
83話 イアンは自分がローラと親しくなるのをオリビアに手伝ってもらうことにしました。
昼食を済ませた直後、
ローラは2人の少年と共に
森へ授業に出かけました。
イアンはオリビアに、
しばらく自分と一緒に
時間を過ごしてくれないかと
頼みました。
2人は、
小さなダイニングルームに座って
お茶を飲みました。
オリビアはわくわくする気持ちで
イアンの向かいに座っていました。
イアン叔父さんは
いつものように素敵でした。
彫刻のように美しい顔は
痩せたせいで、さらに鋭い雰囲気を
漂わせていました。
オリビアは、
ドキドキしながらお茶を飲みました。
イアンは、最近のオリビアが
いつもより一層、
淑女らしくなったようだと
指摘しました。
オリビアが
「そ、そうですか」と聞き返すと
イアンは微笑みながら頷きました。
オリビアはフフッと笑いました。
イアンは、
かわいい姪を見つめました。
オリビアは、彼が長男の次に
大切にしていた姪でした。
幼い頃から賢かったオリビアは
いつも自分の後をついて回り、
彼もまた、
まるで年の離れた妹ができたように
姪を大事にしました。
イアンは、オリビアが
新しい家庭教師が来てから
一段と大人びた。最近、
仲良くしているようだけれどと
指摘しました。
オリビアは頷きました。
イアンは、
オリビアから見て、先生は
どんな人だと思うかと尋ねました。
オリビアは、
いい人だ。 学ぶ点が多い。
善良で、知っていることが多く、
本当にまじめだと答えました。
イアンは優しく笑うと、
自分などが心を寄せるには、
もったいない人だと言いました。
オリビアは何も言わずに
イアンを見つめるだけでした。
イアンは持っていた
ティーカップを置くと、
実は君にお願いしたいことがあって
一緒にお茶を飲もうと誘った。
自分がペンドルトン嬢を妻にしたくて
この家の家庭教師に推薦したことを
お母さんから聞いていると思う。
しかし、彼女と自分の間には
色々な問題がある。
自分は彼女が自分の伴侶になるのは
もったいないと思っているけれど
彼女は逆に考えている。
自分は、彼女の心を開きたい。
そのためには、
オリビアの助けが必要だと話しました。
イアンは、オリビアの顔が
険しく固まっているのを確認しました。
オリビアは
混乱しているように見えました。
オリビアは首を横に振りながら
自分は叔父さんの頼みなら
何でも聞いてあげるけれど
それだけはダメだと断りました。
イアンは、
その理由を聞いてもいいかと
尋ねました。
オリビアは、
半月前に聞かれたら、
叔父さんと先生が似合わないからだと
答えていただろう。
自分は先生が来る前から
そう思っていたし、
先生の出自について聞いて、
その考えが完全に固まった。
自分は、
そんな叔母を持ちたくなかったから。
けれども・・・ 今は違うと答えると
唇を噛みました。
イアンは急かすことなく
オリビアが再び口を開くまで
待ちました。
しばらくの沈黙の後、
オリビアは再び話し続けました。
先生は善良で
穏やかな性格の持ち主だけれど
一度だけ断固たる姿を
見せてくれた時があった。
それは結婚に関する問題だった。
自分の置かれた境遇から
1インチたりとも離れないと、
最高裁判事のように
厳かな表情で話していた。
もしかすると、
先生が叔父の気持ちを知れば、
家庭教師の職を諦めてでも
この家を去ってしまうかもしれない。
自分は、先生が
ダンビルパークを去ってしまうのが
嫌だと話すと、
オリビアは今にも泣き出しそうに
顔を歪めました。
イアンは、
オリビアの顔をじっと見つめました。
オリビアは自分の言ったことに
自分でも驚いた顔をしていました。
自分の中に、このような本心が
隠されていたことを
初めて知ったようでした。
イアンは、
自分とオリビアが、
同じ恐怖を抱いていると告げました。
オリビアは
「えっ?」と聞き返しました。
イアンは、
彼女が去ってしまうかもしれないという
心配を、自分も毎日感じていると
答えました。
オリビアは、
イアンをぼんやりと見つめました。
今のままでは、
彼女はいつか去ることになる。
この家の小さなイアンも
いつかは成長するし、イアンが
パブリックスクールに入ったら、
君の母親が、
末っ子をもう一人生まない限り、
もう彼女が教える子供がいなくなる。
そうなれば、彼女は
他の家の家庭教師になる。
いや、その前に、他の男と恋に落ちて
結婚するかもしれないと話すと、
自嘲的に微笑みました。
イアンは、
毎朝、そんな悪夢を見て目が覚める。
彼女がダンビルパークに来てからは
いつもと話しました。
オリビアは、
イアンの顔をじっと見つめました。
鋭くなった顎のラインと青白い顔色。
前よりもっと格好良くなったとばかり
思っていましたが、実は
心の痛みのせいだったようでした。
オリビアは、
叔父がとても可哀想でした。
イアンはオリビアに近づきました。
そして半分跪いて
オリビアの手を握りました。
イアンは、
君の先生を去らせない。
自分自身が不幸に陥らないためにも
彼女を伴侶として受け入れる。
だから・・・と、ここまで話すと、
イアンはオリビアを
じっと見つめながら微笑み、
「私を助けてください、
フェアファクス嬢」と頼みました。
オリビアは頭を下げて
「考えて・・・みます」と
答えました。
イアンは、
舞踏会で会った淑女にするように
姪の手の甲に
礼儀正しくキスをしました。

その日の夕方、
オリビアは食事を終えると、
先に部屋に上がりました。
そして、
メイドがネグリジェに着替えさせ、
髪を梳かして出て行った後、
1人で静かに、
ドレッサーの前に座りました。
そして、先ほどの叔父の話を
思い起こしました。
叔父に頼まれた時、以前だったら
きっぱり断っていたはずでした。
そして叔父が自分に
そのような頼みをしたということ自体に
腹が立ち、先生に対する憎しみが
大きくなったはずでした。
しかし、今の自分は
少しも不快ではありませんでした。
むしろ葛藤していました。
オリビアは激しく首を横に振りました。
そもそも、
先生と叔父が結ばれることなど
万に一つもないと固く信じていたのに、
なぜ今になって
気が変わってしまったのだろうか。
ヨークシャーで最も裕福で
尊敬される紳士である叔父と、
財産一つない老嬢で私生児である
ローラ・ペンドルトンが結婚するなんて
ダメ、あり得ない。
叔父を助けるどころか、
足を引っ張ってでも、
止めなければならないことでした。
しかし、心の中には、
しきりに居間にいる先生の姿が
浮かび上がりました。
父とチェスをしたり、
弟たちとトランプをしたりしている
優しいローラ先生。
彼女の姿が目の前に浮かぶと、
オリビアは、ため息をつきました。
彼女が、ただ可哀想なだけなら
叔父との結婚ではなく、
他の種類の助けを与えただろう。
しかし、オリビアにとって、
ローラは、もはや
同情の対象ではありませんでした。
憧れと尊敬、そしてある瞬間からは
ほとんど愛に近い
敬慕さえ感じていました。
オリビアは、
自分の心に言い聞かせるために、
先生に相応しい花婿たちを
思い浮かべてみました。
いつか先生に紹介してあげると
話していた、
中流層の花婿たちでした。
薬剤師、仕立て屋、商人。
オリビアは身震いしました。
先生を彼らと一組の男女として
結び付けたことが、まるで先生を
侮辱したような気さえしました。
彼らは皆、
それなりにいい人たちでしたが、
先生のような女性には
足元にも及びませんでした。
先生のように優雅で美しい淑女が、
どうして、あんな平凡な男たちの妻に
なれるというのか。
どう考えても先生と似合う男性は
叔父だけだ。
そう結論付けたオリビアは、
化粧台に突っ伏しました。
先生と結婚すると、叔父は困るだろう。
数100年間、ヨークシャーで
最も名望のある家門だった
ダルトン家が、
初めてゴシップの対象になり、
叔父の子供たちまで、
同じ目に遭うだろう。
しかし、それしきのこと、
叔父は楽々乗り越えるだろう。
そして、何より魅力的なのは・・・
先生が叔父と結婚したら
自分の叔母になるよね?
オリビアは、その考えに
すぐに魅了されました。
自分の誕生日ごとに、先生は
叔父と一緒にプレゼントを抱えて
お祝いに来てくれるだろう。
毎年、クリスマスになれば
ホワイトフィールドホールで
パーティーをして、春になれば
一緒にいちご狩りに行けるだろう。
先生と叔父の間に子供ができたら、
洗礼式と誕生日パーティーに
参加できるだろう。
そして、もしかしたら・・・
娘が生まれたら、自分の名前を
付けてもらうこともできる!
その考えは、オリビアの気持ちを
決定的に動かしました。
先生の懐に抱かれた可愛い女の子。
人々は子供を見て、
どうして、あんなに可愛いのかと
感嘆し、名前は何かと聞くだろう。
子供を抱いた先生は、
天使のように美しい顔で微笑みながら
オリビア・ダルトン。
夫の親戚の淑女であり、
自分の特別な友人である
オリビア・フェアファクス嬢の
名前をもらったと答えるだろう。
彼女は翌日、
ホワイトフィールドの叔父に
手紙を書きました。
叔父さん。私は何をすればいいですか?
手紙の内容はとても短かったです。

ある晩夏の朝、
ローラの朝の散歩に付いて来た
オリビアが、ふと、
自分と一緒に叔父の家に行かないかと
尋ねました。
モミの木の香りが混じった
爽やかな空気を吸い込みながら、
今日1日の段取りを考えていたローラは
驚いてオリビアを見下ろしました。
ローラは、
「叔父さんの家に?」と聞き返すと、
オリビアは、
先生が新しく作ってくれた
読書リストの中に、
家にない本がたくさんある。
書店に注文すると、届くのに
2週間以上かかるだろうからと
答えました。
ローラは、
使用人に頼んで持って来てもらうのは
ダメかと尋ねました。
オリビアは、
それでは、面白くないではないかと
答えました。
ローラは、
遊びに行こうということなのかと
尋ねました。
オリビアは、
にっこり笑って頷きました。
ローラは
オリビアを見下ろしながら
曖昧に笑いました。
ホワイトフィールドの美しさを
直接、目で見たいという気持ちは
ロンドンにいた頃から
抱いていた願いでした。
しかし、ダンビルパークに来て、
これまで以上に
ホワイトフィールドに近くなった今
ローラはホワイトフィールドを
訪問する機会を
歓迎していませんでした。
ホワイトフィールドは
確かに美しいはずでした。
彼が描いてくれた風景画だけ見ても
それを感じることができました。
しかし、そこは、
ダルトン氏の私有地でした。
いえ、ダルトン氏そのものでした。
彼が生まれ育ち、
子供のように愛する土地でした。
万が一、そこに魅了されてしまったら
自分の気持ちは、ますます彼に
傾いてしまうだろうと思いました。
それは、
自分の胸の中の最も辺鄙で冷たい場所に
閉じ込めた感情に、
陽光を注ぐようなものでした。
ローラは思わず眉を顰めました。
自分の中の図々しい感情を意識すると
彼女は、
自分自身が少し嫌になりました。
ローラがあまり乗り気でないのを見ると
なぜか焦った顔になったオリビアが、
自分1人で出かけると、
1度行く度に何日も帰って来なくて、
馬車を使わなければならない時に
使えなくなるからと言って
母が馬車をあまり貸してくれないと
必死にローラにせがみました。
ローラは、自分が一緒に行くなら、
馬車を出すのを
許可してもらえるのかと尋ねました。
オリビアはローラの手を握ると
(もう、この程度のスキンシップは
2人の間では自然に行われていました)
確かに。先生が一緒に行けば
あそこに泊まることができないので、
どうか自分と一緒に行って欲しいと
哀願しました。
ローラは自分にしがみついてくる
オリビアを見ると、
断るのが大変でした。
ローラは、
まずフェアファクス夫人に
オリビアを1人で行かせるよう
頼んでみることにしました。

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ローラとジェラルド。
そしてオリビアとイアン。
同じ姪と伯父・叔父の関係なのに
双方の差が、
とんでもなく違い過ぎます。
イアンは、
ローラとオリビアの様子を
見ているうちに、オリビアが
ローラと離れるのが嫌だと思うくらい
彼女のことを好きだと見抜き、
オリビアにローラとの仲を
取り持つことを頼んだのでしょう。
ローラの子供に
オリビアと名付けてもらうことまで
妄想する程、ローラのことが
好きになっているとは
思いませんでした。
どうか、イアンとオリビアの
共同作戦が成功しますように。