261話 下女はゾンビの血の入ったスープを飲まされそうになっています。
◇抵抗◇
下女は、
スープの中に何が入っているのか
知っているので、
絶対にスープを飲まないように
口に力を入れました。
人に飲ませようとしたのに、
自分が飲まないのはひどいと
耳元で、ふざけた声が囁きました。
下女は、ダガ公爵にやらされたと
言い訳をしたくても、
口を開いた途端、
ゾンビの血の入ったスープを
飲まされることになるので、
目を閉じて、歯を食いしばり、
すすり泣きながら、
首を振り続けました。
そうしているうちに、
ある瞬間、
後ろに立っていた
鳥肌の立つような存在が
いなくなったことに気がつきました。
彼女はゆっくり目を開くと、
スプーンを持った手が
見えませんでした。
しばらく、下女は
動くことができませんでしたが、
そのまま、ここにいれば
皇帝殺害罪を初めてとして、
全ての罪が自分のせいにされるし
彼女に仕事を指示したダガ公爵も
助けてくれないので、
ここを抜け出す必要がありました。
彼女は食いしばっていた歯から
力を抜き、
皿とスプーンを握った瞬間、
目の前に立っている男が
彼女の口にスープを入れました。
それが喉に流れ込むと、
下女は悲鳴を上げました。
驚いた彼女は後ずさりして、
カートを倒してしまいました。
幽霊のように現れて、
幽霊のように消え、
再び幽霊のように
目の前に立っている男は、
いつ来たのか。
真っ白な髪の下の赤い瞳が
妖しく微笑みました。
下女は指を喉に突っ込み、
鎖骨の辺りを拳で叩いて、
飲んだスープを吐き出しましたが
安心できませんでした。
白髪の男は、
にっこり笑いながら
その下女を眺め、
少し腰を屈めると、
秘密を囁くかのように、
5分あげるから
逃げて見ろと言いました。
スープを飲んでいないので
5分を過ぎたら、
殺すということだろうか。
下女はカートにつかまり
身体を起こして、床を蹴ると
廊下を走り出しました。
通り過ぎる人が、
彼女を振り返りましたが、
下女は止まることなく
走り続けました。
ダガ公爵の所へ行けば殺される。
しかも、彼は夜、宮殿にいない。
それでは、どこへ行けば良いのか。
下女は、
慈しみ深いアイニ皇后なら、
事情を説明すれば
分かってくれるだろう。
それに彼女のそばには
人がたくさんいるので、
あの狂った白髪の男が現われても
助けてもらえると思い、
下女はよろめきながら、
階段を上りました。
そして、
アイニの部屋のある廊下まで
たどり着きましたが、
カートをひっくり返したせいで
服がめちゃくちゃになり、
泣き叫んでる下女を
皇后の部屋に行かせる近衛兵は
いませんでした。
近衛兵は彼女を止めました。
彼女は足を踏み鳴らしながら、
何か言おうとしましたが、
口から出て来たのは
濃い緑色の塊でした。
喉が詰まった下女は、
身体の力が抜けて倒れました。
近衛兵たちは驚きました。
下女は薄れて行く意識の中で
アイニの部屋の方へ
手を伸ばしましたが、
ひどくお腹が空いて来ました。
慌てた近衛兵が
下女の肩をつかんだ途端、
彼女は空腹感に耐え切れず、
近衛兵の腕を噛みちぎりました。
◇大神官の御守り◇
ラティルは
スープを飲んだ使節団の所へ
走って行きました。
1/3ほど開いた扉の向こうに、
大きなテーブルが
ひっくり返っているのが見えました。
ラティルは、危険だと言って
引き止める近衛兵を振り切り、
部屋の中へ入りました。
4人の使節が首を押さえながら
発作を起こしていました。
一体、何を食べさせたのか。
彼らの身体は
コントロールを失っているように見え
筋肉が勝手に
動いているようでした。
肌は次第に青白くなり、
血管が露わになってきました。
ラティルは、
サーナット卿を探しましたが、
彼はどこにもいないので、
ラティルは悪態をつきました。
使節の人たちは、
一見、ゾンビのように見えました。
何かを食べさせれば、
ゾンビにすることができるのか。
死体がゾンビになるのでは
なかったのか。
ラティルはイライラしながら、
使節たちを見下ろしました。
タリウムから、
2人も剣を抜いた人が現われたと言って
浮かれて騒いでいた姿が
目の前に浮かびました。
こんなことが起きるなんて
信じられませんでした。
自分の国の人々を
ゾンビにして
死なせるわけにはいかない。
何か思い出さなければ。
自分がロードなら、
何かできないといけないと
必死になって考えていた時、
ゲスターが、
ゾンビは人を食べているので
ロードの側だと思われているけれど
ゾンビは理性がないので、
誰かの統制を受ける存在ではないと
言っていたことを思い出しました。
このまま、
彼らがゾンビになれば、犬死だ。
食屍鬼なら理性があるのにと
考えていた時、
ラティルは大神官の御守りを
首にかけていたことを
思い出しました。
ラティルは、
大神官が作ってくれた
御守りの紐を握って外し、
発作を起こしている使節の頬に
紙に吸い込ませる勢いで
押さえていると、
彼の発作が
徐々に収まってきました。
ラティルは隣に立っている近衛兵に
明るい顔で、効果があるようだと
叫びましたが、
彼は、ラティルが力で
使節を押さえていると言いました。
ラティルはお守りを数枚に引き裂くと
1枚は使節の服の中に入れて、
残りは近衛兵に渡し、
他の人の頬にも、
それを押し付けるように命令しました。
そうすることで、
他の人たちも、発作が収まり
気絶した状態に変わりました。
肌はまだ青みを帯びているものの
さらに事態が
深刻になっていないことが
確実になると、
ラティルはヒュアツィンテに
抗議しに行きました。
◇未練◇
ヒュアツィンテは、
意味もなく衝動に駆られたりしないし
突然、強大国と戦争をしたくなる
暴君でもなく、
公務に対して徹頭徹尾なので、
ラティルは、今回のことに
彼が関係していないことは
分かっていました。
彼からの手紙を横取りした
レアンが使節団にいたとしても、
こんなことはしませんでした。
けれども、彼は責任者なので、
誰がやったのか分からない以上、
ラティルは彼を
問い詰める必要がありました。
その後、真犯人を捕まえるのは
彼がすべきことでした。
ラティルが近衛兵を1人連れて、
姿を現すと、
ヒュアツィンテの寝室の周りに
立っていた近衛兵たちは
慌てました。
ラティルは、
ヒュアツィンテのことを尋ねると、
一番、職位の高そうな人が、
中にいるけれど、
たぶん休んでいると答えましたが
ラティルは、
緊急事態なので起こせと命令しました。
他国の皇帝が、自国の皇帝を
起こせと命じたことで、
近衛兵たちは気分を害したようでしたが
ラティルは、
運ばれて来た食事の中に、
毒よりひどい物が入っていた。
扉を開けろと命令すると、
一人の近衛兵が
慌てて中へ入りました。
ラティルは
何度もこめかみを押さえながら
眉をしかめました。
ただ、アイニ皇后が
偽対抗者だと言い張って
帰れば済むことだったのに、
一体、誰がこんなことをしたのか。
アイニは、元々、
そんな性格ではなさそうだけれど、
今は少しおかしくなっているから
分からない。
ダガ公爵は、
いかにもそんなことをしそうだと
考えていると、
パジャマの上にガウンを羽織った
ヒュアツィンテが
飛び出してきました。
ラティルは、食事を取った人が
ゾンビのように変わったと
ヒュアツィンテに告げると、
近衛兵までざわつきました。
ラティルは、
とりあえず臨時対策を立てておいたと
話している時、
クラインに、
夕方頃、酔いが醒めたら
自分の所へ来るようにと
言ったことを思い出しました。
ラティルの顔が青白く変わりました。
ラナムンが対抗者の剣を抜き、
食べ物に
何かが混ざっていたことに気付き、
その後、使節団が
ゾンビのように変わってしまったので
彼との約束を、
すっかり忘れていました。
ラティルはクラインの名前を叫ぶと
自分の泊っている部屋へ
走って行きました。
慌てたヒュアツィンテは
ラティルを追いかけながら、
どうしたのかと尋ねると、
彼女は、クラインに
自分の部屋へ来るように言ったけれど
飲むとゾンビになるスープが
そのまま残っていると答えました。
クラインは、人が残したスープを
飲むような子ではないので
安心するようにと
ヒュアツィンテは言いました。
ラティルは頷きましたが、
それでも不安は消えず、
走るスピードを上げました。
スープ自体が問題ではなく、
スープに毒を入れた人が、
八つ当たりで、
クラインを狙うかもしれないと
思ったからでした。
ラティルは、
他の使節団は大丈夫かと尋ねると
ヒュアツィンテは、
そんな話はなかったけれど、
確認するように指示したと答えました。
誰が犯人であれ、
きちんと処罰するべきだと
ラティルが言うと、
ヒュアツィンテは、
当然だと答えました。
ところが廊下を走っていると
窓越しに悲鳴のようなものが聞こえ
血の匂いもしました。
ラティルが立ち止まると、
ヒュアツィンテもつられて
立ち止まりました。
ラティルは廊下の窓を大きく開けると
上の階から
小さな悲鳴が聞こえてきました。
ヒュアツィンテは
上の階に皇后の部屋があると
告げました。
ラティルは上へ向かう階段と
下へ向かう階段を交互に見ました。
下へ行けばクラインに会えるけれど
上では何か起こっているようでした。
ヒュアツィンテは
ラティルの肩を叩きながら、
自分が上に行くので、
彼女はクラインの所へ行くようにと
言いました。
ラティルは危険だと言いましたが、
ヒュアツィンテは、
危険だから行かなければならない。
仲は悪いけれど、
彼女は、まだ自分の妻だからと
言いました。
そして、寂しそうに笑い、
未練たっぷりの目で
ラティルを見つめると、
一度、彼女の腕を握り、
近衛兵を連れて、
上の階へ走って行きました。
ラティルは何だか不安になり、
ヒュアツィンテの後ろ姿を見ました。
御守りの謎(笑)
マンガの58話では
御守りのネックレスは
金属製に見えます。
原作の49話では、
ネックレスの形をしたお守りと
書かれていて、
今回のお話の挿絵では
鎖が書かれています。
引き裂いたのは鎖?
紙に吸収させる勢いとあるので
御守りは紙?
御守りが革製なら
引き裂くことができるかも。
一体御守りは
何でできているのか
とても気になりました。
まさか、クラインは
スープを飲んだりしないよねと
心配しています。