
71話 ローラは、天井にぶら下げて叩くというジョージの発言に驚きました。
そばにいたフェアファクス夫人は
舌打ちすると、
ダニエルが、
また弟を怖がらせたようだ。
ジョージは本当に
あのように純真だからと言いました。
ローラは、思わず
クスッと笑ってしまいました。
ようやく、状況を把握できた
ジョージの顔が赤くなりました。
そばにいたダニエルは
クスクス笑いながら、
ジョージを馬鹿呼ばわりし、
「本気で信じたのか?」と、
からかいました。
ジョージは兄を睨みつけました。
ダニエルは、そんな弟に
舌をペロリと出しました。
するとジョージが
兄に飛びかかりました。
二人は互いに、
激しく拳を振るい始めました。
あんな風にしているうちに
どちらか1人が怪我をしたら
どうしよう。
ローラは戦々恐々として
フェアファクス夫人を見ました。
しかし、彼女は渋い表情で、
息子たちの喧嘩を
傍観するだけでした。
ダニエルとジョージは何度も殴り合い
結局、体の小さいジョージが、
兄に腕と背中を思いっきり殴られて
泣きべそをかいたところで
喧嘩が終わりました。
フェアファクス夫人は、
十分に喧嘩した?それなら、
2人とも部屋に戻るように。
喧嘩をした罰で、2人とも
今日の午後のおやつは抜きだと
言いました。
2人の少年の顔が
悔しそうに歪みました。
特にジョージがそうでした。
彼は、兄が先に自分をからかったと
母親に訴えましたが、
フェアファクス夫人は、
そんな兄に飛びかかって
殴ったのはジョージの方だ。
新しく来た家庭教師の先生の前でも
2人がこんなことをするなんて
思わなかった。
あなたたちの叔父が知ったら
何と言うだろうかと尋ねました。
叔父の話が出ると、
ジョージの顔が真っ青になりました。
フェアファクス夫人は
早く部屋に行くように。
さもないと、
夕食まで空腹のままにしておくと
脅しました。
彼らはうつむいて部屋に戻りました。
フェアファクス夫人は
ローラに微笑みながら、
「うちの息子たちは
本当におとなしいでしょう?」
と尋ねました。
何とも答えにくい立場の彼女は、
子供たちが怖がっている叔父さんは
おそらくダルトン氏ですよね?
と、すぐに尋ねることで、
話題を変えました。
フェアファクス夫人は、
なぜ、すぐに分かったのかと
尋ねました。
ローラは、
子供たちがフェアファクス氏を
怖がらないと思うのでと答えました。
フェアファクス夫人はフフッと笑うと
その通り。
ウィリアム坊ちゃんは、
あの子たちの餌食で、
自分の弟は悪魔のような存在だと
話しました。
ローラは微笑みながら、
でもダルトン氏は、
実はとても良い叔父さんですよねと
尋ねました。
フェアファクス夫人は、
「そうです」と答え、
先ほど出て行った悪童たちが、
それでも、
自分の言うことを聞いてくれるのは、
イアンのおかげだ。
もし、彼らの性格が、
ヘンリーの半分でもおとなしければ
イアンも、あんなに厳しくなる必要は
なかっただろうと話しました。
ローラは、
ヘンリーは、一番上の子供さんかと
尋ねました。
フェアファクス夫人は、
そうだ。今、ケンブリッジにいる
長男だと答えました。
そして、
あの子は性格がおとなしいので、
イアンが
悪役になる必要がなかった。
あの子がカレッジに入る前まで
イアンが本当に大事にしてくれた。
幼い頃は、毎日馬に乗せてくれて、
休暇の度に会いに来てくれて、
ヘンリーが
パブリックスクールに入った時は、
寂しくないようにと、
毎月プレゼントを送ってくれた。
ある面では、父親よりも
よく面倒を見てくれたと話しました。
ローラは、
ダルトン氏と
ロンドンで交流していた時から
彼が良い人であることを知っていたと
話しました。
フェアファクス夫人は、
彼のロンドンでの評判は
非常に悪いと思っていたと話すと
ローラは静かに微笑みながら、
ダルトン氏のような人は、
ロンドンでは、なかなか
見つけられないと返事をしました。
フェアファクス夫人は、
どういう点がそうなのかと
尋ねました。
ローラは、
ロンドンの社交界は
率直さが珍しいところなので
ダルトン氏のような言動は
人々を驚かせるのが常だ。
しかし、自分はその点で
ダルトン氏と友達になった。
自分は、偽善よりは
偽悪の方がましだと思う方だからと
答えました。
ローラはイアンのことを
見つけにくい男だと言うけれど、
フェアファクス夫人から見ると
彼女こそ珍しい淑女でした。
自分の弟の本来の性格を
認めてくれる淑女を、今まで
見たことがなかったからでした。
大抵の淑女は、
弟の外見と財産を見て近づくけれど
すぐに彼の言動に
逃げてしまったりしたものでした。
フェアファクス夫人は、
もうローラに、良い点数を
与えたくなってしまいました。
フェアファクス夫人は、
疲れたローラのために、
午後は部屋で休むよう勧めました。
ローラはフェアファクス夫人に
膝を軽く曲げた後、
居間を出ました。
居間の前には執事が待っていました。
ローラは執事に付いて
彼女に割り当てられた部屋へ
向かいました。
ところが、ローラと執事が
階段を上っている途中、
上の階から降りて来る
1人の少女に出くわしました。
美しい金髪で
華やかなワンピースを着ている、
ローラより一回りほど小さな
可愛い少女でした。
ローラは彼女を見るや否や、
オリビア・フェアファクスだと
気づきました。
少女はローラをじっと見つめ、
疑問に満ちた眼差しで、
「どなたですか?」と尋ねました。
ローラは微笑みながら挨拶をし
新しく来た家庭教師だと
自己紹介をしました。
オリビアは目を大きく見開いて
ローラをじっと見つめました。
非常に驚いた様子で、
当惑さえ感じられました。
ローラは、
新しい家庭教師が来るという知らせを
聞いていなかったのだろうかと
疑問に思いました。
オリビアはハッとし、すぐに頷くと
非常に澄ました口調で
自己紹介をしました。
ローラは心の中で
笑いを堪えました。
まだ幼さの残る少女が、
いっぱしの貴婦人のように
振る舞う様子が、
可愛くてたまらないほどでした。
ローラは、
しっかり者の小さな令嬢がいると
ダルトン氏から、
たくさん話を聞いている。
これからよろしくと挨拶をしました。
しかし、オリビアは、
自分と仲良くする必要はない。
自分は先生の教え子ではないと
拒否しました。
それでもローラは、
同じ家で過ごすのだから、
仲良くできればいいではないか。
もしかしたら、自分が、
フェアファクス嬢の役に立てることが
あるかもしれないと、
優しく話しました。
ローラは、
たとえ自分が引き受ける子供たちが
ダニエルとジョージだけだとしても、
フェアファクス家の子供である以上、
オリビアにも、気を配るつもりでした。
社交界デビューの準備をしている淑女に
すでに社交界を経験した淑女として
できることが、きっとあるはずだと
思っていたからでした。
しかし、どういうわけかオリビアは、
ローラの今の言葉のせいで、
すっかり機嫌を損ねた様子でした。
オリビアは刺すような口調で、
自分には、
すでに担当の先生たちがいる。
余計な世話は焼かないで、
弟たちの授業を頑張って欲しいと
告げると、くるりを体の向きを変えて
階下へ下りて行きました。
敵意に満ちた態度でした。
ローラは、
その理由が分かりませんでした。
自分が何か
間違いでもしたのだろうか。
ローラは一度首を傾げた後、
執事に付いて2階に上がりました。
両側に廊下がありましたが、
ローラは右側の廊下の
一番奥の部屋に案内されました。

ローラは部屋の中に入ると、
とても驚きました。
部屋の中は、
彼女が思っていたよりも、ずっと広く
先ほどフェアファクス夫人と話をした
応接室ほどの大きさでした。
しかし、大きさよりも驚くべきなのは
部屋を満たした家具の数々でした。
大きなベッドに、
精巧な装飾が施されたソファーと
美しい無垢材のテーブル、
大きな暖炉と机。
高い天井に届くほどの長い窓。
それに部屋の片隅には、
別途、ドレッシングルームまで
付いていました。
彼女のベッドの横には、
彼女が持って来たトランクが
置かれていました。
みすぼらしいカバンが
異質に感じられました。
ローラは傍に立っていた執事に、
本当に、ここが自分の部屋なのかと
尋ねました。
執事は、
「はい、奥様が直接指定された」と
答えました。
ローラは、
家庭教師に提供された部屋だなんて
信じられない。
以前、ここにいた、他の教育指導士も
この部屋で過ごしていたのかと
尋ねました。
執事は、それを否定し、
この部屋は、客室の中で一番良い部屋で
貴賓のための部屋だと答えました。
ローラは、ひとまず執事を帰しました。
そして、1人でゆっくりと
部屋の中を見回しました。
彼女は窓に近づいて、
ガラスのドアを開けました。
石造りの手すりがついた
テラスが現れました。
テラスに出て手すりの前に立つと、
ダンビルパークの庭が一望できました。
眩いばかりの緑陰に、
両目が一瞬で爽やかになりました。
眺めまで素晴らしい部屋でした。
驚くべきことは、
それだけではありませんでした。
再び部屋に戻って
荷物を整理していたところ、
ノックの音が聞こえました。
ローラが返事をすると、
大きな盆を持ったメイドが
入って来ました。
メイドはローラに、
丁重に膝を曲げて挨拶した後、
テーブルに盆を置きました。
煌めく陶器の
ティーポットにティーカップ、
クッキーやケーキが盛りだくさんに
並べられていました。
ローラが怪訝そうに見つめると
メイドは手を合わせたまま、
長旅で小腹が空いているだろうから
食べて、ゆっくり休むように。
夕食の時間まで、4時間以上あるので、
何かお腹に入れた方がいいと思うと
奥様から言付かったと、
丁重に告げました。
ローラはメイドにお礼を言い、
奥様に感謝の気持ちを伝えて欲しいと
頼みました。
メイドは膝を少し曲げて
出て行きました。
ローラは、
恐れ多い気持ちでソファーに座り
熱い紅茶を飲み、ケーキを食べました。
夢を見ているような気分でした。
頬をつねると、
先ほど乗ってきた馬車で
居眠りをしていた目が
覚めるような気がしました。
こんなに手厚いもてなしは、
家庭教師にとって、
とんでもないことでした。
それに、
夕食の時間を教えてくれたことから
自分も家族と同じ食卓で
食事をするようでした。
それも、家庭教師として
想像もできないことでした。
彼女は独立を計画していた時代から、
社交のために訪れた邸宅の
家庭教師たちを観察しました。
彼女たちのほとんどが、
何の存在感もありませんでした。
雇用主が、彼女たちに、何の存在感も
許さなかったからでした。
彼女たちは、
メイドたちよりは尊重されていましたが
家族と交わることはできませんでした。
屋敷の隅にある勉強部屋で
静かに授業をしたり、生け花をしたり、
食事は、いつも
メイドが運んでくれたものを
1人で食べていました。
家族の輪に加わることができず、
疎外感を感じながら
浮いたような生活を送っていました。
家庭教師が、
家族と夕食を共にするなんて
見たことも
聞いたこともないことでした。
4時間後、
メイドが彼女を連れに来ました。
彼女は身だしなみを整えた後、
メイドに付いて、
階下の食堂へ行きました。

明るいローソクが燃え上がる
高級な食堂には、
フェアファクス家の家族が全員
集まっていました。
ローラは、そこで、
この家の主人である
ロバート・フェアファクス氏に
会うことになりました。
恰幅の良い中年のフェアファクス氏は
新しく来た家庭教師が、
義理の弟のイアンの友人であることを
伝え聞いたところでした。
彼はすぐにローラのもとへ駆けつけ、
握手をしながら、
嬉しそうに歓迎の挨拶をしました。
彼があまりにも力強く腕を振ると、
ローラの華奢な上半身が
ふらつきました。
彼女は夕食で
貴賓のようにもてなされました。
食卓の端ではなく、
主人夫妻に近い席に座り、
ロバート・フェアファクス氏から
休む間もなく、スープや肉、
デザートを勧められました。
彼は、
ローラが口を休めているのを見ると
反射的に、周りのどんな食べ物でも
彼女の前へと押しやりました。
ローラは、
困惑と感謝の気持ちが半々で
彼が勧める食べ物を全て食べました。
食事の間、ジョージとダニエルは
バーベキューを切って欲しいとか、
レモンケーキはあるのかと言って
侍従たちを困らせました。
それに対し、オリビアはおとなしく、
彼女は、
きちんとしたテーブルマナーで食事をし
時々、使用人に
水をもっとくれと言う以外は
静かでした。
しかし、ローラは、
オリビアを強く意識していました。
オリビアは、食事中ずっと
殺気を感じさせるほど鋭い視線で、
ローラのことを隅々まで
観察し続けていたからでした。
ローラは、オリビアの行動が
特に気になりませんでした。
社交界で受けて来た
数多くの冷たい視線に慣れており、
数十人、数百人の
ロンドン社交界の人々によって
陰口の対象になった経験のある彼女が
改めて幼い少女の視線に
苦しむことはありませんでした。
ただローラは、オリビアが、
自分の何が気に入らないのか
気になっていました。
もし誤解している点があれば
釈明もしたいと思いました。
オリビアはフェアファクス家の娘で
ダルトン氏の姪なので、
ローラは彼女と仲良くしたいと
思っていました。

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弟が結婚したいと思っていて、
占いの結果でも、
弟と結婚すると出ている女性を
粗末な部屋に
通すことはできないですよね。
そんなことをすれば、絶対イアンが
文句を言うはずですし。
一番良い客室にローラを通し、
家族と共に食事をさせるのは、
自分の義妹になるかもしれない
ローラへのフェアファクス夫人の
最大限の配慮だと思います。
ロバート・フェアファクス氏は
イアンがローラと結婚したいと
思っていることを知らなくても
イアンの友達であれば
誰でもwelcomeなのでしょう。
オリビアは、
行き遅れのローラが
美人だと思っていなかったので
彼女の美しさに
驚いてしまったのではないかと
思います。
そして、初恋の相手の叔父の
好きな女性に嫉妬し、
ローラの粗探しをしているように
感じました。