
34話 ランス嬢は、24歳も年上のプライス氏とペンドルトン嬢が結ばれるなんて、あり得ないと主張しましたが・・・
ランス夫人はクスッと笑うと、
あなたは、まだ知らないから
そう言うけれど、
そうやって暮らす夫婦も多いと
返事をしました。
ランス嬢は、
あり得ない。本当に気持ち悪い話だ。
それは正常な夫婦関係とは言えないと
言い返しました。
ランス夫人は、
確かに嫌なことだし、正常でもない。
だから、あなたも
そうならないためには・・・
と小言を言いましたが、
ランス嬢は母親の言うことが
耳に入って来ませんでした。
ランス嬢は、
いくらペンドルトン嬢が
父親ではなく母親の姓で
暮らしているとはいえ、
伯爵家の令嬢ではないか。
それなのに、アメリカから来た
教養もない、お腹の出た老人に
自分を任せなければならないなんて。
一体、イギリス社会は
どうなっているのか。
ひどくないかと抗議しました。
ランス夫人は、
うん、ひどい。ひどいに決まっている。
だから、あなたも
このような状況に陥らないためには、
気を引き締めて、ダルトン氏を
必ず捕まえるようにしよう。
時間は決して女性の味方ではない。
ペンドルトン嬢はそれを知らずに
結局、今まで「Miss」の敬称を
取ることができなかった。
今からでも、
プライス氏が現れたのは
彼女にとって幸いだと話しました。
ペンドルトン嬢に対する同情心で
震えていたランス嬢は、
母親の言葉に目を丸くしました。
彼女は母親に、
ペンドルトン嬢がプライス氏の求愛を
受け入れるべきだと思っているのかと
尋ねました。
ランス夫人は、それを認めると
プライス氏を捕まえる以外に
ペンドルトン嬢に、
何か別の妙案があるのかと
尋ねました。
ランス嬢は嫌悪感を覚えながら
それがペンドルトン嬢の
唯一、残された道なのか。
それが、もし本当なら、
ペンドルトン嬢は、
むしろ死んだ方がマシだと訴えました。
しかし、ランス夫人は、
馬鹿なことを言うな。
プライス氏が、どれほど裕福なことか。
彼の妻になれば
プライス夫人と呼ばれながら
ニューヨークの社交界へ行き
威張って暮らすことができる。
それは死ぬよりマシだし、
今のように
独身女性として生きる人生より
はるかに良い人生だ。
この機会を逃せば、
ペンドルトン嬢は、文字通り、
路頭に迷うことになる。
それが、まさに
死んだ方がマシだという状況だと
言いました。
しかし、ランス夫人が
このように言ったとしても、
普段、貧困の「貧」の字も知らずに
生きて来たランス嬢に
到底、理解できるはずが
ありませんでした。
彼女は母親の見解に、
限りなく、軽蔑と否定の反応を示し
ランス夫人の神経を逆なでしました。
結局、母親の教えには耳を塞ぎ、
口答えをする娘のせいで、
イライラしたランス夫人は、
可愛い娘のランス嬢の額を
一発、叩いて、
口をつぐませました。
しかし、それは母に対する反感を
さらに煽ったようなものでした。
そして、それに比例して
ランス嬢の心の中の
ペンドルトン嬢への同情も
さらに大きくなりました。
ランス嬢は、誰にでも
自分の気持ちを打ち明け、
共感を求めたくて
たまりませんでした。
しかし、周りの友人たちは、すでに
それぞれの母親に洗脳されており、
ペンドルトン嬢が、当然、
プライス氏のプロポーズを
受け入れるべきだと信じていました。
彼女は、自分の意見に、
概ね同意してくれた友達が、
この問題だけは、
彼女の意見に反旗を翻すと
とても気分が悪くなりました。
彼女は、
自分の意見に共感してくれる誰かが
必要でした。
彼女はしばらく考えた後、
自分の意見なら
無条件に賛同してくれる
フェアファクス嬢を
訪ねることにしました。

ランス嬢は散歩をするという名目で
きれいな外出着を着て、
日傘を手にして、
フェアファクス家を訪れました。
ちょうどジャネット嬢は
ピアノの先生に、演奏の指導を
受けていたところだったので、
自分の書斎で仕事をしていた
フェアファクス氏が、
応接室でランス嬢を迎えました。
2人は簡単な安否と近況について
話を交わしながら
お茶を飲みました。
すぐにランス嬢は、
人々は皆、ペンドルトン嬢が
プライス氏の求愛を
受け入れるべきだと
考えているようだけれど、
それは、ペンドルトン嬢にとって
本当に、不当な状況ではないかと
自分の心の中にある考えを
彼に打ち明けました。
フェアファクス氏は
ため息をつきました。
その話題については、彼もまた、
苦い思いを抱いていました。
彼は、
ペンドルトン嬢は、
非常に困難な状況に陥っている。
とんでもない求愛なのに、
プライス氏が伯父の友人で、
自分より、
はるかに権威のある人なので、
はっきり断ることも
ままならないだろうと言いました。
ランス嬢は、
しかも、とんでもない年長者だ。
なんと24歳もと訴えました。
フェアファクス氏は、
実は、年の差が一番の問題だ。
ペンドルトン嬢にとって
これは屈辱的な状況だと同意しました。
ランス嬢は、ため息をつきました。
自分の言葉に
相槌を打ってくれる人がいると、
胸のつかえが
取れるような気がしました。
彼女は自分の話に同意してくれる
フェアファクス氏を
親しみのある目で見つめながら、
ペンドルトン嬢の条件が
もう少し良かったら、
そんな屈辱は受けなかっただろう。
本当に残念だ。
ペンドルトン氏が姪に、
いくらかの慈悲を施すのは
そんなに難しいことなのかと
興奮気味の声で、
ぺちゃくちゃ喋りました。
フェアファクス氏は
「そうですね」と返事をしました。
ランス嬢は、
これまでペンドルトン嬢が
夫人の面倒を見て来たことを考えれば
持参金くらいは、十分
用意してあげられるはずだと言うと
フェアファクス氏は、
それは家族間のことなので、
何とも言えないと返事をしました。
しかし、ランス嬢は、
あまりにも薄情ではないか。
少なくとも5000ポンドあれば
彼女と同年代の青年と
結婚することができるのに。
もちろん新興ジェントリや、
中流階級の専門職の
花婿候補だろうけれど、それでも
プライス氏よりはマシだろうと
言いました。
フェアファクス氏は、
しばらく考えた後、
ペンドルトン嬢に持参金がなくて
不利な状況に置かれているのは
確かだ。しかし、それが
一番大きな問題ではないと思う。
人々が、彼女に対する偏見により
彼女を不当に評価しているという点が
残念だ。
人々はペンドルトン嬢のことを
よく知らないと言いました。
しかし、ランス嬢は、
この問題について
あまりにも興奮していたため、
すでに相手の話を、
自分のやり方で聞いていました。
ランス嬢は、
自分もそう思う。
ペンドルトン嬢にお金がなくて、
当主に嫌われているせいで
不当な状況に置かれている。
もともと、彼女は伯爵家の
非の打ちどころのない令嬢で
元々、持参金も多かったのに、
たかが血統の問題で
後ろ指を差されているではないか。
もしペンドルトン嬢の母親が
まともな貴族と結婚していたら、
決して、そんなことは
起きなかっただろう。
ペンドルトン嬢が、
そんな親から生まれたくて
生まれたのも・・・と
ぺちゃくちゃ喋っていましたが、
フェアファクス氏は、
自分たちがペンドルトン嬢の
個人的な問題に、
深く踏み込み過ぎているようだと
優しい声で彼女の話を遮りました。
ランス嬢は話すのを止めました。
そして、すぐに恥ずかしさで
顔を赤らめました。
彼女は、
自分がペンドルトン嬢を
中傷しようとしたわけでは
ないということは
分かってもらえると信じていると
弁解しました。
フェアファクス氏はニッコリ笑い
もちろん、自分は
ランス嬢がペンドルトン嬢に
好意を抱いていることを知っていると
なだめるように言いました。
しかし、続けてフェアファクス氏は
ペンドルトン嬢について、
これ以上、話すのを止めた方がいい。
ペンドルトン嬢は
不利な状況に置かれてはいるけれど
それでも、自分で人生を
立派に切り開いていける人だ。
社交界全体が、心配という名目で
口を挟まなくてもいいと、
柔らかい口調で、
厳しい言葉を伝えました。
ランス嬢は、
自分が他人のことに対して
軽率に話していると
評価されたことに気づくと
自尊心が傷つき、それに劣らず
恥ずかしさを感じました。
フェアファクス氏が自分に、
ここまで言うくらいなので、
先ほどは、本当に
軽率な振る舞いをしたようでした。
彼女はフェアファクス氏が
賢明な紳士だと考えていたので、
自分の行動が間違っていたことを
すぐに認め、
これ以上、彼の前で
軽率に話さないことに決めました。
しかし、
彼女は恥ずかしさとは別に、
心の中では、この状況を
実利的に受け止めていました。
フェアファクス氏が
ダルトン氏に送る手紙の中で、
自分を否定的に描写しないよう
注意しようという意図でした。
もちろん、フェアファクス氏が
ダルトン氏へ送る手紙に
ランス嬢の軽率なおしゃべりについて
書くことはありませんでした。
フェアファクス氏は、淑女について
悪口を言う性格ではなかったし、
ランス嬢は、男性が男性に
手紙を送る作法について
知らないどころか、
全く分かっていませんでした。

男性間でやり取りする手紙は
電報という優れた発明品に
よく代替され、
必ず手紙を書かなければならない
状況になると、まるで文字ごとに
料金がかかるかのように、
単語一つ一つを惜しむように、
要点だけを簡潔に書く
傾向が見られました。
フェアファクス氏がダルトン氏に送る
極めて簡潔な手紙に、
ランス嬢の軽率な振る舞いについて
挟む余地はありませんでした。
フェアファクス氏はダルトン氏へ
主に自分と妹のジャネット、
そしてロンドンでの
ダルトン氏の唯一の知人とも言える
ペンドルトン嬢の近況について
簡潔な報告をする手紙を書きました。
ダルトン氏がロンドンを離れた直後、
ペンドルトン嬢の近況を
簡潔にでも教えて欲しいと
フェアファクス氏に頼んだからでした。
彼は、
イアンは随分、ペンドルトン嬢と
親しくなったんだなと軽く流し、
定期的にホワイトフィールドに
ペンドルトン嬢の話を伝えました。
しかし、フェアファクス氏は
最近のペンドルトン嬢の
近況について、正確に
伝えることができませんでした。
彼女の心身を疲れさせている
ある老紳士の求愛は、
非常に個人的なことでもあるし
知られるには屈辱的なことでした。
フェアファクス氏は
ペンドルトン嬢の名誉を考え、
彼女の伯父の友人がロンドンへ来て
頻繁に交流しているという程度に
書いて、手紙を封じました。
そして、それを送らせるために
執事を呼びました。
その時ちょうど、執事は、
彼に手紙を一通持って来ました。
ダンビルパークの兄嫁から
届いたものでした。
彼は自分の手紙を執事に渡し、
兄嫁の手紙を受け取って
読みました。
お元気ですか?
相変わらずジャネット嬢は
ロンドン好きで
大はしゃぎしているでしょう?
まあ、この問題については
聞くまでもないでしょう。
ウィリアム坊ちゃんほど
一人でうまくやっていける紳士は
いないでしょうし、
ジャネット嬢ほど、
ロンドン生活を楽しく満喫する
お嬢さんも珍しいので。
手紙を送った理由は、
つまらない近況を
伝えるためではないです。
坊ちゃんを問い詰めるためです。
どうして、うちのイアン
(小さなイアンではなく、
結婚適齢期をとっくに過ぎているのに
領地に閉じこもって、
耳かきなんかをしている
厄介者のことです)に
相応しい相手が現れたことを
知らせてくれなかったのですか?
イアンの結婚は、
自分の健康問題よりも、
さらには自分の子供の未来よりも
優先して考えていることを
知りながら!
ああ、もしかしたら自分が
気が利かなかったのかもしれない。
ウィリアム坊ちゃんの手紙に
度々、登場する淑女、
ローラ・ペンドルトン嬢こそ、
その主人公だということに
早くから気づかなかったから。
イアンは自分で話すつもりは
ないようなので、
ウィリアム坊っちゃんが
答えなければなりません。
その淑女の年齢は? 家族関係は?
身長は?
ウィリアム坊ちゃんは
知っていることを全て書いて
送らなければなりません。
なぜなら、坊ちゃんは
自分のために喜んで
「イアン・ダルトン結婚委員会」の
ロンドン支部長を
引き受けてくれたのだから。
それでは、お返事を待っています。
少し裏切られた気持ちに
なっていますが、依然として
坊ちゃんの友人である、
マーガレット・フェアファクス。
フェアファクス氏は慌てました。
脳が停止するような気分でした。
どういうことなのか。
イアンの相手になる人が現れたって?
しかも、その主人公が
ペンドルトン嬢だって?
自分の読み間違いではないよね?
彼は手紙を置き、しばらく
イアン・ダルトンのロンドン生活で
自分が見逃した部分について
考えました。
そして、やがて彼は
自分の額をパチンと叩きました。
今まで気づかなかったなんて
何て馬鹿なんだ。
社交が嫌いなイアン・ダルトンが
どうして、あんなに
ペンドルトン家の敷居が磨り減るほど
出入りしていたのか。
彼はすぐに執事を呼び、
自分が頼んだ手紙を
返してもらいました。
そして、その手紙を
ビリビリに破いてしまった後、
新しく手紙を書き始めました。
ペンドルトン嬢が最近経験している
困難についてでした。
彼は詳しく書きましたが
誇張はしませんでした。
イアン・ダルトンが
恋に落ちていることが明らかなら
あえて誇張しなくても
血が逆流する状況だったためでした。
フェアファクス氏は、手紙を
速達で送るよう指示したおかげで
2日も経たないうちに、手紙は
ヨークシャーの
ホワイトフィールドに届きました。
一体、どういうことで
手紙を速達で送って来たのか。
イアンは不思議に思いながら
封筒を開けて手紙を見ました。
そして手紙を読んでいる間、
彼の顔はこわばっていました。
彼は手紙を読み終えると
すぐに机の上に置きました。
そして、しばらく黙っていました。
彼の目は、手紙の文字一つ一つを
睨みつけていました。

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フェアファクス氏は、
血統や家柄や世間の評判を気にせず
その人となりを見ることができるし
やってはいけないことは、
きちんと注意もできる。
淑女の悪口を言わないだけでなく
おそらく、
噂話に花を咲かせることも
ないのではないかと思います。
その上、親切で、友達思い。
とても素敵な人だと思います。
ところで、ジェントリとは、
貴族の下に位置する
下級の地主層のことで、
貴族の爵位はないものの、
土地を所有し、地方の行政や
裁判を担う治安判事を務めるなど
社会的、政治的に
大きな影響力を持っていたそうです。
また、中流階級の専門職は
伝統的には、弁護士、医師、公務員、
銀行家などの、
専門的な知識や高度な教育を必要とする
職業だそうです。
ペンドルトン嬢の結婚相手として
悪くはないかもしれないけれど、
ランス嬢が、最初から貴族を
抜かしているのは、
ペンドルトン嬢を見下しているように
感じました。