
46話 伯父はペンドルトン嬢に、プライス氏のプロポーズを断ったのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は頷きました。
伯父は「ふーむ」と返事をすると
ペンドルトン嬢を見下ろしながら
断った理由を尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
彼の妻にはなりたくないと答えました。
伯父は、その理由を尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
年寄りに対する然るべき尊敬の念以外
あの人には
何も感じられないと答えました。
ジェラルド・ペンドルトンは、
まるで品物を見るように、
目、鼻、口、頬、耳、髪の毛全体を
くまなく見つめました。
ペンドルトン嬢は、伯父の視線に
侮蔑感のようなものを覚えながらも、
じっと、その視線を受けていました。
やがて伯父は、
鏡を見る度に虚栄心を覚える理由は
分かるけれど、あまり、あれこれ、
損得計算をするのは良くない。
お前は私生児で持参金もない。
前にも言ったけれど、
自分に何かを期待するのなら、
夢から覚めた方がいいだろうと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
できるだけ平静を保ちながら、
心配しないように。
自分は、そんなことを
期待したことはないと返事をしました。
伯父は、
では、なぜトムのプロポーズを
受け入れないのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は首を横に振り、
それは自分の私的な問題なので
説明する義務はないと答えました。
伯父は、ペンドルトン嬢のことを
生意気だと罵倒しました。
ペンドルトン嬢は伯父に
淡々と謝罪すると、
でも、伯父は品格のある紳士なので
淑女にはプロポーズを断る自由があり
その決定に対して
尊重される権利があるということを
よく知っているはず。
失礼なことを言って申し訳ないけれど
自分は、まだ淑女なので
自分の権利を尊重して欲しいと
話を続けました。
伯父はしばらく姪を睨みつけました。
ペンドルトン嬢の言葉が
彼の機嫌を損ねたことが
明らかな表情をしていました。
しかし、姪の口から出た言葉は
間違っているところが
一つもありませんでした。
淑女が社交界で享受できる
最も強力な権利がまさにそれでした。
求愛を拒む自由。
紳士なら、それを
深く追求してはいけないのでした。
ペンドルトン嬢が予想した通り、
伯父は、
紳士の義務について
自分に教える必要はない。
自分も淑女の権利については、
お前と同じくらいよく知っている。
しかし、伯父として忠告するけれど
淑女たちが、何度も求婚者を振って
身代金を上げることは、
お前の立場ですることではない。
トム・プライスが、お前より
はるかに年上であることは
事実だけれど、
彼がお前に関心を持ったのは、
お前の立場では恐れ多いことだ。
適当に少し焦らして、
トムのプロポーズを受け入れろと言うと
部屋に入りました。
ペンドルトン嬢は、しばらく
その場に立ち尽くしました。
侮辱感が腹の底をかき回しました。
プライス氏であれ伯父であれ、
なぜ、彼女の意思を、
ただ持参金を上げるための
浅はかな策略程度に
思い込んでいるのだろうか。
自分が婚期を逃して、
お金がないからなのか。
ペンドルトン嬢は唇を噛みました。
彼らが何と言おうと、
彼女は結婚に関して抱いている信念を
破ることはできませんでした。
彼女は身の程に合わない
結婚をするつもりがないのと同じく
お金のために、どんな男にも
自分を売るつもりはありませんでした。
感情的にも気質的にも
調和が取れない男と
家庭を持つような真似なんて。
そんな結婚が不幸をもたらすケースを
数多く見てきた彼女でした。
彼女はため息をついた後、
部屋に戻りました。

「さて、これはいかがですか?」
ジェンセン嬢はペンドルトン嬢の前に
そっと近づいて、クルッと回りました。
ソファに座っていたペンドルトン嬢は
ジェンセン嬢が身に着けている
所々に黒い羽が飾られた
赤いサテンドレスと、
それと同じセットの、
黒いベールが付いた赤い帽子を
見つめました。
ペンドルトン嬢が
オペラの衣装みたいだと答えると
ジェンセン嬢は、かぶっていた帽子を
ベッドへ投げ捨てた後、
大の字になって寝てしまいました。
豊かなスカートが
ジェンセン嬢の体に押し潰されました。
ペンドルトン嬢は、
服が傷むと注意しましたが、
ジェンセン嬢は、
着て出かけるわけにもいかないので
傷んでも、どうってことないと
ブツブツ文句を言いました。
そして、
持って来た時は、
黄色いサテンドレスも、
黒いイブニングドレスも、
緑のバッスルドレスも
確かにロンドンで十分に通用すると
思っていたのに、
ニューヨークの社交界で
一番上品な服が、ロンドンでは
舞台衣装になってしまうなんてと
嘆きました。
ペンドルトン嬢は、
上品な服だなんて・・・
よく分からないけれど、
ニューヨークの社交界というのは
本当にすごい所だと、
元気のない声で呟きました。
最初、ジェンセン嬢に
一日後に迫った舞踏会で着るドレスを
見て欲しいと頼まれた時は、
ただ座って服を眺めながら、
二言三言、助言するのが
自分の仕事の全てだろうと
思っていました。
ジェンセン嬢が死守して来た箱一つに
入っているドレスがどんなものか、
その時は分からなかったからでした。
ペンドルトン嬢は、これまで
ジェンセン嬢が着て来たドレスを
振り返ってみました。
白いメッシュの飾りが
鈴なりになっている
黄色いサテンドレス。
真っ赤な刺繍がびっしりと施された
黒いイブニングドレス。
立体的なバラの装飾が
存在感を誇示する
緑のバッスルドレス。
どれも見ているだけで
気が遠くなるほど派手な服でした。
ペンドルトン嬢は、
ジェンセン嬢が着て来たドレスを見て、
最初はいたずらだと思って
フフフと笑いました。
しかし、ジェンセン嬢が
真剣だということを知って困惑し、
続いて登場するドレスが、
一様に皆、舞台衣装のようなので
言葉を失いました。
困ったことでした。
舞踏会に行くには衣装が必須だけれど
ドレスはどれも、出かけたら
笑い者になるような物ばかりでした。
だからといって、
新たに仕立てようとしても、
現在ロンドンの全ての洋服店は
予約客の服を作るのに手一杯の状況で
きちんとしたドレスを手に入れられる
場所がありませんでした。
ペンドルトン嬢が
しばらく頭を抱えて悩んでいると
「ペンドルトン嬢、
いらっしゃいましたね!」と、
ジェンセン嬢の部屋に、
とある中年の婦人が入って来ました。
横になっていたジェンセン嬢は、
そのままの姿で、彼女が、
自分の名付け親の妹の
ナイズリー夫人だと紹介しました。
「こんにちは」と
挨拶をするペンドルトン嬢に、
途方に暮れたナイズリー夫人は、
会えて嬉しい。
こんな、むさくるしい所へ
来てくれるなんてと言って
足を踏み鳴らしました。
ロンドン郊外に住む
新興ジェントリである彼女にとって
グロヴナー通りに住む
伯爵家のペンドルトン嬢は
王族も同然でした。
ペンドルトン嬢は、
とんでもない。
奥様がいらっしゃらないのに
このように、突然、
訪問した自分の方が申し訳ないと
謝りました。
しかし、ナイズリー夫人は、
ジョアンが事前に、
きちんと話してくれていれば
準備して、
盛大に迎えられたはずなのに
うちの使用人たちが
無礼なことをしていなかったかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
手厚いもてなしを受けたので、
落ち着くようにと頼みました。
ジェンセン嬢も、
落ち着くように。
おばさんが、ずっとそうしていると、
むしろペンドルトン嬢が
気まずくなる。
もう、そうするのは止めて、
今、災難レベルの
自分のドレスの問題を
何とかしてくれないかと頼みました。
ナイズリー夫人は、
どうしたのかと尋ねると、
ジェンセン嬢は、
自分のドレスの中に、
何も着るものがないそうだと
答えました。
ナイズリー夫人は、
綺麗なのに、なぜ?と尋ねました。
ジェンセン嬢は、
ロンドンの社交界には
向いていないそうだと答えました。
ナイズリー夫人は、
そうなの?
自分が初めて社交界に出た時は、
皆、これと同じような物を
着ていたのにと呟きました。
ジェンセン嬢は、
ナイズリー夫人が
いつ社交界に出たのかと尋ねると
彼女は、
約30年前ぐらいだと答えました。
ジェンセン嬢は、
そんなに昔だったのかと驚くと
ナイズリー夫人は、
結婚したばかりだったからと答え
当時を回想しました。
出版業界で大成功を収めた夫と一緒に
足を踏み入れた初の社交界は
冷遇と嘲笑、屈辱にまみれた
記憶でした。
お金さえあれば、
いくらでも溶け込むことができると
思っていましたが、いくら努力しても
成金という囁き以外に、
得るものがありませんでした。
彼女は賢明にも、すぐに社交界を諦め
自分と似たような
新興ジェントリ夫人たちと
付き合いながら、
気楽に年を重ねる道を選びました。
それでも、一方で彼女は
依然として貴族への憧れが
残っていました。
特にペンドルトン嬢のような
名門の淑女を見ると、
彼女の中にある貴族に対する羨望が
抑えきれずに
溢れ出したりもしました。
彼女はどうしても直視できず、
横目でペンドルトン嬢の姿を
ドキドキしながら観察しました。
一方、ナイズリー夫人と
ジェンセン嬢が話している間、
悩んでいたペンドルトン嬢は
すぐに、ドレス問題を
解決できる方法を思いつきました。
ペンドルトン嬢はナイズリー夫人に
この家に、
腕のいいお針子はいるかと
尋ねました。
突然の貴族の娘の質問に、
ナイズリー夫人は口ごもりながら
洗濯室に手先の器用な者が
いるにはいるけれど・・・
それほど、大した腕前ではない・・・
と答えました。
ペンドルトン嬢は、
失礼でなければ、その使用人を
呼んでくれないかと頼みました。
ナイズリー夫人は、すぐに
ドアの外にいる使用人に
お針子を連れて来るよう指示しました。
その間にペンドルトン嬢は
ジェンセン嬢の
ドレスルームに入りました。
部屋の片隅に、
無造作に脱ぎ捨てられた
黄色いサテンドレスが見えました。
彼女はそれを持って戻って来ました。
ペンドルトン嬢は、
この黄色いサテンドレスから
メッシュの飾りを全部外して
他の飾りを付けてみると言いました。
横になっていたジェンセン嬢は
上体を半分起こして、
リフォームをしようということかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
時間があまりないので、
それが唯一の方法だと答えました。
ノックの音と共に、
ペンドルトン嬢が探していた
中年のお針子が入って来ました。
ペンドルトン嬢は彼女に
ドレスに付いている飾りを
全て外すよう頼みました。
その間、彼女は、
ソファーの横に置いてある
念のために持って来た
小さなトランクを開けました。
その中には、
あらゆるレースやフリルの飾り、
メッシュ、
裁縫箱が入っていました。
ジェンセン嬢はペンドルトン嬢に
それは何かと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
自宅でドレスをリフォームする時に
使っていた材料だと答えました。
ジェンセン嬢は、
新しく仕立てないで、
リフォームして使うのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
自分は、
服がよほど傷んでいない限り、
なかなか捨てないと答えました。
お針子が、
ドレスに付いていた全ての装飾を
取り外しました。
飾りがすべて消えると、
それはごく普通の
黄色いサテンのドレスでした。
ペンドルトン嬢は
ドレスをじっくり見た後、すぐに
自分が持って来たレースを
調べ始めました。
そして、その中で。
一番華やかなレースを選んで
ドレスに順番に当ててみました。
部屋の中の女性たちは皆、息を殺して
ペンドルトン嬢を見つめていました。
彼女は、
バラの模様と椿の模様のレースを
交互に見比べた後
椿の模様のレースに決めました。
彼女は、そのレースが
ドレスの素材ともよく合っているし、
一番質がいいからと説明した後、
それをドレスの縁に付けるよう
お針子に頼みました。
お針子は、
すぐに仕事に取りかかりました。
その間、ペンドルトン嬢は再び
ジェンセン嬢のドレスルームに入り
彼女の小物が入った箱を
漁り始めました。
彼女は10分かけて、
ドレスに合う手袋、靴、髪飾りを
全て選んで出て来ました。
間もなく、指先の器用なお針子が
とんでもないメッシュ飾りのあった
場所に、
優雅なレースを付けてくれました。
ペンドルトン嬢は、ジェンセン嬢に
ドレスと自分が選んだ小物を渡した後
全部着て出て来るように言いました。
しばらくして、ジェンセン嬢が
ドレスルームから出て来ました。
先ほどとは、全く違う姿でした。
上品な椿模様のレースが付いた
華やかな黄色のサテンドレス。
細かい宝石が付いた
真珠色の舞踏会用手袋。
黄色いリボンの飾りが付いた
可愛い黒い靴。
髪を結い上げた銀のバラの飾り。
ナイズリー夫人は、
ジョアンが別人みたいに
上品になったと叫びました。
ジェンセン嬢は、
手で口を押さえながら
ホホホと笑いました。
ジェンセン嬢は、
こうしているうちに
他のロンドンの紳士に
求愛されるのではないかと思うと
言うと、
ナイズリー夫人は彼女の言葉に
ひとしきり、ケラケラ笑いました。
ペンドルトン嬢は
笑顔を見せる代わりに、
ジェンセン嬢をじっと見つめました。
彼女は
ジェンセン嬢のドレスルームに入り
ガサガサと音を立てて出て来ました。
彼女の手には、
半透明のショールと
ダイヤモンドのブローチがありました。
ペンドルトン嬢は、
ジェンセン嬢のドレスにブローチを付け
ショールを掛けてあげました。
そして遠くに立って、
もう一度、彼女の姿を見ました。
上品さに華やかさが加わりました。
そう、これこそが、
まさに舞踏会にふさわしい姿だと
思いました。

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他の貴族のお嬢さんたちの中で
一体誰が、
ドレスをリフォームしようと
考えるでしょうか。
トランクの中に、
あらゆるレースやフリルの飾りが
入っていたということは、
ローラは頻繁に自分のドレスを
手直していたのではないかと
思います。
そういえば、同じショールを
何年も使っていたので、
エリザベスが新婚旅行で、
新しいショールを
買って来てくれたのですよね。
ローラが堅実になったのは、
育った背景が影響していると
思いますが、機転が利いて
美的センスも良くて、
ここまで人のために
一生懸命になれるローラを見たら
ますます、イアンが
惚れこんでしまいそうな気がします。