
59話 ペンドルトン嬢は、祖母に自由に生きろと言われました。
翌日、
アビゲイル・ペンドルトン夫人は
亡くなりました。
彼女の最後は涙ぐましいものでした。
孫娘に言いたいことを
全て伝えたアビゲイル夫人は意識を失い
その後、意識が戻ったり失ったりを
繰り返しました。
彼女の体と同じように、意識も
すでに彼女のものでは
ありませんでした。
しかし、早朝、弁護士と
公証人が到着するや否や、
使用人にアンモニアを持って来させ、
無理やり意識を取り戻した後、
遺言状に新たな項目を追加しました。
祖母が、公証人と弁護士と
遺言状について新たに協議している間
ペンドルトン嬢は、
一晩中、祖母の看護で
疲れている状態にもかかわらず、
足の速い使用人たちを
伯父がいそうな所へ行かせました。
いくら再び、
2人の関係が拗れたといっても、
間もなく、
臨終を迎えるかもしれないのに
当主が席を外すのは
話になりませんでした。
弁護士と公証人が去り、
ペンドルトン嬢は
再び祖母の元へ戻りました。
祖母は意識を失っていましたが、
やがて、呻き声を上げたり、
再び目を開けたりしながら
意識が朦朧としていました。
ある時は、
亡くなった夫を呼び、
ある時はドロレスを呼び、
ある時は、ジェラルドの名前を
呼んだりもしました。
しかし、最も多く呼んだ名前は
ローラでした。
ペンドルトン嬢は、
そんな祖母のそばに座り
彼女の手にキスをしながら
奇跡が起きて、
祖母を再び起き上がらせて欲しい。
奇跡的に快癒させて欲しいと
天国いる母に繰り返し祈りました。
しかし、奇跡は起きませんでした。
その日の午後、
アビゲイル・ペンドルトン夫人は
他界しました。 享年72歳でした。
ウェブスター先生の死亡診断後、
ペンドルトン嬢は涙を流しながら
そのまま部屋に入りました。
そして、体を丸めて
しばらく泣きました。
祖母を恨んで、
逃げ出したかった時期がありました。
祖母が、亡くなった母に執着し、
自分を相応しくない場所に住まわせ、
自分の人生を不幸にしていると
思ったこともありました。
しかし、その考えを抱いた瞬間にも
彼女は祖母を愛していました。
一度も愛さなかったことは
ありませんでした。
母親から受けたことのない愛を注ぎ
父親よりも
自分を守ってくれた祖母を
彼女は心から愛していました。
しかし、もう祖母はいませんでした。
密かに夢見ていた通り、
彼女は自由になりましたが、
彼女を支えて包み込んでくれた愛は
もう永遠に消えてしまいました。
ペンドルトン嬢はしばらくの間、
わあわあ泣きながら、もがきました。
しかし、
彼女が努力して自分のものにした
感情よりも判断を重視する
気質のおかげで、
彼女の涙は次第に乾いて行きました。
彼女にはやるべきことがありました。
葬儀屋を呼んだ後、遺体を清め
葬儀を準備し、
知人に死を知らせる手紙を
書かなければなりませんでした。
その全てのことは、
当然、自分がすべきことでした。
ペンドルトン嬢は
かろうじて体を起こしました。
そして手紙を書くために、
部屋の片隅に置かれた机に
座りました。
そして住所録を取り出し、
真っ先に思い浮かんだ知人の住所を
探し始めました。
ところが、その時、
ノックの音が聞こえました。
使用人の1人が入って来て、
ジェラルド・ペンドルトンが
彼女を探していると言いました。
あれほど探していた伯父が
戻って来たのでした。
ペンドルトン嬢はすぐに立ち上がり
喪服に着替えて書斎へ行きました。
ジェラルド・ペンドルトンは
灰色のスーツを着て
窓の外を見ていました。
ペンドルトン嬢は彼に近づき、
「お呼びですか?」と尋ねましたが
ジェラルド・ペンドルトンは
何も言いませんでした。
ペンドルトン嬢は、
祖母の葬式の準備を
しなければならない。
もしかして、伯父が考えておいた
葬儀屋や牧師がいるか。
自分が勝手に進めてもいいかと
尋ねました。
ジェラルド・ペンドルトンは
姪の方に体を向けると、
もう、お前がすべきことはないと
告げました。
ペンドルトン嬢は戸惑いながら、
それは、どういう意味かと尋ねると
ジェラルドは、
1時間やるので、
すぐに荷物をまとめて
この家から出て行けと命令しました。
ペンドルトン嬢はビクッとしました。
彼女は彼の目つきから
自分に向けられる憎悪を感じました。
前回、自分の手を踏みつけた時よりも
冷たくて巨大なものでした。
ジェラルドは、
ペンドルトン家と関係のある場所には
近寄ることもしない方がいい。
ケム川に死体となって
浮かび上がりたくなければと
脅しました。
ペンドルトン嬢は、
祖母の葬式の手配は、
最も年長のメイドに任せるけれど
自分が葬儀にさえ出席できないように
するつもりではないですよねと
尋ねました。
ジェラルドは、
自分は、確かに、
1時間以内にペンドルトン家から
永遠に消え失せろと言ったと
答えました
その言葉に
ペンドルトン嬢は唇を噛みました。
彼女は、
自分は祖母の孫娘なので
祖母の葬儀に参列する資格があると
主張しました。
しかし、ジェラルドは、
お前が、どれだけお前の権利について
よく知っているかは、
もう、うんざりするほど経験した。
お前の権利を守るためなら、
自分たちの家門が滅びる寸前になっても
知ったことではないということも。
トム・プライスが
自分の長男の事業に投資すると
言っていた資金を引き揚げた。
そして、
ひとしきり、自分に罵声を浴びせた後で
アメリカへ発った。
お前に振られたことが、
よほど屈辱的だったようだと言うと
歯ぎしりしました。
ペンドルトン嬢の予想通り、
彼はプライス氏が事業から手を引いた
責任を彼女に押し付けていました。
もうお前は二度と、
ペンドルトン家に出入りできない。
お前が
ペンドルトンの姓を使うことも
許さない。
もう、お前の父親の姓で生きろ。
ローラ・ペンドルトンではなく
ローラ・シェルドンとしてと
命令しました。
ペンドルトン嬢は、彼の冷厳な態度に
鳥肌が立ちました。
彼はいつも
自分を軽蔑していましたが、
このような態度は初めてでした。
自分に対し、これほどまでに
憎悪に駆られたような素振りを
見せたことはありませんでした。
しかし、彼女は
最後にすべきことがありました。
彼女は、
ペンドルトンに対する未練はない。
愛情も欲もない。
自分の望みは、
ただ祖母が亡くなるまで
自分に与えてくれた恩を返し、
棺が砂で覆われるのを見て
この地を離れること。
望むのはそれだけなので、
自分が葬儀に参列することだけは
許して欲しいと頼み頭を下げました。
そして、5000ポンドは放棄する。
相続者リストから削除してもらう。
そもそも、
自分のお金ではなかったのだから。
どうか自分に最後の哀悼を
許して欲しいと頼みました。
ジェラルド・ペンドルトンは
頭を下げている姪を見つめると、
どうせ、お前に行く財産はないと
言い放ちました。
ペンドルトン嬢は顔を上げて
彼を見ました。
彼は片方の口角を上げて
笑っていました。
ジェラルドは、
弁護士も公証人も
責任感が大きかったけれど
10000ポンドより大きくなかったと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
祖母の遺言状を勝手に書き換えたのかと
今、言ったのかと尋ねました。
ジェラルドは、
自分は書き換えていない。
お前の祖母が、
死の直前にもうろくして言った戯言を
聞かなかったことにしろと
頼んだだけだと答えました。
その言葉に
ペンドルトン嬢は唇を噛みました。
彼女は、
それは違法であることを
知っているはずだ。
何よりペンドルトン家を汚すことだと
抗議しました。
しかし、ジェラルドは、
お前ごときに説教される気はない。
さっさと、その体を
この家から片付けろ。
もうお前は、自分の家を、
取り返しのつかないほど汚染したと
命令しました。
侮蔑的な言葉にもかかわらず、
ペンドルトン嬢は、
ただ呆れるばかりでした。
あれほど自分の家門を
重んじている伯父が、
当主としては
絶対にしてはいけないことまでして
自分を無一文に
追い落そうとしていました。
この上なく馬鹿らしいことでした。
伯父は本当に
自分を憎んでいるようだ。
自分に入るはずの
5000ポンドを奪うために
20000ポンドも出すなんて驚きだと
ペンドルトン嬢は言いました。
ジェラルドは、
驚くことではない。
そして、1つアドバイスするけれど
お前が外に出て、
財産を奪われたと叫んでみたところで
無駄だということだけを覚えておけ。
遺言状はとっくに作成されている。
チャールズ・ペンドルトンが
全てを相続するということは
世間にも広く知れ渡っている。
皆、お前を狂ったと思い、
自分を疑うことはないだろうと
言いました。
ペンドルトン嬢は、
それが本当だということを
とてもよく知っていました。
彼女は冷静になりました。
その財産など、
何の意味もありませんでした。
そもそも、
彼女のものではなかったので
未練もありませんでした。
ペンドルトン嬢は、
心配しないように。
チャールズ・ペンドルトンは
全てを手に入れるだろう。
自分には弁護士を雇うお金もないし、
たとえ雇えたとしても
伯父は、
祖母との法廷闘争でそうだったように
あらゆる方法で訴訟を長引かせ、
自分が諦めるように仕向けるだろうと
言いました。
ジェラルドは、
よく分かっていると返事をしました。
ペンドルトン嬢は微笑むと、
今まで自分は、
母を心から理解したことがなく
恨んだだけだった。
しかし、今は理解できる。
母が、なぜ必死に
ペンドルトン家を逃げ出したのか。
富貴栄華を全て捨てて、
何もない父の手を握ったのか。
伯父は本当にひどい人だ。
伯父の保護下にいるくらいなら
雨漏りする小屋で、
クモの巣をかぶって寝た方がマシだと
言いました。
ジェラルド・ペンドルトンの顔が
硬直しました。
ペンドルトン嬢は、慎ましやかに
膝を曲げてお辞儀をしました。
そして、
今まで自分を我慢してくれたことに
お礼を言い、
最後まで、祖母に対して、
忠実に務めを果たして欲しいと頼んで
振り向きました。
書斎のドアを開ける彼女の背後から
きっちり1時間だ。
1時間後に、お前がこの家にいれば、
今までお前に仕えていた
使用人たちの手によって
引きずり出されることになるだろうと
警告しました。
ペンドルトン嬢は、
心配しないように。
伯父と同じ屋根の下にいるなんて
1時間どころか30分も耐えがたいと
返事をして、書斎のドアを閉めました。

アビゲイル・ペンドルトン夫人の死は
彼女の家族だけでなく、
彼女の手足となって
尽くして来た使用人たちにも
深い悲しみを与えました。
穏やかな性格でも、
思慮深い配慮もなかったけれど、
情が厚く機知に富んだ貴婦人の死は
彼女と深く心を通わせていた
使用人たちを悲嘆に暮れさせるのに
十分でした。
彼らはハンカチを涙で濡らし、
その死を悼みました。
台所で他のメイドたちと一緒に
すすり泣いていたアンは、
お嬢様に呼び出されました。
アンは、ペンドルトンお嬢様が
葬式についての指示を出すだろうと
思いながら、急いで目元を擦り
上の階に上がりました。
きっと、悲しみに浸りながらも
自分の役目に忠実であろうとするに
違いありませんでした。
お嬢様はそういう人でした。
アンは階段を上りながら
ペンドルトン嬢に
どう慰めの言葉をかけようかと
考えました。
ところが、ドアを開けてみると
アンが想像もできなかった光景が
広がっていました。
お嬢様の部屋の中は滅茶苦茶でした。
クローゼットやチェスト、
化粧台に至るまで、ありとあらゆる
引き出しという引き出しが、
全て、開け放たれていました。
ベッドには
大きなトランクが開いていて、
その横には、あらゆる衣類が
山のように積まれていました。
アンは、その騒ぎの中で
ようやくペンドルトン嬢を
見つけました。
彼女はベッドの横の
サイドテーブルに入っていた
本や書類をめくっていました。
アンは彼女に近づいて、
何をしているのかと尋ねました。
ペンドルトン嬢は書類から
目を離さないまま、
よく来てくれた。
お願いしたいことがたくさんある。
あの服の中から、
家庭教師が着るのに適した服を
選んで欲しいと頼みました。
アンは、
まだ葬儀も行っていないのに
早過ぎる。 なぜ、もう・・・
と尋ねると、ペンドルトン嬢は、
伯父が今すぐ出て行けと言っている。
1時間以内に出て行かなければ
使用人たちを呼んで
追い出すそうだ。
本当にすごい人ですよねと
苦々しい声で皮肉を言いました。
アンは呆然としていました。
アンは、
ペンドルトン夫人の葬儀も
きちんと執り行わずに
追い出すと言ったのかと
尋ねました。
ペンドルトン嬢は、
そう。1時間以内に。
今、10分が過ぎた。
それなのに、服どころか書類も、
きちんと
まとめることができなかった。
さあ、早く動いてと急かしました。
アンは呆れてしまいましたが、
ジェラルド・ペンドルトンの気性が
どれほどひどいかを
十分に知っていました。
アンは、お嬢様が
ズルズル引きずり出される姿を
見ることができませんでした。
彼女は、
素早く服の仕分けを始めました。

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プライス氏が投資金を引き揚げたのは
ローラに振られたからではなく
ジェラルドが、
彼女の全く知らない所で、
彼女がプライス氏との結婚に
乗り気だという嘘の話で騙して、
全く見込みのない事業に、
投資させようとしたからなのに
彼女のせいにするなんて、
腹が立って仕方がありません。
そもそも、ローラを
ペンドルトン家の一員として
認めていないくせに、
こういう時だけ、彼女が家門のことを
考えていないと文句を言うのも
矛盾していると思います。
ジェラルドは
プライス氏を騙し、
アビゲイル夫人の遺言状を
書き換えてしまった時点で、
すでにペンドルトン家の当主として
失格です。
ジェラルドは、プライス氏の投資を
当てにしていたことから、おそらく、
20000ポンドも持っていないはず。
そのお金は、
アビゲイル夫人の遺産から
払われるのでしょう。
ジェラルドは堕落し切っているし
長男も次男もろくでなし。
ジェラルドは、
血筋のことで、ローラを軽蔑し
彼女がペンドルトン家の恥だと
言っていたけれど、
ジェラルドの行動は
人間として恥ずかしいし、
軽蔑に値すると思います。
ジェラルドは
ペンドルトン家を名門として
守りたがっているのでしょうけれど
この3人のせいで、
名門の影も形もなくなるほど
落ちぶれることになると思います。