
44話 ローラはダルトン氏とランス嬢が話しているのを見て、随分親しそうに見えると思いました。
すぐに二人は腕を組んだまま
彼らの方へ近づいて来ました。
淑女たちは一斉に立ち上がり、
膝を曲げてお辞儀をしました。
帽子を脱いで礼儀正しく頭を下げた
イアン・ダルトンは、すぐに
ペンドルトン嬢を見つけました。
彼はしばらく、ペンドルトン嬢を
じっと見つめました。
しかし、彼はすぐに視線をそらし
軽く目で挨拶すると、
「お久しぶりです、ペンドルトン嬢」
と告げました。
ペンドルトン嬢は、そっと微笑むと
従兄のチャールズ・ペンドルトンと
婚約し、伯父の友人である
プライス氏の名付け子のジェンセン嬢を
素早く彼に紹介しました。
彼はプライスという言葉に、
一瞬、ジェンセン嬢を見つめました。
そして理解できないという目つきで
ペンドルトン嬢を見ました。
しかし、
その表情は、一瞬で過ぎ去ったので
ペンドルトン嬢は気づきませんでした。
ダルトン氏は無愛想な様子で
ジェンセン嬢に挨拶し、
ランス嬢とその友人たちを
じっと見つめました。
ダルトン氏は、
皆を探していた。
自分も加わって良いかと尋ねました。
淑女たちは、皆賛成しました。
ダルトン氏は淑女たちの席に
合流しました。
彼が合流した後、会話の中心は
ランス嬢とダルトン氏でした。
ランス嬢の三人の友達が、
二人に会話を集中させるような
雰囲気だったからでした。
ダルトン氏は時々、
ランス嬢の三人の友達と、
ペンドルトン嬢、ジェンセン嬢に
注意を向けましたが、
主にランス嬢と話をしました。
わざと他の淑女たちを
排除しているわけではなく、
流れに身を任せているといった
感じでした。
それはペンドルトン嬢にとって
幸いなことでもありました。
彼女は
イアン・ダルトンと出会うや否や、
心の中で少し慌てました。
いつかまた会うことになるだろうとは
思っていましたが、
これほど、突然だとは
予想していませんでした。
彼女はダルトン氏と再会した時、
彼の気持ちが、
以前のままかもしれないと思って
心配しました。
しかし、ダルトン氏の今の行動は、
彼女の懸念を一気に払拭しました。
彼は彼女に
あまり興味がありませんでした。
だからといって、自分を意図的に
無視しているようにも
見えませんでした。
自分に腹を立てていたり、
感情を抑えている感じも
ありませんでした。
彼は、とても
リラックスしているように見えました。
なぜ?森では今にも
プロポーズしそうだったのに?
最初は、森でのことを意識した
演技ではないかと疑いましたが、
ペンドルトン嬢はすぐに
そのように疑ったことが
恥ずかしくなりました。
彼の行動は自然でした。
過去と違う点は、
ただ安らぎを示す対象が、
自分からランス嬢に
変わったことだけでした。
ペンドルトン嬢は、
彼が後腐れのない性格か、
あるいは、森で自分が彼の感情を
読み違えたという気がし始めました。
最初は前者だと確信していましたが、
次第に後者の可能性に
重きが置かれるようになりました。
彼は、厳密には、自分の気持ちを
まともに口に出していませんでした。
ただ、眼差し、表情、声といった
非言語的な表現から、
彼女一人で決めつけただけでした。
もし彼が自分の誤解を解こうとして
ピクニックの後、あれほど、
しつこく訪ねて来たのなら?
そう考えると、彼女は心の奥底で
恥ずかしさを感じずには
いられませんでした。
彼女は自分の恥ずかしさを隠すために
自分に話しかけるジェンセン嬢に
集中し始めました。
そのため、ペンドルトン嬢は、
自分の顔に時折注がれる
イアン・ダルトンの視線を
感じませんでした。
イアンはペンドルトン嬢と
同じ空間にいることを知った直後から
ずっと彼女に集中しようとする衝動を
抑えるために、
自分の全ての自制心を使っていました。
しかし、必死になってみても、
自分でも知らないうちに
ペンドルトン嬢へと
視線が流れて行きました。
久しぶりの彼女は、相変らず
記憶の中の姿そのままでした。
ヘアネットできれいにまとめた
赤身を帯びた金色の髪。
優しい眼差しの中の濃い灰色の瞳。
長い睫毛。愛らしく整った鼻筋。
しかし、彼はすぐに、
彼女の肌が以前より青白くなり、
肉が落ちて、顎のラインが
さらにハッキリしたことに
気づきました。
彼はそれに気づくや否や、
胸の中が焼けるようにイライラして
耐え難いほどでした。
しかし、彼らの誰も
ダルトン氏の気持ちに気づいた人は
いませんでした。
ダルトン氏が、
この席に座っている理由が、ただ、
ペンドルトン嬢のためだということも。
そして、いつの間にか、
ペンドルトン嬢の一挙手一投足に
すっかり気を取られ
時折、淑女たちの会話の流れを
見失っているということも。
ペンドルトン嬢への感情を
表に出さないために、
筋肉が凝るほど自制していることも。
彼女たちは、ただ
ランス嬢と並んで座っている
ダルトン氏の素敵な姿だけを見ていて
二人が、どれほど
よく似合っているかについて
感嘆するだけでした。
ペンドルトン嬢の横顔に見とれていた
ダルトン氏を、ランス嬢が呼びました。
「はい、ランス嬢」と返事をした彼に
ランス嬢は愛嬌たっぷりに、
自分たちが、それぞれ、
どの大学にお金を賭けたのか
当ててみてと尋ねました。
彼は礼儀正しい姿を取り戻すと、
ウィルクス嬢とオーソン嬢は
彼女たちの兄弟が
オックスフォードを卒業したので
そちらへ賭けただろう。
でも、ドノバン嬢とランス嬢は
さっぱり分からないと、
ランス嬢に優しく答えました。
ランス嬢は、
ドノバン嬢の母方の実家は
皆オックスフォード出身なので、
彼女もオックスフォードに賭けたと
話しました。
ダルトン氏は、
それではランス嬢だけが
自分の希望の星だ。
ランス嬢はどこに賭けたのかと
尋ねました。
ランス嬢は、
当ててみるようにと言いました。
ダルトン氏は、ランス嬢が
ケンブリッジに賭けた方に
賭けてみると答えました。
ランス嬢は、その理由を尋ねました。
ダルトン氏は、
全員がオックスフォードに賭けたら
賭けは成立しないだろう。
それに・・・と答えると
ランス嬢は
「それに?」と聞き返しました。
ダルトン氏は、淑女たちの中に
自分の味方が一人くらい、
いて欲しいと願っているから。
ランス嬢が味方になってくれれば
光栄だと答えました。
ダルトン氏の上品な返事に、
ランス嬢は赤くなった顔を
扇で隠しました。
二人の会話を聞きながら、
ペンドルトン嬢は
喉が渇くのを感じました。
彼女は、
ちょっと飲み物を取りに行くと言って
席を立ちました。

貴賓席の後方には、
各種の茶菓子が用意された
ビュッフェテントがありました。
彼女は、そこで
冷たいフルーツドリンクを飲みました。
しかし、重苦しい胸の中は
少しも良くなりませんでした。
早く戻るのが礼儀だけれど、なぜか、
そうしたくありませんでした。
彼女は、
テムズ川に面した座席を背にして
人々がまばらな草むらに向かって
歩き始めました。
何だか変な気分でした。
理由は分からないけれど、
何となく気分が悪い感じ。
久しぶりに社交の集まりに
出たからだろうか。それとも・・・
彼女の心の中に、
ランス嬢とダルトン氏が
並んで座っている姿が
再び浮かび上がりました。
彼女は唇を噛みました。
心がざわついて、
陰鬱な気分になりました。
一体どうして?
実は答えを知っていました。
彼がロンドンを離れた日、
彼に対する自分の気持ちを
認めたからでした。
しかし、彼に対する感情は
届くはずがないと思い、固く
閉ざしてしまったところでした。
それなのに、
今のこの感情は何なのか。
彼女はふと、自分が首に掛けている
真珠のペンダントを
触っていることに気づきました。
それは疑問に対する答えでした。
自分の心が
揺れているということでした。
彼への感情が、再び閉ざされたドアを
無理やり開けようとしていました。
ペンドルトン嬢は、
スミレの細工を撫でながら
心を落ち着かせました。
幸いなことに、あの人の心は、
すでに閉ざされている。
だから自分も再び心のドアを閉じて
鍵をかけよう。
身の程を知らない恋心は
人を惨めにする。
自分はすでに、様々な経験と観察で
その事実を骨身に染みるほど
実感している。
だから、心を落ち着かせて。
「ペンドルトン嬢」
彼女はびっくりして横を見ました。
いつ来たのか、自分のそばに
イアン・ダルトンが立っていました。
彼女は驚いた顔で彼を見ました。
彼は無表情で彼女を見ていました。
ダルトン氏は、
彼が記憶していたよりも
ペンドルトン嬢が、
少し痩せたことに気づきました。
もしかして、
どこか具合が悪かったのではないかと
心配になりました。
彼は黒い瞳で
ペンドルトン嬢をしばらく見つめた後
すぐに持っていたものを
彼女に渡しました。
ペンドルトン嬢の顔が
赤くなりました。
彼女の帽子についていた羽が
彼の手の中にありました。
ダルトン氏は、
心配はいらない。
地面に落ちる前に捕まえたからと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
すぐにその羽を受け取りました。
こんなミスをするなんて。
ペンドルトン嬢は顔を赤らめました。
彼はペンドルトン嬢の
紅潮した顔を見ると、
うっすらと笑みを浮かべました。
久しぶりだと言うダルトン氏に
ペンドルトン嬢は、
「はい、本当です」と
返事をしました。
元気だったかと尋ねるダルトン氏に
ペンドルトン嬢は頷きました。
しかし、二人とも、それが
嘘であることを知っていました。
ダルトン氏は、
良かった。ずっと戻って来ないので、
淑女たちが
ペンドルトン嬢を探していると
告げました。
淑女たちのお使いをするなんて、
以前のダルトン氏には
珍しいことでした。
ペンドルトン嬢はダルトン氏に
迷惑をかけてしまったと詫びると
ダルトン氏は、
淑女の方々に奉仕するのは
大きな喜びだ。
淑女たちとの友情も楽しいものだと
ペンドルトン嬢が
教えてくれたのではないかと
言いました。
ペンドルトン嬢は
何も言いませんでした。
彼は戻ろうという意味で、
片腕を彼女に差し出しました。
ペンドルトン嬢は彼の腕をつかみ
彼らは、再び
淑女たちのいる貴賓席へ向かって
歩き始めました。
ペンドルトン嬢は、ダルトン氏が
ホワイトフィールドにいる間
どのように過ごしていたか
尋ねました。
ダルトン氏は、
楽しい時間ではなかった。
溜まった仕事に追われて、
慌ただしく過ごしたと答えました。
ペンドルトン嬢は、
義務に楽しみだけがあるということは
あり得ないだろう。
でも、こうして
ロンドンへ来たということは、
仕事が全て終わったということかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
まあまあだ。
なぜか、ロンドンに来たくなった。
ホワイトフィールドが以前のように
快適に感じられなくなったと
答えました。
ペンドルトン嬢は、
ホワイトフィールドを
何よりも愛しているのに、
どうしてなのかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ロンドンでの生活が、自分に
何らかの影響を
与えたのではないかと思う。
例えば、
ペンドルトン嬢が紹介してくれた
モートン夫妻のような人たちとの
交流。
あのような調和の取れた夫婦に
会ってみると、何だか
ホワイトフィールドが
とても寂しく感じられたと答えると
突然、立ち止まりました。
ダルトン氏は、
お願いしたいことがあるので、
少し向こうを散歩しないかと
尋ねました。
しかし、ペンドルトン嬢は、
他の淑女たちが
待っているはずだからと答えると
ダルトン氏は、
自分の用件は三分で終わると
言いました。
ペンドルトン嬢は頷きました。
彼らは、しばらく
人々の群れから離れた方へ
歩いて行きました。
一抱えもある木々が生い茂った
散歩道で、ダルトン氏は、
しばらく間をおいた後、
自分はホワイトフィールドで、
ペンドルトン嬢が話していた、
ソウルメイト、
男女の調和の取れた生活について
繰り返し考えていた。
もしかしたら、その言葉に
感化されたのかもしれない。
ホワイトフィールドには
女主人が必要だ。
それで自分はロンドンへ来たと
話しました。
ペンドルトン嬢は息を殺して
彼の話を聞きました。
ダルトン氏の唇から
どんな言葉が漏れるのか、
彼女には見当がつきませんでした。
先ほどまでの、
彼の様子を見ていなかったら、
再びプロポーズするのではないかと
推測しただろうけれど、
今は彼の心が
全く分かりませんでした。
彼は立ち止まり、真剣な表情で
ペンドルトン嬢を見下ろすと、
自分はあなたと交流する中で、
ようやく自分が、
孤独な生活を送っていることに
気づいた。
自分には妻が必要だ。
そして、それを手伝ってくれるのは
ペンドルトン嬢だけだと告げました。

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再びロンドンに来たイアンは、
すぐにでもローラに
会いたかったのでしょけれど
半月も我慢して、ようやく、
自然にローラと会えて
嬉しくて嬉しくてたまらなかったと
思います。
ローラのことが心底好きな彼は
今すぐにでも彼女を
教会へ引っ張って行って
結婚したいくらいなのでしょうけれど
その気持ちを抑えて、
何とか彼女の心をつかもうと
涙ぐましい努力をしているイアンが
いじらしいです。