
103話 ランス嬢は、自分が言われたのと同じことをローラに言おうとしています。
ランス嬢は、
ダンビルパークが
ホワイトフィールドと隣接しているので
普段、ダルトン氏との交流もスムーズに
行われているのではないかと
尋ねました。
ローラは、
ダルトン氏が良い叔父さんなので
よく甥や姪に会いに来ると
答えました。
ランス嬢は、
シェルダン嬢も訪問するのかと
尋ねました。
ローラは
「はい。甥っ子たちと一緒に」
と答えました。
ランス嬢は、
シェルダン嬢が、今回の集まりに、
多大な助けを与えたと聞いている。
自分は、まだ一日しか
滞在していないけれど
シェルダン嬢が、
どれだけ苦労したかを
感じる取ることができた。
本当にお疲れ様と労いました。
ローラは謝意を表しました。
ランス嬢は、
ダンビルパークと
ホワイトフィールドの間は
かなりの距離があると
フェアファクス氏から聞いたと
話しました。
ローラは、
2、3時間の距離だと答えました。
ランス嬢は、
集まりの準備で、
行ったり来たりするのは
大変だっただろう。
何日間準備したのかと尋ねました。
ローラは、
一週間くらいだと答えました。
ランス嬢は、ローラが
ダルトン氏と寝室を共にしながら
この家で暮らしていたんだと
思いました。
彼女は、喉がカラカラに渇きました。
ランス嬢は、
正直に話すけれど、
自分は今日シェルダン嬢を見て、
とても心配になった。
シェルダン嬢の姿が、まるで・・・
ああ、いいえ。
シェルダン嬢の名誉のためにも
直接的な言葉は控えると言いました。
ローラは、黙って聞いていました。
ランス嬢は、
必死で、声に純粋な心配を込めようと
努めながら、
以前、シェルダン嬢は自分に
女性の評判が、どれほど簡単に傷つくか
アドバイスしてくれた。
自分を心配してくれた言葉に感動した。
そして自分もシェルダン嬢のような
友人になりたいと思った。
そして、今日、シェルダン嬢の
本当の友人になる機会を得た。
自分はシェルダン嬢より年下だけれど
世の中が、
どう動いているか知っている。
イギリスは不況期であり、
由緒ある家門の当主たちは、
結婚を自分の家を守る手段として
使っている。
彼らにとって、
財産も家柄も不足している女性は
結婚の対象にならないと
話しました。
ローラは、
怪訝そうな眼差しをしていましたが
静かに耳を傾けました。
ランス嬢は、
若い当主たちにとって、
美しくて貧しい女性は、
単なる手軽な恋愛相手に過ぎない。
そして恋愛は、男性には
あまり影響を与えないけれど
女性の評判を損なう。不合理でも、
それが世の中の仕組みなので
どうしようもないと言いました。
ローラは、
口を挟んでしまって、
申し訳ないけれど、ランス嬢は、
なぜ自分に、
そんなことを話すのかと尋ねました。
ランス嬢は、
一度大きく深呼吸をすると、
ペンドルトン嬢は、まだ中年に
差し掛かっているわけでもないので
これから十分に結婚できる。
しかし、どんな階級であっても
女性の評判は、
結婚に大きな影響を与える。
どんなに階級が下がっても、
大切な貞操を
軽々しく投げ捨てるべきではない。
たとえ、その男性が
このように立派な邸宅を持つ
名門の紳士であったとしても
何も責任を取ってくれないだろうと
アドバイスしました。
ローラは目を見開きました。
ランス嬢の意図に気づいた
彼女の顔が真っ赤になりました。
ランス嬢は、ローラが核心を突かれて
恥ずかしい思いをしたと考えました。
彼女は助言を装った
説教を続けました。
そして、
それは亡くなった両親だけでなく、
神に対しても恥ずべき罪だ。
すでに両親が罪を犯したからといって、
ペンドルトン嬢まで、
その運命を繰り返す必要は・・・
と言ったところで、ローラは
もう、話すのは止めるように。
これ以上は、自分だけでなく、
ダルトン氏への侮辱にもなると言って
ランス嬢の言葉を遮りました。
いつの間にか、
ペンドルトン嬢の顔はもちろん、
首筋や胸のあたりまで
赤くなっていました。
このくらい話せば理解できただろうと
思ったランス嬢は
素直に口を閉じました。
ペンドルトン嬢は、
視線をどこに置けばよいか
分からないように、あちこち見回すと
やがて、部屋に戻ろうと言いました。
二人はぎこちなく廊下を通り、
階段を上りました。
ペンドルトン嬢は歩きながら
ずっと何かを考えているようでした。
ランス嬢が、
2階の階段で立ち止まりました。
ペンドルトン嬢の部屋は3階でした。
ランス嬢は彼女に挨拶をして
廊下の方へ歩こうとすると、
ローラが彼女を呼びました。
ランス嬢は立ち止まりました。
二人の視線が
暗闇の中でぶつかりました。
ローラは、
おせっかいかもしれないけれど、
今日の自分への忠告を
ダルトン氏には言わないように。
ダルトン氏は侮辱されたと
感じるだろうし、
ランス嬢に対する好感も
消えてしまうだろうと忠告しました。
ランス嬢は戸惑いながらも
頷きました。
彼女が自分とダルトン氏の関係を
心配するとは思いもしませんでした。
ペンドルトン嬢は微笑みながら
明日は舟遊びがあるので、
ゆっくり休むようにと告げると、
音を立てずに
階段を歩いて上りました。
ランス嬢は、
ゆっくりと自分の部屋に戻りました。
彼女は廊下を歩く間ずっと、
何か恥ずかしいことをしたような
気分でした。
しかし、それが何なのか分からず
もどかしくなりました。

翌日、紳士淑女たちは、
三々五々ペアを組んで
ホワイトフィールド付近の湖畔で
舟に乗りました。
ゆっくりと櫂を漕ぐ紳士たちと、
日傘を広げてクルクル回しながら
周囲の風景を眺める
貴婦人たちの姿には、
贅沢な美しさがありました。
周囲に住んでいる村人たちが
遠くから彼らを
不思議そうに見つめていました。
貴族たちは彼らを無視し、
それぞれの享楽に浸っていました。
歌を歌い、好きな異性にアプローチし
水の中に手を入れて
手袋を濡らしながら。
ローラは船に乗ったまま、
一緒に乗っている他の女性たちの
雑談を聞いていました。
ロンドン時代には、
ローラを公然と軽蔑していた
彼女たちでしたが、昨日ダルトン氏に
ダルトン家とフェアファックス家の
一員として紹介されてからは、
かなり親しげになっていました。
彼女たちは、
ローラがすでに知っている
ロンドンのニュースを
細かく教えてくれました。
ペンドルトン家の当主が
船舶事業の投資家を探し、
大規模な建造を始めたとか、
エリザベス・モートン夫人は
つわりでほとんど寝たきりだとか、
ジョアン・ジェンセン嬢は
最近イギリスの社交界で
非常に人気があり、
婚約者がいるにもかかわらず
多くの恋人候補が並んでいるとか。
ローラは彼女たちの言葉を
半分聞き流しながら、
はるか先を行く舟を見つめました。
ダルトン氏が漕いでいる船の上に、
ランス嬢が水色の日傘を持って
座っていました。
彼女は、並んで座っている友人たちと
おしゃべりをし、
時々ダルトン氏に話しかけました。
その時、ダルトン氏は、
そちらへ顔を向けて
何か返事をしていました。
上手く行くといいけれど。
今回の集まりで、二人は
婚約しなければなりませんでした。
女性たちの話題は、
ランス嬢とダルトン氏の
秘密の恋愛話で持ち切りでした。
ランス嬢が彼と結婚できなければ、
社交界での彼女の命運は終わりでした。
そしてランス嬢の心も
耐えられないほどの傷を
負うことになるはずでした。
昨日のランス嬢の忠告には、
自分に対する露骨な警戒心が
隠されていました。
表向きは、ローラを心配する仮面を
かぶっていましたが、
その中に秘められた嫉妬を
感じ取れないローラでは
ありませんでした。
ランス嬢は、それほどまでに
ダルトン氏を愛していました。
そして、その愛は、
ダルトン氏が煽ったものだろう。
二人の愛情行為を
見たことはないけれど、
ランス嬢のように
人気があり自信に満ちた女性が、
自分に興味もない男性に
これほど深く惹かれるはずが
ありませんでした。
彼女はランス嬢が
12年前の自分のように傷つくことを
望んでいませんでした。
9歳年下の女性から
不愉快な誤解を受けましたが、
二人が婚約すれば
きちんと釈明できるだろう。
まずは二人の婚約が急務でした。
もちろん、二人の結婚が決まるその日
自分の心は、難破した船のように
粉々に砕け散るだろう。
しかし、それは、
自分が背負わなければならない
荷物だと、ローラは
痛む心に、そう言い聞かせました。
船遊びが終わり、
ピクニックが続きました。
ローラの計画通り、
ダルトン氏はずっと
ランス嬢と同じグループになって
彼女の仲間たちと
時間を過ごしていました。
ランス嬢がクスクス笑う声が
ローラの所まで聞こえて来ました。
果たして、雰囲気は
十分、熟しているのだろうか。
ローラは彼らの方へ目を向けました。
そして、ランス嬢が
自然にダルトン氏の肩に
頭をもたれかけるのを
見てしまいました。
ローラは、
見たくないものを見たかのように
すぐに顔を背けました。
彼女はあっという間に食欲を失い、
ピクニックの間ずっと
何も食べられませんでした。
食事が終わり、午後いっぱい、
テニスとクロケットが続きました。
ローラは、わざとダルトン氏の方を
見ないように努めながら
使用人たちに後片付けを指示し、
ゲームを見ることに集中しました。
「ペンドルトン嬢」
テニスの試合が真っ最中の
コートの近くに立ち、
行ったり来たりするボールを
無表情で見ていたローラは、
近くから聞こえた声に驚きました。
ダルトン氏でした
彼は、
外遊びをするのに申し分のない日だ。
ペンドルトン嬢は、
見事に良い日を選んでくれたと
褒めました。
ローラは頷いて「はい」と答えました。
ダルトン氏はローラに
テニスは好きか。
直接ゲームをしているのを
一度も見たことがないような
気がすると尋ねました。
ローラは、
すぐに疲れてしまうので
あまり好きではないと答えました。
ダルトン氏は、
ローラがダンビルパークで
過ごすようになってから
健康になったので、
一度参加してみようと勧めました。
しかし、ローラは首を振りました。
彼女は異様なほど、
胸が苦しくなっていました。
彼の声を聞くのも嫌で、
返事をするのもイライラしました。
彼の存在は、
いつも嬉しく思っていたので、
こんなことは
一度もありませんでした。
ダルトン氏は、ローラに
疲れていないか。
昨日と今日無理をしていないかと
尋ねました。
ローラは、それを否定し、
ただ、こうしていたいだけだと
答えました。
頬に彼の視線を感じました。
自分をじっと見つめている
黒い瞳が目に浮かびました。
ローラは彼に目を向けず、
コートだけを見つめました。
ダルトン氏は、
ローラの気分が良くなさそうだけれど
自分のせいかと尋ねました。
ローラは黙ったままでした。
ダルトン氏は、
理由は分からないけれど、
あなたが、こんなに怒っているなら
全て自分のせいだろうと謝りました。
ローラは泣きたくなりました。
彼女は、
ダルトン氏は
何も悪いことをしていない。
ただ、自分の体調が少し悪いだけだと
答えました。
ダルトン氏は、
自分に手伝えることはないかと
尋ねました。
ローラは、
ない。何か対処が必要なら
自分ですると答えると、
彼と反対側の方へ
顔を向けてしまいました。
ローラは、
このバカ。
なぜ八つ当たりをするのか。
彼は何も悪いことをしていないのに。
ただ自分が、一方的に
彼を好きなだけなのにと
自分を責めました。
すぐに、後ろから、
再びダルトン氏を呼ぶ
ランス嬢の声が聞こえて来ました。
彼は振り返ってローラから離れました。
ローラの目元は、
霧のように微かな湿り気を帯び
まるで胸の上に
レンガを置いたかのように
心が重くなりました。
ローラは、
すぐに目元をこすりました。
突然、この全ての状況から
逃げ出したくなりました。
遠く遠く、ヨークシャーを離れて
どこかに、
隠れてしまいたくなりました。

ローラは、自分の感情を
過小評価してきたという事実を
ずっと実感しなければ
なりませんでした。
その後のスケジュールも
ダルトン氏はずっと
ランス嬢のグループと一緒にいました。
オーケストラを招いて開かれた
小さな演奏会で、
ダルトン氏とランス嬢は
並んで座って鑑賞しました。
ローラがその席を
そのように指定したからでした。
二次会のホイストゲームと
ビリヤードの試合でも、
ランス嬢とダルトン氏は
同じ組になりました。
これもまたローラの計画でした。
ローラは、
他の客を相手にすることに
集中していましたが、
ランス嬢とダルトン氏が
一緒にいることを意識するだけで
神経が尖っていました。
仕事が終わり、寝室に戻ったローラは
自分が嫉妬していることを
認めざるを得ませんでした。
彼女はベッドに丸まって座り、
考えました。
今もこんなに苦しいのに、
彼が結婚したらどうなるのだろうか?
一人の女性の夫になった姿を
見なければならないとしたら。
心臓に鋭い痛みが走りました。
彼女は体を震わせました。
ローラは、
ここを離れなければならない。
幸いにも自分には父の遺産があるので
大金を貯める必要はないだろう。
卒業した寄宿学校に手紙を書いて
教師のポストがあるかどうかを調べて
そこで子どもたちを教えよう。
家庭教師より
報酬は少ないかもしれないけれど
安定していて、
やりがいがあるはずだ。
ローラは決心して
ベッドに横になりました。
その時、
トントンとノックの音がしました。
ローラは「はい」と返事をすると
「私です」と声が返って来ました。
ダルトン氏の声でした。
ローラはその場で飛び起きました。

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ローラは自分と同じ失敗を
ランス嬢がすることがないよう、
彼女のことを心から心配して、
自分の体験を
他人事のように話すことで、
そこからランス嬢が
何かを感じ取ってくれることを
願った。
けれども、ランス嬢は
単なる自分の想像を
本当のことだと思い込み、
彼女の知っていることなど、
狭い社交界の中の、ほんの一部、
しかも、
人の悪意が混じっているのに
自分は何でも知っていると過信し
アドバイスという名の説教をし、
ローラを堂々と侮辱している。
ランス嬢は、一度痛い目に遭って
自分の愚かさを
反省すべきだと思いました。
そして、ローラとダルトン氏。
両想いなのに、二人とも、
片想いだと思って
報われない恋に悩んでいる。
読んでいて、
ますます切なさが募りました。