
42話 ペンドルトン嬢は階段の途中で、伯父と出くわしてしまいました。
伯父は、ペンドルトン嬢が12年間
この邸宅の全ての大小事を管理しながら
祖母のそばで、女主人の役割を
務めていたのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
「はい、そうです」と答えました。
ジェラルドは、彼女の従順な返事に
むしろ不快感を募らせたかのか
姪を睨みつけました。
ジェラルドは、
家事の腕は悪くないはずなのに、
なぜ、まだ結婚していなかったのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
色々と運が悪かったと思うし、
自分に至らないところもあったと
伯父と喧嘩をしないために
最大限、礼儀正しく答えました。
ジェラルドは、
それでは、まだ適当な結婚相手が
現れていないということかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
そんな生意気な考えはしないと
答えました。
ジェラルドは低く笑うと、
外出用の帽子をかぶりながら、
お前に、どんな下心があるか
分からないけれど、
自分の母から何かをもらったり、
ずっと、この家に
住めるだろうという考えは
捨てた方がいい。母が他界したら、
この家はチャールズのもので
葬式が終わったら、
すぐに荷物をまとめて
出て行かなければならない。
自分で生きることを考えろと
言いました。
そして、彼は
ペンドルトン嬢の横を通り過ぎ、
階下に姿を消しました。
ペンドルトン嬢は
じっと階段に立ち尽くしました。
先ほどの伯父の態度は、
暴力を振るわなかったという点を
除けば、20年前と同じでした。
20年の歳月は、彼から、
姪に対する軽蔑と憎悪心を全く
消すことができなかったのでした。
ペンドルトン嬢は
伯父が消えた方を見ました。
そして、光の下では、
決して見せることのない
冷たい視線を投げかけました。
昔、口に出せないような悪口を浴びせ
泥棒扱いして鞭で打ち、
物を投げつけて、
体に痣ができるまでにした時と
全く同じ。
伯父にとって自分は、依然として
片付けなければならない居候。
軽蔑して当然のドブネズミに
違いありませんでした。
おそらく、自分が
ペンドルトンの姓を持っていることが
その憎悪に、長い間、
肥料の役割を果たして来たのだろうと
思いました。
しかし、彼女は
自分を見る伯父の眼差しに
反論することも怒りたくも
ありませんでした。
ただ、
じっくりと冷笑するだけでした。
伯父は、
彼が自分のアイデンティティと
自尊心の源泉だと考えている
「ペンドルトン」が、
彼女がいつも解放されたかった
束縛だったということを
知りませんでした。
彼女は永遠に、ペンドルトンに
束縛されたくありませんでした。
いつか自由になって、
伯父が望む通りに
ペンドルトンを捨てるつもりでした。
今は違うけれど、
遠くない、いつか必ず。
彼女はしばらく立ち尽くした後、
すぐに階段を慌ただしく上りました。
そして、いつものように
祖母の部屋へ行って、
おやすみのキスをしました。

翌日の午前、突然、ジェンセン嬢が
ペンドルトン家を訪問しました。
家の見物をしたいというのが
その理由でした。
招待もなく、お茶の時間でもないのに
このように訪ねて来るのは、
イギリスの社交界では
実に失礼な行動でした。
しかし、ペンドルトン嬢は、
彼女に何の素振りも見せず、
ゆっくりと
家の中を案内してあげました。
ジェンセン嬢は、
タウンハウスの内部を気に入り
感動さえしました。
実際、彼女の能力なら、
イギリスの、どの中心地にでも、
いくらでも、
煌びやかなタウンハウスを
用意することができるはずでした。
しかし、グロヴナー街は例外でした。
グロヴナー街は、ロンドンを代表する
高級住宅街というイメージに相応しく、
血統と人脈、家門の地位を全て考慮して
慎重に分譲されていました。
結婚のような手段がなければ、
ジェンセン嬢のように、
完全にアメリカ出身の女性が
入り込むのは難しいはずでした。
彼女が、なぜ、ここまで
この家に、多大な関心を示すのか
納得の行くことでした。
ジェンセン嬢が家の中を見て回る間、
ペンドルトン嬢は、彼女が
将来の自分の資産に対して見せる
率直な関心を満たすために
最善を尽くしました。
部屋の広さ、家具の歴史、
暮らしの規模まで
忠実に答えてあげました。
ジェンセン嬢は
チャールズの婚約者として、
その全てについて
知る権利がありました。
たとえ彼女がこの家を手にする日が
アビゲイル夫人が他界し、
ペンドルトン嬢が身一つで
追い出される日だとしても。
家の見物が終わり、
一緒に食事をした二人は
応接室で向かい合って座り
お茶を飲みました。
ジェンセン嬢は、
ペンドルトン嬢が勧めた
紅茶とアプリコットケーキを手に、
ロンドンの社交界について
細かく聞き始めました。
ロンドンで最も人気のある
舞踏会やドレスの流行。
最も幅を利かせている婦人たちと
彼女たちが集まるお茶会まで、
ペンドルトン嬢は、
そのくだらない問題に対して
全て正しい答えを持っていました。
ペンドルトン嬢は
ジェンセン嬢の疑問が解決するほど
ふんだんに詳しく答えてくれました。
彼女の話を全て聞くと、
ジェンセン嬢は感嘆しました。
彼女は、
ペンドルトン嬢が、
本当にこの町に精通している。
17歳でデビューしたなら、
ほぼ12年間、
この街にいるわけだから、
知らないことなんて
あるはずがないだろうと言いました。
ペンドルトン嬢は
優しく微笑みながら
お茶を飲みました。
ジェンセン嬢は、
湯気が立ち上るティーカップを
まっすぐに持ち上げて唇を潤す
ペンドルトン嬢を見つめました。
優雅できれいな顔と似合う
無駄のない仕草でした。
ジェンセン嬢は本当に感心したので
彼女は自分より5歳近く年上の
ペンドルトン嬢を見て、
こっそり笑いました。
ペンドルトン嬢は、
魚が自分の住む湖について
よく知っているのは当然だ。
自分は、このロンドンの
社交界以外の世界については
何も知らない。
グロヴナー通りと
ロンドンのいくつかの場所。
そして若い頃に過ごした寄宿学校が
自分の世界の全てだ。
しかし、ジェンセン嬢は、
若い時に海を渡るという
大きな冒険を決心した。
イギリスの社交界に
デビューする予定だと聞いたと
話しました。
ジェンセン嬢は、
誰から聞いたのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
昨日、プライス氏が、
手袋を取りに少し立ち寄った時に、
ジェンセン嬢のことを頼まれたと
答えました。
ジェンセン嬢は、
自分が正式にお願いしようと
思っていたのに、
すぐに、横取りされたと言って
ケラケラ笑いました。
彼女は、
自分はしばらく、
名付け親のトム・プライス氏と
イギリスに滞在する予定だ。
チャールズと結婚したら、そのまま
ここに定住するつもりなので、
もしかしたら、永遠にアメリカに
帰ることはないかもしれない。
自分はチャールズと結婚した直後、
すぐにロンドンの社交界に
デビューするつもりだと話しました。
ペンドルトン嬢は、
牧師館とロンドンでの生活を
両立させるとなると、随分、
忙しくなりそうだと指摘しました。
しかし、ジェンセン嬢は、
自分は牧師館には行かない。
そして、おそらくチャールズも
行かないだろう。
自分たちは二人とも
ロンドンが好きだからと
返事をしました。
ティーカップの中を
スプーンでかき混ぜていた
ペンドルトン嬢は、
ピタッと動きを止めました。
彼女は、
確かに、牧師が必ず
自分の教区民と一緒に
生活しなければならないという
決まりはない。
遠くに自分の家を構え、
礼拝がある度に出退勤する
牧師たちも多いと聞いている。
しかし、ロンドンと
ペンドルトン家の領地は遠過ぎると
言いました。
ジェンセン嬢は、
チャールズが距離を気にするようには
思えない。
それに、遠いという理由で
見るもの一つない田舎の牧師館に
閉じこもって生活するには、
自分はあまりにも活発な人間だという
言葉を、はっきり聞いたと言いました。
ペンドルトン嬢は、
いつ、そんなことを言ったのかと
尋ねました。
ジェンセン嬢は、
自分にプロポーズする時に言った。
自分が牧師館に
住まなければならないのかと聞くと、
すぐに彼は、牧師館の代わりに
まさに、ここ、
グロヴナー通りのタウンハウスを
提示したと答えました。
そして、彼女は満足げな表情で
自分の座っている応接室を
グルッと見回すと、
彼が見せてくれた絵より
ずっと素晴らしい。
どんな結婚でも、
これより良いものを持つのは
難しいだろうと言いました。
ペンドルトン嬢は、
すでに、自分のものにでも
なったかのように話す
ジェンセン嬢を見て、
複雑な気分になりました。
この家が
ジェンセン嬢のものになった後、
自分の運命がどうなるか、
分からないはずがないのに、
こんなに手放しで喜んでいるなんて。
だからといって、彼女の行動に
俗物的な優越感は
感じられませんでした。
昨日の晩餐会での態度を見る限り、
人の気持ちに対して
無頓着でもありませんでした。
もしかしたら、自分の未来について
作り話を聞いたのかもしれない。
ジェンセン嬢が、罪悪感で
結婚を躊躇うのではないかと心配して
伯父が嘘をついたのかもしれない。
でも、一体、
どんな嘘をついたのだろうか。
ペンドルトン嬢は気になりましたが、
おおっぴらに聞くような
話題ではないと思って
質問を飲み込みました。
ペンドルトン嬢は、
良い女主人が入って来れば、
この古くて寂れたタウンハウスにも
活気が出るだろう。
タウンハウスの使用人たちと
料理人たちは、
皆、誠実で立派な使用人たちだ。
特に料理人が素晴らしいと
言いました。
ジェンセン嬢も、
昨日のバーベキューは
本当に素晴らしかった。
料理人はフランス人ですよねと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
「はい」と答え、
高い給料が全然惜しくない人だと
言いました。
ジェンセン嬢は、
社交において、邸宅で提供する料理は
とても大切なので大丈夫。
どうやら自分が、このタウンハウスに
入れることになったのは
幸運だったようだと話した後、
ひとつお願いがあると、
話題を変えました。
ペンドルトン嬢は彼女を見つめました。
ジェンセン嬢は、彼女らしくなく
ペンドルトン嬢の方へ身を乗り出すと
チャールズが完全にここを相続する前に
若いメイドたちを解雇してくれないかと
声を半分ほど落として
囁くように頼みました。
ペンドルトン嬢は、彼女の真意を
一気に把握しました。
ペンドルトン嬢は今朝、
チャールズが昨日、目を付けていた
16歳のメイドをつかまえて
からかおうとした姿を
発見したところでした。
ペンドルトン嬢は、
言い訳をして泣く直前のメイドを
すぐに連れて行き、
チャールズと顔を合わせることのない
台所の方へ持ち場を移しました。
ジェンセン嬢は、
推薦状のようなものを書いて、
良い所へ行かせて欲しい。
互いにどう生きるか
関知しないと約束したけれど、
自分の家で、
彼の私生児ができる姿は
見たくないと言いました。
ペンドルトン嬢は黙って頷きました。
そして、
この話題から遠ざかるために
頭を悩ませました。
ジェンセン嬢は、
彼女の手に負えないほど率直で、
自分の婚約者の底意はもちろん、
打算的な結婚意図まで
平気で露わにしていました。
ペンドルトン嬢は、
ジェンセン嬢がアメリカから
何着くらい服を準備して来たかと
尋ねました。
ジェンセン嬢は、
大きな箱一つ分。
元々は三つあったけれど、
持って来る途中で、二つ、
紛失してしまったと答えました。
ペンドルトン嬢は、
とんでもないことだ。
どうしてなのかと尋ねました。
ジェンセン嬢は、
荷物室に貼られた名札が剥がれたのか
ロンドンに到着して
使用人が探しに行ったところ、
すでに誰かが持って行ってしまって
見つけることができなかった。
結局、苦労して選んだ
ピクニック用のドレスや
晩餐会用のドレスを全て
失ってしまったと答えました。
ペンドルトン嬢は、
「あら、まあ」と嘆きましたが
ジェンセン嬢は、
でも自分は気にしないつもりだ。
ロンドンで直接仕立てて着れば、
流行を追いかけやすいだろうからと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
今は社交シーズンがピークなので、
どの洋服店も
ドレスの予約でいっぱいだろうと
話しました、
ジェンセン嬢は、
もしかして、
専属の裁断師がいないかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は首を横に振りました。
ジェンセン嬢は
タウンハウスに入って以来、
初めて落ち込みました。
ジェンセン嬢は、
それでは、どうすればいいのか。
残った箱の一つには、普段着が数着と
舞踏会用のドレスしか入っていないと
嘆きました。
ペンドルトン嬢は悩んでいるうちに
ふと、ハロッズ百貨店のことを思い出し
そこで準備してみるのはどうかと
提案しました。
ジェンセン嬢は「百貨店でですか?」
と聞き返しました。
ペンドルトン嬢は、
以前、他の淑女の方々に付いて
行ってみたことがある。
商品はすべて既製品だけれど
質も良く、流行に合っていた。
体にぴったり合わないのは、
家にいる使用人に直してくれと
頼んでも良さそうだと説明しました。
ジェンセン嬢は、
それはいい。
いつか一度、一緒に行こうと
誘いました。
ペンドルトン嬢は、
いくらでもと爽やかに答えました。
それを聞いたジェンセン嬢は
彼女の顔をじっと見つめました。
ペンドルトン嬢が、
どうしたのかと尋ねると、
ジェンセン嬢は、
ペンドルトン嬢がとても優しいと
答えました。
ペンドルトン嬢は、
置いてあったティーカップを持ち上げて
喉を潤すことで、
照れ臭さを巧みに隠しました。
ジェンセン嬢は、
ジェラルド・ペンドルトン氏を通じて
多くの称賛を聞いていたけれど、
これほど良い人だとは思わなかったと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
伯父が自分を褒めたという事実に
驚きました。
そういえば、プライス氏も
伯父が自分のことを褒めていたと
言っていました。

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ジェンセン嬢は
何でも明け透けに話すけれど、
裏がなくて良いと思います。
あまりにも率直過ぎて、
ペンドルトン嬢は
面食らっているでしょうけれど
表面ではニコニコしながら、
陰でペンドルトン嬢の悪口を
言いふらしている人たちより、
人間的に、はるかに上だと思います。
タウンハウス欲しさのためとはいえ、
チャールズには、
もったいなさ過ぎる女性です。