263話 ゾンビを制圧し喜んでいたのも束の間、ヒュアツィンテが倒れてしまいました。
◇傲慢でもいい◇
ラティルは、
慌ててヒュアツィンテに近づきました。
彼の腕の内側に傷がありました。
ラティルは、
彼がケガをするのを見ていなかったので
いつケガをしたのか尋ねました。
彼は、辛うじて笑顔を見せると、
最初にゾンビたちを
1つの部屋に閉じ込めた時だと
答えました。
廊下に血が飛散っていたのに、
誰もいなかったのは、
ヒュアツィンテが
彼の兵士たちと共に
被害を最小限に食い止めるために
そのようにしたからでした。
後ろで、アイニが
自分のせいだ。
自分を庇ったからと呟きました。
ラティルは
怒りがこみ上げてきましたが、
感情を抑えました。
ヒュアツィンテが
アイニを助けようとして
ケガをしても、それは、
彼女のせいだとは言えませんでした。
ラティルは
ヒュアツィンテの腕を見ました。
彼の腕を中心に、
青い血管が広がっていました。
ヒュアツィンテは苦しそうに
うめき声を上げながら、
身体を捻りました。
中へ入れろと、
ダガ公爵が扉を開けて、指示しても
ラティルは身動きできませんでした。
胸がムカムカして、
目の前がクラクラしました。
その場に座っていながら、
別の所へいるような気がして、
自分の前に横になっている
ヒュアツィンテが
夢の中の人物のように思われました。
彼をひどく憎んだことがあったけれど
彼がゾンビになると
思ったことがなかった。
最近になって、彼を憎まなくなった。
残っているのは良い思い出だけで
傷ついたことは忘れたようだった。
笑いながら、
彼と挨拶ができるようになったのに
彼は理性のない怪物になって
旅立ってしまうのか。
ラティルは、心臓がドキドキして、
訳もなく、
パッと立ち上がろうとした時、
クラインが彼女の手に
大神官の御守りを握らせました。
彼は、ここへ来る途中、
大神官の御守りで
タリウムの人たちを助けたと
ラティルが話していたのを
覚えていました。
彼女はヒュアツィンテの首に
御守りをかけました。
彼は、辛うじて息をしながら
ラティルを見つめた後、
目を閉じました。
震えが収まり、
死んでいるように見えましたが、
微かに心臓の鼓動が感じられました。
ラティルは
ヒュアツィンテに顔を埋めて
泣きだしそうになるのを辛うじて堪え
「よくやった。」と、
クラインを褒めました。
気がつくと、
ダガ公爵が連れて来た人たちと
他の兵士たちで
部屋の中はいっぱいになっていました。
彼らは、
ゾンビが目を覚ますのではないかと
用心しながら、死体を集めました。
アイニは罪悪感のせいか
ぼんやり立っていましたが、
ラティルと目が合うと
すぐに、その場を離れました。
ダガ公爵は、
ラティルを、
殺したいと思っているかのように
睨んでいました。
倒れている婿を
全く心配していないので
ラティルは呆れました。
彼は、なぜ、ああなのかと
ラティルは訝しく思いましたが、
その場にいた騎士たちが、
何か不思議で
すごいものを見たように振舞い、
ラティルが彼らを救ったと
思っている様子で、
特にタリウムの兵士たちは、
満足そうにしているので、
彼は自分を睨んでいることに
気がつきました。
アイニに剣を貸してと頼んだ時も
反対したし、
ラティルが目立つことを
嫌っているようなダガ公爵。
この緊迫した状況で、
誰が目立つか考えられる彼は
ある意味、
本当にすごいのではないかと
ラティルは思いました。
あのような人間を相手に
何年も耐えて来た
ヒュアツィンテのことを考えると
彼がダガ公爵と争う理由が
少しだけ理解できました。
ラティルは
気絶したように眠っている
ヒュアツィンテを見ながら、
彼も寂しかったのだと考えました。
しかし、
理性を取り戻したラティルは
アイニの夫である彼を
抱き抱えているのは
良くないことだと思い、
立ち上がりました。
一瞬、彼が死んだと思って
確認したけれど、
本来は、これは
アイニがすべきことでした。
ラティルとヒュアツィンテの
過去を知っているクラインは、
拳を握ったまま、
後ろに下がっていましたが、
彼の目には涙が溜まっていました。
ラティルは彼の腕を撫でながら、
同じ症状の人たちがいるので、
治療する方法を見つけたら、
すぐに教えるから心配しないように。
完全に変わったわけではないし、
ヒュアツィンテは、
理性的だったから大丈夫だ。
きっとよくなると言って
彼を慰めました。
ラティルは宰相とダガ公爵に、
治療法を見つけたら、
すぐに知らせるので
心配しないようにと言うと、
宰相は礼を言いました。
ダガ公爵も、
不愛想な顔をしていましたが
一応、挨拶をしました。
そして、ラティルは、
その前に、
大神官をカリセンへ来させる。
役に立つだろうからと言うと、
宰相は大喜びしましたが、
ダガ公爵は鋭い声を上げて
反対したので、
ラティルは呆れてしまいました。
宰相も同様でした。
しかし、ダガ公爵は、
ラティルを
不審そうに見下ろしながら、
大神官は、彼女の側室で、
何の目的で来て、
何をするか分からないのに、
重大な仕事を
任せられないと言いました。
面喰った宰相は、
「大神官なのに・・・」と
呟きましたが、ダガ公爵は、
大神官を祀る百花繚乱の百花が、
アイニ皇后は
対抗者だと認められないと言ってから
数日しか経っていないと言いました。
ラティルは目を細め、
宰相は途方に暮れましたが、
ダガ公爵は堂々としていました。
ラティルはダガ公爵に、
このまま、ヒュアツィンテを
死なせるのかと抗議しました。
彼は、治療法は自分たちで探すと
答えたので、
ラティルは呆れました。
ダガ公爵は、
大神官が
同じように倒れた
自分たちに見せたら
ヒュアツィンテの治療を
することができると言いました。
もしもラティルが
ヒュアツィンテと
付き合っていなかったら
汚らわしいので、
治療をしないと言ったはず。
善意で治療をすると言っているのに
先に治療をするのを見せろだなんて。
まさか、自分たちが
ヒュアツィンテの治療をすることを
望んでいないのか。
それほど、ゴミのような人間なのかと
ラティルは思いました。
腹が立ったラティルは、
ゆっくりと立ち上がりました。
その姿が驚異的に見えたのか
突然、カリセンの兵士たちが
どっと押し寄せてきて
ダガ公爵の周りを囲みました。
彼は、ラティルを睨みながら
ヒュアツィンテ皇帝が倒れたので
しばらくカリセンは気が気ではない。
この隙を狙って
何をするか分からないから
他国の人々を
近づけることはできないと
言いました。
ラティルは伏せていた目を
ゆっくり開けると、
大したことのない行動なのに、
兵士たちは、さらに緊張しました。
ダガ公爵も後退しましたが、
プライドが傷ついたのか
堂々と前に出ると、
特にタリウムのような
強国は尚更なので、
明日、自国へ帰れるようにと
告げました。
ヒュアツィンテが病気で倒れたのなら
誰かがダガ公爵を止めたけれど、
ヒュアツィンテがゾンビにやられて
高い確率で治療法がない状況で、
宰相もその他の人たちも、
皆、皇后の父親の顔色を
窺っていました。
ラティルは腹が立ちましたが、
タリウムの皇帝である自分が
ダガ公爵と
戦うことはできませんでした。
ラティルは、
少しは話が通じそうなアイニが
出て来ることを望みましたが、
まだ席を外したままでした。
ダガ公爵は、
静かに腹を立てている
ラティルの所へ行き、
嫌らしそうに笑いながら
手を差し出し、
ラティルが剣を持っていると
アイニが使えないので、
返すようにと言いました。
ラティルは、
無言で剣を投げつけました。
ポンと軽く投げたように
見えましたが、
実は力を込めて強く投げました。
そのため、
ダガ公爵の代わりに
剣を受取ろうとした護衛は、
剣を抱いたまま、ドンと音を立てて
後ろに倒れてしまいました。
緊張感がいっそう高まった中、
ラティルは平然と笑い両手を広げて、
皇帝が倒れた国の下男が
帰れと言うから、
客は帰らなければいけないと
皮肉を言いました。
ダガ公爵は、
下男と呼ばれて腹を立てましたが、
ラティルは、
今は、自分が帰るけれど、
次に自分の助けを求める時は、
ダガ公爵が自分を訪ねて来て、
床に額が触れるくらい、
足元に平伏せなければいけないと
言って、にっこり笑うと、
ダガ公爵のそばで、
自分を殺したそうに睨みつけ、
槍を向けている護衛の足首を蹴り
倒れた護衛の後頭部に足を乗せ、
3回、ぐっと押すと、
このように。
と言って、ニヤニヤ笑いました。
ダガ公爵は、
とても傲慢だと非難しましたが
ラティルは、護衛から足を離し、
ダガ公爵の頬を
ポンポンと叩きながら、笑い
自分は、それでもいいよと告げました。
◇犯人◇
ダガ公爵の前では
笑っていましたが、
自分の部屋へ戻るラティルの顔は
険悪でした。
後を追いかけながらクラインは、
ラティルが怒って、
本当にヒュアツィンテの治療を
しないのではないかと
心配していましたが、
ラティルは、
どんな手を使ってでも、
ヒュアツィンテの治療をするつもりだと
言いました。
そして、
ゾンビスープの犯人は
ダガ公爵のようだ。
護衛をたくさん連れて現れたり、
対抗者の剣を持っていたり、
廊下を塞いでおいて、
事が解決した途端、
急に人を来させたのは怪しいと言って
クラインに気をつけるようにと
助言しました。
何話だったか覚えていませんが
ダガ公爵は、
ヒュアツィンテを病気にして、
対抗者であるアイニを
皇帝代理にするという話を
していたことがあります。
まさに、
その状況になったわけですが
アイニの代わりに、
ラティルが活躍したのが
気に入らないのでしょうね。
けれども、ラティルを含めて
他国の人々がいなくなれば、
ダガ公爵の天下。
アイニが皇帝代理をしたとしても
実験を握るのはダガ公爵でしょうから
カリセンが恐ろしいことに
なりそうです。
ラティルは、自国の貴族でないから
ダガ公爵に対して、
より傲慢になったのかもしれません。
でも、ダガ公爵に負けていない彼女は
カッコいいと思います。