは、
ペンドルトン嬢の後ろに近づき、
結い上げた髪を解いて、
ブラッシングしながら
鏡の中のペンドルトン嬢の顔を
のぞき込みました。
ペンドルトン嬢は沈んだ顔で
目を伏せたまま
考え込んでいました。
アンの視線は、自然に、
ドレッサーの上に置かれた
手紙の方へ向かいました。
アンは彼女に届いた手紙が気になって
死にそうでした。
一週間前、
ピクニックに行ったお嬢様が
顔を曇らせて帰ってきた後、
彼女は、客も迎え入れずに、
ずっと引きこもっていました。
口では、
長い時間、ボートに乗ったせいで
体調を崩したと言っていたけれど、
10年近くお嬢様に仕えて来た
アンの目には、ペンドルトン嬢は
全く、問題ありませんでした。
彼女は、ただ客を
迎えたくなかっただけでした。
そして一週間ずっと
あの紳士が訪ねて来ました。
この一ヶ月間、
ペンドルトン家の敷居が
磨り減るほど出入りしていた
秀麗な青年紳士イアン・ダルトンが。

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愛しいローラに会うために、
せっせとペンドルトン家に
通い詰めていたダルトン氏。
雨の日以外は、他にも、
ペンドルトン家を訪ねた客が
いたので、
敷居が磨り減るほど出入りしていれば
もしかして、ダルトン氏は
ペンドルトン嬢のことが
好きなのではないかと、
噂の一つでも立ちそうなのに、
それがなかったということは、
ローラは、あくまで仲人で、
ダルトン氏の結婚対象ではないと、
皆が考えていたからなのではないかと
思いました。
立派な人格を持っていても、
年齢が高いとか、血統のせいで
蔑まされるなんて、
冷たい世の中だと思います。