65話 遅い時間にパルアン侯爵がナビエを訪ねました。
◇上品で優雅な白鳥より◇
ナビエとパルアン侯爵の
2人だけになると
彼は、ラスタが逃亡奴隷だったこと、
宮殿へ来る前に
赤ちゃんを産んでいること、
そして、コシャールは暴力を振るい
ロテシュ子爵から
情報を引き出したが
なぜか、
ソビエシュの知るところとなり
騎士がコシャールを監禁した
とナビエに伝えました。
ラスタが
本当に逃亡奴隷だったことを知れば
コシャールは人々に広めると思い
ソビエシュは彼を監禁したのだと
ナビエは思いました。
彼女は、一足遅かったと嘆きましたが
パルアン侯爵は
自分たちは一足早かった。
ロテシュ子爵は
ラスタの弱点を晒さないし
ソビエシュは
コシャールの言うことを信じないので
ラスタに子供がいることを
ナビエがソビエシュに話すことを
提案しました。
黙っているナビエにパルアン侯爵は
ナビエが人の弱みを
振りかざすのは好きでないことは
知っているけれど、
上品で優雅な白鳥より
その肉を食べて生き残る動物の方が
いいのではないかと言いました。
◇真夜中の月◇
パルアン侯爵が帰った後
ナビエは、しばらく考えていました。
ラスタの過去は
驚くべきことだけれど
彼女の弱みを
ソビエシュに告げ口するように
伝えるのは気が進みませんでした。
今のラスタならともかく、
一番弱かった時のラスタを売り渡すのは
ラスタへの同情心ではなく、
自尊心の問題でした。
そして、ロテシュ子爵のことも
信じられませんでした。
ラスタが赤ちゃんを捨てたのか
奪われたのかは
2人だけが知っていることだから。
ラスタが赤ちゃんを捨てたのなら
隠して育てる必要はあるのだろうか。
今は仲間になっているから
ラスタの過去を隠しているけれど、
それ以前は
そのような関係では
なかったのではないかと思いました。
けれども、
ラスタの可哀そうな過去に
目をつぶることができたのは
自分たちが、互いに相手を
無視し合える時に可能だったこと。
兄が監禁されている状態で
威厳を保つのは愚かなことだと
ナビエは考えました。
まず、ナビエは、兄のことについて
ソビエシュと話すことにしました。
◇赤ちゃんの髪◇
首都へ向かう馬車の中で
ソビエシュは、
魔法使いの問題をきちんと
考えることができませんでした。
以前、ラスタが赤ちゃんを産んだ話には
驚いたものの
ラスタに愛した男性がいたことは
それほど気にならず、
ラスタが自分に嘘をついたことと
ラスタが赤ちゃんを捨てて
逃げたことが気になりました。
だからといって、無条件にラスタを
非難することはできませんでした。
今でも、ラスタを助けた時の
彼女の哀れな姿が
目の前に鮮明に浮かびました。
赤ちゃんを捨てたのか、奪われたのか
何が起こったかわからないのに
勝手に判断したくありませんでした。
結局心が整理できないまま
翌朝、ソビエシュは宮殿に戻ると
最初にラスタを訪ねました。
ソビエシュは戸口に立ったまま
寝ているラスタを眺め
ため息をつきました。
すると、テーブルの上に
銀色の髪が置かれていました。
ラスタの髪かと思いましたが
触ってみると、柔らかいので
赤ちゃんの髪の毛ではないかと
思いました。
そして、目覚めたラスタは
ソビエシュが髪の毛を
見ていることに気付き、
言い訳をすると、
慌てて、その髪を持って
ベッドに戻りました。
その不自然な行動により
ソビエシュは、その髪が
ラスタが
以前産んだ子の髪であることを
悟りました。
やはり子供を捨てたのではないと
思いました。
ソビエシュは、
やむを得ず赤ちゃんと別れたラスタが
赤ちゃんを恋しがり、
密かに髪の毛を保管していたと
思いました。
すると、ラスタの境遇と愛情が
悲しく思えました。
その考えが
ソビエシュの心を変えるための
最後の役割を果たしました。
自分の心が離れると思い、
本当のことが言えなかったのだと
ソビエシュは思いました。
それでも、ソビエシュは
いったん、このことについて
知らないふりをすることにしました。
◇一番良い方法◇
ソビエシュは、
1人で散歩しながら
心を整理した後、寝室へ戻り
カルル侯爵を呼び、
ナビエと離婚することを告げました。
カルル侯爵は、ソビエシュが
ラスタとの側室契約を解消し
その腹いせを
コシャールにすると考えていたので
驚きました。
なぜ、皇后と離婚するのか
理解できませんでした。
カルル侯爵はソビエシュに
その理由を尋ねると
皇后は兄を制御できないこと。
彼が問題を起こしたのは2度目。
ラスタが自分の赤ちゃんを
妊娠している以上、
彼女を攻撃することは
自分の赤ちゃんを攻撃するのと同じだと
答えました。
カルル侯爵は、
国民の憧れである皇后と
離婚すると聞いて呆然自失しました。
カルル侯爵は
離婚を防がなければと思い
皇帝の怒りを覚悟して
離婚は考え直して欲しい。
コシャールが問題なら、
彼だけに罰を下し、
コシャールの罪を
皇后に押し付けるのは良くないと
言いました。
ソビエシュは、沈んだ声で
唯一の後継者である
コシャールが処罰されれば
トロビー家の立場が危うくなる。
そうなると、
皇后の立場が苦しくなる。
彼女がどんなにうまくやろうと
努力しても
彼女を悪く言う人々が
出てくるだろうと言いました。
カルル侯爵は、ソビエシュが
皇后と離婚をすると言いながら
それが皇后のためだと
言っているようでした。
コシャールから赤ちゃんを守り
その余波から皇后を守るには
皇后と離婚をするのが一番いい。
コシャールを無条件に処罰して、
ナビエをそのままにすれば、
彼女に迷惑がかかる。
けれども、
コシャールを処罰して
ナビエと離婚をすれば
みんなは自分のことをひどいと思う。
慣例上、皇后は離婚をしても
再婚しない。
すると人々は皇后に同情する。
その間に、ラスタを皇后にすると
言いました。
衝撃的な話の連続に
カルル侯爵は気を失う寸前でした。
赤ちゃんが生まれて
1年を過ぎるまで
ラスタを皇后に据える。
そうすれば、その赤ちゃんは
正統性を持つようになると
ソビエシュが言うと
カルル侯爵は
ラスタに皇后は務まらないと
訴えました。
ソビエシュは、
基本的な仕事をいくつかやりながら、
1年間、
適当に席を守ってくれればいいと
言いました。
カルル侯爵は、
それでも、ラスタは
やり遂げられない。
国事は顔でするものではないと
反対しました。
それに対して、ソビエシュは
皆、そう思うだろうと答えたので、
カルル侯爵は呆れました。
ソビエシュは辛そうな表情で
目を閉じながら、
ラスタがいくら仕事を
よくやっても
皆、皇后と比較し彼女を恋しがる。
そして、彼女を復権させようという
世論が生まれたら
再び皇后を皇后の座に就かせると
言いました。
カルル侯爵は気が遠くなりそうでした。
彼は、声を絞り出して
皇后にも子供ができるかもしれないと
言いましたが、
ソビエシュは皇后は不妊だと
きっぱり言いました。
カルル侯爵は何か言おうとしましたが
ソビエシュはそれを遮りました。
彼は
自分の赤ちゃんを守るために
自分の決断を
変える気はありませんでした。
カルル侯爵は、
ラスタの過去は葬るつもりかと
尋ねました。
ソビエシュは、
ラスタの赤ちゃんは
自分とは無関係だと言いました。
普通、恋人に
そのような過去があれば
裏切られたと思ったり
嫉妬するものなのに
むしろソビエシュは淡泊でした。
カルル侯爵は
平民出身の側室を
皇后にすると反対が大きいので
他家の良い令嬢を
皇后にしたらどうかと
提案しました。
しかし、ソビエシュは
家柄の良い令嬢が皇后になれば
ナビエを求める世論が
大きくならないので
ナビエを復権させるのが
大変になると答えました。
そして、
反対があると思うけれど
ラスタは自分の赤ちゃんを
妊娠しているので
押し通すことができる。
それでもだめなら、彼女を
没落した家門に入れると言いました。
ラスタが、皇后の座を
簡単に譲らなかったら
どうするのかと
カルル侯爵は尋ねました。
ソビエシュは、
ラスタは
欲がないわけではないけれど
身をわきまえているし、
適度に善良で利口だ。
自分が耐えられる場所でないことが
わかるだろうと言いました。
皇后の座にいる間に
欲が出てきたらどうするのかと
カルル侯爵が尋ねると
下りたがらなければ下ろせばいい。
ラスタがロテシュ子爵と共謀して
トゥアニア公爵夫人を陥れた事件で
皇后の座から下ろせると
ソビエシュは答えました。
カルル侯爵は、ソビエシュが
あの事件の報告書を
破棄しなかった理由が
分かったような気がしました。
カルル侯爵は
ソビエシュを複雑な目で見ながら
ゆっくり「はい」と返事をしました。
この回のお話。
読めば読むほど、
ソビエシュの自己中心的な考えに
腹が立って来ます。
ナビエ様と離婚するのが
一番良い方法だと言って、
その理由をカルル侯爵に
説明していますが、
それはソビエシュにとって
一番良い方法であり、
ナビエ様の感情は
一切無視しています。
コシャールのことで
ナビエ様が悪く言われたとしても
それをどう感じるかは
ナビエ様次第。
彼女の立場が苦しくなり
白い目で見られるかも
しれませんが、
それに耐えられる力を
ナビエ様は持っていると思います。
ラスタが来てからの
ソビエシュの仕打ちよりも
まだ、マシかもしれません。
それに、全ての人がナビエ様に
非難の目を向ける訳ではなく
彼女の立場に理解を示す人も
いると思います。
それなのに、
ナビエ様の立場が苦しくなることを
さも思いやっているように話す
ソビエシュ。
離婚することで
ナビエ様がどれだけ衝撃を受けるか
全く考えていません。
離婚をしても慣例通り、
ナビエ様は再婚しないと思ったので
こんな馬鹿げた計画を
立てたのでしょうけれど、
これは、ソビエシュの
思い込みです。
ラスタの子供を跡継ぎにしたい、
でもナビエ様を失いたくない。
相反する2つの望みを叶えるために
ナビエ様と離婚し、
一年だけラスタを皇后にするのが
一番良い方法だ
これですべてうまくいくと
自分本位に考えたソビエシュ。
自分の都合のいいように
事が運ぶと思い込んでいた
ソビエシュ。
ラスタについても
子供を産んだばかりの産婦に
何ができるかと言っていますが、
これもソビエシュの思い込み。
後に、ラスタは色々やらかし、
東大帝国で最悪の皇后と
言われるようになります。
自分は皇帝だから、
自分の思い通りに全て運ぶ。
人の感情も
思い通りに操れると思ったら
大間違い。
せっかくカルル侯爵という
良きアドバイザーがいて、
ソビエシュの過ちを正そうとしたのに
自分の意見を押し通すだけ。
ナビエ様を失うという
大きな代償を払うまで、
自分の過ちに気付けなかった
ソビエシュ。
皇帝としても失格だと思います。