
53話 プライス氏はペンドルトン嬢から真実を聞きたがっています。
ペンドルトン嬢は
彼の方へ顔を向けると、
プライス氏が、直接伯父と話す方が
はるかに簡単なことだったということを
知っている。
伯父を通して、いくらでも自分に
圧力をかけることもできたはずだから。
でも、プライス氏は、
自分の苦痛を和らげてくれたと
お礼を言いました。
穏やかなペンドルトン嬢の声に
プライス氏は俯きました。
彼は、
昨夜遅くまで、ジョアンが自分を
責め立てていたけれど、自分はまだ
話を聞いても信じられない。
本当に、あなたは一度も、
自分との結婚を考えていなかったのかと
ほとんど泣きそうな声で尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
弱気になりそうな心を奮い立たせて
申し訳ないけれど事実だ。
自分はプライス氏を、伯父の親友以上に
考えたことはないと答えました。
ペンドルトン嬢の言葉を聞くと
彼の顔に薄暗い影が落ちました。
彼は、今までペンドルトン嬢に
想像もできない醜態を
さらしてしまったと嘆きました。
彼女は何か言おうとしましたが、
すぐに口をつぐみました。
プライス氏は、
自分が恥ずかしくてたまらない。
心から申し訳ないと思っている。
自分は今まで、
あなたが自分に好意はあるけれど
品位のある人だから断っているのだと
思っていた。
その全てが、
自分に全く好意がないからだとは
想像もできなかった。
今まで自分が見せた行動が、
どれほど醜く見えたことかと
嘆きました。
ペンドルトン嬢はプライス氏に
自分を責めないで欲しい。全ては
誤解のために起こったことであり
小さなハプニングに過ぎないので
忘れて欲しい。
自分は、もう全て忘れたと言いました。
しかし、プライス氏は
いいえ、忘れられない。
自分は生涯、淑女に対して
あれほど無礼だったことはない。
エレナーに求愛した時も
そんなことはなかった。
彼女が待てと言った通りに
3年も待って彼女を手に入れた。
ところがペンドルトン嬢には
それができなかった。
待つ理由がないと思っていたから。
あなたの気持ちは
すでに決まっているのだから
時間を無駄にする必要はないと
思ったと弁解しました。
ペンドルトン嬢は
何か言おうとしました。
しかし、プライス氏は、
今日以降、二度と、
ペンドルトン嬢を困らせないので
最後まで話を聞いて欲しい。
自分に弁明する時間をくれなければ
恥ずかしくて生きて行けないと
訴えました。
ペンドルトン嬢は
静かに口を閉じました。
プライス氏は
テラスの手すりをつかんで
頭を下げました。
自分は、あなたの伯父
ジェラルド・ペンドルトンに
すっかり惑わされた。
ジェラルドは、
彼の長男が始めた事業の投資金を
調達するために餌を投げた。
イギリスに来てみて
はっきり分かった。
ジェラルドの長男は、
チャールズ・ペンドルトン同様、
何の役にも立たない愚か者で
意気地のない間抜け野郎だった。
すでに何度も事業を台無しにして、
家門の経済状況を悲惨なほど
逼迫させておいて、再び、
根本から滅茶苦茶な
別の事業に乗り出そうとしていた。
それでも自分は、その事業に
投資しようとしていた。
彼は、その話をしながら、
拳で手すりをドンドンと叩きました。
プライス氏は、
あなたを
手に入れられるかもしれないという
考えに正気を失ってしまった。
50年以上も生きていて、
こんな企みに騙されるなんて。
しかし、自分は必死だった。
あなたを見てから、
ますますそうなった。
実は、ジェラルドがあなたを
渡してくれないのではないかと心配で
彼の言う通りにしたと話しました。
プライス氏は頭を上げて
ペンドルトン嬢を見つめました。
彼の大きな目に
涙が浮かんでいました。
彼は、
最初は、ただ自分の隣の席を
温めてくれる誰かが
欲しかっただけ。
それが自分の故国の美しい娘だったら
なおさら、いいだろうと思っていた。
でも、いざあなたに会ってから
心からあなたを愛してしまった。
自分の行動のほとんどは本心だった。
そして、今一番、耐えられないのは、
あなたを手に入れることが
できなかったということではなく、
自分があなたを
苦しめたということだと話しました。
ペンドルトン嬢は、
プライス氏をじっと見つめました。
彼の言葉一つ一つから
真心が感じられました。
彼が自分を心から愛していたこと、
そして今も愛していることを
信じていました。
しかし、彼女が、その気持ちを
決して受け入れることができないのは
残念なことでした。
ペンドルトン嬢は、
ジェラルド伯父を許して欲しい。
あなたの気持ちに対して
断るしかできない自分を
許して欲しい。
そして、このことで、
長く、苦しまないで欲しい。
自分はプライス氏の求愛に対して
感謝だけを感じるだろうからと
言いました。
プライス氏は、しばらく
ペンドルトン嬢を見つめました。
彼の眼には、彼女の優しい表情と
柔らかな眼差しだけが
映っていました。
彼のほろ苦い悲しみの中に
未練が混ざり始めました。
手すりにつかまって立っていた
プライス氏は、
自分は、明日すぐにアメリカに発つ。
そして二度とイギリスには戻らない。
自分はアメリカの男だ。
イギリスで生まれたけれど
骨の髄までアメリカにぴったりだ。
だから、その前に、最後に、
もう一度お願いすると告げると
振り向いて、彼女と向き合いました。
彼は、
今までのことは全て忘れて、
自分と一緒に船に乗ってくれないかと
頼みました。
ペンドルトン嬢は、
それは不可能なお願いだと断りました。
しかし、プライス氏は、
妻ではなく、自分の友人として
行って欲しいということだ。
何も求めない。
ただ、一日に一時間ずつ
自分の話し相手になって欲しい。
その条件で、
自分が持っている全ての物を渡す。
どうしても、
ジェラルドのような奴の保護下に
あなたを残して行くことはできないと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
プライス氏が心配してくれたことに
感謝しつつも、彼女がいつまでも
ジェラルド伯父の
保護下にいることはないこと。
自分を守るために
自立する予定であることを話し、
どうか、感謝の気持ちだけで
プライス氏を見送らせて欲しいと
礼儀正しく彼の申し出を断りました。
プライス氏の肩がガクンと落ちました。
彼は何の希望もないことを感じながら
彼女に丁重に頭を下げると、
今までの無礼を許して欲しい。
いつも、幸せでありますようにと
告げて、その場を離れました。

テラスには、
彼女一人だけが残りました。
彼女は、
プライス氏がいなくなった場所を
見つめながら、
もう、全てが終わった。
プライス氏とのことも。
ペンドルトンとしての人生も
完全に終わったと思いました。
明日、彼がアメリカに発ったら、
伯父は、自分が
プロポーズを完全に断ったことに
気づくだろう。
伯父がどう出るかは
想像もできませんでしたが、
伯爵家の令嬢としての人生は、
今日で完璧に終わったことだけは
確かでした。
ペンドルトン家の経済状況が
逼迫しているという
プライス氏の言葉を聞くと、
伯父の行動の全ての辻褄が
ぴったり合いました。
アメリカまで行って
次男の婚約者を探したこと。
プライス氏から投資を受けるために
姪を差し出そうとしたこと。
ジェンセン嬢の機嫌を
伺っていたこと。
全て、ペンドルトン家の
資金事情のためでした。
おそらくプライス氏は
このことで非常に腹を立て、
投資の決定を取り消すだろう。
ペンドルトン家の資金事情は
さらに悪化するだろうし、
そうなれば伯父は、
その全ての責任を
自分に押し付けるだろう。
ペンドルトン嬢は、昨日、
自分の手を踏み潰した、
伯父の姿を思い出しました。
彼女は、
記憶と共にズキズキする手を
一度握り締めて広げました。
腫れは、すっかり引いたけれど、
チクチク刺すような痛みは
今日一日中続きました。
彼女は右手を見て、
この手に受けた仕打ち以上に
もっとひどいことが
待っているかもしれないと
考えました。
そう考えた途端、
お腹がひっくり返るような
恐怖を感じました。
伯父の怒り、大声、暴力。
全て克服できないトラウマでした。
それでも、彼女は
プライス氏のプロポーズを
断ったことを後悔しませんでした。
彼のプロポーズを受け入れることは
最初から彼女の選択肢に
存在しなかったからでした。
考えに耽っていた
ペンドルトン嬢の耳に
紳士の重厚な靴の音が聞こえました。
彼女は何も考えずに
音がする方を見ました。
そして、その場で
固まってしまいました。
厚い幕のそばに、
ダルトン氏が立っていました。
ペンドルトン嬢の心臓が
激しく鼓動しました。
いつから、あそこに
立っていたのだろうか。
ひょっとして
プライス氏と自分の会話を
聞いたのではないかと
心配になりました。
ダルトン氏は、
ここにいたのですね。
見つけましたと言いました。
ペンドルトン嬢は、
「な、何の用事ですか?」と
どもりながら尋ねました。
ダルトン氏は、
無邪気で明るい表情で
彼女に近づいて来ると、
後で他の淑女にダンスを申し込む前に
レッスンを受けようかと思っている。
もし、気になっている淑女と踊るのに
足を踏んだりしたら大変だからと
答えました。
ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢の前に立つと、
彼女の顔を親しげに見つめながら
「助けてください」と頼みました。
ダルトン氏の表情は
茶目っ気に満ちていて、
全く気兼ねのない口調でした。
ペンドルトン嬢は、
彼がプライス氏との話を
聞いていないに違いないと思い
ほっとしました。
緊張感が消えると、
ダルトン氏の存在が
とても嬉しくもありました。
良くない感情に浸っていましたが、
彼を見ると心がすっきりしました。
彼女は優しく微笑みました。
ペンドルトン嬢は、
ちょうどテラスに
場所がたっぷりあるし、誰もいない。
でも、音楽が・・・と言うと、
ちょうど、その時、会場から
ワルツの音楽が流れて来ました。
ペンドルトン嬢は微笑みました。
「いいですよ。手をください」と
彼女が言うと、ダルトン氏は
彼女に手を差し出しました。
彼女は片手を彼の手の上に置き、
もう片方の手は肩の上に置きました。
ダルトン氏は、
ペンドルトン嬢の細い腰を
抱き締めました。
舞踏会場内を満たした音楽が
テラスまで響き渡りました。
二人は音楽に合わせて、
ゆっくりと足を運んで行きました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏のステップに
注意を払いました。
ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏が一つも忘れていないと
指摘しました。
彼は、
それ以上、進歩していないと
返事をしました。
ペンドルトン嬢は、
これ以上、進歩したら、
踊るのが好きな浮気者だと
女性たちが誤解すると言いました。
ダルトン氏は低く笑いました。
しかし、
彼の目は笑っていませんでした。
彼はペンドルトン嬢の顔に
釘付けになっていました。
ダルトン氏は、
どうか、自分が
全く音楽についていけないと
言って欲しい。
淑女が自分と踊ったら、
自分に抱いていた好意も
全て消え去ってしまう。
自分のリズム感は滅茶苦茶で、
あなた以外の淑女と踊りたければ、
まず数日間は生徒になって、
あなたにダンスだけを
学ばなければならないと
言って欲しいと頼みました。
ダルトン氏の
茶目っ気たっぷりの言葉に
ペンドルトン嬢は首を横に振ると、
その反対だ。
あなたがどんな女性を
気に入ったかは知らないけれど、
彼女はあなたと踊りながら
もっとあなたに夢中になるだろうと
言いました。
彼女の頭の中に
ランス嬢が浮かびました。
もしかしたら、これ以上、
あなたに夢中になれないほど
深い愛に落ちているかもしれないと
思いました。

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プライス氏は思いのほか
善良な人でした。
そして、そんなプライス氏が
伯父の親友だなんて
とても信じられません。
プライス氏は、
投資してくれる人を探しに
アメリカへやって来た大学の同窓生に
久しぶりに再会し、
イギリスでの話を聞いているうちに
故郷への郷愁が募ったのだと
思います。
そんなプライス氏を、伯父は
言葉巧みに騙したのです。
本当にひどい奴です。
プライス氏の
二度とイギリスに戻ってこないという
言葉に、イギリスとイギリス人への
深い失望が込められていると
思いました。
一方のダルトン氏。
気になっている淑女と踊るために
ペンドルトン嬢に
ダンスを教わりたいと頼んだ、
願いがかなって、彼は彼女と
ダンスをすることができた。
その後、舞踏会場に戻って
ダルトン氏がペンドルトン嬢に
ダンスを申し込む。
もしかして、気になっている淑女は
私だったの?と、なればいいのですが、
たぶん、そうはならないでしょうね。