
102話 ローラの来ているドレスが、ダルトン氏の母親の物であることを、ランス嬢は知ってしまいました。
黄昏が近づく頃、
狩りに出た男たちが、
それぞれの獲物を持って
屋敷に戻って来ました。
タキシードとイブニングドレスに
着替えた紳士淑女たちは、
華やかな晩餐を楽しんだ後、
リビングに集まりました。
彼らは三々五々集まって、
話をし、ワインを飲み、
カードゲームやピアノ演奏で
ゆったりとした夜の時間を
楽しんでいました。
ランス嬢は隅の席に座っていました。
友人たちは、
オーソン家同士の団結のために
ビリヤード室へ行ってしまい、
彼女は一人でした。
普段なら、こうした場所で
一人取り残されるのは
耐え難いことでしたが、
今は自分の状況が、むしろ、
とても嬉しく思いました。
ロングギャラリーを出た後、
友人たちは二人の関係を
真剣に疑い始めました。
もしも、
ダルトン氏とペンドルトン嬢の間に
何らかの感情が芽生え始めたら、
本当に大変なことでした。
自分の友人が、
取るに足らない私生児の独身女性に
花婿を
奪われることになるからでした。
ランス嬢は、
二人の友人の心配を冷たく一蹴し、
口に出すことを、厳しく禁じました。
二人の淑女は
女王の命令に従いましたが、
ランス嬢は知っていました。
今頃、キューを持って
ビリヤード台の前を
行ったり来たりしながら、
自分の前では言うのを我慢していた
様々な推測を、遠慮なくベラベラと
話しているであろうことを。
カーテンの後ろの
奥まった場所に座っている
ランス嬢は、さらに深く
ソファーに寄りかかりました。
そして、先程から注視していた
一人の女性をじっと見つめました。
ペンドルトン嬢は、
青いイブニングドレスを
着ていました。
まるで秋の空を一片切り取って
仕立てたかのような、
軽やかで清楚な衣装でした。
彼女の耳には、
大きなサファイアのイヤリングが
揺れていて、手首には
ダイヤモンドのブレスレットが
輝いていました。
彼女は微笑みながら
自分に近づいて来る人々と
余裕のある態度で話を交わし、
ワインが切れていないか、
誰かが退屈していないか、
使用人たちは自分の仕事を
きちんとやっているかと
時折チラチラと
応接室の内部を見回しました。
ランス嬢は、
応接室の窓際に立っている紳士に
目を向けました。
タキシードを着て壁にもたれかかり
若い紳士たちに囲まれている男性。
数か月間、再会を夢見て待っていた
自分の王子様、イアン・ダルトン。
彼は紳士たちと話をしながら、
時折、自分に背を向けて立っている
ペンドルトン嬢に
視線を向けました。
彼は彼女を見る度に、
そっと微笑みました。
ランス嬢の心は
次第に沈んでいきました。
まもなくペンドルトン嬢は、
話していた人々に了解を得て、
使用人たちに近づきました。
そして素早く何かを指示しました。
使用人たちは膝を軽く曲げて
すぐに外へ出ました。
間もなく、応接室に
即席ステージが設置されました。
特別なイベントもなく、
夜の時間が長くなり
少し退屈していた客たちが
ステージに集まりました。
間もなく
ジェスチャーゲームが始まりました。
ランス嬢は目を伏せました。
あらゆる出来事から、彼女は、
ペンドルトン嬢が今、
この家の女主人の役目を果たしており
そして、その権限は
彼の母親のドレスと共に、
ダルトン氏から委任されたのだと
強く確信しました。
「どうやって?」
ランス嬢は二人の関係を
大まかに知っていました。
友情が愛情へと移り変わった経緯が
あったからでした。
しかし、ペンドルトン嬢の出生が
明らかになると、
ダルトン氏は彼女を裏切りました。
その後、ペンドルトン嬢は
家から追い出され、すぐに
フェアファクス家の家庭教師として
雇われました。
その噂を聞いたランス嬢は、
ダルトン氏が、
自分が捨てた女性に対する
申し訳なさから仕事を紹介したのだと
考えました。
高潔で温かい心を持つ
ダルトン氏らしい行動でした。
しかし、今、ペンドルトン嬢は
ダルトン氏の母親のドレスを着て、
華やかな装飾品を身に着けて
彼の家で、女主人の役目を
果たしていました。
ランス嬢は、この状況を理解しようと
必死に努めました。
客を迎えるために、ただ助けを
求めただけかもしれない。
しかし、そうであるなら、
ペンドルトン嬢の立場に合わせて
準備だけを手伝わせ、
このような場に引きずり出しては
いけなかった。
幼い頃の恩師の娘だから、
好意を示したかったのだろうか。
それならペンドルトン嬢自身が
断るべきだった。
たとえ過去の縁があるとはいえ、
あえて分不相応な場所に
あんなに着飾って出て来て、
女主人の役目を果たすのは
非常識なことでした。
ランス嬢は、
ペンドルトン嬢の自然な振る舞いを
観察しながら、その中に、
何らかの自信が
隠されているのではないかと
疑いました。
その疑いは嫉妬と結びつき、
驚くべき推理を生み出しました。
もしかして、ペンドルトン嬢は、
ダルトン氏の
愛人になったのではないか?
これは、
確かにあり得ることでした。
ロンドンの社交界では、
よく起こることなので。
貴族の男性たちは、自分の愛人を
堂々と社交界へ連れて行き、
さらには別宅に友人を招いて、
愛人に女主人役を
務めさせることもありました。
不道徳なことではありましたが、
身分の高い人々が
頻繁に犯すことだったため、
人々は皆、そういうものだと
受け入れていました。
まさか、
ダルトン氏とペンドルトン嬢が!
ダルトン氏のように
高潔で紳士的な男性と、
善良で真面目なペンドルトン嬢が、
どうしてそんなことを・・・!
ランス嬢は否定しようとしましたが
どうしても、他の合理的な答えを
見つけることができませんでした。
ダルトン氏のような男性が
ペンドルトン嬢を
正式な妻にしようとするのは、
彼女の常識では
考えられなかったからでした。
ああ、ダルトン氏が、
これほど放蕩な人だったとは。
ペンドルトン嬢が
行き場のない身の上であることを
利用して、彼女を弄んだのだ。
ペンドルトン嬢と
結婚はしたくないけれど、
彼女の体は望んでいて・・・
だから彼女を自分の寝室に・・・!
ランス嬢は、
ひどく恐ろしい気分になりました。
絶望感と共に強い嫉妬心が
胸を焼くようでした。
ダルトン氏に対する幻想が
少しだけ消えました。
彼は不道徳で、紳士として、
やってはいけないことをした人でした。
それでもランス嬢の恨みは、
ひっきりなしに
ペンドルトン嬢に向けられました。
ランス嬢は、
ジェスチャーゲームで盛り上がっている
ステージを見つめながら、
微笑んでいるペンドルトン嬢を
睨みつけました。
世の中の仕組みを知っているはずの人が
一体どうして、こんな罠に
はまってしまったのだろうか。
ダルトン氏の誘惑に、
どうして、こんなにあっけなく
負けてしまったのか。
このような場合、男性より女性の方が
大きな損失を被ることを
知らないのだろうか。
ランス嬢は情けなさと軽蔑で
胸が苦しくなりました。
もしかして、
結婚の約束をしたのだろうか?
それとも、
恋人なら何でもすると言って
物質的な支援を約束したのだろうか?
どんな形で誘惑したとしても、
ペンドルトン嬢は
応じるべきではなかった。
彼が誘惑した瞬間に
荷物をまとめて出て行くべきだった。
かつて淑女と呼ばれていた人が
このような放蕩な関係を築くなんて
もう女性としての評判は終わりだ!
ランス嬢はペンドルトン嬢の母親を
思い出しました。
17歳で家を出て結婚もせず、
子供を産んで亡くなった
不運な伯爵令嬢。
どうして、これほどまでに
無情な運命なのだろうか。
彼女の人生を
娘が繰り返すことになりそうでした。
ああ、そうしているうちに
妊娠でもしたら!
考えがここまで及ぶと、
ランス嬢は全身がぞっとしました。
もしかすると、
ペンドルトン嬢が産んだ私生児を
自分が育てることに
なるかもしれないからでした。
夫の愛人が産んだ子を
本妻が引き取って育てるのも、
社交界では、よくあることでした。
そのような妻を、
徳が高いと称賛するのが
この地の風習ではあるけれど、
どんな女性だって、自分の美徳を
そのように誇りたいとは思わない。
夫の私生児だなんて、正直に言って、
水の中に落として死なせても
気が済まないほどの憎い存在でした。
ランス嬢は疑いの目で
ペンドルトン嬢のお腹を
睨みつけました。
まだ片手に収まりそうなほど
細くて美しい腰のラインでしたが
すでにその中にダルトン氏の子供が
宿っているかもしれませんでした。
ダメ、絶対にダメ!
ランス嬢は拳を強く握りました。
ダルトン氏との
安定した結婚生活のためにも、
二人の関係に
介入しなければなりませんでした。
不道徳な関係をやめ、
それぞれの道を歩むように
しなければなりませんでした。
ダルトン氏が
早くプロポーズしてくれれば、
堂々とペンドルトン嬢に
警告することができるだろうけれど
まだ立場が曖昧でした。
さらに彼女は、
ヨークシャーの有力な家門に
守られている立場であったため、
下手に手を出すことに
恐怖を覚えました。
ランス嬢はしばらく考えた末、
以前ペンドルトン嬢が
自分にそうしたように、
さりげない暗示を通じて
彼女の軽率さを
指摘することに決めました。

夜が更けると、客たちは退きました。
ダルトン氏は
ペンドルトン嬢に近づき、
話を交わし始めました。
ランス嬢はソファーから立ち上がり、
二人の所へ歩いて行きました。
近づくと、小さく囁きながら
明日の予定を相談している声が
聞こえて来ました。
向かい合った二人の姿が
とてもお似合いで、ランス嬢は
血が逆流するような気分になりました。
ランス嬢の気配に
二人は会話を中断しました。
ローラはランス嬢に、
久しぶりだと挨拶をし、
今日は、まともに話もできなかったと
残念がると、
優しく彼女の様子を尋ねました。
ランス嬢は機械的な親切さで
返事をしました。
内心、怒りが煮えたぎっていましたが
気づかれてはなりませんでした。
特にダルトン氏の前では。
ランス嬢は、
ペンドルトン嬢、
いえ、シェルダン嬢。
久しぶりに会えて、とても嬉しい。
積もる話もあるので、
テラスで星を見ながら
少し話をしないかと提案しました。
ペンドルトン嬢は
不思議そうな様子でした。
実は二人は、特に用事がなければ、
わざわざ時間を作ってまで
おしゃべりをするような関係では
ありませんでした。
しかし、彼女はすんなり頷きました。
気を利かせたダルトン氏は、
それでは、また明日。
どうぞ、ゆっくり過ごすようにと
告げると、軽く会釈をして
応接室を出て行きました。
二人はテラスの方へ歩いて行きました。
涼しい初秋の空気に、
二人の淑女は肩をすくめました。
肩と胸の上まで肌が露わになった
ドレスを着ていたため、
夜の空気に、そのまま肌が
晒されてしまったからでした。
ペンドルトン嬢は、
少し待って欲しいと言って
席を外しました。
戻ってきた彼女の手には、
温かそうなショールが
二枚握られていました。
ローラは、
もしかすると寒がりの女性が
いるかもしれないと思い
あらかじめ用意しておいた。
よろしければ羽織って欲しいと
告げました。
軽蔑の表情で白目を向けていた
ランス嬢の視線が和らぎました。
ペンドルトン嬢は優しい人でした。
ロンドンでも、そうだったし、
ここでもそうでした。
おそらく彼女の堕落は、
この優しい性格のせいかもしれない。
ダルトン氏の欲望を
拒否するのが申し訳なくて、
彼に引きずられてしまったのかも
しれませんでした。
ランス嬢は、決心していたよりも
ずっと柔らかな口調で、
突然ロンドンから姿を消してしまって
驚いた。
一言の別れの挨拶もなく
本当に無情だったと非難しました。
ローラは、
許して欲しい。状況が急展開して、
周囲を顧みる余裕がなかったと
謝罪しました。
ランス嬢が、
ここでの生活について尋ねた後も
率直な田舎暮らしの話が続きました。
しかしランス嬢は、
行間を読むことを固く決心し、
彼女の生活のあちこちに
ダルトン氏とのロマンスが
入り込んでいるに違いないと
信じて疑いませんでした。

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ランス嬢の止まらない妄想に
腹立たしいやら、情けないやら
呆れるやら・・・
ウィルクス嬢とオーソン嬢が
推測で物言うことを禁じながら
自分は妄想の限りを尽くしている。
ダルトン氏が彼女にプロポーズしたり
結婚を匂わせたこともないのに
自分はダルトン氏と
結婚するのが当然だと思い
ここまで妄想の限りを尽くすなんて
ある意味、すごい。
これも一種の才能だと思います。
いっそのこと、彼女の妄想を全て
小説にしたら、
この手のスキャンダラスな悲恋が
好きな女性たちに
売れるかもしれません。
それでも、ランス嬢の良い点は
この妄想を
他の人に話さないことだと思います。
もしも、ウィルクス嬢とオーソン嬢に
話していたら、
あっという間に、それが広まり、
ローラの評判は、
がた落ちになったと思います。
そんなことになれば、ダルトン氏は、
その場にいる人々を全員、叩き出し
後で復讐しそうですが・・・
妄想が真実だと思い込み、
ローラに嫉妬し、
助言をしようとするのは
とても愚かなことだと思います。
ローラと本当に仲の良い人々以外
ランス嬢も含めた
大抵の社交界の人々は、
才色兼備で性格も良くて
非の打ちどころがないローラを
妬んでいるのだと思います。
自分の能力や努力の足りなさを考えず
ただローラに勝ちたいために、
彼女が、
アメリカ人の平民を父親に持つ
私生児と嘲ることで、
自分たちの優位性を
保っているのだと思います。
もともと、ランス嬢は
そんなに性格は悪くないと思いますが
人々の悪癖と恋愛小説に感化されて
物事を正しく見極めて考える力が
失われてしまっているのが残念です。