
126話 イアンはウィリアム・フェアファクスから手紙を受け取りました。
イアン・ダルトンへ。
差出人を見ずに、
手紙を開封するような奴ではないので
私がウィリアムであることは
よく分かっているだろう。
元気がどうか聞くのは省略する。
お前の健康状態など
全く気にしていないから。
私は、お前が主催した
あの立派な狩猟の集まりから戻った直後
ジャネットに、
招待されたお茶会に全て出席するよう
頼んだ。
その結果、ロンドンのあらゆるお茶会で
お前とランス嬢が、
すでに婚約したという話題で
持ちきりだったことが分かった。
イアン・ダルトン、
お前はランス嬢に何をしたか
知っているのか?
お前は、自分の愛を手に入れるために
他の女性の評判を
傷つけても良いと思っているのか?
私は今回のことで
お前に、とても失望した。
真剣に絶交を考えているほどだ。
もし、お前が
この事態を収拾しなければ、
死ぬまで、お前と口を利かないだろう。
早くロンドンへ来い。
来てランス嬢にプロポーズするか、
お前が1人の女性の心を射止めるために
ランス嬢を利用したことを
公式に宣言するか、
どんな方法を使ってでも
ランス嬢を救い出せ。
それが、まだお前が
名誉を重んじる人間であることを
証明する唯一の方法だ。
イアン・ダルトン、
お前が愛する人だけが
大切な存在ではない。
あなたが、あれほど軽蔑している
分別のない淑女たちも
同じく大切な神の被造物だ。
傲慢で利己的なお前が、
この機会にその事実を
学んでくれることを願っている。
それでは。
かつてお前の友人だった、
ウィリアム・フェアファックスより。
追伸:
最近、ハイド嬢から手紙をもらった。
ペンドルトン嬢、いやシェルダン嬢が
翻訳の仕事を始めたそうだ。
その気になりさえすれば、
お前が提示した家庭教師の給料よりも
はるかに多くの金額を
稼げるようになったのだ。
彼女は、もう1人でも十分に
不自由なく暮らすことができる。
だから、
ペンドルトン嬢の周りを
うろうろするのはやめろ。
義姉の話では、帽子店の倉庫を
借りているそうだけれど、
正気なのか?
お前のような奴に捕まった
ペンドルトン嬢が不憫でならない。
実に気の毒だ。
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手紙を読み進めている間、イアンは
非常に真剣な表情をしていました。
ウィリアムが、これほど深刻な口調で
彼を叱ったことはありませんでした。
幼い頃から心が広かったウィリアムは
大抵のことは笑い飛ばす
善良な友人でした。
そんなウィリアムが絶交まで口にし、
自分を責めていました。
もしウィリアムが
追伸を書き加えていなければ、
彼は、これまで
特に気にしたことのなかった
ランス嬢の心情や立場について、
もう少し深く
考えてみたかもしれませんでした。
しかし、
文末に添えられた数行の追伸は
手紙の核心であるランス嬢を
イアンの脳裏から
きれいに消し去ってしまいました。
ローラが
翻訳の仕事をすることになったって?
バースで観光を楽しんでいるローラが
どうして突然翻訳者になれたのか、
彼としては疑問でした。
しかし、ウィリアムが、
ハイド嬢の名前まで出したのを見ると
間違いなく本当だろうと思いました。
ローラにとっては良いことでした。
彼女は、
知的で語学力に優れていました。
さらに本が大好きなので、
彼女の適性にぴったりの仕事でした。
ローラの優れた知性は
彼女を愛する理由の1つであり、
彼を絶えず魅了する大切な宝物でした。
彼女が自分の能力を
宝箱から取り出す機会が訪れたのは、
彼女自身だけでなく
イアン自身にとっても
幸せなことでした。
しかし、はたしてローラが
ヨークシャーに戻るかどうか
明らかでないこの状況で、彼女が
家庭教師の給料をはるかに超える
お金を稼げるようになる可能性に、
彼は非常に困惑しました。
彼女は戻る理由がなくなった。
小さな悪ガキたちに、無理矢理
ラテン語の動詞を教えるよりも
苦労せずに、もっとお金を稼げる
仕事を見つけたから。
彼女は・・・ 彼女は・・・
彼は手紙を落とし、
両手で顔を覆いました。
もう自分のことは忘れて
どこかへ行ってしまうかもしれない。
彼は壁を背にしたまま
ズルズルと崩れ落ちました。
倉庫を漂う埃のように
恐怖が彼の周りをグルグル回り
やがて絶望となって
肩の上に降り積もりました。

ロンドンの秋は、
社交シーズン特有の贅沢な享楽が
消えましたが、
それなりに特別な趣がありました。
馬車道を走っていた華やかな四輪馬車や
ハイドパークを歩いていた
着飾った女性たちは皆、
リゾート都市へと旅立ち、
今はロンドンっ子たちの時間でした。
彼らは皆、洗練されていて
余裕のある中産階級の人々で、
ロンドンそのものを楽しむ
真のロンドンっ子でした。
フェアファックス氏は
この時期のロンドンを愛していました。
どんよりとした天気のため、
いつも傘を用意する必要がありましたが
落ち葉が敷き詰められた通りは
詩を紡ぎ出すような憂愁があり、
イギリス特有の彩度の低い建物は
秋の静けさの中で
真の品格を露わにしていました。
この時期、フェアファクス氏は、
よく散歩に出かけました。
妹のジャネットが編んでくれた
セーターの上に
襟を立てたフロックコートを着て
ロンドンの街を歩くと、
仕事で忙しない頭の中が
すっきり晴れ渡りました。
その日も、彼はコートの襟を立て、
黒い傘を持ったまま
ロンドンの街を歩いていました。
しかし、彼は、
普段の散歩がもたらす楽しみを十分に
味わうことができませんでした。
彼は郵便局から帰る途中でした。
もしかして、
友人のイアン・ダルトンからの手紙が
届いているのではないかと
思ったからでした。
しかし、
絶交を警告する手紙を送ってから
1週間が経ったのに、
手紙は届いていませんでした。
ろくでなし。男の面汚し。
名誉も知らぬ無頼漢!
彼は心の中で、
友人を激しく罵りました。
8歳で義理の親戚となって以来、
イアンから、
あらゆる罵声を浴びせられ
鼻持ちならない傲慢さに
耐えなければなりませんでしたが
フェアファクス氏は、
生まれつき楽天的な性格だったため
イアン・ダルトンを面白がり、
寛大に受け入れていました。
しかし、今は違いました。
彼はイアン・ダルトンに
非常に腹を立てていました。
彼はリージェンツパークを過ぎて
近くの高級住宅街に入りました。
ロンドンに常駐する貴族や
ジェントリーたちの大邸宅が立ち並ぶ
高級住宅街の1つでした。
まもなく、彼の視界に
大理石で建てられた豪華な大邸宅が
映りました。
家の門にはランス家の表札が
掛かっていました。
彼は家の前に立ちました。
今日も断られるのだろうか。
彼は残念な気持ちで
門を見つめながら立っていました。
1か月前、
ホワイトフィールドで起きた
不祥事の後、フェアファクス氏は
1人で夜行列車に乗ろうとする
ランス嬢に同行し、彼女を
ロンドンまでエスコートしました。
2人の間には
何の会話も交わされませんでしたが、
彼はランス嬢が、
どれほど心を痛めていたかを
感じ取ることができました。
彼は胸が痛みました。
なぜ、もっと早く気づかなかったのか。
もう少し注意を払っていれば、
彼女の心がどこに向かっているのか
十分に分かったはずなのに。
一般的に、女性にとって20歳は
結婚適齢期と考えられていました。
しかし、まだ幼くて純粋な年齢でした。
愛する男性が
他の女性を望んでいるという話を
両耳で聞いてしまった。
しかも、第三者がいる場で。
彼はランス嬢が負った傷の深刻さを
到底、
推し量ることさえできませんでした。
そして最近耳にする噂は、
ランス嬢の傷を膿ませて
破裂させるのに十分でした。
ランス嬢と
イアン・ダルトンの婚約の噂は、
今回の社交シーズンで
最も大きな話題だったようでした。
しかし、ホワイトフィールドでの
狩りの集まり以降、ランス嬢が
婚約者に捨てられたという噂に
変わりました。
残念ながら、ランス嬢は、
2人を見守る視線が多い環境で
自制心を発揮できませんでした。
狩猟の集まりの間中、
イアン・ダルトンの後を付いて回って
彼に甘え、
彼が目に入らないと焦っていました。
それに比べて、
イアン・ダルトンの反応は
冷淡そのものでした。
噂の様相が変わったのは、
ある意味当然のことでした。
また、イアン・ダルトンが
ロンドンの貴族たちの前で、
ペンドルトン嬢を家門の一員として
堂々と紹介したことも一役買いました。
人々はランス嬢が、婚約者を
ペンドルトン嬢に
奪われたのではないかと
囁き始めました。
それはランス嬢にとって、
婚約破棄そのものよりも
不利な噂でした。
結婚市場における
ペンドルトン嬢の価値評価は
年配の紳士たちからの求愛に
感慨無量でなければならないほど
非常に低かったです。
嘆かわしいことだけれど、
お金と家柄だけが
人間を評価する唯一の秤である
結婚市場において、ペンドルトン嬢は
限りなく取るに足らない存在でした。
しかし、そのペンデルトン嬢に
ランス嬢が婚約者を
奪われてしまったのでした。
紳士たちと仲人たちは
ランス嬢に何か欠点があると確信し、
淑女たちは、
美しいライバルの失墜を
小気味よく思っていました。
貴族の淑女の
唯一の就職市場である社交界で、
ランス嬢の価値は、限りなく
底辺に落ちてしまいました。
フェアファクス氏は
最近ランス嬢のことが心配で、
仕事に手がつきませんでした。
もしかすると感受性が鋭いランス嬢が
極端な選択をするのではないかと
心配になりました。
そんなに無謀な淑女ではないと
信じたいけれど、
不快な噂に巻き込まれた淑女たちが
自ら命を絶つことは、決して
珍しいことではありませんでした。
彼はジャネットに、
頻繁にランス嬢を訪ねてみるよう
勧めました。
まだ彼女を崇拝していたジャネットは
一生懸命ランス嬢を訪ねました。
しかしランス家は
お茶会自体を中止しており、
訪問者も受け入れていませんでした。
ジャネット嬢は、
何度も無駄足を踏んでいるうちに
プライドが傷つき、
他の友達と付き合い始めました。
フェアファクス氏が、
もう一度ランス家を訪ねるよう
説得しても、彼女は手を振って断り
友達とハロッズへ買い物に行ったり、
オペラを観に出かけたりしました。
結局、フェアファクス氏自ら
ランス家を
訪問することになりました。
はたして、
自分が彼女の慰めになるかは
分かりませんでしたが、それでも
彼女が今もなお、自分にとって
星のように輝く淑女であり、
自分の心は、今もあなたを
大切な友人だと思っていると
伝えたかったのでした。
フェアファクス氏は、
門を通り過ぎると
ドアノッカーを叩きました。
中年のメイドが出て来ました。
彼はランス嬢を訪ねて来たことを
伝えました。
しかし、
特に期待はしていませんでした。
すでに3回目の訪問でした。
その度にメイドは、
訪問者を受け入れていないと言い、
彼は訪問者カードを残して
去らなければなりませんでした。
しかし、今日は違って、
メイドは彼を家の中に案内しました。
驚いた彼はメイドに、ランス夫人が、
また社交活動を始めたのかと
尋ねました。
メイドは、
依然として訪問者を断っているけれど
ただ、ドーラ嬢が
ウィリアム・フェアファクス氏の
訪問者カードを見て、次に来た時に
応接室に案内するように指示したと
答えました。
フェアファクス氏は
応接室に案内されました。
彼はソファーに座って
ランス嬢を待ちました。
まもなく、
ラベンダーが細かく刺繍されている
控えめなドレスを着たランス嬢が
応接室に入って来ました。
意外にも、ランス嬢の顔に
絶望の色は浮かんでいませんでした。
少し痩せましたが、
青白く見えることもなく、
目の下にクマもありませんでした。
「ようこそ、フェアファクス様」
ランス嬢は、少し笑みを浮かべながら
慣れた様子で
手の甲を差し出しました。
フェアファクス氏は
彼女の手の甲にキスをして
会えて嬉しいと告げました。
ランス嬢は、自分もそうだと
返事をすると、
フェアファクス氏に、3度も
無駄足を踏ませてしまったことを
謝り、彼女の母親が、
訪問者カードを見るのも嫌がるので
いつもメイドのジェニーが
捨ててしまうからと言い訳をしました。
フェアファクス氏は、
なぜ訪問者カードを
捨ててしまうのかと尋ねました。
ランス嬢は
フェアファクス氏の向かいに座ると
最近、
年配の紳士たちが贈り物を持って
何度も訪ねて来る。
母親は、資産家の年配の人々を
友人にすることを好むけれど
彼らが自分を狙っていることを知り、
完全に社交活動をやめてしまったと
説明しました。
フェアファクス氏は眉を顰めました。
再婚相手を探している老人たちが、
まるで幽霊のように匂いを嗅ぎつけ、
評判が落ちたランス嬢に
アプローチしようと
群がっているようでした。

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フェアファクス氏は
イアンだけを責めているけれど、
ランス嬢に期待を持たせた責任が
フェアファクス氏と
ジャネットにもあることを
気づけていれば良かったのにと
思います。
イアンの責任は、
最後にロンドンを去る時に、
自らランス嬢に別れの挨拶を
しなかったことくらいだと
思います。
それに、フェアファクス氏が
どれだけイアンを
説得しようとしたところで、
彼が言うことを聞かないことくらい
フェアファクス氏は
分かっているのではないでしょうか。
彼は、
仕事が手に付かなくなるくらい
ランス嬢のことが心配で、
イアンに彼女との結婚を
迫っているわけでしょう?
イアンと結婚するよりも、そこまで
ランス嬢のことを気にかけている
フェアファクス氏がランス嬢と
結婚する方が、ずっといいと思います。