
43話 ジェンセン嬢は、ペンドルトン嬢が、これほど良い人だとは思わなかったと言いました。
ジェンセン嬢は、
あなたと長く付き合ってはいないけれど
やはり自分の望みを叶える
手助けをしてくれるのに、
あなたほどの適任者はいないと思うと
言って、姿勢を正しました。
そして、
ペンドルトン嬢の優しさに甘えて
先ほどの頼みを続ける。
自分がイギリスに来た目的については
名付け親が話したと思うけれど、
アメリカの淑女にとって、
イギリス貴族の一員になるのは、
お金では買えないチャンスだ。
ちょうどイギリスが不況のおかげで
自分はチャンスをつかんだわけだ。
自分は三年以内に
ロンドンの社交界を牛耳るつもりだ。
誰でも、
自分が主催する集まりに来たがり
誰でも、自分の招待なら
相手が躍起になって
駆けつけて来るよう仕向ける。
アメリカから来た
ジョアン・ジェンセンでは
不可能だけれど、
ペンドルトン家の一員の
ジョアン・ペンドルトンなら可能だ。
イギリス社交界の有名人になれば、
自然にヨーロッパ社交界の招待へと
繋がるだろう。
自分はヨーロッパを征服する。
できなかったけれど、自分はできると
言いました。
ヨーロッパ貴族社会という目的のために
結婚するという事実を
これほど堂々と宣言するなんて。
ペンドルトン嬢は
彼女の率直さに驚きました。
そういえば、最近になって
ジョアン・ジェンセンのような女性が
よくいるとは聞いていました。
貴族の花婿候補を探すために
船に乗ってヨーロッパに渡ってくる
裕福なアメリカのお嬢さんたち。
ヨーロッパの淑女たちは、
そのような彼女たちを海賊と呼んで
蔑視したけれど、その言葉の中に
競争相手への恐れが
込められているということは
誰にでも分かりました。
ジョアン・ジェンセンは
典型的な海賊でした。
しかし、ペンドルトン嬢は、
そのことで、
ジョアン・ジェンセンという
人物そのものを
嫌いにはなりませんでした。
結婚については諦めているので
ジョアン・ジェンセン嬢を
ライバルだと思わない上に、
結婚の動機が不純ではあるけれど
ロンドンの貴族社会では
愛による結婚の方が、むしろ珍しく
お金と人脈、地位と外見で
売買される人間市場なので、
自分の目的に正直だという点で
ジョアン・ジェンセン嬢に
偽善はないと言えました。
ペンドルトン嬢は、
彼女が素敵だとさえ感じました。
ジェンセン嬢は、
自分がこれまで我慢して、
抑え込んで来た人間的な気質を、
包み隠さず見せる人でした。
ペンドルトン嬢は、
自分が好きな人へ向ける
最も親しみのある笑顔を浮かべながら
続けて話すよう促しました。
ジェンセン嬢は、
ペンドルトンの名前だけでは
全てが解決できないということを
知っている。
その部分をペンドルトン嬢に
手伝ってもらいたいと頼みました。
ペンドルトン嬢は、
自分に何か手伝えることはあるかと
尋ねました。
ジェンセン嬢は厚かましく笑うと
自分の礼儀作法に問題が多いと
正直に言ってみてと促しました。
ペンドルトンさんは正直に
「はい」と答えました。
ジェンセン嬢は、
ペンドルトン嬢の言う通りにするので
どうすれば、あなたのような
優雅な淑女になれるのか、
そして、イギリス式礼儀作法が
淑女に何を要求するのか
一つ一つ教えて欲しい。
それから、ペンドルトン嬢の友達を
紹介して欲しい。
紹介さえしてくれれば、
後は自分でやると頼みました。
ペンドルトン嬢は承知し、
来週の半ばに
ケンブリッジとオックスフォードの
ボート競技がある。
社交界の人々が、
ほとんど集まる場なので
そこで自分の友達を紹介する。
ジェンセン嬢の言う通り、その後、
自分がすることはないだろう。
ジェンセン嬢は、
ロンドンで最高の人気を
博すことになるだろうと告げました。
その時からペンドルトン嬢は、
ジェンセン嬢の
ロンドンの社交界の先生になりました。
時々彼女を呼んで、
社交界がどのように回っているのか、
備えるべき礼儀作法は何かを
綿密に指導し、
一緒にハロッズ百貨店へ行って
素晴らしいピクニックドレスと帽子、
靴などの買い物を手伝いました。
幸いなことに、ペンドルトン嬢には
時間がたくさんありました。
伯父が来た直後から、祖母のそばには
伯父がいました。
隣に横になって祖母と手をつなぎ、
過去のわだかまりを解くように
果てしなく何かを囁きました。
ペンドルトン嬢が時々覗きに行くと、
伯父は彼女に
ジェンセン嬢を助けることだけに
集中しろと言って退かせました。
ペンドルトン嬢は心配でしたが、
祖母も
伯父と一緒にいたがっていたので、
ペンドルトン嬢は祖母のベッドの下で
その度に
背を向けるしかありませんでした。

一週間後のボート競技の日。
二人は一つの馬車に乗って、
試合が行われるテムズ川へ
向かいました。
ゴール地点である
テムズ川の上流付近には、
すでに、ヒラヒラしたドレスや
ピクニック用の正装姿の
上流階級の人々が
うようよしていました。
それぞれ、
帽子や日傘などで日差しを遮って
芝生の上を歩きながら、
人々と社交に没頭したり、
小さな望遠鏡を手に、
テムズ川に向けられた長椅子に座って
ボートの選手たちが
ゴールインするのを待っていました。
ペンドルトン嬢は
ジェンセン嬢と腕を組んだまま、
人々が集まっている所へ行きました。
二人の淑女が通り過ぎる所ごとに
人々の視線が集まって来ました。
ペンドルトン嬢の側にいる
美しい淑女の正体が
プライス氏の名付け子の
ジョアン・ジェンセン嬢であることは
すでに社交界に広まっていました。
誰もが、特に淑女たちは
彼女に対して、
並々ならぬ好奇心を抱いていました。
アメリカから来た
美しい相続人だなんて、
人々の関心が集まらないことが
不可能な条件でした。
すでに、ハロッズ百貨店で
ペンドルトン嬢と
買い物をしている様子が
多くの淑女の目に留まったので
すべての邸宅のお茶会ごとに
ジェンセン嬢の話が広まっていました。
しかし、
好奇心をそそられたかといって、
彼らが彼女に好意的だとは
限りませんでした。
いくらお金持ちで、
ペンドルトン家との婚約が
決まっていたとしても、
彼女はアメリカ人でした。
アメリカで富を築いたとはいえ、
イギリス国籍のプライス氏とは
全く異なりました。
ジェンセン嬢が、彼らの一員として
受け入れられるためには、
皆と親交を深めるための架け橋が
必要でした。
ペンドルトン嬢は、
彼女のための架け橋でした。
ペンドルトン嬢はジェンセン嬢を連れて
自分の知り合いの中で
最も有力な人たちに、
彼女を紹介しました。
ジェンセン嬢は、
初めてイギリスの地を踏んだ時の
自由奔放さは全て忘れ、
きちんとした礼儀正しい姿を
見せました。
しかし、有力者たちは依然として
お高く留まっていて、
アメリカ出身で、誰の妻でもない彼女に
多くの時間を割いてくれませんでした。
それでも悪くはありませんでした。
目星を付けておいた以上、
彼女は、結婚後いつでも、彼らに
招待状を送る資格を得たからでした。
彼らが来るかどうかは、
彼女がどれだけ集まりを、魅力的に
広報するかにかかっていました。
ひとまず、
有力者にジェンセン嬢を紹介した
ペンドルトン嬢は、
今すぐ彼女の役に立ちそうな
ランス嬢と彼女の友達に
近づきました。
貴賓席に座って、双眼鏡を持ったまま
退屈そうにボート競技が始まるのを
待っていた彼女たちは、
ペンドルトン嬢が近づくと立ち上がり
膝を曲げて、
礼儀正しく挨拶しました。
ペンドルトン嬢は彼女たちと同じように
丁重にお辞儀をした後、
彼女たちに、
自分の従兄の
チャールズ・ペンドルトンの
婚約者である、
ジェンセン嬢を紹介しました。
ジェンセン嬢は、
彼女たちに微笑みかけました。
彼女たちは皆、
大きな噂の的だったジェンセン嬢を
実際に見て、とても喜びました。
彼女たちは、ちょうど
退屈していたところだったし、
良い機会だと思ったので、
最初から、彼女たちの席の片側を、
彼女に譲りました。
会話は順調に進みました。
彼らはジェンセン嬢に
ジェンセン嬢は、
流麗で機知に富んだ話術で
彼女たちの疑問を解いてあげました。
アメリカ式の礼儀作法と
イギリス式の礼儀作法を比較し、
その礼儀作法が原因で起こる
様々なハプニングについて話すことは
大きな楽しみをもたらしました。
その様子を見て
ペンドルトン嬢は、ほっとしました。
彼女は、
自分が教えた無駄のない礼儀作法に
彼女自身の個性まで加えたことで
淑女たちの心を
一気に虜にしてしまいました。
ロンドンの社交界で最も人気が高い
ランス嬢のグループに
気に入られたので、
常に、ジェンセン嬢は、
あらゆる舞踏会や晩餐会、パーティー
外出に招待されるだろう。
ジェンセン嬢は手腕に長けているので
彼女たちを利用して
社交界で地位を築くのは、
造作もないはずでした。
ペンドルトン嬢の予想通り、
ランス嬢は、
半月後に開催するランス家の舞踏会に
ジェンセン嬢と彼女の名付け親を
すぐに招待しました。
ジェンセン嬢は
喜んで招待を受け入れました。
ランス家が主催する
舞踏会なので完璧でした。
結婚適齢期の娘を持つランス夫人は、
自分の娘が主役となるような場面では
この上なく気前が良くなりました。
少なくとも、
500人以上は集まるだろうから、
ロンドンの人々に、
ジェンセン嬢の華やかな美しさを
宣伝するのに、
この上なく良い機会でした。
ジェンセン嬢は、結婚前に
スターになるかもしれない。
ペンドルトン嬢は満足そうに
まだ選手たちが乗ったボートが
現れる気配はありませんでした。
ところが、人混みの中に、
ペンドルトン嬢の目に
見慣れた紳士の姿が映りました。
ペンドルトン嬢は息を呑みました。
イアン・ダルトンでした。
最初は見間違えたと思いました。
ホワイトフィールドにいるはずの彼が
一体、なぜ、ここにいるというのか。
しかし、ペンドルトン嬢は、
すぐに首を横に振りました。
彼を誰かと混同するのは
不可能なことでした。
たとえ彼が、
清潔なアイボリーの洋服に
白い帽子をかぶるという、ごく普通の
ピクニックの服装をしていたとしても
彼のすらりとした体つきと
繊細な容貌は、
ロンドンのどの紳士にも
見られないものでした。
ペンドルトン嬢だけではなく
ランス嬢もダルトン氏を見つけました。
彼女は周りの人に了解を得て、
彼の方へ駆けつけました。
まもなく二人は向かい合い、
ランス嬢は慣れた様子で
ダルトン氏に手を差し出しました。
ダルトン氏は、
自然に片方の腕を後ろに回して、
もう片方の手で彼女の手を握り
手の甲にキスをしました。
彼らは、そのまま立ち止まって
話をし始めました。
ペンドルトン嬢はもちろん、
ランス嬢の三人の友人も
自然に彼らに目を向けました。
自分の周りの淑女たちが
一斉に一ヶ所を見つめると、
ジェンセン嬢もまた、
ダルトン氏とランス嬢の方を
見ることになりました。
あの紳士は、ランス嬢の恋人かという
ジェンセン嬢の質問に、
デイジー・オーソン嬢は驚き、
いいえ、違う。
あの人は自分たち全員の友達だ。
ただの友達だと叫びました。
ビクトリア ∙ ウィルクス嬢は
「そうです、友達です。
今のところは」と、
微妙に、ほのめかしました。
隣にいたスーザン・ドノバン嬢が
ウィルクス嬢の脇腹を突きましたが
三人の淑女の顔には
怪しげな赤みが広がっていました。
ジェンセン嬢は、
彼らの気配に気づかないような人では
ありませんでした。
ジェンセン嬢はダルトン氏を
ランス嬢の予備婚約者として
分類しました。
彼らの話をじっと聞いていた
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏がロンドンへ来てから
どのくらいになるかと尋ねました。
ウィルクス嬢は、
半月ほど経ったと思うと
ため息交じりに答えました。
もう、そんなに経ったのか。
あまりにもよく、
ダルトン氏を見かけていたので、
そんなに経っているとは
思わなかった。
そうですね。
毎日のように見ていたから。
あんなに頻繁に
お茶会に来ていたから。
ランス嬢の応接室に掛けられている
絵についての噂を聞いていますよね。
ダルトン氏が
フェアファクス嬢とランス嬢を
描いてくれたのですが、
たぶん、それを描いた日に、
ダルトン氏は、
ロンドンに到着したのだろう。
疲れているのも忘れて
ランス嬢の絵を描いてあげたなんて
何てロマンチックなのか。
ランス嬢の友達は浮かれて
ぺちゃくちゃ喋りました。
ペンドルトン嬢は、
淑女たちの話を聞きながら
二人の姿を見つめました。
ランス嬢は満開の花のように
ぱっと花が開いたような顔で
ダルトン氏を見つめていました。
そんなランス嬢を見つめる
ダルトン氏の表情は、
とても好意的でした。
ペンドルトン嬢は、
かつてハイドパークで見た
ダルトン氏を覚えていました。
一方的にまとわりついて来た
ランス嬢に、ダルトン氏は、
素っ気なく接していたけれど
今はあの時とは全く違っていました。
ランス嬢の友達がほのめかす
愛情までは感じられませんでしたが
随分と親しそうに見えました。

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プライス氏が
ローラに接近していることを知って
ダルトン氏は
慌ててロンドンへやって来たけれど
そんなことを
ローラに話せるわけがないし、
いきなりローラに会いに行って
門前払いされたくないので、半月も、
ローラと自然に再会できる日を
虎視眈々と狙っていたのですね。
一方のローラは
半月も彼が来たことを知らず、
その間、ダルトン氏が
ランス嬢のお茶会に足しげく通い
絵まで描いてもらったのを聞いて
複雑な胸中だったと思います。
二人とも相手を想っているのに
気持ちがすれ違ったままなのが
もどかしいです。