
123話 ローティス嬢はローラに、イアンの居場所を尋ねました。
ローラは、
なぜ、それを聞くのかと
尋ねました。
ローティス嬢は返事もせず、
目を伏せて考え込み始めました。
その目つきがあまりにも冷たいので
ローラは、
恐怖で心臓が凍りつきました。
まもなくローティス嬢は、
自分が彼の命を奪ってあげようかと
提案しました。
ローラは驚いて
「えっ?」と聞き返しました。
ローティス嬢は、
自分は旅行作家だ。
出版社とは郵便でのみ連絡を取り、
ほとんどの時間を海外で過ごしている。
あなたが望むなら、
その男の命を奪って
イギリスを離れて暮らすけれど
どうだろうかと提案しました。
ローラは血の気が引くような
気分になりました。
ローティス嬢は、
男はプライドが傷つけられると、
見境なく暴力を振るう。
あなたが
その男の気持ちを受け入れなければ
彼はきっと、
あなたの方から先に誘惑しておいて
今さら言い訳をするのか、
裏切られたとか言いながら、
あなたの命を奪おうとするだろう。
かつて自分に命まで捧げると言って
セレナーデを歌っていたくせに
結局、自分の片足に銃弾を撃ち込んだ
あの最低な男のようにと言いました。
ローラは両手が痺れて
目の前が真っ暗になりました。
ローティス嬢は名射手であり、
やると決めたことは、
必ずやる人でした。
自分のそばをうろつく
ダルトン氏を見つけることができれば
必ず持っている銃を抜くだろう。
ローラは、
ダルトン氏はそんな人ではないと
彼を庇いました。
ローティス嬢は、
そんな人でなければ、
そもそも、なぜバースまで
追いかけて来るのか。
その人がどこに住んでいるのか
教えるように。
すぐにピストルで一発・・・と
話を続けましたが、
ローラはもう我慢ができなくなり
パッと立ち上がると
「ダメです!
ダルトン氏の命を奪わないで!」
と室内中に響き渡る声で叫びました。
ローティス嬢は、
突然叫ぶローラの様子を
驚いた表情で見ました。
ローラは、
両手でスカートの裾をしっかり握り
目に涙を浮かべながら
あの人はそんな人ではない。
彼は、彼自身を傷つけることはあっても
自分を攻撃する人ではないと
必死で叫びました。
ローラの頬を涙が伝いました。
ローラは言葉を続けられず、
両手で顔を覆いました。
感情が高ぶったせいで、
嗚咽が漏れました。
ローティス嬢は
少し呆れたような口調で、
命を奪わないので泣かないでと
彼女をなだめました。
しばらくして涙が収まると、
ローラは少し気まずくなりました。
彼女の人生の中で、
このように激しい感情を
誰かに見せるのは、
本当に珍しいことでした。
ローラは濡れた顔を拭いながら、
そっとローティス嬢の様子を
窺いました。
彼女は腕を組んで
ローラを見つめていました。
顔には悪戯っぽい笑みが
浮かんでいました。
ローティス嬢は、
この空間に、
危険な紳士を愛してしまった
無謀な女性が1人いるようですねと
指摘しました。
ローラの顔が真っ赤に染まりました。
ローティス嬢は、
もっと早く言えば良かったのに。
愛の鬼ごっこをしていると
知っていたら、最初から、
そんな殺伐とした話を
しなかったのにとローラを責めました。
ローラは、
愛の鬼ごっこだなんて、
そういうことではないと反論しました。
ローティス嬢は、
何が違うというのか。
紳士を焦らしている最中?
それとも、自分に対する愛が
どれほど深くて大きいか
試しているの?どちらでも構わない。
気の合う男女がすることなら、
それは、ただの恋愛ごっこで
犯罪ではないと言いました。
困ったことでした。
ダルトン氏に対する誤解が解けて
幸いだけれど、自分が意図的に
彼を困らせているという
別の誤解が生まれてしまいました。
ハイド嬢が来る前に
誤解を解かなければならないと
思ったローラは、真剣な表情で
自分はその人と結婚しないと
告げました。
するとローティス嬢は、
ただ寝るだけなのか。
それも悪くないと言いました。
ローラは顔を赤くしながら、
何を言っているのか。寝たりしないと
ローティス嬢に抗議しました。
彼女はニコニコ笑いながら、
それなら男女が会って
何をするというのかと、
ローラをからかいました。
ローラは、
慌てた気持ちを落ち着かせると
ダルトン氏と自分の違いについて、
自分が持つ現実感覚に基づいた
結婚観について、
再び真剣に話を始めました。
しかし、ローラの話が進むにつれて、
ローティス嬢の表情は
次第に退屈そうになって行きました。
ローティス嬢は、
要するに、
その男性は名門の家柄の当主で、
あなたは、条件がそれに合わないから
結婚できないということですよねと
確認しました。
ローラは頷きました。
ローティス嬢は、
何て古臭いことを言っているのかと
非難しました。
ローラは「えっ?」と驚きました。
ローティス嬢は、
一方がお金を持っているかどうかが
結婚生活に何の関係があるのか。
両方ともなければ問題だけれど
一方が多い場合は
もう一方に分ければ良い。
それに、あなたの両親が
どのように結ばれたにせよ、
なぜ、それがあなたの制約に
ならなければならないのかと
尋ねました。
ローラは、
ローティス嬢が、あまりにも長く
イギリスを離れていたので、
よく分からないのだろう。
イギリス社会は、
血統を非常に重視していると
答えました。
ローティス嬢は、
自分は18歳まで
イギリスで暮らしていたので
この国が、
非常に保守的な場所であることは
よく知っている。
しかし、その男性は、血統について
特に偏見がないのですよね。
あなたの両親の問題も
彼は知っていますよねと尋ねました。
ローラは「はい」と答えると、
しかし、実際に結婚すると、
彼にとって大きな制約となるだろうし
結局、自分のせいで
苦労することになるだろうと
話しました。
ローティス嬢は、
それはその人が背負う問題だ。
苦しみがなければ得るものもない。
それが世の中のルールだと
話しました。
ローラは、
愛する人が自分のせいで
苦しむのは耐えられない。
苦しみに耐えられず、
自分への愛が冷めるなんて、
なおさらだ・・・と訴えました。
ローティス嬢は
「ああ」と返事をして頷くと、
結局、現実に押し潰されて
男性の愛が冷めてしまうことで
受ける傷が怖い、
ということですねと尋ねました。
ローラは、
否定するために口を開きましたが
いざ話そうとしても
声が出ませんでした。
そうね。ある程度は事実。
自分の条件のせいで
結婚後に彼が後悔すること。
それはとても恐ろしいこと。
ローラは、そう考えながら
口を閉ざし、
すぐに少し沈んだ表情になりました。
ローティス嬢は舌打ちをしました。
彼女は、隣に置いてある
ハイド嬢の服を整えながら、
自分はローラが
勇敢な人だと思っていたけれど、
実はとても臆病者だった。
知っていることは多くても、
愛は知らないお嬢様だと、
話しました。
そして、
2人の心が1つになることが
どれほど大きな奇跡か
知らないのですよね?
賢い愛だけが本当の愛ではない。
愚かな愛、無謀な愛も愛なのだと
話しました。
ローラは、
ローティス嬢の考えに
異議を唱えるつもりはない。
愛の観念は、
人それぞれ違いがあるから。
しかし、全ての条件を無視する
無謀な結婚は、
多くの不幸を招くのが現実だと
言いました。
ローティス嬢は、
あなたは、そのように
生きなければいいではないかと
反論しました。
ローラは、
自分は普通の人間なので、
現実に逆らう力がないと
返事をしました。
ローティス嬢は、
自分たちはグラント女学校で
多くの人文書を読み、理性を高め
論理を磨き上げて来たけれど
人生の全ての瞬間を
理性的に生きることはできない。
そうしてはならないと言いました。
理性の信奉者と言えるローラは
少し腹を立てました。
彼女は、
理性は自分たちの人生において
最も優れた羅針盤だ。
一時の欲求や幼稚な感情に流されて
不幸になるのを防いでくれる。
感情だけが存在する人間は
弱くなるしかない。
自分の人生を運命に任せて
津波に巻き込まれるように
生きるだけだと主張しました。
しかし、ローティス嬢は、
人間は不幸にならないために
存在しているわけではなく、
幸せになるために存在している。
理性だけを持つ人間が
幸せになれると思うのかと
尋ねました。
ローラは、
理性を通じて、
幸せへの道を見つけることが
できるだろうと答えました。
ローティス嬢は、
幸せは感情だ。
人間は感情を通じて幸福を感じる。
舌がなければ、
リンゴがどれほど甘いか
感じられないように、
感情がなければ
人生の幸せを感じられない。
人間が理性だけで生きるなら、
その人生は味気なくて退屈な
模範解答集に過ぎない。
おそらく彼は、
あなたがそばにいるだけで
幸せだろう。
愛は人間が経験できる
最も美しい奇跡だから。
たとえ結婚後に困難が訪れても、
あなたには
彼を幸せにする力があると
話しました。
ローラは、
自分にその能力があると
どうやって確信すればいいのかと
尋ねました。
ローティス嬢は、
確信する必要ない。
感情は法律でも科学でもないから。
愛に必要なのは勇気だけ。
どんなことがあっても、
その人と一緒に幸せになれると
信じるように。
無謀に思えても、そう信じるように。
無謀になる勇気のない人は
愛する資格がないと話しました。
ローラは何も言えませんでした。
ローティス嬢の言葉は
彼女の信念とは正反対でした。
ローラが一生かけて悩み、結論を出し
しっかりと内面化した生き方を
真っ向から否定する言葉でした。
普段なら母のペンダントを撫でて
理性を取り戻していたローラでしたが
首にかけられた
ドロレス・ペンドルトンの肖像は
もはや感情への警告には
なりませんでした。
最近経験した出来事を通じて、
母と父の愛を
否定しなくなったからでした。
ローラは、なぜか彼女の言葉を
信じたくなりました。
今までしがみついて生きてきた
信念は、実は
愚かな頑固さに過ぎないのだと。
ローティス嬢が自分に
答えを教えてくれているのだと。
だから、イアン・ダルトンを愛しても
構わないのだと。
彼女の目の前に
再びイアンが浮かび上がりました。
繊細な目元に輝く黒い瞳。
優雅な顔立ちと温かい笑顔。
会いたい。
ローラは、
目に涙が溜まるのを感じて、
すぐに瞬きしました。

その時、ローティス嬢は杖をついて
ソファーから立ち上がりました。
ああ、会いたい。
ジェーンは、
一体いつ帰って来るのかと
呟くローティス嬢の声から、
ローラは、
自分と同じような切なさを
感じることができました。
ローティス嬢は窓の方へ行き、
外を見始めました。
ローラはローティス嬢の背中を
じっと見つめました。
なぜ、彼女は勇気を出さないのか。
ローラは勇気を振り絞り、
何度も聞いてみたいと思いながらも
ぐっと堪えて来た質問をしました。
ローティス嬢は、
外をキョロキョロ見回しながら、
それは、どういう意味かと
聞き返しました。
ローラは、
自分の推測が
間違っているかもしれないし、
もしそうなら、
本当に失礼だと思うけれど、
自分はハイド嬢に対する
ローティス嬢の気持ちが
決して友情ではないことを
知っていると話しました。
一時、客室の中に静寂が漂いました。
しばらくして、ローティス嬢は
ゆっくりと振り向いて、
ローラを正面から見つめました。
そして、
いつ気づいたのかと尋ねました。
ローラは、
ここに滞在するようになってから
1週間も経たないうちにと
答えました。
ローティス嬢はクスッと笑い、
そんなにバレバレだったのかと
言いました。
ローラは、
ローティス嬢が身体的接触を嫌がる人で
男性の体が触れそうになると
杖を振って追い払うし、
女性であっても握手以上は許さない。
けれども、ハイド嬢が腕を組んだり、
抱きしめたり、肩に頬を擦り付けても、
何の制裁もしない。
むしろ・・・
少し好きなように見えたと話しました。
ローティス嬢は、
初めて恥ずかしそうな表情で
自分がそうしたのかと尋ねました。
ローラは「はい」と答えました。
ローティス嬢は、
あなたに知らせるつもりはなかった。
もっと注意すべきだったと
自責しました。
ローラは、
ハイド嬢と触れるたびに
頬を赤らめていたローティス嬢の
可愛らしい顔を思い浮かべて
首を振ると、
大丈夫。自分はその問題について
特に先入観はないと言いました。
ローティス嬢は、
ローラが毎週教会に通って、
毎日祈りを捧げる
熱心なキリスト教信者なのに
どうしてなのかと尋ねました。
ローラは、
ローティス嬢が言う通り、自分は、
聖書を人生の最も重要な指針とする
キリスト教信者だ。
しかし同時に
グラント校長先生の弟子でもある。
あの人から自分は、
人文古典だけでなく
自然科学書についても指導を受けた。
多くの科学者が自然を観察し、
ほとんどの種で
ローティス嬢のような例が見つかった。
事実がそうであれば、
それもまた神の御心だろう。
したがって、ローティス嬢も
神の計画の一つだと答えました。
ローティス嬢は、
保守的なイギリス国教会の信者に
自分の性向を認めてもらえるなんて
グラント校長の教育に
改めて感謝しなければならないと
言うと、微かに微笑みながら
窓枠にもたれて立ちました。

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世界を旅して、
見識を高めて来ただけあり、
ローティス嬢の言葉一つ一つに
説得力があり、
それを聞いているうちに、
ローラの頑なな心が
少しずつ解けて行くのが
見て取れました。
今まで自分を支えていた信念を
捨てるのは怖いかもしれませんが
ようやく自分の愚かな頑固さに
気づけたのだから、
ジョン・アシュトンに捨てられた時の
傷を乗り越えて、イアンを信じて
彼の胸に飛び込んで欲しいと
思います。