
24話 アンはダルトン氏からの手紙が気になっています。
アンが、お嬢様の命令により
訪問を断ると紳士に告げた時、
彼は、
そうだと思ったというような表情で
手紙だけでも渡して欲しいと
頼みましたが、結局、
訪問者カードだけを残して
引き下がりました。
そして何時間も
家の周りをうろうろして帰りました。
この状況を見守っていたアンが
ピクニックで、
2人の間に何かがあったと推測するのは
不思議なことではありませんでした。
そのため、アンは、手紙への好奇心を
抑えることができませんでした。
一体、何と書いてあるのだろうか。
単なる挨拶?
それなら、お嬢様が、
こんなに落ち込んでいるはずがない。
それとも愛の告白? プロポーズ?
それなら、なおのこと、
今、こんなに顔色がすぐれないのか
理解できませんでした。
ああ、お嬢様が、
他の家の愚かなお嬢様たちのように
メイドに自分の恋愛話を
あれこれ全て打ち明ける人だったら、
どれほど良かったことか。
アンは、ため息をつきながら、熱心に
お嬢様の髪を梳かすだけでした。
胸の内が苦しいなら、自然に
話してくれるだろうと思いました。
アンが髪を梳かし終えて、
寝る時に邪魔にならないように、
緩く一つに編んで結んであげた時、
アンの忍耐が報われました。
ダルトン氏に、
プロポーズのようなことを言われたと
ペンドルトン嬢が口を開いたのでした。
やっぱり!
アンは内心、歓声を上げましたが、
まあ、本当に? あの人が、
自分の気持ちを告白したのかと
表向きには、わざと驚いたように
反応しました。
ペンドルトン嬢は、それを否定し
彼の気持ちを
類推することができるようなことを
言ったと答えました。
アンは、
自分は学がないので
「類推」のような難しい単語は
分からない。
しかし、ニュアンスからすると
あからさまではないけれど、
少し遠回しに言ったという感じがすると
言いました。
ペンドルトン嬢は、
似ていると返事をしました。
アンは、
もしかして、そのせいで、最近、
訪問客も迎えていなかったのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、それを認めると、
おそらく、自分がしばらく
風邪を引いたふりをしていたのを、
アンは、
すごく不審に思っていただろう。
気づいていましたよねと尋ねました。
アンは「はい」と答えました。
ペンドルトン嬢は、
そうだと思った。
自分は、アンの鋭い目を
欺くことはできないからと言いました。
アンは、
プロポーズされたのに、
ずっとダルトン氏を避けているのか。
もしかして・・・
あの人のプロポーズを
断るつもりなのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は肯きました。
アンは、
でも、あの人はとても条件が・・・
いえ、違う。
全てお嬢様の意思なので、
自分などが何を言えるだろうか。
しかし、このように隠れるのは
馬鹿げたことだ。
承諾も拒否もお嬢様の権利なのに、
罪を犯した人のように振る舞うのは
堂々たる態度とは言えない。
紳士にプロポーズする自由があれば、
淑女には断る権利があると
主張しました。
ペンドルトン嬢は、
アンの言うことは、理論的には、
一つも間違っていないと言いました。
アンは、
「理論的」という言葉の意味は
分からないけれど、おそらく
「頭で考えれば」ぐらいの
意味ですよねと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
やはりアンは、文脈を読むのが上手。
だから、状況の曖昧さも
きっと、理解できるだろう。
自分のような淑女が
ダルトンさんのような人の
プロポーズを断るのは
大変、失礼なことだと答えました。
アンは、
お嬢様みたいな淑女とは、
どんな淑女なのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
持参金もないし、もういい年だからと
答えました。
アンは、
でも、ダルトン氏は、
それを知っていながら、
お嬢様のことが好きなのではないかと
反論しました。
ペンドルトン嬢は、
あの人が、
自分を好きになってくれるのは
有難いことだけれど、結婚は別物だと
返事をしました。
アンは、その理由を尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
バランスの取れていない結婚だから。
自分は、自分以外に
何も持って行くものがない。
あの人が、
自分だけで満足できると言っても、
それは愛が最も熱く
燃え上がっている時の話だと
答えました。
しかし、アンは、
あの人の愛が
一生続くかもしれないではないか。
お嬢様は美しいし、性格も良い。
あの方の本性が下品でなければ、
彼はお嬢様に常に忠実でいるだろう。
あの人の好みが上品なら、
お嬢様に飽きることもないだろうと
言い返しました。
ペンドルトン嬢はクスッと笑うと、
アンは、いつも自分を
高く評価してくれるけれど、
この問題は好みとは関係ないと
答えました。
アンは何か反論したかったけれど
慎重に口を閉ざして、
髪を結び終えました。
ペンドルトン嬢は立ち上がると、
窓際へ行きました。
アンは椅子に掛けられていたショールを
持って行って、
ペンドルトン嬢の肩に掛け、
彼女の肩に手を置いた後、
お嬢様の気持ちはどうなのか。
あの人に対する気持ちは、
少しもないのかと、
低い声で尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
しばらく黙っていました。
意味深長な沈黙でした。
ペンドルトン嬢は、
未婚女性になることの
最大の利点が何かを
知っているかと尋ねました。
アンは
「何ですか?」と聞き返しました。
ペンドルトン嬢は、
若い紳士たちと何の緊張感もなく
友情を分かち合えるということ。
自分は、
その利点に頼り過ぎてしまった。
それで、あの人は誤解をした。
自分には、彼への愛が少しもないと
言いました。
アンは、先ほどの短い沈黙から
何かを感じ取りました。
それは確かに躊躇いでした。
それでペンドルトン嬢の言葉が
全く本心ではないとことに
気づきました。
しかし、彼女は、これ以上
お嬢様を説得することが
できませんでした。
お嬢様は、説得して
言うことを聞くような人ではない上に
男女の問題は、第三者が
どうこうできるものではないと
分かっていたからでした。
アンはお嬢様の髪を整えた後、
お休みの挨拶をして部屋を出ました。
ドアが閉まる音が聞こえ、
ペンドルトン嬢は
部屋の中で1人きりになりました。

彼女は、しばらく部屋の中を
行ったり来たりしました。
ベッドに座ったり、立ったり、
再び窓際に行ったり離れたり、
ロッキングチェアに座ったり
立ったり・・・
彼女の心は落ち着きがなく
彷徨っていました。
部屋の中を彷徨っていた彼女の足は
すぐにドレッサーの前で止まり、
彼女の手は、自動的に
ドレッサーの上の手紙をつかみました。
彼女は折りたたんでおいた手紙を
再び広げました。
彼女の瞳が、紙の上に広がる
美しい書体を追いかけ始めました。
清楚な文体。 礼儀正しい内容。
慌ただしい中、
こうして手紙を書いて、
約束したプレゼントまで
用意してくれるなんて。
彼は良い人でした。
ところが、瞳が、
手紙の最後の文字である
「イアン・ダルトン」に近づくと
彼女の息が止まりました。
彼女の目の前に、最後に見た
彼の顔が浮かびました。
自分を見つめていた視線。
飛んでくる槍のように
真っすぐに突き刺さった感情。
ペンドルトン嬢は手紙を落としました。
体が縮こまりました。
肩が細かく震えました。
彼の感情は、
彼女を怖がらせるほど強烈でした。
それは、はっきり分かる感情でした。
彼は自分の感情をこぼすことなく
真っすぐに向けました。
恐ろしいほど強烈な熱望でした。
もし彼が、自分の家や
公共の場所で話を切り出していたら、
もう少しスムーズに
対処できました。
しかし、あそこは誰もいない森でした。
彼女は、
何か起きるのではないかと思って
逃げたのでした。
その後、彼はしきりに訪ねて来て、
会わないでいると、家の周辺を
うろつくことまでしました。
あの日の森での感情が、自分の錯覚や
彼の一時的な衝動ではないという
証拠でした。
ペンドルトン嬢は、
辛い一週間を過ごしながら
悩みました。
一体、いつから、
彼の感情が始まったのだろうか。
1 か月間、2人の友情は、健全で
リラックスしたものでした。
自分は彼を決して男性だとは
思っておらず、
彼も同じだと信じていました。
彼の結婚相手になるには
自分は至らない人間だから。
その事実に頼って、
彼にあまりにも気兼ねなく
接していたようでした。
彼女は再び手紙を見つめました。
ホワイトフィールドに向かうという
知らせでした。
ペンドルトン嬢にとっては
幸いなことでした。
彼が領地に戻って、
感情を鎮めることができることを
願っていました。
彼が心を整理して戻ってきた時に、
また友達に戻ることができればいいと
思いました。
彼女はダルトン氏の気持ちを
知りながらも、友人として、
依然として彼が大切でした。
違う。ペンドルトン嬢は
思わず繰り返し言いました。
自分を騙さないで。
彼の感情に、本当に
当惑しているだけなの?
ペンドルトン嬢は唇を噛みました。
彼女の手は、
再びダルトン氏の手紙を持ち上げて
広げました。
また戻って来る。
ペンドルトン嬢は、その言葉に
心が締め付けられては、解け、
また締め付けられました。
彼は去った。
しかし、また戻って来る。
そして、自分はそれを喜んでいました。
彼が去ったことよりも、
彼が戻って来ることに
喜んでいました。
これは単なる友達に対する
感情だけなのだろうか?
そうだと言ったらそれは嘘でした。
彼女は自分に
嘘をつきたくありませんでした。
自分は1週間、
ずっと彼に会いたかったし、
1ヶ月の間、
ほとんど毎日訪問してくれた彼に
会えなくて虚しくて寂しかった。
今日、彼が
ロンドンを離れることを知ると
気分が落ち着かなくなり、その度に、
彼がまた戻ってくるという手紙を
何度も読み返しました。
そうしているうちに
寂しさが収まりました。
油断は、彼が自分を
愛するようにしただけではなく
自分の心を
彼に傾けさせたりもしました。
ペンドルトン嬢は
再び手紙をたたみました。
指先が震えて、
心臓がドキドキしました。
彼女は、
自分自身が容認できない感情を
抱いていることに気づきました。
実に久しぶりのことで、
彼女を当惑させる
招かれざる客でした。
実を結ぶことのできない努力。
叶わない願い。
すぐには終わらない苦痛を与える感情。
彼女は経験から、
それを知っていました。
その過程を、また
経験しなければならないなんて。
彼は自分を求めている。
それで、いいのではないか。
ペンドルトン嬢の心は、
一度その考えに揺れました。
彼と自分の心が一致するなら、
これ以上、何が必要だというのか。
なぜ、わざわざ、
複雑な考えをする必要があるのか。
しかし、そう考えながらも、
彼女の手は、自然に
自分がいつも首に掛けている
真珠のペンダントを
手探りしていました。
彼女はペンダントを外しました。
小さな真珠が
ぎっしり連なった中央に、
繊細なスミレの形の細工が施された
硬い楕円形の
銀のペンダントトップが
輝いていました。
彼女は
銀のペンダントトップの端に
指先を近づけました。
ボタンに指が触れました。
彼女は力を入れて、それを押しました。
細工の表面が飛び出して来ました。
それを開けると、その中に
1人の女性の横顔が現れました。
繊細な筆先で描かれた女性の肖像画。
灰色の瞳。 赤毛。
白い肌と整った顔立ちの乙女。
自分の母親である
ドロレス・ペンドルトン。
18歳までしか生きられなかった彼女は
幼い姿のまま、紙の上に留まり、
娘の首に掛けられて生きていました。
彼女は、母親の肖像画が収められた
銀の飾りの縁を指先で撫でました。
生きてさえいれば中年の婦人となり、
自分のそばにいたはずの女性でした。
しかし、彼女は亡くなりました。
ロンドンから遠く離れた、ある小屋で
難産の末に体を痛め、貧困のせいで、
まともな治療さえ受けられずに
死んでしまった母親。
このネックレスは、自分が7歳の時、
祖母の家に自分を預けた父親が
掛けてくれたものでした。
父親は、いつか迎えに来るという
言葉だけを残して
去ってしまいました。
それで終わりでした。
彼女にとって親とは、
この小さなペンダントの中でしか
見られない
存在になってしまいました。
ペンダントは成長期を通して、
彼女の一部として共にいました。
彼女は、
しばしばペンダントを開いて
母親の肖像画を見つめていました。
子供の頃は悲しみを忘れるため。
寄宿学校で過ごしていた頃は
寂しさを紛らすため。
そして、社交界にデビューした
10代後半には、
共感してくれる誰かを探すために。

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17歳で画家の父親と駆け落ちをし、
わずか18歳で、貧しさの中で
亡くなってしまった母親。
そして、
まだ詳細は分かりませんが、
おそらく、以前、
ある男性に裏切られたことにより
深く傷ついてしまった
ペンドルトン嬢。
その時の傷が大きくて、
イアンを愛し始めながらも、
新しい恋に踏み出すことができない
苦悩が、ひしひしと感じられました。
その状況を打開できるのは
ダルトン氏しかいないと思います。