520話 議長に腕を折られたギルゴールと彼に怪我をさせられた議長は、どうなったのでしょうか?
◇見られた顔◇
身体が、クモの巣のように
なってしまったという青年の言葉に、
議長は横になったまま、
目をパチパチさせ、
それはどういう意味かと尋ねました。
青年は、
身体にひびが入ったり、
穴が開いていると答えると、
温かいおしぼりを持ってきて
議長の肌を拭きました。
しかし拭いても拭いても
血が出て来て止まりませんでした。
青年の目尻が下がると、
議長は爆笑し、
時間が経てば自然に治るので
心配しなくても大丈夫だと
言いました。
しかし、青年は不機嫌そうに
自分が出れば良かったと呟きました。
議長は「本気か」というように
青年を見つめましたが、
どうせ結果は
あまり変わらなかったと思うと
返事をしました。
青年は赤く変わったおしぼりを
たらいに入れて立ち上がると、
水を変えて来ると言いました。
議長は、大丈夫だと言いましたが、
それでも青年はたらいを持って
扉の方へ歩いて行きました。
しかし、そこへ到達する前、
彼はしばらく躊躇った後、
議長を振り返ることなく、
父親が自分の顔を見たけれど、
大丈夫だろうかと尋ねました。
◇もっと狂ったギルゴール◇
ラティルは、
ギルゴールをどこで見たのかと
尋ねたところ、グリフィンは、
ギルゴールの状態が悪いと
答えました。
ラティルは、
「状態が悪いギルゴール」という
言葉を聞いて、彼の怪我の心配より
彼の精神について心配しました。
ラティルは、
状態が悪いとは、
どういうことなのかと尋ねると、
ラティルは、
凍った川辺にしゃがんで、
しどろもどろに呟いていたと
答えました。
ラティルは、それについて
詳細を聞くと、グリフィンは、
なんで生きているのか。
確かに死んだのに。
なんで生きているのか。
また幻でも見てしまったのか。
幻想だったのか。
という言葉だったと答えました。
ラティルは目をパチパチさせました。
彼女が聞いても、
しどろもどろと表現せざるを得ない
言葉でした。
ラティルは
サーナット卿の方を振り向くと、
これはどういう意味なのかと
尋ねました。
サーナット卿は首を横に振り、
自分も分からないと答えました。
ラティルは、サーナット卿が
人間以外のロードの仲間の中で
一番年下であることを
思い出しました。
それに、サーナット卿が
ギルゴールと知り合ったのも
最近なので、彼について、
よく知らないだろうと思いました。
もしかして、カルレインなら
分かるだろうかと考えました。
ラティルはグリフィンに
ギルゴールと話をしてみたかと
尋ねました。
グリフィンは、
正気の時も狂った状態なのに、
もっと狂った状態で、
どうやって止めるのかと抗議しました。
ラティルは、
グリフィンの言い訳に納得しました。
ラティル自身も、
そのような状況のギルゴールに
話しかけるのは
怖いだろうと思いました。
ラティルは、
ギルゴールのことが心配で
目元をこすりました。
彼は、一人で
黙って行ってしまったけれど、
一体何があったのかと思いました。
グリフィンは、
元々、ギルゴールは、
そのようなものなので大丈夫。
それよりも、
自分の面倒を少し見て欲しい。
あちこち飛び回ったので
羽先が全部痛いし、
この小さな肩が痛い。
よくやったと褒めて欲しい。
可愛いと言って欲しいと
訴えると、ラティルは、
クラインの捜索は進展しているかと
尋ねました。
◇相談相手◇
ラティルが、
苦労をかけたと言って
グリフィンを撫でてやる姿を見た後、
サーナット卿は、騒乱の中、
近衛騎士たちを指揮するために
外へ出てあちこち歩き回りながら
仕事を指示しました。
サーナット卿は
負傷者たちが治療を受ける所へ
行ってみました。
急患は大神官が直接治療しましたが、
数が多いため、
普通に治療が可能な患者は
臨時の救護室で、
医師の治療を受けました。
その後、サーナット卿は、
吸血鬼の傭兵を訪ね、
数日後にアガシャを
ショードポリまで送ってほしいと
頼みました。
そのすべての作業が終わった後、
サーナット卿は
誰もいない空き地のベンチに
一人で座って、
しばらく息をつきました。
どれほどそうしていたのか、
頭の上から
鳥の鳴き声が聞こえたかと思ったら、
その鳥が横に降りて座りました。
ラティルと一緒にいると思っていた
グリフィンでした。
グリフィンは、サーナット卿に
何をしているのかと尋ねました。
サーナット卿は、
突然現れたグリフィンを
ぼんやりと見つめました。
ラティルが一緒に
来ているかと思いましたが、
近くには誰もいなくて、遠くで
復旧作業のために
歩き回っている人がいるだけでした。
グリフィンは、
ロードが休むと言ったので、
出てきたと答え、サーナット卿に、
何をしているのかと尋ねました。
彼は答える代わりに目を閉じました。
グリフィンが来るまで、
ずっと悩んでいたことを
考えるつもりでした。
しかし、サーナット卿が
返事をしないと、
グリフィンは足で、
サーナット卿の太ももを
ポンと蹴りながら
何をしていて、
一人でため息をつくのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
一人だけの時間を邪魔されたことに
イライラして、グリフィンに、
あっちへ行けと言おうとしましたが、
ふとグリフィンは
見た目と違って、自分よりも、
とても年上だということを
思い出しました。
その分、グリフィンは、経験値も
豊富なのではないかと思い、
しばらく鳥の小さな頭を
信じられないといった目で
眺めていました、
そして、どうせ追い払っても、
グリフィンは素直に
離れそうにもないので、
一度試してみようと思い、
サーナット卿は、
この状況にふさわしい
悩みではないけれど、
皇帝と自分の間について考えていたと
自分の悩みを打ち明けました。
その言葉にグリフィンは、
本当に無駄な悩みだけれど、
この状況の中、そうしたいのかと
尋ねました。
それを聞いたサーナット卿は
口を閉ざしそうになったので、
グリフィンは慌てて、
自分は余計な悩み相談が好きだ。
口も重い。
皇帝と騎士の間がどうしたのか。
何が解決しないのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
さらにグリフィンのことを
訝しく思いましたが、
すでに言い出した状況なので
このまま話し続けようと思いました。
彼は、
約束をするや否や、
目の前で誰かが
死にそうになったのを見て、
人は、一瞬で死ぬこともある。
いい時期を狙っていたけれど、
その前に、死んでしまうこともあると
率直に打ち明けました。
グリフィンは、
それがロードと騎士の間で
何の関係があるのかと尋ねました。
サーナット卿は、
自分は皇帝を慕っているけれど
この気持ちを、
完全に打ち明けられない境遇なので
適当な時が来るのを
待とうと思っていたけれど、
そうしているうちに、
全てが終わってしまったら
どうしようかと心配していると
答えました。
グリフィンは舌打ちし、
今回の騎士は本当に見苦しい。
騎士もロードも強くない。
人間でもないのに、
どうしてそんなことを考えるのかと
尋ねました。
その言葉にサーナット卿は、
人間ではないからといって、
不死というわけではない。
自分ほど強い騎士も、
二人を除けば皆死んでしまったし、
それより強いロードも
結局、皆死んでいると答えると、
グリフィンは、
陰鬱なオーラがここまで来ている。
これは否定的なエネルギーだと
言いました。
その言葉にサーナット卿は
眉をしかめました。
グリフィンは、
悩み相談をしてくれるのではなく
そばで、
からかっているようでした。
それでも、
すでに話を全て打ち明けたので、
彼はグリフィンが
満足するほどふざけた後に、
落ち着くのを待っていました。
サーナット卿も
よく、いたずらをするので
分かっているけれど、
いたずらをするだけしたら、
真剣な話をしてくれるものでした。
しかし、グリフィンは、
しっかり話を聞いたので、
もう自分は明るい世界へ行く。
お元気で、と挨拶をすると、
尾羽だけを激しく振りながら
飛んで行ってしまいました。
サーナット卿は
口をポカンと開けたまま、
怒って、その後ろ姿を見つめ、
自分の首筋を押さえながら、
あの、バカげた鳥が!
と悪口を言いました。
◇恐ろしいもの◇
夜から朝まで走り回り、
会議をして、
再び宮殿の中を回りながら
状況を整理したラティルは、
ベッドに座ると、
押し寄せて来る眠気に耐えられず、
結局、眠ってしまいました。
一日以上起きていたせいか、
夢も見ないほど深い眠りでした。
しかし、バタバタという音に、
ラティルは無理矢理、
目を開けなければなりませんでした。
ようやく瞼を開けたラティルは、
目に力を入れて窓を見つめました。
窓枠で、グリフィンが目を輝かせながら
窓を開けて欲しいと
羽ばたいていました。
その姿を、
しばらくぼんやりと眺めていた
ラティルは、そのまま目を閉じました。
自分は見ていない、
何も見ていないので、
あと30分だけ寝る。
本当に30分だけだと呟くと、
グリフィンは、
面白い話をしてあげると言って
執拗に窓の外で
ラティルを呼びました。
ラティルは耳を塞いで
ベッドに転がりましたが、
最終的に窓を開けました。
ラティルはグリフィンに、
今度は、何の話をするつもりなのかと
尋ねました。
先程も、グリフィンは、
「クラインは無事か」という
質問に対して、
彼のことを話してくれそうな
くれなさそうな言い方で、巧みに、
「グリフィンの楽しいカリセン旅行談」
について、話しただけでした。
ラティルはベッドに座ると、
余計な話なら後で聞く。
自分は30時間近く寝ていないと
力なく話しました。
グリフィンは、
ちょこちょこ歩きながら
ラティルの膝の上に座ると、
元気いっぱいにくすくす笑い、
この話を聞いたら目が覚めると思うと
告げました。
ラティルは、
また、グリフィンの旅行談を
話すつもりではないよねと尋ねると
グリフィンは、
赤ちゃんの騎士が、
今、何を悩んでいるのか
知っているかと尋ねました。
ベッドに座ると、
再び、眠気が襲って来たので、
ラティルは半分寝ぼけた状態で、
赤ちゃんの騎士は、
サーナット卿だけれど、
どうして悩んでいるのかと
尋ねました。
グリフィンは、
一人で楽しんでいるため、
ラティルの状態も知らずに、
赤ちゃんの騎士は、
皇帝が好きだけれど、
皇帝に可愛がられる前に
自分が死んだらどうしようと言って
泣いていると、
興奮しながら騒ぎました。
その言葉を聞いて、
ようやくラティルは、
本当に眠気がパッと消え、
「え?」と聞き返しました。
グリフィンは、赤ちゃんの騎士は、
一人で空き地に座って泣いている。
何ということだ。
それが騎士なのかと嘆きました。
ラティルはグリフィンの嘴を
じっと見つめました。
サーナット卿が
泣いているなんて
信じられないラティルは、
「まさか!」と
グリフィンに問い返しましたが
グリフィンは、
本当だ。
皇帝が自分を愛さなければ
すべてが終わりだと言っていると
返事をしました。
ラティルは、
聞けば聞くほど嘘のような話に
眉をひそめました。
グリフィンは、
それでも堂々としていました。
そして、赤ちゃんの騎士は
精神力が弱くなってしまった。
これをどうしたらいいかと
尋ねました。
ラティルは、
グリフィンの言葉を全く信じられず、
「本当なのか?」と聞き返しました。
けれども、
サーナット卿はそんな人ではないと
言うには、
彼の片思いを全く知らずに
過ごした前科があるため、
むやみに嘘と言うのも曖昧でした。
ラティルは、
サーナット卿は意外と繊細なのかと
考えたその時、
くすくす笑っていたグリフィンが
両翼を広げながら
何か言おうとしていましたが、
窓の外を見ると、突然悲鳴を上げて
ベッドの下に隠れてしまいました。
どうしたのかと思い、
ラティルは頭だけ下げて
ベッドの下を見ると、
グリフィンは、シーシーと、
静かにして欲しいという合図まで
送って来ました。
翼で自分の嘴を覆う
ジェスチャーまでしているので、
ラティルは、
どうしたのかと訝しみながらも
グリフィンを呼ばずに
頭を上げました。
そして横を見たラティルは、
自分もびっくりして、
「あっ!」と叫び声を上げました。
ベッドにギルゴールが
座っていたからでした。
ラティルの悲鳴を聞いた護衛たちは
「大丈夫ですか?」と
扉の外で叫びました。
ラティルは、
大丈夫、足をぶつけただけだと、
急いで扉の外に向かって叫ぶと、
素早く両手で
ギルゴールの顔を包み込み、
彼の存在を確かめると、
彼をじっと見つめながら、
どこへ行っていたのか。
今、帰って来たのかと
問い詰めるつもりでした。
しかし、ラティルは、
グリフィンが話していた
ギルゴールの状態を思い出しました。
彼が、しどろもどろに話していると
聞いたせいか、
本当にギルゴールの精神は、
腑抜けているような気がしました。
ラティルは向きを変えて、
慎重にギルゴールの名前を呼びました。
それが合図にでもなったかのように、
焦点のない視線で
ラティルを眺めていたギルゴールは
両腕を大きく広げ、
ラティルをぎゅっと抱きしめました。
身体が触れると、ラティルは、
ギルゴールが、
細かく震えるているのを感じ、
目を大きく見開きました。
グリフィンが言っていたように、
本当に調子が悪いのか。
一体、どうしたのか。
ギルゴールが震えるなんて
とんでもない。
驚いたラティルは、
ギルゴールの様子を見るために
少し、彼を離そうとしました。
ところが、ラティルが
ギルゴールを押すと、
彼はラティルを、
さらにギュッと抱き締め、
放そうとしませんでした。
その状態で彼はラティルに、
早く抱き締めて欲しい。
幻想ではないということを
感じさせて欲しいと、
彼女の耳元で囁きました。
ラティルは、幻想と聞いて
戸惑いながらも、
まず、彼を抱き締め、
背中を撫でてやりました。
ギルゴールの身体の震えは
なかなか収まりませんでしたが
しばらくすると、ギルゴールは、
ぐったりとラティルの肩に
もたれかかりました。
身体の震えも、
それ以上、ありませんでした。
それでもラティルは、
ギルゴールを撫で続けながら、
「大丈夫ですか?」と尋ねました。
すると、ギルゴールは、
ほとんど聞こえないほど小さな声で
大丈夫ではない。
恐ろしいものを見たと囁きました。
ラティルは、
「恐ろしいもの?」と
聞き返しました。
ギルゴールを震えさせるほど、
彼がぞっとするようなものが
世の中に存在することに
ラティルが驚いていると、
ギルゴールは、
自分たちの息子だと答えました。
ラティルは、さらに驚きました。
とうとう、議長と一緒にいるのが
自分の息子だということを
ギルゴールは知ってしまいましたが、
彼は、息子がずっと生きていたことを
知らなかったということですよね。
それは、議長が息子の存在を
隠して来たからなのでしょうけれど
なぜ、議長は親子でもないのに、
ギルゴールの息子と一緒にいて、
何千年も彼の存在を
ギルゴールに隠していたのか。
このあたりの謎が、
早く解明されるといいと思います。
死んだと思っていた息子が生きていて
精神が崩壊しそうなギルゴールが
とても可哀そうだと思いました。
いくら自分よりも年上だからとはいえ
グリフィンに悩みを相談するなんて
サーナット卿は
何を血迷ったのでしょうか。
どうしたらいいか分からなくて、
藁にもすがる思いだったのかも
しれませんが、
グリフィンにすがっては
いけなかったと思います。