
49話 ペンドルトン嬢は伯父と話をするために書斎へ行きました。
伯父は、
ドアの真向かいにある椅子に座り
オーク材の机の上に足を乗せて
のんびりと葉巻を吸っていました。
彼は突然現れた姪に
冷たい眼差しを向けました。
伯父は、
ノックの仕方を習わなかったのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
黙って机に近づきました。
そして机のすぐ前に立ち、
そっと膝を曲げてお辞儀をしました。
彼女は、無礼を謝罪した後、
聞きたいことがあって来たと
告げました。
伯父は、
自分も、ちょうど、
話したいことがあったので良かった。
急ぎの用件でなければ
自分が先に話すと言いました。
ペンドルトン嬢は頷きましたが
ジェラルドは、彼女の意思には
あまり関心がないように
目を横に向けました。
そして、タバコを灰皿に置いた後
足を下ろし、ゆったりと両腕を
椅子のひじ掛けに掛けました。
彼は、
明日、ランス家の舞踏会に
トムが出席する。
そこで、彼のプロポーズを
受け入れろと命令しました。
ペンドルトン嬢は唇を噛みました。
ジェラルドは、
あれだけ断ったなら、
淑女としての品位を十分守った。
誰もお前のことを、
縁談が持ち上がった途端、
すぐに受け入れたとは言えないだろう。
これからはプライスと結婚して
家庭を築けと言いました。
ペンドルトン嬢は、
その件については、以前も話したけれど
自分は断ったし、断る自由があり、
伯父は自分に
それを強要する資格がない。
自分のことを
プライス氏に約束したとしても、
自分の意思が反映されていない以上
自分の決定に
影響を与えることはできないと
言いました。
ジェラルドは顔を顰めると、
ジェンセン嬢から聞いたのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
今の状況では、それは、
あまり重要ではないと答えました。
伯父は、片方の眉を顰めると、
葉巻の火を擦って消しました。
そして彼はペンドルトン嬢を
上から下へと見下ろしました。
ペンドルトン嬢は、
彼の侮蔑的な視線に耐えました。
彼は舌打ちし、
あまりにも美しく成長したのが
問題だったとぼやくと、
ペンドルトン嬢を
不満そうに見つめました。
ドロレス・ペンドルトンの娘なら
容姿も良いはずなのに、
なぜ今まで嫁に行けなかったのか、
いつも気になっていたけれど
理由が分かった。
毎朝、鏡に映る自分の顔のせいで、
あれこれ品定めするのを
諦められなかったからではないか。
しかし、
偉そうに振舞っている状況ではない。
自分の立場をわきまえろ。
お前の年齢、血筋、財産。
どれ一つとして、
欠点がないものがない。
トム・プライスこそ、
お前にぴったりの相手だ。
お前はむしろ自分に
感謝しなければならないと言いました。
ペンドルトン嬢は、
何を感謝しろと言うのかと尋ねました。
ジェラルドは、
お前にぴったりな花婿候補を
見つけて来てやったことだ。
お前の祖母が亡くなったら、
行き場がなくなる状況だということを
自覚して、プロポーズを
受け入れるだろうと思った。
こんなに世間知らずで
虚栄心が強いとは思わなかったと
非難しました。
ペンドルトン嬢は唇を噛むと、
自分は外見や他の条件で、
人を測ることはない。
自分の分際を忘れないよう
生涯、努力して来た。
世間が、
それを忘れることを許さないので
仕方がなかった面もあった。
自分は至らない人間だ。
多くの点で至らない人間だと
主張しました。
ジェラルドは、
それなのに、なぜ、
トムのプロポーズを断るのか。
身の程を忘れていないと言いながら、
なぜなのか。
お前を救ってやるという男が
現れたのに、なぜなのか。
お前の中に、プライドというものが
残っているという証拠ではないかと
非難しました。
ペンドルトン嬢は、
どんなに至らなくて弱点があっても
愛してもいない男に、
物を買うように自分を買うと言う男に
自分を売らなければならないのか。
自分は最初から人間ではないのかと
抗議しました。
ジェラルド・ペンドルトンの顎が
硬く固まって行きました。
彼は、
お前が人間であることを知っている。
気味が悪いほど人間だ。
むしろ物なら捨ててしまえたのに。
お前が人間として生まれたことは、
実に恨めしいことだと、
軽蔑に満ちた言葉を吐き捨てました。
ペンドルトン嬢は、
伯父がどれほど自分を憎んでいるか
知っている。自分は、
両親の恥知らずな結合によって生まれた
家門の恥だ。
自分がとても幼い頃に、
伯父がそれを教えてくれたし、
その後も、自分はただの一度も
それを忘れたことがない。
自分が本当に物だったら、
何度も何度も捨てただろうと
言い返しました。
彼の視線は、次第に
軽蔑から殺気に変わっていました。
母親がお前を育てると言った時、
こっそり孤児院に連れて行って
捨てなければならなかった。
いや、最初から、
全く何の機能もできないように、
どこかの小川にでも落として
命を奪わなければならなかった。
こんなに恩知らずに大きくなると
知っていたら、とっくに・・・と
言い放ちました。
ペンドルトン嬢は、
自分の前で恩という言葉を
口にしないで欲しい。
厳密に言えば、自分は伯父から
冷遇以外に受けたものがない。
自分は祖母の愛と財産で育った。
祖母はともかくとして、
伯父には返すべき恩がないと
言い返しました。
ジェラルドは、
もう片方の眉まで顰めました。
彼はじっと
目の前の姪を睨みつけながら、
そばにある灰皿をつかんで
投げつけました。
ペンドルトン嬢は、
そのまま身を深く屈めました。
僅かの差でした。
もう少し遅れていたら、
彼女の顔に真正面から
灰皿が刺さっていたはずでした。
丸めていた体がこわばりました。
強烈な既視感が、束の間、
彼女を支配しました。
それは十数年の時を経て
薄れた過去でした。
幼い自分の前で常に強者だった
ジェラルド・ペンドルトンの
記憶でした。
グロヴナー通りで最も気高い
タウンハウスに住み、
絹の服とレースで身を飾り、
豪華な馬車に乗っているせいで、
お前は本当に、伯爵家の令嬢にでも
なったつもりなのか。
お前はペンドルトン家の恥だ。
ペンドルトン家の汚い染みだ。
お前が今まで生きてきた中で
享受した全ての生活は、ただ、
お前の祖母のもうろくのおかげで
得たものだと、伯父は言いました。
ペンドルトン嬢は体を丸めたまま
伯父の言うことを聞きました。
彼女が数え切れないほど
心の中で繰り返して来た
自責の言葉でした。
ペンドルトン家の恥。汚れた染み。
祖母からただでもらった幸運。
ジェラルドを通して
それらの言葉を再び聞いているうちに
彼女は、自分の長年の自責の始まりは
ジェラルド・ペンドルトンの口から
出たものだということを
はっきり理解できました。
ごく幼い頃、
彼は同じことを幼い自分に言い、
彼女の幼い胸はそれを記憶し、
生涯に渡り、
自分に繰り返して来たのでした。
彼女は体を起こしました。
ジェラルドの暴力を覚えている体は
抑えきれないほど震えていましたが
彼女は逃げる代わりに
口を開きました。
自分はかつて伯父の言うように
家を汚したと思っていた。
子供は、親の罪を償いながら
生きて行かなければならないと
人々は言った。
自分は両親の過ちを、
自分の荷物のように背負って
生きて来た。 でも、今では、
自分の両親の過ちが何なのか
よく分からないと
ペンドルトン嬢は反論しました。
ジェラルドは
「何だって?」と聞き返すと
ペンドルトン家の令嬢を
たぶらかして逃げた
浮浪者同然のろくでなしと、
結婚もせずに子供を生んだ、
みだらな母親に罪がないと
言っているのか。
お前は両親のように
道徳性が汚染されているようだと
罵りました。
ペンドルトン嬢は、
両親は神父と証人の前で
二人だけの結婚式を挙げた。
そして、婚姻届を出すために
グレトナ・グリーンに向かう途中
母親のひどいつわりで
立ち止まらなければならなかった。
結婚をしようとしたけれど
できなかっただけだ。
父が自分をペンドルトン家に預ける前に
ネックレスを掛けながら
母は父を心から愛していた。
両親の結婚は、
神の前で一点の恥もないと、
全て話してくれたと言いました。
ジェラルドは、
やはり、あの親にしてこの子ありだ。
でも、お前の母親はそうだとしても、
父親は?
恐れ多くて、見ることも叶わないような
貴族の令嬢をたぶらかし、秘密の結婚で
自分の境遇を変えようとした
あのろくでなしまで
弁護するつもりなのかと非難しました。
ペンドルトン嬢は、
自分の前で息を切らしている
ジェラルドを見つめながら、
自分の胸の中に
注意深く隠しておいた本心を
吐き出してしまいました。
伯父が自分の父を侮辱する理由は、
母と駆け落ちしたからではない。
もしも、公爵クラスの男と
駆け落ちしたなら、
そこまで怒らなかっただろう。
アメリカ出身だからでもない。
もし、その理由で、
そんなに長い間、怒っているなら、
アメリカ出身の嫁の機嫌を取って
顔色を窺うような真似も
しなかっただろうと指摘しました。
ジェラルド・ペンドルトンの顔色が
怒りで真っ青になりました。
ペンドルトン嬢は、
伯父はただ、
自分の父が貧しかったから嫌だった。
名誉云々言っているけれど、
頭の中にはお金しかない。
伯父は最初から最後まで
お金しか知らなかった人だ。
母を最後まで許せなかったのも、
良い値段で売れなかったからだ。
今、自分を売るように
高く売れなかったから。
ペンドルトン家を汚したのは、
両親ではなく、
伯父の守銭奴のような本性だと
非難しました。

書斎には沈黙だけが漂っていました。
ジェラルド・ペンドルトンは
そのまま固まって、
姪のローラ・ペンドルトンを
見つめました。
あの小娘が。
あの取るに足りない虫けらが
自分に何て言った? 守銭奴?
彼は、
姪の言葉を繰り返しているうちに
完全に理解しました。
彼女は自分のことを
守銭奴だと言ったのでした。
ジェラルド・ペンドルトンは、
改めて目の前の姪が
どれほど成長したかを感じました。
最後に見た時は、
自分と目が合っただけで青ざめて
騒いでいた小娘だったのに、
今は自分の前で首をピンと伸ばして
小生意気に振舞っていました。
環境というのは、
こんなに恐ろしいものだ。
環境が変われば、自分の身の程を忘れ
立場も忘れるようになる。
ジェラルド・ペンドルトンは
姪の躾を、最初から
やり直さなければならないと
考えました。
ジェラルドは、
最後にもう一度言う。
明日、トム・プライスのプロポーズを
受け入れろと命令しました。
ペンドルトン嬢は首を横に振り
彼のプロポーズを
受け入れることができないと
拒否しました。
ジェラルド・ペンドルトンは
姪の細い腕をつかんで、
彼女を床に叩きつけました。
ペンドルトン嬢は、
そのまま書斎の隅に倒れました。
床にぶつかった体がズキズキしました。
彼女は必死で、
自分の体を起こそうとしましたが、
きつく締めたコルセットのせいで
体を自然に動かすことが
できませんでした。
ぐったり伸びている彼女の目の前に
艶々した靴のつま先が
近づいて来ました。
目の前には、すでに
ジェラルド・ペンドルトンが
立っていました。
ペンドルトン嬢は彼を見上げました。
ジェラルドはペンドルトン嬢に
ペンドルトンの姓を返して
プライスの手を握ると言え。
そして、
早くお前の父親の故郷である
アメリカへ消え失せろと
命令しました。
彼女は歯を食いしばりながら
伯父にそんなことを言う権利はない。
祖母が亡くなったら、
自分は身一つで出て行く。
一銭も受け取らないし
ペンドルトンの姓も捨てて、
父の姓で生きて行く。
自分に結婚を強要するのは、
理不尽な処置・・・と
言いかけていたところで、
伯父はペンドルトン嬢の指を
靴で押し潰しました。
彼女は悲鳴を上げ、
反射的に伯父の足をつかみました。
ジェラルドは、
汚くてひどい虫けらめ。
その生意気な舌は、
社交界をさすらいながら
学んだものだろう?と罵ると
軽蔑するかのように、
ペンドルトン嬢の指を、
さらに力いっぱい押し潰しました。
「伯父様、お願い・・・」と
懇願しながら、ペンドルトン嬢は
叔父の足をつかみました。
息子が相続する財産を
少しずつ使いながら
生意気なことを言うのか。
さっさと謝まれ。
あえて当主を侮辱をした舌で
謝罪しろと命令しました。
ペンドルトン嬢は泣き出しました。
指が潰れそうでした。
彼女は生きるために、
「伯父様、や、やめて」と
必死に叫びました。
しかし、
彼女の指を踏みつける足の力は
少しも弱くなりませんでした。
彼は自分の足元で震える姪を
軽蔑の目で見下ろしました。
プライスのプロポーズを受け入れろ。
ペンドルトン嬢は
伯父を見上げました。
彼は、まるで彼女のことを、
踏み潰すべき虫のように
見下していました。
彼女の指だけでなく、
全身を潰したがっている目つきでした。

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自分の言うことを聞かなければ
暴力を奮ってでも、
言うことを聞かせようとし、
妹も姪も、
血のつながった家族ではなく
自分の持ち物程度にしか
思っていない、人間として
最低レベルのジェラルド。
こんな男が父親なら、
息子たちも、ろくでなしなのが
当然だと思います。
ジェラルドにローラの父親を
ろくでなしと罵る資格なんてない。
女性の尊厳を踏みにじる
ジェラルドこそ、ろくでなしです。
彼の奥さんが出て来ませんが、
彼に嫌気が差して出て行ったか
奥さんのことが気に入らなくて
追い出したのではないかと思います。
離婚していなかったら、
今頃、領地で、
とんでもない夫がいないので
羽を伸ばしているに違いありません。