
93話 ローラが気絶したのは、義兄と姉が、きちんとローラに食事をさせないせいかと、ダルトン氏は尋ねましたが・・・
ローラは、それを否定しました。
ダルトン氏は、
それでは、なぜ急に倒れたのかと
尋ねました。
その質問に、ローラは
倒れる直前に気づいた驚くべき真実を
思い出しました。
彼女はしばらく考えた後、
彼の後ろに立っているスター夫人に
視線を移し、
しばらくダルトン氏と
話をさせてもらえないかと
頼みました。
言葉の意味を理解したスター夫人は
怪訝そうな目で2人をチラッと見ながら
部屋を出て行きました。
部屋の中には、2人だけが残りました。
ローラは、
ダルトン氏の子供時代の絵の先生は
ルイス・シェルダンさんかと
尋ねました。
ダルトン氏は「はい」と答えました。
ローラは、
アメリカ出身で、
金髪に灰色の瞳の人かと尋ねました。
ダルトン氏は、
その通りだと答えると、
なぜ、ペンドルトン嬢が
それを知っているのか。
そういえば、倒れた場所も、
その人の石碑の前だった。
もしかして、
生前に会ったことがあるのかと
尋ねました。
ローラは何も言いませんでした。
彼の答えが、新たに発見した真実の
確かな根拠になってくれました。
怪訝そうな表情をしていたダルトン氏は
すぐに何かを悟りました。
彼はまさかという目で
ローラを見つめました。
ローラは、
その人が自分の父親であることを
打ち明けました。
ダルトン氏は、言葉を失いました。
ローラは、
自分の本名はローラ・シェルダン。
母のドロレス・ペンドルトンの姓で
生きて来たけれど、
元々、そう呼ばれていたと
打ち明けました。
彼の顔が衝撃で凍りつきました。
おそらく舌も同様でした。
ローラは沈黙の中で、
今知った真実を思い起こしました。
彼女は石碑に刻まれていた
父の亡くなった年を思い浮かべました。
自分をペンドルトン家に預けてから
2年が過ぎた頃でした。
働く場所を探している途中、
ここに絵の先生として
やって来たようでした。
ローラは、
その事実にかなり混乱しました。
彼女は、父親が自分と別れた途端、
すぐにアメリカに戻ったと
思っていました。
別れて以来、手紙一通、
電報一通来なかったので、
そう思うしかありませんでした。
父に捨てられたという事実に
苦々しさを感じなくなってから
随分経ちました。
貧しい無名の画家が、一人で
子供を育てるのは大変なことだし
父はまだ若かった。
彼女は、
父親の眩しいほど美しかった顔を
思い浮かべながら、
おそらく本国に帰って
新しい女性と家庭を築いたのだろうと
推測していました。
イギリスで
画家として成功することもできず、
子供を連れて育てる余裕もなければ、
それが最も賢明な選択でした。
そして、彼女は
父親の選択を尊重しました。
ローラは両親の失敗から
理性の重要性を学び、長い間、
感情を自制する訓練をしました。
そのおかげで、
幼稚で自己本位な感性とは
程遠い、独立した人間になりました。
彼女は両親を第三者の目で見つめ、
そうせざるを得なかったことを
理解しました。
ところが、突然思いもよらない場所で
彼女は父親の石碑を見つけました。
もしかしたら、父は自分を
捨てたのではないかもしれないという
状況を知ってしまいました。
天と地がひっくり返ったようでした。
悟りは頭から胸へと
降りて来ませんでした。
ローラは何も実感できませんでした。

「まさか」
静かな部屋に、
ダルトン氏のかすれた声が
響き渡りました。
「シェルダン先生のお嬢さんが
あなただなんて・・・」
彼は混乱しているように見えました。
ローラとは置かれた状況は違うけれど
同じ感情を共有していました。
ダルトン氏は、
なぜ、シェルダン先生が
ここに埋葬されていることを
今になって知ったのか?
もちろん、当時、あなたは幼かったし、
寄宿学校にいたかもしれない年齢で
あることは承知している。
しかし、彼はいつも娘に手紙を書いて、
ホワイトフィールドから送っていたと
話しました。
ローラは、
父が手紙を書いていたのかと
尋ねました。
ダルトン氏は「はい」と答え、
自分を教えながら、
彼自身の仕事をしている合間に
あなたに送る栞を作って
便箋に詩を書き写したりしていた。
その手紙は、
いつもキスで封をしていた。
とても長いキス。
切なさと悲しみが滲み出ている
キスだったと話しました。
ローラは言葉を失いました。
依然としてローラは、頭だけで
その事実を受け入れていました。
彼女は抑揚のない声で、
自分は手紙を、
一通も受け取ったことがない。
そもそも、
父が亡くなったという事実さえ
知らなかったと呟きました。
ダルトン氏は、
あんなに聡明な人が
住所を間違えるはずがない。
途中で手紙が紛失した経緯が
あったようだと言いました。
ローラは心当たりがありました。
伯父の
ジェラルド・ペンドルトン伯爵は
コーンウォール地域の治安判事
(その土地の名士が務める名誉職)
でした。
郵便局から
手紙を何通かくすねることなど、
朝飯前のはずでした。
ダルトン氏もまた、
手紙が紛失した事情に
ペンドルトン伯爵が
関わっていたのではないかという
考えが浮かびました。
すると、すでに燃え上がっていた
伯爵への恨みが
さらに激しく燃え上がりました。
しかし、彼は、
それを表には出しませんでした。
ダルトン氏は、
先生のお嬢さんが、
ペンドルトン家に預けられたことを
知っていたら、
こんなことにはならかっただろう。
しかし、先生は、預けた娘が、
どこの家で育っているのか、
徹底的に口を閉ざしていた。
自分の父でさえ知らなかった。
今考えてみると、
ペンドルトン家が名門なので、
これ以上の噂の種を作らないために
口をつぐんでいたという気がすると
話しました。
ローラは、
自分もそう思うと返事をして
頷きました。
涙を雨のように流しても
足りないくらいの事実が
明らかになったのに、
彼女の表情は落ち着いていました。
ダルトン氏は、
それをとても不安に感じました。
彼は、
ショックが大きいですよねと
尋ねました。
ローラは「少しは」と答えました。
ダルトン氏は、
どこかに生きていると思っていたはずの
父親が、自分の知らないうちに
亡くなったことを知ったので、
悲しいだろうと指摘しました。
しかし、ローラは首を横に振りました。
彼女は、
もし10代の頃に知っていたら、
きっとショックを受けただろう。
何日も泣き続けていたかもしれない。
しかし、自分はずっと前に父を忘れた。
幼い頃は、
父をとても愛していたけれど、
すでに父を、
自分の心の外へ追いやってから
随分経つと話しました。
ダルトン氏は、
どうして、そんなことができるのか。
愛する人を心の外へ追いやることが
本当にあり得ることなのかと
尋ねました。
彼は非難をしているのではなく
純粋に気になって聞いたのでした。
20年前に亡くなった絵の先生。
彼の墓地に、毎月自ら摘んだ花を
捧げる男でした。
ローラは、
彼が自分を理解できないのは
当然だと思いました。
ローラは、
父は再会を約束して去ったけれど
一通の手紙もくれなかった。
父は書いたそうだけれど、
自分は、もらっていない。
自分は長い間、父を恋しく思い
恨みながら過ごした。
しかし、自分は成長するにつれ
他人の立場を理解する方法を学び、
父が自分を捨てて本国に戻り、
新しい家庭を築くことが
賢明な選択だったのだと
考えるようになったと話しました。
ダルトン氏は、
あなたの父親はそんな人ではなかったと
反論しました。
ローラは、
そういう人だったとしても、
別に問題はない。
それは父のできる、
最も合理的な決定だっただろうから。
貴族の令嬢を連れて逃げるより、
はるかに現実的な選択でもある。
自分は父が、
失敗から教訓を学んだのだと
思っていたと話しました。
ダルトン氏の怪訝そうな表情が
だんだん暗くなって行きました。
少し怒っているようにも見えました。
ダルトン氏は、
彼があなたをどれだけ愛していたか
知っていれば、あなたは決して
そんなことは言えないだろう。
あなたの名前は言わなかったけれど
彼はいつも娘のことを話していた。
早くあなたを連れて来なければと言って
昼夜を問わず絵を描いていた。
彼が、あれほど若くして亡くなったのは
真冬に風景画を描こうとして
外であまりにも長い時間を過ごし
肺結核に罹ったためだった。
絵を売ってお金を稼げば、あなたを
連れて来ることができるからと
話しました。
ローラは驚いて言葉を失いました。
そんなに大事な娘が、父親のことを、
失敗した結婚の副産物だと思いながら
生きているなんて、
あなたがそんなことを考える度に、
天国にいるシェルダン先生は
血の涙を流すだろうと
激昂した声で叫びました。
まるで死んだルイス・シェルダンの
代弁者にでもなったかのようでした。
ローラはダルトン氏に
落ち着くようにと言いました。
彼は、
落ち着くことなんてできない。
一体いつから、一体なぜ
そんな考えをするようになったのか。
先生は高貴な人だった。
神から与えられた偉大な才能に恵まれ
その一方で、天才芸術家が持つような
偏屈さなどは微塵もない
天使のように善良な人だった。
あなたは無責任な人ではなく、
立派な芸術家の娘だった。
病床に臥せっても、
彼はあなたに送る手紙を書くのを
止められなかった。
そばで看病していた使用人の話では、
彼が旅立つ直前の最後の言葉は
「ごめんね」だった。
それは、あなたに向けた言葉だったと
話しました。
「ごめんね」と、
父は自分に向かってそう言った。
自分から離れたこと、
迎えに行けなかったこと、
こうして死んでしまったこと。
ローラの胸がドキドキしました。
頭の中の混乱が
胸まで降りて来たのだろうか。
それともワインのアルコールが
回って来たせいだろうか。
それとも、彼女の父親が
どれほど娘を恋しがっていたかと
訴える、ダルトン氏の
今にも泣き出しそうな
歪んだ顔のせいだろうか。
ローラは、
痛む胸をギュッと押さえました。
遠い昔、最後に感じた
懐かしい痛みでした。
父への懐かしさと愛、裏切り感などが
再び湧き上がろうとしていました。
彼女はもう一度、蓋で感情を
しっかり閉めようとしました。
感情は危険だから。
感情は軽率なミスを招き、
傷を作るからでした。
母と父が失敗したことを
ずっと前から固く信じて
疑いませんでした。
それは、そのせいで不幸になった
自分の人生から学んだことでした。
しかし、突然現れた父の石碑は、
その信念を揺るがしました。
ローラは
自分も心を整理する時間が必要なので
ダルトン氏に落ち着いて欲しいと
頼みました。
ローラの落ち着いた声に
彼の表情も和らぎました。
ダルトン氏は、
誰よりも混乱しているのは
ペンドルトン嬢のはずなのに、
そんな人の前で興奮し過ぎたことを
謝りました。
ローラは首を横に振りました。
ダルトン氏は、
ホワイトフィールドホールに
先生の遺品がある。
先生の家族が取りに来る時に
渡そうとして、父自ら
用意しておいたものだ。
ついに持ち主の元へ
戻ることになったと伝えました。
そして、複雑な心境が
滲み出るような眼差しで
ローラを見つめながら、
先生が亡くなった後、自分は
彼の家族に知らせが届くよう、
毎晩、ベッドのそばで祈った。
ところが、その家族が
ペンドルトン嬢だなんて。
神のいたずらなのか、
それとも・・・
あらかじめ定められた
自分たちの運命なのだろうかと
呟きました。

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そうです。運命です!
ローラの父親が2人を引き合わせたのは
2人を結び付けるためだけではなく
自分に捨てられたと思っている
ローラに、ダルトン氏を通して
自分の愛を伝えたかったからなのだと
思いたいです。
父親から捨てられたと思い込み、
そうされたことで
長年辛い思いをして来たローラは
これ以上、悪い評判が立たないよう
立派な淑女として過ごしてきたけれど
心は冷え切っていたのだと思います。
父親の真の姿を伝えたことで、
ダルトン氏は、
そんなローラの気持ちを
温めてくれたと思います。
ダルトン氏の情熱が、どうか、もっと
ローラに伝わりますように。
そして、ダルトン氏が
父娘の愛さえ引き裂いた卑劣な伯父に
鉄拳を食らわす日を待っています。