
128話 ランス嬢とフェアファクス氏は良い雰囲気になっています。
ランス嬢は、
時間がある時に、時々、
自分を訪ねてもらえないか。
長い時間は取らせない。
フェアファクス氏を通じて、
ペンドルトン嬢が元気にしているか、
また、
ハイド嬢についての話も聞きたいと
フェアファクス氏に頼みました。
彼は、ランス嬢が
ハイド嬢と親交があったのかと
尋ねました。
ランス嬢は、
社交界にいた頃は、
あまり親しくなかったのが少し残念だ。
もっと早く親しくなっていれば、
タイピストや秘書の仕事について
聞くことができただろう。
いつか自分も、その仕事を
することになるかもしれないと
答えました。
フェアファクス氏は苦笑いしました。
彼は、
ハイド嬢からたくさん話を
聞いているので、
自分が代わりに伝える。
そして次に訪問する時は、
必ずジャネットを連れて来る。
ジャネットの指が、ハープの弦の上で
どれほど、ぎこちなく動くかを
見せると言いました。
ランス嬢は、
ジャネット嬢が自分を訪ねて来ることで
彼女が不利益を被ることを
改めて話そうしました。
しかし、フェアファクス氏は、
自分はジャネットの保護者として、
あの子に正しい生き方を教える
義務がある。
状況が思わしくないからといって
友情を裏切り、
世間の誤解を受けているからといって
無実の人を軽蔑することは
人間の道理ではない。
ランス嬢は、昔も今も
自分たちの親しい友人であり、
自分たちはランス嬢を
一人で寂しくさせたりしないと
珍しく断固とした態度で
彼女の言葉を遮りました。
彼の声からは、
揺るぎない友情と信義が
感じられました。
ランス嬢は感動して
少し涙が出そうになりました。
そしてなぜか頬が赤く染まり
胸が締め付けられるような感覚も
ありました。
ランス嬢は
フェアファクス氏にお礼を言った後、
近いうちに、ジャネット嬢と一緒に
訪ねて来るように。
彼女が好きなクロワッサンと
チーズクラッカーを用意しておくと
伝えました。
フェアファクス氏は微笑みながら
ランス嬢の手の甲にキスをしました。
二人の間で何十回もあった儀式でしたが
なぜか、
いつもとは違う感慨がありました。
まだ微か過ぎて、
その正体は分かりませんでしたが、
これから数回会って視線を交わし合い
そして少しの正直ささえあれば、
いくらでも満開のバラのように
華やかに咲き誇る感情でした。
ランス家を去る時、
フェアファクス氏は、まるで何かが
自分の肩を引っ張っているような
気持ちになりました。
重い足を無理に踏み出しながら、
彼は、妙にドキドキする心臓を
意識していました。
今日、彼は、これまで
ただの友達だと思っていた女性に、
ずっと探していた理想的な女性を
見出しました。
尊敬できる
強く成熟した女性のことでした。

バースはロンドンよりも
早く晩秋を迎えました。
四方から落ち葉の香りが漂い、
時折、冷たい雨が降りました。
襟に毛皮をあしらった
厚手のコートを着た人々が見え始め
洋服店のショーウィンドウには
ベルベットのショールを纏った
マネキンが、
綿で作られた偽物の雪の間で
優雅に微笑み、
流行に敏感なバースの観光客を
誘惑していました。
街を歩いていたローラは、
枝だけになってしまった木に
ぶら下がり、時折吹く冷たい風にも
耐えている枯れ葉を見つめて
微笑みました。
彼女は秋が好きでした。
散歩をするにも本を読むにも
良い季節でした。
すぐに風邪を引いてしまうので、
フランネルのドロワーズを、必ず
履かなければなりませんでしたが、
その面倒さも、
秋特有の趣を満喫できるという
利点に比べれば我慢できました。
都会という共通点のためか
バースの秋は
ロンドンの秋と似た雰囲気でした。
ヨークシャーの秋は、どのような姿で
深まっていくのだろうか。
ローラは足を止めました。
そして、無意識のうちに
後ろを振り返りました。
彼女の後ろには誰もいませんでした。
彼女の目尻が少し下がりました。
ジョン・アシュトンと再会してから
二か月が経ちました。
あの日以来、外に出る度に
神経を尖らせていましたが、
ダルトン氏の気配は
全く感じられませんでした。
誰かに追われるというのは
怖いことなので、幸いだと
考えなければなりませんでした。
しかし、ローラは時々、
無意識に後ろを振り返る癖が
つきました。
そして、自分が探している
あの人がいないという事実に
残念そうに、うなだれました。
あの人はバースを離れただろう。
自分一人のために
興味のないリゾート地に滞在するには
あまりにも忙しい人だから。
ローラは、イアンへの恋しさを
必死に振り払いながら
足を速めました。
彼女は甘い香りを漂わせる
ベーカリーや、
すでにクリスマスの準備をしている
ギフトショップの前を通り過ぎました。
角を曲がると、
見慣れた建物が目に入りました。
パニーズホテルでした。
彼女は過去二か月間、週に一度
欠かさずこのホテルを訪れました。
ジョン・アシュトンを
見舞うためでした。
最初は義務感からの訪問でした。
実は今も同じでした。
しかし、
無理にやっているのかと言えば、
それはまた違いました。
彼の肋骨の回復が遅れていました。
医師は、
どうか横になってじっとしていろと
注意しましたが、彼が
何度も起き上がったためでした。
彼は、娘のセシリアを
膝の上に乗せて揺らしてあげたり
手を繋いで部屋の中を歩き回って
自分が、あまり痛くないことを
子供に確認させました。
痛くて汗をだらだら流しながらも
彼は子供の前で、決して
そんな素振りを見せませんでした。
その様子を見て、ローラは
自分の父親を思い出しました。
無邪気だった幼い頃、
いつも一人だったローラは退屈な時
絵を描くのに没頭している
父の膝の上に這い上がりました。
すると父親は、
少しも不機嫌になることなく
筆を置きました。
そして、肩車をしてくれたり、
一緒に花を摘みに出かけました。
男性が仕事を中断するのは
神経が過敏になるほどのことだし
芸術家なら、
なおさらのことだったろう。
しかし、父親は、
何よりも自分を優先してくれました。
たった一人の娘が
寂しさを感じる隙を与えないように
父は多くのものを
犠牲にしたのでした。
ルイス・シェルダンの娘であった
ローラは、娘に献身的な父親を
完全に憎むことができませんでした。
それが、たとえ自分を裏切った
ジョン・アシュトンであっても。
ローラは、
ゆっくりとホテルの中に入りました。
ロビーを通り過ぎて階段を上りました。
六階に辿り着いたローラは、
慣れた様子で
赤いカーペットが敷かれた廊下を歩き
ある客室の前に立ちました。
ノックをすると、
すぐに、使用人の一人が
ドアを開けてくれました。
彼女は客室の中へ歩いて行きました。
リビングに入ると、
ソファーに座っている
一人の子供が目に入りました。
きちんと編まれた赤い髪。
高級オーダーメイド服を着た
小柄な体。
妖精のように可愛らしい
目鼻立ちのくっきりとした青白い顔。
「ローラおばさん!」
子供は読んでいた本をそばに置き
すぐにローラへ駆け寄りました。
ローラはセシリアに挨拶すると、
子供はローラの腰をギュッと抱き締め
会いたかったと言いました。
ローラは子供の髪を
撫でてあげました。
子供は、
心地良さそうにゴロゴロ喉を鳴らす
猫のように笑いながら、彼女の腰に
顔を擦り寄せました。
子どもの遠慮のない愛情表現に、
ローラは
優しい笑みを浮かべました。
ローラは子供が大好きな人でしたが
自分とジョンの気まずい関係を考えると
セシリアと仲良くなっても
それを、ずっと維持して行くことが
できないので、最初は、セシリアと
仲良くなるつもりはありませんでした。
しかし、
週に一度見舞いに来ているうちに
ローラはセシリアと
非常に仲良くなりました。
セシリアは、
ローラが見舞いに来る度に、
いつも父親のベッドのそばの
スツールに座っていました。
おとなしい性格の子は、
黙って二人の会話を聞いていました。
ある日、帰ろうとするローラを
セシリアが引き止め、
突然、もしかして父と再婚するのかと
尋ねました。
ローラは驚き、
きっぱりと否定しました。
しかし、セシリアは疑いを拭い切れず、
いつも父が、自分のためにも
継母が必要だと言っていると
話しました。
ローラは、
自分は決してその相手ではない。
なぜなら、えーと、
あなたのお父様とは
釣り合わないからと否定しました。
セシリアは、
あまり釣り合わないようには
見えないと反論しました。
ローラは、
いいえ、かなり釣り合わない。
実は・・・
自分はとても大食いだと
話しました。
セシリアは、
食いしん坊なのかと尋ねました。
ローラは、
そうだと答えると、
ギリシャ神話の
エリュシクトンという人を
知っているか。
呪いにかけられて
果てしなく食べ続けた結果、
ついには自分自身まで
食べてしまった人。
自分はそういう人なので、
たぶん、あなたのお父様と結婚したら
自分に食べ物をくれるために
自分たちは皆、
貧しくなってしまうだろうと
話しました。
セシリアは、
それなのに、なぜ、
こんなに痩せているのかと尋ねました。
ローラは、
これもまた神の呪いだと答えました。
子供は納得したように頷くと
ローラを解放しました。
ローラは、自分の答えに
なぜかセシリアが
失望したような感じを受けました。
チェルシー夫人にその話をすると、
夫人は理解できるというような
顔をしました。
彼女は、
子供がほとんど一人でいること。
病気がちなので、
乳母もすぐに辞めてしまい、
外に出られず
友達も作れなかったこと。
あの子は継母ができるのを
密かに期待していること。
実の母親に
あまり愛されなかったので
優しい継母を望んでいることを
話しました。
その時になってローラは、
セシリアが自分に
継母になるかどうか尋ねたのは、
警戒心からではなく
期待を込めた質問だったのだと
納得しました。
ローラは子供に同情しました。
特に自分を
愛してくれなかったとしても、
実の母を失い、
唯一の友達と言える父親は
病床に伏せっている。
幼い年齢で、本当に孤独な立場に
置かれていました。
まるで、
幼い頃の自分のようでした。
その後、セシリアは
ローラに強い関心を抱きました。
エリュシクトンのように
大食いをする女性は、
子供の興味を引くのに十分でした。
子供は、ローラが訪れる度に
どれだけ、たくさん食べるのか。
どのくらいの頻度で食べるのか。
食べ物でない物も食べるのかと
あれこれ質問をしました。
ローラは、
子どもの好奇心を満たすために、
汗をかきながら
嘘をつかなければなりませんでした。
いつの間にか彼女は、退屈すると
机の脚までかじる女性に
なってしまいました。
ローラは、
もしかしたら子供が、
目の前のテーブルを食べてみろと
言うかもしれないと思って怖くなり、
すぐに話題を変え、
セシリアの関心事について話すよう
促しました。
子供は、
本とピアノの演奏が好きだと
言いました。
ローラに似ていました。
二人は好きな本と楽譜について
話し合い、いつの間にかローラは
セシリアの部屋に招かれ、
ピアニストの
セシリア・アシュトン嬢の独奏会の
唯一の観客となりました。
セシリアは優しくて美しいだけでなく
不思議な呪いまでかけられた
ローラおばさんに
急速に惹かれました。
ローラもまた子供が好きになりました。
純真で情の深い子でした。
彼女は子供と別れる時に
与えなければならない悲しみを
心配していましたが、
それでも子供の友達に
なることにしました。
母親は先日亡くなり、愛する父親は
病気で寝たきりの状態でした。
ジョン・アシュトンが
病床を離れて起き上がるまで、
子供の心を満たしてあげたいと
思いました。

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遅かれ早かれ
ランス嬢とフェアファクス氏は
ウェディングベルを
鳴らすことになるでしょう。
ローラの優しいところは、
彼女の長所だけれど、
今度ばかりはセシリアと
あまり仲良くなり過ぎないよう
線を引くべきだったと思います。
セシリアが、
あまりにもローラに懐けば
彼女の優しさに付け込み
セシリアを出しにして、
ジョン・アシュトンがローラに
結婚を迫るかもしれませんし、
ローラと父親が結婚をせず、
セシリアと別れることになったら
彼女は、ひどく悲しむと思います。