
35話 フェアファクス氏はペンドルトン嬢が最近経験している困難について、ダルトン氏に手紙で知らせました。
彼は5分後に、
ラムズウィックを呼びました。
そして、ラムズウィックが
入ってくるや否や、
昨日、面接を受けた土地管理人を
直ちに呼ぶよう指示しました。
土地管理人はその晩、
ホワイトフィールドに到着しました。
ずんぐりとした体格で
目の下の肉がたるんでいる
40代の男でした。
ラムズウィックは、
すでに前回の面接の時、
彼のずうずうしい話し方と
おべっかを使うような態度から、
濃厚な詐欺師の匂いを
感じ取っていました。
彼は、主人がなぜ、この男を
再び呼び戻したのか不思議に思いながら
土地管理人を
執務室へ連れて行きました。
2時間後、執務室へ呼ばれた
ラムズウィックは、イアンから
その男が新しい土地管理人だと告げられ
今後、彼を助けるよう指示されました。
ラムズウィックは非常に驚きました。
後で分かったことでしたが
イアンは2時間、彼に
仕事の引き継ぎをしていたのでした。
イアンはラムズウィックに
直ちに馬車を呼ぶよう命じ、
いつ頼んだのか、
使用人に荷造りさせた
小さな旅行カバンを持って
そのまま列車に乗るために
駅へ出発しました。
砂塵を巻き上げながら
遠ざかっていく馬車を見つめながら、
ラムズウィックと使用人たちは
一体ロンドンで何が起こったのか
疑問に思わずにはいられませんでした。
夜行列車のおかげで、
彼は翌日の午前中に、ロンドンに
到着することができました。
イアンは駅前で、
すぐに貸し切り馬車に乗りました。
まもなく馬車は、
フェアファクス兄妹の
タウンハウスの前に停まりました。
イアンは運賃を払った後、
カバンを持って降りて
すぐにドアをノックしました。
ホワイトフィールドの
ダルトン様が来るという知らせは
全く聞いていないのに!
玄関のドアを開けた使用人は、
ドアをノックした人を見ると
驚いた表情を隠せませんでした。
イアンは、つかつかと中に入ると、
やはり慌てた他の使用人たちに
荷物を預けながら
ウィリアムを探しました。
使用人たちは
彼が居間にいることを
知らせてくれました。
イアンは
カバンを客間に持って行くように指示し
そのまま居間へ行きました。

リビングでは朝食を終えた
フェアファクス兄妹は
和やかな時間を過ごしていました。
ジャネット嬢はピアノを弾き、
ウィリアムはソファーに座って
その演奏を聞きながら書類を
検討していました。
実に平和な光景でした。
しかし、イアンが入って来ると
午前中のゆったりした時間は
驚きに変わりました。
ジャネット嬢は、
彼を見るとピアノを弾くのを止め、
フェアファクス氏は
持っていた書類を落としました。
イアンは、
ピアノの椅子から立ち上がって
顔を赤らめたまま
膝を曲げて挨拶するジャネット嬢に
軽く頷きました。
そして幽霊でも見たような表情の
ウィリアムに視線を向けました。
「お前、どうしたんだ? 領地は?」
と尋ねるウィリアムにイアンは、
怪しい管理人の手に任せて来た。
ちょっと話があると答えると、
ウィリアムを手招きして
居間を出ました。
ウィリアムは、
そのまま書類をきちんと整理して
サイドテーブルに置いた後、
ジャネット嬢に
「ピアノ良かったよ」と感謝し、
額に軽くキスをすると、
イアンに続いて居間を出ました。

2人は書斎に場所を移しました。
イアンは書斎に入るや否や、
片隅にあるウィリアムの机に
もたれかかり、
ウィリアムがドアを閉めるや否や
「そいつの名前は何だ?」と
尋ねました。
ウィリアムが「何?」と聞き返すと
イアンは、
アメリカから来た
金融成金の名前は何かと尋ねました。
ウィリアムは、
イアンの怒りに満ちた表情を見て、
自分の手紙が友人に
どんな効果をもたらしたのかを
実感しました。
ウィリアムは、
知ってどうするのかと尋ねました。
イアンは、
イギリスから追い出すと答えました。
ウィリアムは、
どんな名目で追い出すのか。
彼は、ほとんど
アメリカに住んではいたけれど、
元々、イギリス人で、
紛れもなくイギリス国籍だ。
それに、ここで、
何の犯罪も犯したことがないのに
どうやって追い出すのかと
尋ねました。
イアンは返事の代わりに
自分のジャケットの内ポケットから
何かを取り出しました。
彼の手の中にすっぽり入る
小さなピストル一丁でした。
ウィリアムは銃を見るや否や
顔から血の気が引き、
イアンと銃を交互に見ました。
ウィリアムは、
もしかして、名誉の決闘を
申し込むつもりなのかと尋ねました。
イアンは返事の代わりに
それをウィリアムの机の上に置いた後
机の上にあるシガレットケースから
タバコを一本取り出して
口にくわえました。
ウィリアムはイアンに
頭がおかしくなったのか。
もうすぐ20世紀だ。
そんなことは、
うちの祖父の代で終わったと
非難しました。
イアンはマッチを取り出して
タバコに火を点けると
深く吸い込みました。
そして、まだ法律は認めている。
立会人がいる以上、自分はその男に
合法的に銃弾を
打ち込むことができると言いました。
ウィリアムは、
それで、この上なく若いお前が
その余命いくばくもない老紳士を
あの世に送るというのか。
それが何の名誉の決闘なのか。
老人虐待だと非難しました。
イアンは、
嫌なら今すぐアメリカへ帰れと言うと
きっぱり言い放つと
タバコを吸いました。
ウィリアムは呆れている中、
この状況は、
自分がまさかと思って送った
手紙のせいだと確信しました。
あの手紙は、
一人の女性を愛する男性の心に
直撃弾を放ち、
一生名誉なんて口にしたこともない
冷笑主義者を、銃を抜く寸前まで
追い詰めたのでした。
何とまあ、名誉の決闘だなんて。
天下のイアン・ダルトンが
そんな小説に出てくるような
過去の遺物を持ち出す日が来るなんて
思ってもいませんでした。
ウィリアムはイアンに、
本当にペンドルトン嬢のことが
好きだったのかと尋ねました。
フェアファクス氏の机に
もたれかかったまま
煙を吐き出していたイアンは、
眉を顰めながら、
そうでなければ、
なぜ自分がここにいるのかと
聞き返しました。
ウィリアムは、
ペンドルトン嬢の友人として
プライス氏を追い払いたいという
騎士道が発動したからかもしれないと
答えました。
しかし、イアンは、
その騎士道とやらを自分に求めるな。
自分は、そんな幼稚な言葉遊びとは
無関係に生きている人間だからと
反論しました。
そして、イアンは
フェアファクス氏の灰皿に
灰を落としながら、
お前には話さなかったけれど、
自分はロンドンで
ペンドルトン嬢に初めて会ってから
ずっと彼女のことが好きだった。
もし教区牧師が亡くなっていなかったら
途中でホワイトフィールドに
帰ることもなかった。
彼女とロンドンで結婚式を挙げて、
一緒に帰ろうと
心に決めていたからと話を続けました。
ウィリアムは、
彼の口から結婚の言葉が飛び出すと
口をぽかんと開けました。
本当に真剣なんだと思いました。
ウィリアムは
それでは、ペンドルトン嬢は
お前の気持ちを知っているのかと
尋ねました。
イアンは「うん」と答えました。
ウィリアムは、
お前の気持ちを受け止めてくれたのかと
尋ねました。
ウィリアムの質問にイアンは答えず
ずっとタバコだけを吸っていました。
ウィリアムは眉を顰めました。
彼はイアンに
振られたのかと尋ねました。
イアンは黙っていました。
しかし、その表情で
十分に答えは伝わりました。
ウィリアムは、ため息をつきました。
彼は、
プロポーズして、断られて、
その淑女の伯父の友人を、今、
銃で撃って死なせると言っているのを
知っているかと尋ねました。
イアンは、
問題があるのかと聞き返しました。
ウィリアムは
問題に気づかないのが問題だ。
お前がそんなことをしたら
ペンドルトン嬢だけが
困ることになるのが、
どうして分からないのか。
お前は、愛ではなく、
嫉妬に目が眩んで、
無謀に命を奪おうとしている。
もし、そんな状況が起きたら、
当主の伯父に何て言うのか。
社交界はペンドルトン嬢を
どう見ると思うか。
一番、困った立場に陥るのは
ペンドルトン嬢だと主張しました。
しかし、イアンは、
今の状況をそのまま放置することほど
ペンドルトン嬢の名誉を
傷つけることはないと、
噛み締めるように呟きながら
灰皿にタバコを押し付けました。
イアンは、
もし彼女に父親や兄がいたら、
自分と同じように
行動していただろう。
自分の娘、妹の名誉のために
喜んで銃を抜いただろう。
いや、最初から
そんな、もうろくした年寄りが
絡まることもなかった。
そいつは、
ペンドルトン嬢を保護してくれる男が
いないということを知って
ちょっかいを出しているんだと
主張しました。
ウィリアムは、
彼の青筋が浮かび上がった額と
燃え上がる瞳を見て、
友人の見慣れない姿に呆然としました。
イアンがこれほどまでに我を忘れた姿は
見たことがありませんでした。
幼い頃、初めて会った時から
高慢極まりなかった
小さな紳士だったイアンは、
その姿のまま大人になり、
何事にも冷笑的でした。
ところが今、彼は
全く別人のようでした。
無謀で、感情的で、
少し、おかしくなっていました。
ウィリアムは、
そう、お前の言う通り。
自分も同意する。
ペンドルトン嬢が経験していることが
どれほど不当なことか。
しかし、厳密に言えば、
お前はペンドルトン嬢の
父親でも兄でもないではないかと
言いました。
イアンは黙ってシガレットケースから
タバコを、もう一本取り出した後、
だからといって、
自分はただの、ペンドルトン嬢の
友人というわけではないと
反論しました。
ウィリアムは、
そう、求婚者だけれど、
それで、お前が
ペンドルトン嬢の名誉のために
ペンドルトン嬢の客を銃口で脅かす
正当性があると言うのか?
それは、おこがましいのではないかと
言い返しました。
イアンが黙っていると、ウィリアムは、
貴族の世界では、
当主の体面が、すなわち
家門の体面だということを、
お前も分かっているだろう。
お前は今、ペンドルトン家に
泥を塗ろうとしている。
可能性は低いけれど、
もし、このことで、彼女がお前を
愛するようになったとしても、
彼女は永遠に、お前の顔を
見ることはないだろう。
ペンドルトン嬢は、
その名のごとくペンドルトンだからと
話しました。
イアンは、
自分を守ってもくれない当主の
体面のためかと尋ねました。
ウィリアムは、
彼女と6年間、
友情を分かち合った自分は
ペンドルトン嬢はそのような人だと
断言すると答えました。
イアンは、
彼の話を黙って聞きました。
彼の勢いが弱まったことに
気づいたウィリアムは、
イアンの肩に手を置きました。
ウィリアムは、
ペンドルトン嬢の心を
本当に手に入れたいのなら、
まずは、落ち着くように。
自分もどうしたらいいか
考えてみるから。
そして、怖いので銃をしまえと
言いました。
普段ならウィリアムの言葉を
鼻にもかけなかったはずの
イアンでしたが、今回は違いました。
彼は従順にウィリアムの言葉に従い、
銃をポケットに入れました。
ウィリアムには、ペンドルトン嬢との
長年の友情がありました。
今、イアンには、
ペンドルトン嬢をよく知っている人の
助けが何より必要でした。
彼としては
ペンドルトン嬢が侮辱されるのを
ただ見ていることほど
腹が立つことはなかったけれど、
だからといって、
ペンドルトン嬢に二度と会えなくなる
犠牲を払うこともできませんでした。
ウィリアムは、イアンのように
彼のそばに寄りかかって座り、
タバコを取り出して火を点けました。
二人は何も言わずに煙を吐きました。
ウィリアムは、
ペンドルトン嬢とイアンの結婚について
考えました。
それは、
とてもお似合いの組み合わせでした。
ペンドルトン嬢には
もったいない気もするけれど、
イアンは条件を見ると、
かなり良い花婿候補であり、
彼の性格上、一度陥った愛を、
簡単に冷まして消す性格ではないので
一生、彼女に献身するだろう。
ペンドルトン嬢も
イアンが立派な花婿候補であることを
認めているし、
何よりもペンドルトン嬢なら
イアンの変な性格をうまく扱いながら
一緒に暮らすことができるはずでした。
イアンとしては、
独身で年老いて死なない
最後のチャンスかもしれませんでした。
ところで、イアンのことを
かなり好意的に見ていた
ペンドルトン嬢は、
なぜ、イアンのプロポーズを
断ったのだろうか?
ウィリアムはイアンに
プロポーズは
どうやってしたのかと尋ねました。
イアンは、
プロポーズなんてしたことないと
答えました。
ウィリアムは、
プロポーズしたと
言っていたではないかと尋ねました。
イアンは、
ペンドルトン嬢が自分の気持ちを
知っていると言ったんだと
答えました。
ウィリアムは、
その気持ちをどうやって伝えたのか。
その時の状況を詳しく説明してと
促しました。
イアンはペンドルトン嬢とのことを
同性の友人に話すのは
あまり気が進みませんでしたが、
素直に打ち明けました。
ピクニックの時、
お前がハイド嬢と水切りをしている間に
ペンドルトン嬢と一緒に散歩をした。
その時、森を歩きながら
ホワイトフィールドの話が出て、
自分が結婚することになったら、
ペンドルトン嬢は、
自分のいる所へ来て、
結婚式に出席すると言った。
だから、自分は
彼女なしでは結婚しないと伝えたら
そのまま真顔で帰ってしまった。
ウィリアムは、
ぼんやりと彼を見ていましたが、
すぐに、
つまり、ペンドルトン嬢は
お前が早く結婚することを
願いながら、
お前の結婚式に出席すると
言ったのかと尋ねました。
イアンは「そうだ」と答えました。
ウィリアムは、
ところが、お前は、その言葉に対し
彼女でないと結婚しないと言ったのかと
尋ねました。
イアンは、その通りだと答えました。
ウィリアムは、
お前は、その言葉を聞いても、
まだ、そんなことが言えるのか。
ペンドルトン嬢の心に
お前が全くいないということが
見え見えではないかと言いました。
イアンは、
もしも、あの時の自分に戻れるなら、
舌を髪切ってでも我慢しただろうと
返事をしました。

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ウィリアムからの手紙を受け取った後
すぐにロンドンへ行くための
行動に移すなんて、何という早業。
ローラのためなら、
たとえ火の中、
水の中といった感じです。
直情的なイアンのそばに
思慮分別のあるウィリアムがいてくれて
本当に良かった。
そうでなければ、イアンは
何をしでかすかわかりません。