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182話 オデットとバスティアンは体を重ね続けています。
バスティアンの瞳の中で日が沈み
月が昇りました。
オデットは、
何度も閉じそうになる目を開けて、
青い夜が染み込んだ
その瞳を見つめました。
バスティアンは、
彼女と目を合わせながら
腰を動かしていました。
静かな眼差しとは裏腹に
オデットを揺さぶる動きは
激流のように荒々しいものでした。
彼を避けて
闇の中を彷徨っていたオデットの視線が
月明かりの差し込む窓の上で
止まりました。
いつの間にか、夜が更けたようだけれど
正確な時間を測るのは難しかったです。
体を重ね、視線を交わし、
唇を重ねました。
そうしているうちに、うとうとし、
目が覚め、決まった手順のように
再び体を重ねることを繰り返しました。
本能しか残っていない獣に
成り下がったかのような自己嫌悪も
いつの間にか跡形もなく
消え去りました。
オデットは、
それを認識する理知さえ失い、
押し寄せる欲望に飲み込まれました。
「あっ!」
意志とは無関係に、
新たな悲鳴が漏れました。
オデットはもがきながら首を回して
バスティアンを見つめました。
太く引き締まった肩の上で揺れる
白い脚を通り過ぎた視線は、
すぐに生々しい欲望を宿した瞳に
届きました。
彼が深く入って来る度に、息が詰まり
視界がぼやけました。
限界を超えた快感は、
今や苦痛へと近づいていました。
お願いだからと、
切に願って抵抗しましたが、
無駄でした。
体を屈めて、濡れた目元に
口を合わせたバスティアンは、
最も敏感な部分を正確に刺激しながら
オデットを追い詰めました。
オデットは腕を伸ばして
バスティアンの首に抱きつきました。
汗で濡れた髪をかき分けながら
唇を合わせると、
彼は当然の手順のように
息を分かち合ってくれました。
慌てて唇を重ねている間に、
揺れていた脚が強張り、
つま先が縮こまりました。
ここで止めたいと思ったけれど
バスティアンは、ついにオデットを
泥沼まで引きずり下ろしました。
その泥沼のような快感の中で
声を上げる自分が、
あまりにも見知らぬ者のようで、
恐ろしくて、オデットは
むしろ目を閉じてしまいました。
しかし、見なくても
バスティアンの視線を感じました。
盲目的な渇望を宿した
冷たい炎のような目。
あれほど切望して追いかけて来た
バスティアンの視線を、
今、オデットは恐れていました。
完璧な終止符を打つために
全てを投げ出したのに、
むしろ、混乱だけが
まずます大きくなって行きました。
あの頃は、本当に
蜃気楼に過ぎなかったのだろうか。
辛うじて目を開けると、
白金のような月光を背にした
男性の裸体が見えました。
背筋を伸ばして座ったバスティアンは
今や、ただ一つの目的のためだけに
動いていました。
自分を最も惨めに踏みにじった行為と
変わらないことを
オデットは知っていました。
しかし、
あの絶望的な夜とは違うことも
分かったような気がしました。
一体なぜ?
知れば知るほど、
大きくなる疑問の重さに
耐えられなくなったその瞬間、
バスティアンが離れました。
彼はオデットの外で最後を迎えました。
オデットは、ぼんやりとした目で
獣のようにうめく男を見つめました。
汗に濡れたお腹の上に降り注いだ
欲望の残滓が、
もはや見慣れたものとなりました。
バスティアンが引いた明確な線を
実感する瞬間でした。
オデットは、
もしかすると、これが
最も確かな答えなのかもしれないと
ふと考えました。
息を整えたバスティアンは
いつの間にか体を回して
ベッドの下に降りていました。
指先一つ動かせないほど
疲れ果てたオデットは、
浅い息を弾ませながら、
遠ざかっていく男の背中を
見つめました。
ひときわ明るい月光が落とす陰影が
いまだにぴんと張り詰め、
緊張が残る筋肉の動きを
際立たせていました。
浴室に行ったバスティアンは、
ほどなくして、
再びベッドに戻りました。
手に持った濡れタオルが
何を意味するのかも、
オデットはよく分かっていました。
遅ればせながら、
恥ずかしさが押し寄せて来ましたが
拒否する力は残っていませんでした。
諦めたオデットは、静かに目を閉じて
バスティアンの手の温もりを
受け入れました。
顔から首筋へ、そして再び胸へと。
バスティアンは慎重に
情事の痕跡を拭い去って行きました。
下腹部を通り過ぎたタオルが
脚の間に触れた時、
思わず体が縮こまりました。
一瞬手を止めたバスティアンは、
低い笑い声を漏らしながら
震える太腿を開きました。
柔らかな力のこもった、
その温かい手を、オデットは
もう拒むことができませんでした。
蔓バラに囲まれた窓を
通り抜けた風からは、
瑞々しくて甘い花の香りが
漂っていました。
虫やカエルが鳴く夏の夜の歌も
その風に乗って伝わって来ました。
オデットは、
つま先まで届いた濡れタオルが
去った後に
ようやく目を開けました。
バスティアンは、
ベッドの縁に腰掛けて
彼女を見下ろしていました。
露骨な情熱が消えた眼差しは
深く静まり返っていました。
冷ややかでありながらも柔らかい
オデットを混乱させる
まさに、あの眼差しでした。
ようやく見つけた答えは
再び無効になりました。
一体なぜ?
オデットは、
恨みを込めた問いを
投げかけるかのように、
バスティアンの腕に縋りつきました。
互いに深く見つめ合っていた時間に
最初に句点を打ったのは
バスティアンでした。
彼は再びベッドに上がり、
オデットと向かい合って
横になりました。
乱れた髪をかき上げたバスティアンは
嘴で突く鳥のように
優しいキスをしながら
オデットを抱きしめました。
額と鼻筋、頬とあご。
そっと顔をなぞっていた唇は
オデットの首筋を伝って
胸に触れました。
オデットは、
力なく垂れ下がっていたを手を上げて
胸の中に潜り込む男を
抱き締めました。
夜が更けても、彼からは
暖かい日差しの香りがしました。
オデットは
バスティアンの背中に刻まれた傷を
撫でながら、そっと目を閉じました。

10時を少し過ぎていました。
サイドテーブルに置かれた
置き時計を確認したバスティアンは
静かにベッドを後にしました。
無造作に放り投げられた服が
まるで抜け殻のように
散らばっていました。
ぐちゃぐちゃになった布団も
そのそばに転がっていました。
寝室をざっと片付けたバスティアンは
マットの上に置かれていた
小花柄の布団でオデットを包みました。
ぐっすり眠っていた女は、
幸いにも目を覚ましませんでした。
もしかすると、
気絶したという表現の方が
適切かもしれませんでした。
バスティアンは、
しわくちゃのズボンをはき、
シャツを羽織って
下の階へ降りました。
裏庭に出ると、
夜になって、より濃くなった
樹木の香りが染み込んだ風が
吹いて来ました。
バスティアンは、
自ら直した椅子に座り、
タバコを咥えて火を点けました。
軍用車が来る予定の時間は9時。
この夜が過ぎて朝が来れば
永遠の別れでした。
結局このような結末か。
深く吸い込んで吐き出した煙と共に
虚しい苦笑いが漏れました。
変更があれば知らせると言っていた
海軍省からは、これまで
何の連絡もありませんでした。
つまり、作戦は
計画通りに実行される。
開戦が避けられなくなったという
意味でした。
どうか予測が外れるようにと
切に願っていましたが、
バスティアンは最悪の事態を想定して
対策を講じました。
やむを得ず
ここを離れなければならない状況が
発生しても、
オデットの安全を守れるように。
それさえできれば十分でした。
雑念を振り払うようにタバコを消した
バスティアンは台所へ行き、
軽食を探しました。
水と果物。 残ったパンとバター程度。
甘いものが好きな女のために
チョコレートとキャンディーも
いくつか用意しました。
一緒に子供の胎動を感じた夜の記憶は
明かりを消した台所の暗がりに葬り去り
背を向けました。
再び寝室に戻ったバスティアンは、
ナイトテーブルの上にトレーを置き、
ランプを点けました。
「オデット」と
そっと名前を囁きながら頭を撫でると
体をもぞもぞ動かしていたオデットが
目を覚ましました。
辛うじて体を起こした彼女を
ベッドヘッドに寄りかからせて
座らせたバスティアンは、
まず水のグラスを渡しました。
意識を取り戻したオデットは、
まだ火曜日ですねと、
まず時間を確認しました。
置き時計を離れたオデットの視線が
トレーの上で止まりました。
彼女は、
あれは何かと尋ねました。
バスティアンは、
最後の晩餐だと、
おどけた返事をしながら、
そのトレーを
ベッドの上へ運んで来ました。
今まで、
夕食すら取れていなかったという
事実を思い出した
オデットの眼差しが沈みました。
素敵な夕食を準備したくて、
あらかじめメニューを決めて
買い物もしておきました。
どんなテーブルクロスを使うか、
どんな飾り付けをするか、
どんな服を着るかも
悩んだ末に決めました。
それなのに、
こんなにつまらない夕食だなんて。
よりによってバスティアンは
最も見栄えのしない皿に、
最もお粗末な料理を
盛り付けてきました。
子供たちに食べさせて残った
ミートパイもあるのに。
残った食べ物を
保管する場所がわからず、
調理台にあるものだけを
持って来たようでした。
真夜中近くに、
今さら夕食を作るのは無理だけれど
少なくとも、
これよりは、まともな食事を
用意することができたはずでした。
焦ったオデットは
急いで体を起こしました。
しかしバスティアンは
断固として首を振り、
彼女の肩を抱き締めながら
時間が、かなり遅くなったと言って
彼女を止めました。
オデットは、
他の料理がある。
温めるだけなので、すぐに・・・
と言いましたが、バスティアンは
これで十分だと返事をすると
静かなため息をつきながら、
オデットを
ベッドの上に座らせました。
布団が滑り落ちて現れた
オデットの裸体が、
温かな色調のランプの光で
染まりました。
バスティアンは目を細めて
彼女を見つめました。
遅ればせながら、
その執拗な眼差しの意味に気づいた
オデットは、慌てて
露わになっている胸を隠し、
頬を赤らめました。
慌てふためいたオデットは、
窓辺に置かれたテーブルを指差して
それなら、
あそこへ行こうと言いました。
訳の分からない強情でしたが、
バスティアンは素直に
トレーを動かしました。
周囲を見回していたオデットは
そこにあるネグリジェを
持って来てくれないかと
新しい命令を下しました。
バスティアンはくすっと笑いながら
化粧台の椅子の上に置かれた
ネグリジェを手に取りました。
そして、自分は今の服装が
一番気に入っているのにと
言いました。
しかし、オデットは、
野蛮人のような姿で
最後の晩餐に参加したくないと
主張しました。
するとバスティアンは、
それなら一緒に服を脱いで
「楽園の晩餐」と
名付けだらどうかと
意地悪な冗談を言いました。
しかし、その瞬間も、
バスティアンの声は抑揚がなく
淡々としていました。
コツコツと近づいて来て
ネグリジェを差し出す動作も
落ち着いていて、節度がありました。
わずかに歪んだ唇の上に浮かんだ
少年のような微笑みは、だからこそ
より瑞々しく感じられました。
オデットは、
そのような行き過ぎた気遣いは
遠慮すると返事をすると、
苦笑いを浮かべながら
ネグリジェを受け取りました。
急いでそれを着た瞬間、
体が宙に浮かび上がりました。
いつの間にかオデットを抱き抱えた
バスティアンが
窓際のテーブルに向かっていました。
子供扱いされるのは
気まずかったけれど、
すぐに目的地に着いたため、
断る間もありませんでした。
オデットを椅子に座らせた
バスティアンは、彼自ら
ネグリジェの裾を整えてくれました。
もしも、平坦な人生を送っていたら、
とても優しい男だったかもしれないと
オデットは思いました。
儚い仮定でした。
オデットは、
窓の向こうの夜空を見つめながら、
乱れた心を整えました。
その間に、バスティアンが
向かい側に座りました。
「オデット」と優しく囁く声が
テーブルを越えて届きました。
オデットはゆっくりと顔を向けて
バスティアンを見つめました。
目が合うと
彼はニッコリと笑いました。
この男に夢中になっていたサンドリンを
理解できそうな気がしました。
彼女にとっては、いつもこのように
魅惑的な恋人だったのだろうと
思いました。
契約によって結ばれ、
裏切りと憎しみで互いを壊し、
恋人となって別れる。
本当に滑稽なことだけれど
戻る道はありませんでした。
だから最後まで、
この選択に全力を尽くすと、
オデットは改めて決意を固めました。
.
悪夢となった哀れな女に施す
最後の施しだと言っても良かった。
過去3年間、耐え抜いて来たのだから
たった1日くらい、
我慢できない理由はありませんでした。
髪をきちんと整えたオデットは、
首をまっすぐに伸ばして
バスティアンと向き合いました。
そして、
一夜限りの恋人に向かって、
これまでになく、明るく晴れやかに
ゆっくりと微笑みました。
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バスティアンは優しいのです。
おそらくオデットは、以前から、
それに気づいていたと思います。
けれども、
あまりにも辛いことが多過ぎて
彼が優しいという観念は、
オデットの中で
鳴りを潜めていたのだと思います。
けれども、辛さから解放されて
素直な気持ちで
バスティアンと向き合ったことで、
ようやくオデットは、
過去のことも含めて
彼の優しさを実感できたのだと
思います。
サンドリンの気持ちまで
理解できそうになるなんて驚きでした。
でも、バスティアンは
サンドリンに優しかったのではなく
親切にしていただけだと思います。
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