
69話 ペンドルトン嬢を家庭教師にするという提案にフェアファクス夫人は・・・
フェアファクス夫人は
しばらく考えた後、
あなたが結婚さえしてくれれば
これ以上、何も言うことはない。
家族のように一緒に暮らすので
早く連れて来るようにと
静かに言いました。
イアンの口元に、
ようやく笑みが浮かびました。
彼は母親同様の姉のそばへ行き、
彼女の額にキスをし、
お礼を言いました。
フェアファクス夫人は
魂胆が見え見えだ。
10歳以降は、キスどころか
ハグさえしてくれなかったのにと
皮肉を言いました。
イアンは笑いながら、
すぐに部屋を出て行きました。
すぐにロンドンへ
手紙を送るためでした。
そんなに嬉しいのか。
あの子もやはり男だったんだと
フェアファクス婦人は、
鼻で笑いました。
彼が出て行くと
オリビアが入って来ました。
フェアファクス夫人は
娘を手招きすると、
もうすぐ,新しい家庭教師が来ると
告げました。
オリビアは嬉しそうな顔で
母親の隣に座ると、
自分のフランス語の先生を
ようやく見つけたのかと尋ねました。
フェアファクス夫人は、
オリビアではなく、
ダニエルとジョージの先生だと
答えました。
オリビアの表情から喜びが消えました。
彼女は、
あの出来損ないどもに
家庭教師をつけても、
どうせ無駄だと主張しました、
フェアファクス夫人は
「それはそうね」と淡々と答えました。
オリビアは、
むしろ自分に投資して欲しい。
自分の社交界デビューまで
あと3年しか残っていないと
訴えました。
フェアファクス夫人は、
あなたの社交界デビューまで
あと3年しか残っていないことを
自分だって分かっている。
1日経てば
忘れてしまうと言わんばかりに、
オリビアが付き纏って
喚いているのだから、
忘れるはずがないと返事をすると
うんざりした表情で
子供を抱き締めました。
オリビアは、
自分の友人リディアは、
フランス各地のリゾート地を回りながら
会話力を完璧に身につけて来た。
リリーとレベッカも
フランス出身の先生と
毎日のように会話しているので
発音がフランス人と全く同じだ。
自分だけ取り残されている。
これが、お母様だったら、
焦らないでいられる?と尋ねました。
フェアファクス夫人は、
娘の泣き言に
頭痛が押し寄せて来ました。
一昨年雇った
フランス人家庭教師のジャンヌが
結婚して去ってしまった後、
オリビアは一日も欠かさず、
新しいフランス語教師を探して欲しいと
せがみ続けて来ました。
必ず、ネイティブの教師でなければ
ならないと、意地を張りながら。
フェアファクス家は、
勉強したいという子供には、
家計の許す限り、
あらん限りの援助をする家柄でした。
それで幼い頃から、叔父たちのように
大学に行きたいという長男ヘンリーに
教育指導士を付け、
オリビアにも、希望通りに、
ダンス、絵、文学の教師を付け
全面的に支援してくれました。
しかし、オリビアは
満足していませんでした。
勉強への意欲が高いのは
喜ばしいことだけれど、
実は同年代の淑女たちに比べて
後れを取ることをひどく嫌う
自尊心のためでした。
フェアファクス夫人は、
フランス語の1つくらい、
少し遅れても、どうってことない。
あなたは、
ダンスも、絵も、楽器も、文学も、
すでに、必要なことは
全て学んだではないかと言いました。
しかし、オリビアは、
何度も言ったけれど、
社交界で最も重要なのはフランス語だ。
ロンドンの社交界にデビューすれば、
フランス語こそ、
教養のバロメーターだと
ジャネット叔母が言っていたと
反論しました。
フェアファクス夫人は、
自分はフランス語が下手でも、
あなたの父親と結婚して、
こんなに幸せに暮らしていると
言いました。
オリビアは、
それは、祖父が母と父を
早く婚約させたからだ。
自分の父は自分の未来について
関心がない。
自分は直接、
夫を見つけなければならない。
ロンドンの社交界で、
良い夫を見つけるには、
大勢の淑女たちの間で
目立つ必要があるそうだ。
ジャネット叔母様によれば、
あそこは美貌だけでは生き残れない
完全に銃のない戦場だそうだ。
今の実力でデビューしたら、
きっと他の淑女たちが嘲笑うだろうと
話しました。
フェアファクス夫人は、
分かった、分かった。
早く見つけてあげると返事をし、
見つけて、あげるので、
いい加減、話を聞いて欲しい。
もう1つ話したいことがあると
告げました。
オリビアは「何?」と尋ねると、
フェアファクス夫人は、
新しい家庭教師のことだけれど、
もしかしたら叔父と
結婚するかもしれない人だと
話しました。
オリビアは、
ぼんやりと母親を見つめると
家庭教師が
叔父と結婚するかもしれないって
それは、どういう意味かと
尋ねました。
オリビアは、まだ、言葉の意味を
理解できませんでした。
「家庭教師」と
「叔父と結婚するかもしれない女性」
との間の隔たりを、オリビアの常識では
狭めることができないようでした。
フェアファクス夫人は、
話が複雑なのだけれど、簡単に言えば、
あなたの叔父が求愛している娘が
家庭教師の職を探していると聞いて
叔父が、この家を紹介したと
答えました。
そして、
あなたは察しがいいから、
家庭教師とイアンの間に
何かあるのではないかと
騒ぎ立てるのではないかと思って、
あなたにだけ先に話してあげるけれど
秘密を守るように。分かった?
と念を押しました。
オリビアは
分かったと答えた後、
一体どんな女性なのか。
家庭教師をするくらいなら
中流階級でもないだろうし、
もしかして没落貴族なのかと
尋ねました。
フェアファクス夫人は、
ペンドルトン家を知っているかと
尋ねました。
オリビアは、
この前、雑誌で見た。
コーンウォール地方の
大貴族ではないかと答えました。
フェアファクス夫人は、
その家の人で、
ローラ・ペンドルトン嬢だと
話しました。
母の話に
オリビアはびっくりしました。
彼女は、
ローラ・ペンドルトン!
聞いたような気がする。
友達のリディアの従姉が
ロンドンの社交界にいるけれど
その従姉が、
ペンドルトン家のお茶会に
よく行ったそうだ。
その家の女主人は
アビゲイル・ペンドルトン夫人だけれど
実質的な女主人の役目は
孫娘のローラ・ペンドルトン嬢が全て
担っているらしい。
でも、アビゲイル夫人は、
この前、亡くなったそうだと
話しました。
フェアファクス夫人は、
その通りだと返事をしました。
オリビアは、
もう面倒を見てくれる人がいなくて
家庭教師になったのか。
そんな大貴族のお嬢さんが、なぜ?
相続した財産がないから?
と尋ねました。
フェアファクス夫人は、
ただ肩をすくめただけでした。
彼女は娘に、ローラの身の上を
いちいち教えるつもりは
ありませんでした。
ペンドルトン嬢に対する
礼儀もありましたが、
何よりも面倒でした。
オリビアが質問をしても、
母親の口からは、曖昧な言葉しか
出て来ませんでした。
そのせいで、オリビアは、
むしろ好奇心に燃え上がりました。
幼い頃からずっと、自分の王子様であり
今も、この世で一番ハンサムだと
信じている叔父に
結婚する女性ができたということに
興味を持たないわけには
いきませんでした。
その人は美しいのかと
オリビアは、その未知の女性について
最も気になることを尋ねました。
フェアファクス夫人は、
分からない。
あなたの叔父の目にだけ美しいなら
それでいいのではないかと答えました。
オリビアは、
年齢を知っている?何歳?
と尋ねました。
年の話が出ると、
それまで無関心だった母の表情に
陰りが差しました。
フェアファクス夫人は躊躇いがちに
29歳だそうだと答えました。
オリビアは飛び上がりました。
29歳だなんて完全に老嬢だと
叫びました。
フェアファクス夫人は頷き、
確かにそうだと返事をしました。
オリビアは、
理解できない。
叔父なら、いくらでも
社交界に出たばかりの淑女と
結婚できるのにと、ぼやきました。
フェアファクス夫人は、
馬鹿な奴は大嫌いだと
言っていたくせに、結局、
自分と同年代の人を選んで
落ち着くわけだ。
それでも、自分より年上の女性に
のめり込まなかっただけ、
幸いに思うべきなのだろうかと
話しました。
オリビアは口をつぐみました。
叔父の選択がどうしても理解できず
彼女は混乱していました。
29歳なら、
結婚は、もはや絶望的な老嬢で
自分の手で金を稼ぐために
働きに出たのなら、
財産もない女性のはずでした。
そんな女性に、なぜ、
イアン叔父さんのような完璧な男が
求愛するというのか。
彼女はしばらく考えた後、
手のひらを叩いて、
「あっ、分かった!」と叫びました。
フェアファクス夫人は、
何が分かったのかと尋ねました。
オリビアは、
叔父が、そんな女と結婚する理由が
分かった。
叔父は母に抗議しているんだと
答えました。
フェアファクス夫人が
「何ですって?」と聞き返すと、
オリビアは、
母があまりにも急き立てるから
叔父は、
そんな、とんでもない花嫁候補を
連れて来るんだ。
母への反抗心だと答えました。
フェアファクス夫人は
あり得ない。
あなたの叔父が、そんな幼稚な理由で
女性を連れて来ると思うのかと
一蹴しました。
しかし、オリビアは、
あれほどの家柄なのに、
29歳まで結婚できなかったら、
容姿も大したことないに違いない。
相続した財産がないのを見ると、
家門の年長者たちに目をつけられるほど
品行が悪く、奔放だったのだろう。
そんな女性を、なぜ叔父は、
この家に引き入れたのだろうか。
母がしつこくせがむせいで、
こんな女と結婚してしまうという
脅迫なんだと、
熱心に自分の論理を展開しました。
フェアファクス夫人は、
うちの娘は本当に頭がいいと
皮肉を言いました。
しかし、オリビアは、
本当だ。
自分の言うことを信じて欲しい。
叔父はいつも、母が叔父のことを
種馬扱いすると怒っていたではないか。
おそらく、今後の独身生活において
母の小言が邪魔になりそうなので
叔父は、
いっそのこと、母の小言を、根こそぎ
断ち切ってしまうつもりなのだろう。
今すぐ叔父に、
これからは絶対に、結婚の問題で
面倒をかけないと言って欲しい。
そうすれば、
叔父もなかったことにするだろうと
訴えました。
フェアファクス夫人は、
希望を真実と勘違いしたら
大変なことになると忠告しました。
オリビアは、
希望って、
どんな希望があるというのかと
尋ねました。
フェアファクス夫人は、
いつもオリビアは、
叔父が独身でいてくれることを
望んでいたではないかと
逆に質問しました。
オリビアは確信を突かれたように
ビクッとしました。
オリビアは、
何を言っているのか。
自分は本当に、
そんなことをしたことがないと
反論しました。
フェアファクス夫人は、
口角を少し上げながら、
オリビアが慌てると
どもる癖について指摘しました。
オリビアは、
違う。 自分は叔父が、
そろそろ結婚しなければならないと
いつも願っている。
今の状況は、叔父が、
全く突拍子もない女性と
結婚しようとしているからだと
否定しましたが、
フェアファクス夫人は、
その言葉を信じる人は、
自分たち家族の中で、最も純粋な
イアン・フェアファクスしかいない。
なぜなら、うちの家族の中で、
使用人たちを含めて、
あなたの初恋の相手が、
イアン・ダルトンだということを
知らない人は、
イアン・フェアファクスだけだからと
言いました。
オリビアの顔が赤くなりました。
フェアファクス夫人は、
慌てる娘を見てケラケラ笑いました。
幼い子供たちをからかうことを
日常の些細な楽しみとしている
フェアファクス夫人は、ちょうど
退屈していたところだったので、
しめたとばかりに、喜んでオリビアを
からかい続けました。
フェアファクス夫人は
今でも、はっきり覚えている。
あなたが6歳の時。
大学にいた叔父が、休みに
少しダンビル・パークに
泊まったことがあった。
ところが、休みが終わる頃、
あなたが寝坊して起きてみたら、
イアンはケンブリッジに戻るために
出発した後だった。
叔父がいないことに気づくや否や
あなたは何をしたのかと尋ねました。
あの時のことを思い出すと、
オリビアの顔は、
まるでトマトのように
真っ赤になりました。
フェアファクス夫人は、
オリビアが、
エルムの木の枝にぶら下がったまま
号泣し、
叔父を、また連れて来て欲しい。
連れてくるまで、絶対に降りないと
言い張り、家族全員が木の下で
降りて来るようにと懇願しても
びくともしなかった。
あんな小さな子が、
どうやって、あそこまで登ったのか
今でも不思議でならないと話しました。
オリビアは
「いやーっ!」と叫びました。
続けて、フェアファクス夫人は、
結局、駅に向かっていた叔父が
列車の時間を諦めて、戻って来て、
木の上に登り、
あなたを抱いて降りて来た。
その時、叔父に、
木から降りる条件として、
20歳になったら結婚しようと
言ったのでしょう?
叔父は生まれて初めて
淑女にプロポーズされて、
とても光栄だったようだと
話しました。
オリビアは恥ずかしい記憶に
スカートの裾を
ギュッと握り締めました。
そして、
幼い頃のことで、今もからかう時の
母が本当に憎いと抗議しました。
しかし、フェアファクス夫人は、
あんなに面白い事件を、どうして
忘れることができるだろうか。
後であなたの夫になる人にも、
生まれてくる孫たちにも、
話してあげなければならないと言って
笑いました。
オリビアは、
恥ずかしいやら腹が立つやらで
足をバタバタさせました。
フェアファクス夫人は、
しばらくの間、娘をからかい続け、
思う存分、楽しみました。
思春期のオリビアは、
いら立ちを隠すことなく、
甲高い声で、まくし立てましたが、
意地悪なフェアファクス夫人は
その様子を、
この上なく楽しみました。
しばらくして、いたずらの楽しみを
十分に味わい尽くすと、
フェアファクス夫人は、
それまでの姿が嘘であったかのように
慎み深い貴婦人の顔に戻りました。
彼女は、
いくら、あなたの心が拒否しても、
もうダルトン夫人は決まったわけだ。
あなたの叔父は完全に恋に落ちた。
だから、その人に
失礼な振る舞いをしてはいけない。
弟たちにも、父親にも
内緒にしておくように。
女同士だけの秘密にしようと
告げました。
オリビアは唇を尖らせました。
依然として叔父が、
老嬢に求愛をしているという事実を
信じることができなかったので
協力する気もしなかったけれど、
それを表に出せば、再び、
からかわれることになりそうでした。
彼女はソファーから立ち上がり
握り締めていたスカートをはたくと、
当然だ。もし父が知ったら、
ダンビル・パークの敷地の入り口から
100メートルごとに1つずつ、
「義理の姉の家へようこそ」と
書いた看板を、
木にかけておくだろうからと
ブツブツ文句を言った後、
部屋を出て行ってしまいました。

フェアファクス夫人は、
一度、娘と一緒に楽しい時間を
(実は本人だけが楽しい時間を)
過ごしたことで、
落ち着かなかった気持ちが
少し良くなりました。
彼女は乳母を呼ぶと、
自分の腕の中で眠っている
子供のイアンを乳児室に送った後、
久しぶりにカードを取り出して
占いを始めました。
彼女が定期的に見ている、
イアンの結婚占いでした。
今回も占いは、
イアンが今年中に結婚すると
はっきり告げていました。
今年だけで、同じ占いの結果が
繰り返されていました。
彼女は、
ペンドルトン嬢のことを考えながら
もう一度カードを混ぜて
広げてみました。
ペンドルトン嬢が、
結婚の当事者であるという
明らかな結果が目の前に現れました。
フェアファクス夫人は、
カードを片づけながら、
もしかしたら、この全てが
すでに決まった運命なのかも
しれないと考えました。
しかし、その運命が外れて、
もう少し若い女性が
現れて欲しいという願いを、完全に
捨てることはできませんでした。
彼女はテーブルの上に両手を重ね、
キリスト教の神に
自分の願いを叶えて欲しいと
祈りました。
神が本当に存在するなら、
ひどく気分を害するに
違いありませんでした。

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今の時代だったら、
29歳での結婚なんて
問題にならないのに、
10代後半から20代前半が
結婚適齢期の時代、
婚期を逃した女性たちは
肩身の狭い思いをして
過ごしていたのだと思います。
でも、老嬢と呼ばれる年齢になっても
ローラなら大丈夫。
きっと、フェアファクス家の人たちに
気に入られると思います。
ウィリアム・フェアファクス同様
彼のお兄さんも
楽しい性格のようですね。
イアンのお姉さんも
子供をからかって楽しむ
変な趣味がある。
この2人の子供たちが
自由奔放になるのも
分かる気がしました。