
88話 ダルトン氏はオースティンの小説の登場人物をけなしています。
ローラは、ダルトン氏の額に
青筋が立っているのを見て
にっこり笑いました。
彼女は、ダルトン氏が怒る度に、
かなり楽しくなっていました。
ローラは、
その点でオースティンは
真のリアリストだ。
現実に存在する人々のほとんどが
欠点だらけだから。
ところで、
エリナー・ダッシュウッド嬢と
ファニー・プライス嬢を抜いたけれど
その2人の淑女については
どう思うかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ファニー・プライスは
ペンドルトン嬢が一番好きな作品の
淑女なので、
批評から外すと答えました。
ローラはフフッと笑いました。
彼女は、
プライス嬢が感謝のしるしに、
ダンビルパークへ、お茶でも
飲みに来てくれるといいのにと
言った後、
エリナー・ダッシュウッド嬢について
話してくれないかと頼みました。
ダルトン氏は、
エリナーは全てのことにおいて
分別のある振る舞いをする
凛とした淑女だ。
しかし、その分別は
愛には発揮されなかった。
エドワード・フェラーズのような
優柔不断なバカのせいで、
胸を痛めたのだからと答えました。
ローラは、
エドワード・フェラーズ氏が
優柔不断なバカだなんて、
自分の目には立派な紳士に見えると
その意見に、直ちに反対しました。
ダルトン氏は、
一体、彼のどこがいいのかと
尋ねました。
ローラは、
エドワード・フェラーズ氏は、
分別のなかった頃に、
未来を約束した淑女との
約束を守るために、真の愛を諦めた。
感情に流されない
正しい振る舞いだった。
もし彼が、
ルーシー・スティール嬢との婚約を
破棄して、
ダッシュウッド嬢を選んでいたら、
エリナー嬢は彼に失望しただろうし
読者も彼の味方をすることは
できなかっただろうと答えました。
ダルトン氏は、
自分も同感だ。
結婚を約束した淑女を捨てるのは
恥知らずなことだ。
でも、そもそもバカでなかったら、
ルーシー・スティールのような
下品な女性と
婚約なんてしたはずがないと
主張しました。
ローラは笑いを堪えるために
手で口を覆いました。
万事に寛容なローラでしたが、
ルーシー・スティール嬢に対する
ダルトン氏の批評には
否定する言葉がありませんでした。
ルーシー・スティール嬢は、
手の施しようのないほど卑俗で
浅ましさの化身でした。
ローラは、
これまでの話を総括すると、
エマ嬢とエリザベス嬢は傲慢で、
キャシー嬢は世間知らず。
マリアン嬢とエリナー嬢は
気質の違いはあっても、2人ともバカ。
そして、ファニー嬢は、
口にするのも憚られるような
何らかの欠点を持った
お嬢さんということですね。
自分には、
ダルトン氏の基準を満たしていない
友達しかいないなんて、
こんなに恥ずかしいことはないと
大げさに残念がりました。
ローラがふざけていることを
知ったダルトン氏は
クスクス笑いました。
しかし、ずっと彼らの会話を聞いていた
オリビアは、ローラが
気分を害したのではないかと思い
焦りました。
叔父の言葉は辛らつで、
完璧に非難をしている口調だったので
そう思わざるを得ませんでした。
実はオリビアは、
彼らの会話を聞いている間ずっと
叔父が正気かどうかを疑いました。
いくら、そそのかされたとはいえ
好きな女性の好みを、面と向かって
あれほど、けなす男性が
どこにいるというのか。
自分が先生だったら、叔父の顔に
紅茶をぶちまけていたところでした。
オリビアはため息をつくと、
「説得」のアン・エリオットは
成熟した人物なので良いと
叔父が話していたと指摘しました。
ダルトン氏は頷きました。
彼は、
アン・エリオットは外柔内剛の化身だ。
彼女は聡明で忍耐強くで賢い。
ウェントワース大佐が、
再び彼女と恋に落ちるのは、
全く不思議なことではないと
答えました。
しかし、ローラは首を傾げながら
本当にそう思うのかと尋ねました。
ダルトン氏は「はい」と答えました。
ローラは、
それは興味深い。
アン・エリオット嬢は、
過去にラッセル夫人の助言を聞いて
愛するウェントワース大佐を見捨てた。
これは、
かなり優柔不断な振る舞いのように
思えると反論しました。
ダルトン氏は、
自分はラッセル夫人が正しい助言をし
アン・エリオットが
その助言を受け入れたことが
賢明だったと思うと答えました。
ローラは、
その理由を尋ねました。
ダルトン氏は、
その時、ウェントワースは
何一つ持っていない、
一介の海軍将校に過ぎなかった。
当時、海軍は、有望な職業とは
見なされていなかったから。
自分は、財政的な基盤すら
整えていないウェントワースが、
どういうつもりで、
アン・エリオットに
プロポーズしたのか理解できない。
彼は愛する女性に、
何の確信も与えられない状況だった。
自分の暮らしもままならない状況で、
愛さえあれば、
女性が自分を選んでくれると信じるのは
愚か以外の何物でもない。
結果的に、彼は戦争で手柄を立てて
金持ちになったけれど、
もしも、一発の砲弾が誤って飛んで来て
彼の艦隊を壊していたら、
アン・エリオットが
彼と結婚して得たのは、
かつて夫だった男の
冷たい死体だけだっただろうと
答えました。
ローラは、
ダルトン氏には驚かされた。
自分はダルトン氏が、
愛だけを最高の基準にする人だと
思っていて、そのような考え方は、
自分のように計算高い女性の役目だと
思っていたと言いました。
ダルトン氏は、
自分は愛の力を信じ、
その崇高な感情が導かれるままに
生きたいと願う人間だけれど、
それは、自分が財産のある男だから。
女性は経済的条件が不利で、
評判の影響力に弱い。
愛だけを追いかけて経済的に没落すれば
自らを救う方法がない。
女性は結婚において、慎重かつ理性的に
行動しなければならない。
自分のような既得権を持つ男は、
現実的な選択をする女性を
非難することはできないと
語りました。
その時、使用人が近づいて来て、
彼に土地を借りている
農場主の一人が、
急いで面会を求めているという話を
伝えました。
彼は2人の淑女に謝罪して、
席を立ちました。
ローラはオリビアとお茶を飲みながら
彼を待ちました。
オリビアは、
ヨークシャー地方の土地の半分が
叔父のもので、オリビアが今まで見た
どの紳士の中にも、叔父のように
素敵な美男はいないだろうと
なぜか叔父の財産と外見について
自慢することに熱中していました。
ローラは、オリビアが
叔父を自慢したいのだと思って
適当に相槌を打ちました。
しかし、頭の中では、
ずっと違うことを考えていたので、
オリビアが、
焦燥感を隠しきれずにいること、
そして、その焦りの中には、
叔父が先生に、思い切り
減点をくらったのではないかという
恐怖が潜んでいることに、
微塵も気づきませんでした。
オリビアの考えとは裏腹に、
ローラは、少しも
気分を害していませんでした。
彼女は自分が言った通り、
好みと自分自身の境界線が
はっきりしている女性でした。
むしろローラは、先ほどの会話で
これからダルトン氏を嫌いになる日は
永遠に来ないだろうと
直感していました。
彼女が知る限り、ダルトン氏は
自分が嫌うものについては、
微塵も気にかけない人でした。
彼は愛するものだけに深く没頭し、
それ以外のものには、一貫して
冷たく無関心でした。
そのようなダルトン氏が
ジェイン・オースティンの
主要長編6作品を
全て読んだということは、
ジェイン・オースティンが
かなり好きだという意味でした。
ジェイン・オースティンが好きな
紳士だなんて、 彼女としては
ダルトン氏を好きにならないわけには
いきませんでした。
ローラは、
叔父がこの地域で最高の射撃の名手だと
慌てふためいて自慢している
オリビアのそばで、
ダルトン氏と友情を分かち合えたのは
本当に幸運だと、静かに思いました。
彼は30分もしないうちに
また戻って来ました。
ちょうど午後3時の鐘が
鳴った直後でした。
彼は、
お茶は冷めたし、デザートにも
だんだんハエが寄って来ているので
音楽室へ移動しよう。
そこには、調律の行き届いた
ピアノがあるので、
自然にペンドルトン嬢に
演奏を勧めることができると
言いました。
ローラは、
自分は勝てないふりをして、
自分の腕前を
自慢することができるだろうと
楽しそうに相槌を打ちました。
オリビアは、
自分は先生が演奏している間、
叔父に文句を言うことができるだろうと
不機嫌そうな声で、
ぶつぶつ文句を言いました。
ローラは、ダルトン氏が、長い間
席を外していたせいで
オリビアが拗ねたのだと思い、
彼女の機嫌を直そうと
優しく肩を叩いてあげました。

3人は応接室に席を移しました。
ダルトン氏は、
応接室に用意されたていた楽譜を
5、6曲分持って来ました。
ローラと彼はピアノの前に並んで立ち
楽譜を見ながら
演奏する曲を選びました。
オリビアはソファーに座ったまま
2人の後ろ姿を見つめました。
あのように立っていると
本当によく似合っていました。
仲の良い新婚夫婦のようでした。
このまま先生が、ここに居続けて
叔父の奥さんになってくれたら
どんなにいいだろうか。
いつか去ってしまう心配もなく、
永遠に自分たちの家族として
残ってくれたらと思いました。
しかし、いざ先生の心を
つかまなければならない叔父は、
全く、その気がないようでした。
せっかく連れて来た先生の前で
叔父がしたことといえば、
「ミス・ハヴィシャム」という
恥ずかしいニックネームを
自慢したことと、
先生が一番好きな作家に対して
露骨に悪口を
言ったことだけではないか。
先生のそばにピッタリ寄り添い、
あらゆる甘い言葉で
誘惑しても足りないというのに、
これは一体どういうことなのかと
オリビアは腹が立ちました。
すぐに、ローラは
ピアノを弾き始めました。
モーツァルトのソナタ第12番でした。
ダルトン氏は
オリビアの隣に座って
ピアノを弾くローラを見つめました。
オリビアは、
叔父の顔を横目で見ました。
叔父の目は、
グランドピアノの前に座っている
ローラに釘付けになっていました。
唇には笑みを浮かべていました。
オリビアは今、
叔父の顔を見て衝撃を受けました。
目つきは、ぼんやりとしていて、
肌は、ほのかに上気していて
完璧に魂が
抜けてしまったようでした。
初めて見る叔父の表情でした。
本当に叔父さんは先生に夢中なんだ。
オリビアは、叔父から、
このような表情を引き出した先生に
少し嫉妬しました。
彼女はそっとピアノを見つめました。
自分が貸した
ルビーのイヤリングを付けて
長い睫毛を伏せて鍵盤を叩く先生。
結い上げた赤金髪の下の、
雪花石膏のように白い肌と
整った目鼻立ち。
それを見たオリビアの嫉妬心は
いつの間にか収まりました。
自分が叔父さんでも
愛さずにはいられないと
オリビアは、あっさりと認めました。
ローラは、
自分をはるかに超える女性で、
オリビアは、そんなローラに
畏敬の念以外の何も感じませんでした。
先ほど感じた嫉妬心は、
ただ風邪の名残りで残った
乾いた咳のような感情に過ぎず、
叔父の心を奪った女性に対する反感は
ローラへの愛に
完全に取って代わりました。
オリビアは、
潔く負けを認めることができる
名誉ある敗残兵でした。
オリビアは低い声で
叔父を呼びました。
ピアノを演奏しているローラの姿に
うっとりとしている叔父は
姪の呼びかけに
全く気づいていませんでした。
オリビアは、さらに3回叔父を呼び
ついには、
叔父の手の甲をつねりました。
ようやく叔父は、
そばにいる姪を見下ろしました。
オリビアは、
戸惑うダルトン氏の耳に顔を近づけ
「計画はあるのですよね?」と
囁きました。
ダルトン氏は。
オリビアにも演奏する機会を与えるので
まずはペンドルトン嬢の演奏が
終わるまで待つようにと答えると
再びローラに目を向けました。
オリビアは眉間にしわを寄せると、
そうではない。
先生の心をつかむ計画だと
訴えました。
彼は再びオリビアを見ました。
彼女は、
今日、先生を
ここへ連れて来いということ以外、
叔父は手紙に何も書いていなかった。
一体、計画は何なのかと尋ねました。
ダルトン氏は、
ホワイトフィールドで
一緒に楽しい時間を過ごすことだと
答えました。
オリビアは、
それだけなのかと尋ねました。
ダルトン氏は、
そうだ。ホワイトフィールドと
邸宅を見せるだけでも
十分だからと答えました。
オリビアは呆れてしまいました。
しかし、肝心のダルトン氏は
余裕たっぷりでした。
オリビアは、
すごい自信だ。
土地と邸宅だけで、分別のある先生が
叔父と恋に落ちると言うのかと
尋ねました。

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以前も、そう思いましたが、
やはりダルトン家の血を引くものは
一度、誰かを愛すると
その人に深い愛情を注ぐ人たちなのだと
思いました。
オリビアは、
ローラへの叔父のアプローチを
不満に思っていますが、
ローラの結婚観は
鉄でできているのではないかと
思うくらい、堅固なので、
まずは、外堀から埋めていく必要が
あると思います。
イアンがオースティンの小説の
悪口を言ったことで、
彼がオースティンを好きだと
見抜いたローラ。
ここまで、彼のことを理解できる人は
ごく少数だと思います。
そして、彼が
オースティンのことが好きなので
彼のことを永遠に嫌いにならないし
ダルトン氏を好きにならないわけには
いかないと思うローラ。
こんなに彼のことが好きなら、
もう結婚するしかないと思います。