
56話 ダルトン氏とランス嬢の噂が広まることをペンドルトン嬢は懸念しています。
彼女たちがバラバラになって
場所を移動する頃、
音楽が終わりに近づいていました。
広い舞踏会場の中央で踊っていた
ランス嬢とフェアファクス氏が
手をつないで戻って来る途中、
ペンドルトン嬢のグループを
見つけました。
彼らは自然に合流しました。
フェアファクス氏がウィルクス嬢に
自分の妹の行方を聞いている間、
ペンドルトン嬢はランス嬢を捕まえて
舞踏会場の隅へ連れて行きました。
ランス嬢は、ペンドルトン嬢が
突然、自分を引っ張って
隅の方へ連れて行くので、
とても不思議に思いました。
ペンドルトン嬢はランス嬢を、
人のいない隅へ連れて行き、
そして周りを見回した後、
彼女と一緒に空いた椅子に座りました。
ペンドルトン嬢はランス嬢に、
自分の話を誤解しないで聞くと
約束して欲しいと頼みました。
ランス嬢は、
こんなに深刻なペンドルトン嬢を
初めて見たので驚きました。
ランス嬢は、
「はい、もちろんです」と答えた後
どうしたのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢はランス嬢に
もしかしてダルトン氏と
婚約したのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢の突然の質問に
ランス嬢は驚きました。
彼女は「あっ、いいえ」と
答えると、ペンドルトン嬢は
片手で額を押さえました。
ペンドルトン嬢は、
先ほど、ランス嬢の友達が休憩室で
小さくない声で、
ランス嬢とダルトン氏が
まるで婚約するかのように話していた。
少なくとも80人は聞いていたはずだと
話しました。
ランス嬢は赤くなった顔で
えっ?誰がそんなことを言ったのか。
あっ、いえいえ。
分かり切っています。
どうせ、ビクトリアでしょう?
あの身の程知らずが。
まだ、はっきりしていないのに、
本当に、どうして1人で先走って
大騒ぎするのか。
ブライズメイドの
ドレスの話をしていましたよね?
数日前から、ずっと、
ドレスはこの色がいい、
あの色がいいと大騒ぎしていた。
まだプロポーズも受ける前なのに
何をしているのかと
プンプン怒りました。
ペンドルトン嬢は黙って
ランス嬢を見つめました。
今、自分の評判が
危うい状況にあるのに、
思ったよりランス嬢は、
あまり不安に思っていないように
見えました。
ペンドルトン嬢は、
恥ずかしいかもしれないけれど
率直に話して欲しい。
ダルトン氏はランス嬢に、
確実に、結婚について示唆したか。
プロポーズの手紙をくれたとか、
結婚相手としてランス嬢を
気にかけているという話をしたかと
尋ねました。
ランスさんは突然の質問に、
そ、そうではないけれど・・・
それでも自分は信じている。
先日の、
あの人のロンドン訪問の時から
彼が自分を好意的に見ていると
感じることができた。
そして、この1ヶ月間、いつも
自分たちのお茶会に来てくれた。
そして・・・と
口ごもりながら答えました。
ペンドルトン嬢は真剣な表情で
耳を傾けました。
ランス嬢は当惑しました。
ダルトン氏の話題が上る度に、
彼女の友人や母親が浮かべていた
確信に満ちた表情を
ペンドルトン嬢が
見せてくれなかったからでした。
いつも周りの人は、
イアン・ダルトンが
ドーラ・ランスを愛していると
口を揃えてさえずり、
それを抑えるのが彼女の仕事でした。
しかし今は、疑わしそうにしている
ペンドルトン嬢の前で、
ダルトン氏が自分を愛していることを
説明しなければならないのでした。
ランス嬢は、
彼は自分の絵も描いてくれて、
一緒にピクニックに行くことも
約束してくれて、それから、えーっと
自分がハープの演奏を習ったと言ったら
いつか聴いてみたいと言っていた。
是非、聴いて見たいと。 そして・・・
と話している途中で、
次第に、自分の証言の効力が
弱まっていることに気づきました。
結局、彼女は少ししてから
口を閉ざしました。
2人の淑女の間に沈黙が漂いました。
ランス嬢はペンドルトン嬢の顔色を
窺いました。
黙々と話を聞いていたペンドルトン嬢は
視線をそらしたまま
何か考え込んでいるようでした。
ペンドルトン嬢は、
自分の言うことを
誤解しないで聞いて欲しい。
自分は2人を紹介した者で、
あなたの友達と同じくらい
2人が結びつくのを願っている。
実際、今の状況で、
2人が結びつくのを望まない人は
あなたの敵だけだろう。
今ランス嬢の評判が
崖っぷちに立たされているからと
話しました。
ランス嬢は、
どういうことかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
自分の知り合いの女性の話をする。
すでに社交界を離れた人の話なので、
周りにいる人の中で、
この話の主人公を探すのは
止めるようにと言いました。
ランス嬢は頷きました。
その人は、
社交界に出たばかりの淑女だった。
無邪気で純真だった。
彼女のそばに、
まともな保護者もいなかったし、
家門も貧しかったので、
彼女の周りには、
邪な心で接近する男が度々いた。
彼女は、
一緒に過ごす仲間を見つけられず
寂しい思いをしている時、
自分に近づいて来た男の1人に
心を奪われた。
ペンドルトン嬢は、ここまで話した後
しばらく言葉を止めて、
もう一度、周りを見回した後、
再び、話を続けました。
2人はすぐに恋に落ちた。
どの舞踏会でも2人だけで踊り、
どの晩餐会でも
2人だけで話を交わした。
女性は彼と結婚すると思っていたので
噂など気にしなかった。
男性も女性と結婚する考えは
あったようだ。
しかし、男性の後援者は、
彼が持参金の多い女性と
結婚することを望んでいた。
女性は持参金が少なかった。
2人は結局、結ばれることはなかった。
社交界に女性をぽつんと残したまま
男は去ってしまった。
そして2ヶ月も経たないうちに
男性の結婚の知らせが届いた。
彼は、莫大な持参金を持った女性と
結婚した。その後、
どんなことが起こっただろうかと
尋ねました。
ランス嬢は、
その人は自ら命を絶ったのかと
メロドラマ的な想像力を発揮しました。
ペンドルトン嬢は苦笑いしました。
彼女は、
むしろ、そうしていたら、
潔かっただろう。
しかし、彼女は両親の催促に従い
社交界に出続けた。
その後、何年間か、
あの男の恋人、あるいは
愛人だったというレッテルが
彼女に付いて回り、
2人が一緒に住んでいたという噂まで
広まった。
7、8年ほど経ってから噂が収まり
記憶する人がいなくなったけれど
彼女は、すでに
結婚適齢期を過ぎた独身女性となり、
取り返しのつかない傷を負った。
彼女は・・・耐え切れず、
30歳と、年齢は高かったものの
外国の富豪と結婚し、イギリスを
離れなければならなかったと
話しました。
ランス嬢は黙って、
その話を聞きました。
ペンドルトン嬢の話は
社交界でよくある話でした。
ペンドルトン嬢はランス嬢に
どうして、
こんなことを話しているのか
分からないかと尋ねました。
ランス嬢は、
正直、そうだと答えました。
ペンドルトン嬢は、
彼女の不幸は、
もしかしたら彼女の背景が
大きな役割を
果たしたのかもしれない。
息の合う仲間もいなかったし、
適当な助言者も、
そばで止める友達もいなかったから。
しかし、
彼女の不幸の根本的な原因は
愚かさだった。
彼女は社交界で、
噂がどれほど恐ろしいものか、
女性の評判というものが
どれほど簡単に傷つくのかを
確かに知っていた。
周囲の人は彼女に注意を促した。
本来、振る舞いに関する助言は、
社交界に出たばかりの女性には
豊富に提供されるものだから。
しかし、彼女は恋に落ちた瞬間に
それを忘れてしまった。
いえ、それは大したことではないと
思ってしまった。
愛だけが重要だったから。
彼女の人生を台無しにしたのは
彼女の愚かさだったと話すと、
ペンドルトン嬢はランス嬢を
まっすぐに見つめました。
そして、自分の話から、
ランス嬢が得るべき
教訓があると思う。
じっくり考えてみて、
これからのことに対処するように。
助言が必要なら、
いつでも訪ねて来てと言うと、
ランス嬢を残して席を立ちました。

彼女は、じっと座って
ペンドルトン嬢の言葉を
反芻しました。 そして、
すぐに顔が真っ赤になりました。
彼女の言葉の意味を理解しました。
彼女は自分が
軽率に振る舞っていると
警告したのでした。
ランス嬢は恥ずかしさで
震え上がりました。
愛に目が眩み、
ろくに約束もしていない男性と、
評判も考えずに遊んでいた女性と
比べられるなんて深刻な侮辱でした。
ペンドルトン嬢が、なぜ
そんな女性と自分を比較したのか
分かりませんでした。
ダルトン氏と自分の関係は、
彼女が話していたこととは
全く違っていました。
ダルトン氏は、
そのような、ならず者ではなく、
自分は、そのような
愚かな女ではありませんでした。
そして、彼と自分の関係は、
彼女が言ったこととは
全く、違っていました。
ちょっと待って・・・違う?
ランス嬢は、
激しく首を横に振りました。
一体、何を疑っているのか。
彼は自分に完全に恋をしていました。
彼の目つき、彼の表情、
彼の話し方で、それを常に
確認していたのではなかったか。
周りの皆が、
彼の気持ちについて、客観的に
証言をして来たのではないか。
それなのに、それが
何の問題になるというのか。
ランス嬢は、彼が自分を
愛していないかもしれないという
仮定そのものから抜け出すのに
必死でした。 それは、
あまりにも恐ろしい仮定でした。
彼女の感情は、
取り返しのつかないほど、
あまりにも遠くまで
来てしまいました。
彼の愛を疑うことになれば、
自分はその瞬間、落胆のあまり
死んでしまうかもしれませんでした。
彼女は、
ペンドルトン嬢の助言そのものを
否定する方向に
頭を転がし始めました。
そして、簡単に、
もっともらしい根拠を
見つけることができました。
先程、彼女が、ダルトン氏と
ペンドルトン嬢との間について
推測したことがあったからでした。
ランス嬢は疑う前に、
一度、躊躇いました。
まさか、あんなに優しい
ペンドルトン嬢が、
しかも自分をダルトン氏に
紹介してくれた当事者でもある
彼女が、そんな卑怯な行動を
するはずがないという
合理的な疑いが生じたからでした。
しかし、先ほどペンドルトン嬢が
ランス嬢の自尊心に与えた侮辱は、
彼女の理性を麻痺させるのに
十分過ぎるものでした。
ランス嬢は結局、
自分の心を楽にする方向へ、
そして、
自分に正しい助言をした淑女を
卑劣な人にする方向に
考え始めました。
ペンドルトン嬢は
ダルトン氏に振られてから
恨みを抱いたに違いない。
だから、上手くいっている
彼と自分の仲を
引き裂こうとしている。
ランス嬢は、
まるで何もなかったかのように
心が落ち着きました。
その考えは、
かなり甘美でもありました。
自分に悪いことをした人に同情し
優越感に
浸ることができたからでした。
しかし、ランス嬢は、
道徳的優越感よりも
寂しさを感じました。
いつも気の毒に思って
偏見なく接しようと努めて来た
ペンドルトン嬢が自分に嫉妬して、
傷つけたという結論に
至ってしまったからでした。
彼女はペンドルトン嬢が好きでした。
善良で美しいペンドルトン嬢。
気の毒な事情を抱えている
ペンドルトン嬢。
彼女の両親のせいで、
理不尽なことをたくさん経験している
ペンドルトン嬢。
ランス嬢は、
いつも彼女の境遇に同情し、
誰かが彼女の悪口を言う度に
弁護しようと努力しました。
あれほど善行をしようと頑張ったのに
返って来た結果がこれだなんて。
彼女はダルトン氏を
とても愛していた。
あまりにも愛しすぎて、
彼と自分が
婚約するかもしれない状況に
理性を失ってしまった。
彼女は良い人だけれど、
愛の前ではどうしようもない。
プライス氏のように変な男ばかりが
求愛している状況で、
彼女の希望は、
ただ、ダルトン氏だけだろうから、
可哀想に思うことにしよう。
同じ女として、彼女の過ちを
覆い隠してやろう。
ランス嬢は心を整理して
友達の所へ帰りました。
彼女は、ペンドルトン嬢に対して
寛大な同情心を発揮し、
彼女が自分にした
とんでもない行為については
友達に黙っていました。
彼女たちが、その事実を知ったら
ペンドルトン嬢に対して、
口に出せないほどの悪口を言うに
違いないから。

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ペンドルトン嬢に対して
滅茶苦茶、上から目線のランス嬢。
彼女が賢明だったのは、
ペンドルトン嬢の助言を
友達に話さなかったことだけです。
それだけは褒めてあげますが、
あとは、全くダメ。
ダルトン氏の
ランス嬢に対する態度は、
ペンドルトン嬢の元彼の態度とは
全く、違っていて、
単に紳士が淑女に対して
礼儀正しく接しているだけなのに
それを恋だと思っているなんて
浅はか過ぎます。
ペンドルトン嬢は、
自分の過去の過ちを思い出すだけでも
辛かったでしょうに、
あえて、それを助言したのは、
ランス嬢が自分のように
辛い思いをしないようにという
思いやりがあったからです。
そんなペンドルトン嬢だからこそ
ダルトン氏は恋をしたのだと
思います。
人の心からの助言を
曲解するような人に
彼は見向きもしません。
それどころか、ランス嬢が
ペンドルトン嬢に対して、
そんな気持ちを抱いていると知ったら
彼女を
ギタギタにしてしまうでしょう。
ペンドルトン嬢の助言を無視した
ランス嬢が傷つくのは必至でしょう。