
26話 ダルトン氏は、ロンドンで、良いお嬢さんたちを少しは探してみたのかと義兄に聞かれました。
葬式の直後に、
こんなことを言うなんて。
イアンは内心ため息をつきました。
彼は「いいえ」と答えました。
ロバート・フェアファクス氏は、
ロンドンに1か月以上滞在しながら
一体何をしていたのかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ウィリアムに良い女性を探してみろと
小言を言われていた。
ロンドンではウィリアムが、
ここでは義兄が、
自分にプレッシャーをかけている。
自分はどこへ行けば、
この束縛から逃れることが
できるのだろうかと、ぼやきました。
ロバート・フェアファクスは、
不適切な場所にもかかわらず、
カラカラ笑いました。
ロバートは、
どんな娘でも選んで
ダルトン夫人にすれば、
すぐに逃れることができる。
その代わりに、
妻の小言という別の束縛が
君を待っているだろうけれどと
返事をしました。
ダルトン氏は、無言で
人がいないと思われる方へ
歩き出しました。
ロバートは、
彼のそばを一緒に歩きました。
ロバートは、
自分も君のお姉さんと同じで、
早く1人のお嬢さんに
縛られることを願っている。
結婚してみると、
結婚は早ければ早いほど
良いものだということが分かった。
特に男にとっては。
自分の家に自分の家族がいることが、
男たちに、どれほど力を与えてくれるか
分からないと話しました。
ダルトン氏は、
「妻の小言が?」と聞き返しました。
ロバートは、
生きていれば聞く価値があると
思えることもある。
それでも自分の子供を育ててくれる
妻ではないか。
今日は、自分のことを
かなり気にかけてくれている。
家門の栄光だという気持ちで聞けば、
それも、それなりに悪くないと
答えました。
ダルトン氏は、
既婚者の話を聞くと本当に混乱する。
配偶者を愛しているのか、
憎んでいるのか、
見当がつかないと、ぼやきました。
ロバートは、
なぜなら、両方だから。
夫婦の間の複雑で微妙な感情を
君は知らない。
確かに、
独身時代の自分も知らなかった。
結婚をして、
本当の人生を学んだようなものだ。
人間の喜怒哀楽というものを。
君は、その点で、
まだ人生について半分も知らない
子供のようなものだと言いました。
ダルトン氏は、
結婚した人たちは、集団で、
独身者を子供扱いすることを
どこかで学んでくるようだ。
これを避けるためにも、
早く自分を本当の大人にしてくれる
ダルトン夫人を
見つけ出さなければならないと
皮肉を言いました。
ロバートは、
ダルトン氏がそう考えたことを
褒めると、
早く探してみるように。
実はロンドンから、
お嬢さんを1人連れて来ると
思っていた。
ロンドンの社交界は、この町より
若くてきれいな女性が
多いのではないかと尋ねました。
ダルトン氏は、
それが美貌についての話なら
合っている。
ヨークシャーより美しい女性は
多い方だったと答えました。
ロバートは、
そんな女性たちの中に
君を虜にした女性はいなかったのかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
一瞬、目の前を通り過ぎた
1人の女性について考えましたが、
義兄には首を横に振りました。
ロバートは、
全く、自分に君のような条件が
揃っていたら
何百回も恋に落ちていただろうと
言いました。
ダルトン氏は、
義兄が自分に生まれていたら
大変なことになるところだった。
何百回も恋に落ちるなんて、
普通のことではないと
返事をしました。
冷笑的な返事が続いても、
ロバート・フェアファクスは
大笑いし、ダルトン氏が、
すげない態度を取っていると
面白がりました。
そして、近いうちに、一度
ダンビルパークに遊びに来るように。
姉の顔を見て、
一緒に狩りもしようと誘いました。
ダルトン氏は、
義兄が来てくれたことに
お礼を言いました。
ロバート・フェアファクスは
ダルトン氏と軽く握手を交わした後
再びポケットに手を入れて
ふらふらと自分の馬車がある所へ
行ってしまいました。
イアンは、弔問客が全員帰るまで
残っていました。
そして、がらんとした牧師館に残った
ゼンフィールド夫人と家族の
去就問題について相談しました。
ゼンフィールド夫人には
インドに派兵された
将校の弟だけしかおらず、
弟の家族がイギリスに戻ったら
一緒に暮らすことが決まっていました。
しかし、
その家族がイギリスに戻るまで、
数年は待たなければなりませんでした。
イアンは、
彼らが弟の家族と合流するまで、
ホワイトフィールドの東側にある
小さなコテージ
(中流層の田園住宅)を、
安い賃料で貸すことに決めました。
問題が片付くと、
イアンは牧師館を離れ、
ホワイトフィールドホールへ続く道を
ゆっくり歩き始めました。
牧師館とホワイトフィールドは
歩いて30分前後の距離なので、
彼は馬車を置いて来ました。
小さな商店や
大小の住宅が並ぶ村を離れると、
すぐに静かな並木道が現れました。
道の両側に立つ、
40フィート以上の木々の間から
小川や田畑が見渡せる
静かな道でした。
茂った葉の間から差し込む日の光が
地面に敷き詰められていました。
イアンは日差しの断片を踏みながら
歩いて行きました。
並木道が終わり、野原を通り抜けると
生い茂った森林地帯が現れました。
ホワイトフィールドという
地名の由来を物語る白樺の森でした。

きれいに整地された
広い土の道を歩いていると、
ナイチンゲールの鳴き声と
木をすり抜けていく
風の音が聞こえて来ました。
目の前を埋め尽くしている
白樺を眺めると、胸が熱くなりました。
幼い頃から
何千回も歩いた道でしたが、
長い旅の直後だったため、
感慨深いものがありました。
ロンドン滞在中は
意識していなかったけれど、
彼は密かに、彼が生まれ育った
ここホワイトフィールドを
恋しく思っていました。
改めて、彼は、自分が
ここをどれほど愛しているのかを
自覚しました。
彼の目に映る草と木々、
土の塊に至るまで、彼の胸は
強烈な愛情で反応していました。
彼は森を通り、
広い小川に架かる橋を渡りました。
すぐに、自然そのままの木々が
手入れの行き届いた庭木へと
変わって行きました。
まもなく、彼の目の前に、
巨大なホワイトフィールドホールが
現れました。
ホワイトフィールドホールは、
誰が見ても、遠くからでも、
その巨大な規模が分かるほどの
豪邸でした。
真っ白な森と調和する、
美しくて白い大理石のレンガを
幾層にも積み上げた石造りの建物で、
この地の主人が住むのに相応しい
品位と風格を備えていました。
彼は整然と造成された庭園と
噴水を通り過ぎて玄関に入りました。
入口を入ると、すぐに
小柄でずんぐりした
老執事のラムズウィックが
彼に近づいて来ました。
彼が
「おかえりなさいませ、ご主人様」と
挨拶すると、ダルトン氏は頷きました。
そして、彼は、
明日の朝早く、何人かの使用人を
ハートナムコテージへ送って
片付けさせるように。
ゼンフィールド牧師の家族が
住む家なので、
気を配るように伝えてと指示しました。
そしてダルトン氏は、そのまま
執務室に向かおうとしましたが、
すぐに、
ラムズウィックを振り返ると、
昨日、自分が帰って来た時に、
ラムズウィックの安否を
確認したかどうか尋ねました。
ラムズウィックは、
「いいえ、でも大丈夫です。」
と答えました。
元気かと尋ねました。
彼は「はい、元気です」と答えました。
ダルトン氏は、
健康に問題はないかと尋ねました。
ラムズウィックは、
「はい」と答えました。
ダルトン氏は、
膝についても尋ねました。
ラムズウィックが、
おかげさまで大丈夫だと答えると
イアンは微かに微笑み、
良かった。 長い間、
席を外して申し訳なかったと
謝りました。
イアンは、
そのまま執務室へ上がりました。
ところが、ラムズウィックは
そのままイアンに付いて
執務室に入って来ました。
イアンが、
何かあったのかと尋ねると、
ラムズウィックは、
伝えたいことがあると答えました。
イアンは、
話してみろという表情をしました。
ラムズウィックは、
臨時で雇った土地の管理人は、
もう雇わない方がいいと思うと
伝えました。
イアンは、その理由を尋ねました。
ラムズウィックは、
主人がいない間、管理人は、
朝から昼まで、
一日の半分は一生懸命働いた。
しかし、残りの半分は
主人の狩猟地でむやみに狩りをし、
メイドたちに、
悪ふざけをしようとしていたと
答えました。
ダルトン氏の眉間に
しわが寄りました。
ラムズウィックは、
これだけなら話さなかったけれど
実は、水車小屋の賃貸契約の過程で
賄賂を受け取ったようだ。
2人が居酒屋で
ひそひそ話しているのを
使用人の1人が耳にしたそうだと
報告しました。
彼は、ハァーとため息をつきながら
腕を組みました。
ダルトン氏は、この世に、
良心のある土地管理人というものが
存在するのか分からない。
どうにかして、賃金以外の何かを
得ようとするのだからと
ぼやきました。
ラムズウィックは、
自分は、いない方に賭けると
言いました。
ダルトン氏も、
そちらに賭けると同調しました。
彼は、すぐに机に座り、
手紙を書いてラムズウィックに渡し
今まで働いた賃金と一緒に
明日送るようにと指示しました。
ラムズウィックは承知すると、
そのまま、出て行きました。
イアンは、そのまま座って
仕事を始めました。
ホワイトフィールドを離れてから
2ヶ月も経っていないのに
仕事が山積みでした。
差し迫った課題は、
小作料の精算と領地内の法廷紛争、
垣根設置を巡っての
農場間の摩擦解決と
建物賃貸のための面会でした。
ひとまず、それを解決したら、
早いうちに、採掘中の鉱山にも
直接行ってみなければならなかったし
弁護士にも
会わなければなりませんでした。
しかし、その前に、
自分が席を外している間に、
土地管理人が、
仕事をどう進めたかについて
検討する必要がありました。
彼は帳簿を調べ、
管理人が作成した賃貸関連書類と
事業関連で届いた手紙を
一つ一つ読んでみました。
今まで、
手紙だけで伝え聞いた説明とは
全く違う部分が目につき、
自分が指示したのとは正反対に
処理されたものもありました。
書類を見れば見るほど、
彼の気分は沈んで行きました。
彼は、仕事をこのように処理した
土地管理人に腹を立てるのと同時に
この土地管理人を紹介してくれた
義兄にも腹を立てました。
このような人間を
紹介してくれたのを見ると、
普段から義兄が、自分の領地に対して
どれほど無関心なのかが窺えました。
しかし、イアンは、
土地管理人の中で
信頼できる人を探すのは
天の星をつかむくらい難しいことを
実際の経験から知っていました。
土地管理人に領地運営を
全て任せていた父親が死亡した後、
イアンは帳簿と書類を通じて、
それまで管理人が、
どれだけ多くのお金を
途中で着服していたのかを突き止め
非常に驚き、呆れました。
彼はそのまま管理人を切り捨て、
すべてを自分で処理しました。
面倒なことの連続でしたが、
ホワイトフィールドの根幹が
蝕まれるのを放っておくわけには
いきませんでした。
彼は再び土地管理人というものは
信頼できない輩だということを
実感すると、
めちゃくちゃになった帳簿を
再び整理し、書類を再記録しました。
そして法的助言を受ける弁護士たちに
順番に手紙を書きました。
数時間が経って、
今日中に処理することが、
適当に片付くと、
彼は机から立ち上がって
窓際に行きました。
夜が降りたホワイトフィールドは
濃い紺色に染まっていました。
はるか遠くの
山の稜線の黒い輪郭の上に
月と星が冷たく輝いていました。
彼は、
窓際のテーブルの上に置かれた
木製のシガレットケースの蓋を開け、
葉巻タバコを一本取り出して
口にくわえ、マッチを擦りました。
タバコの先端に火を点けて
フィルターを深く吸い込むと、
ズキズキする頭が落ち着きました。
彼は、いっそう余裕ができた気分で
窓の外を見ながら
煙を吸い込みました。
のんびりとして満足した気分。
彼は初めて、
自分がホワイトフィールドに
戻って来たことを実感しました。
彼にとって本当の人生は、
ホワイトフィールドが一望できる
執務室の窓際でした。
彼は灰を落としながら、
ロンドンでの生活を
思い返しました。
馬車や人でいっぱいだった通りや
賑わっていた舞踏会。
優雅な家具に囲まれて行われた
晩餐会とお茶会。
ロンドンの最上流階級との
交流でしたが、
彼には何の意味もなかったので、
残像さえ、ぼやけていました。
誰と会って、どこに行ったのか
ほとんど、
記憶にも残らないほどでした。
彼がはっきり覚えているのは
ただ一つ。
グロヴナー通りの
ペンドルトン家に住む
1人の淑女だけでした。
彼は灰皿に灰を落としました。
満足感が薄れました。
彼女は今何をしているのだろうか。
舞踏会で踊っているのだろうか。
友達の家に招待されて、
夕食を取っているのだろうか。
部屋で自分のように
夜空を眺めているのだろうか。
自分が彼女に会いたがっているように
彼女も自分に
会いたがっているのだろうか。
そんなはずがない。
彼は自嘲的な笑みを浮かべました。
あれほど真顔になって
自分を追い払った彼女が、
1週間自分の顔さえ
見ようとしなかった彼女が、
自分に会いたがるはずが
ありませんでした。
彼女は、おそらく、自分のことを
思い出すことさえないだろうと
考えました。
彼は、もう一度、
フィルターを吸い込みました。
自分が
きちんとプロポーズをする前に
彼女が、あれほど一気に断った理由を。
たとえ自分を愛していなくても、
あれほど優しい気質の彼女が
あれほど
冷ややかになってしまった理由を、
彼はホワイトフィールドに戻る
列車の中から、
ずっと考えていました。

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彼女は、おそらく、自分のことを
思い出すことさえないだろう。
そんなことはありません。
ペンドルトン嬢もダルトン氏に
会いたいと思っていたのだと
ダルトン氏に教えてあげたいです。
でも、ペンドルトン嬢は
身分のせいで、
ずっと傷けられた人生を
送って来たので、
その不幸を1人で背負いこんだまま
生きて行こうと思っているのです。
それを理解し、
傷ついたペンドルトン嬢の心を癒して
彼女に、幸せな未来をプレゼントする
ダルトン氏の手腕を
楽しみにしています。