713話 ラナムンとゲスターがぶつかったことで、侍従たちが言い争いをしています。
◇後ろ暗ければ・・◇
ラティルは母親とお茶を飲んだ後、
執務室へ戻る途中、
ラナムンとゲスターが
喧嘩をしていると報告を受けました。
ラティルは、
その正確な状況について尋ねると
ハーレムの宮廷人は
客観的な経緯について
説明してくれましたが、
ラティルは
さらに困ってしまいました。
二人とも、まともに前を見ずに
歩いていて、ぶつかったが、
よりによってその間に
皇女がいたために
喧嘩が大きくなったという
どちらの肩を持つのも
曖昧な状況だったからでした。
他の側室たちは
間に入りたくないと言っているので
皇帝が止めた方がいいと思うと
宮廷人は哀願しました。
ラティルは鼻を掻きました。
数時間前、ラナムンは
ラティルの言葉のせいで傷ついて
帰ってしまいました。
その上、ラティルが
ゲスターの肩まで持てば、
彼は二重に傷つくはずでした。
ラティルはラナムンに感じた
彼の苦痛を思い出し、続けて彼を
傷つけたくありませんでした。
しかも、彼は対抗者であり、
彼が抱いている皇女も対抗者でした。
だからといって、
ラナムンの肩を持てば、
ゲスターとの関係も気になりました。
彼との仲がぎこちなくなってから、
彼をずっと避けていましたが
ここでラナムンに味方して、
さらにゲスターとの仲が悪くなったら
どうしようかと思いました。
宮廷人は、もう一度、
注意深くラティルを呼びました。
結局、彼女は、
ラナムンとゲスターの争いに
関わらないことにし、眉を顰めながら
二人は、子供ではなく大人なのに、
こんな些細な争いまで
自分が解決してやらなければ
ならないのかと、返事をしました。
その言葉に、宮廷人は
もちろんそうだと、
すぐに意見を変えました。
ラティルは、
放っておけば勝手に仲直りするだろうと
言うと、先を歩いて行きました。
後ろを振り返ってみたかったけれど
じっと我慢して歩いて行きました。
ラティルは、執務室に入って
ようやく我慢していた息を吐きました。
扉をそっと開けて、
首を突き出して確認してみると、
すでに宮廷人は立ち去った後でした。
ほっとしたラティルは
ため息をついている途中、
サーナット卿と目が合うと
再び真顔になりました。
ラティルは、
自分が卑屈だとでも言いたいのかと
抗議すると、サーナット卿は、
こういうのを、
「後ろ暗ければ尻餅つく」と言うのだと
返事をしました。
ラティルはショックを受けました。
◇仲裁者◇
幸いなことに、
ゲスターとラナムンは、
宮廷人の一人が、
皇帝を呼びに走って行ったことを
知りませんでした。
彼らは、互いに牽制し合うことに
気を取られていたからでした。
ラナムンは皇女が泣き続けると、
ゲスターへの憎しみが
さらに募って行きました。
一方、ゲスターは
ラナムンが皇帝の敵の生まれ変わりを
抱きしめて自分を睨み続けると、
「彼は頭がおかしくなったのか」
という考えが、
どんどん積み重なって行きました。
二人とも侍従を前面に出したまま
絶対に退く気がありませんでした。
その時、
皇子様!
と宮廷人の中の誰かが叫びました。
宮殿の中で過ごす皇子は、
今や二人になったので、
ゲスターとラナムンは、
宮廷人たちが
騒いでいる方を見つめました。
レアン皇子が、腹心一人だけを連れて
こちらへ近づいていました。
ゲスターとラナムンは
どちらもタリウム大貴族の子息なので、
皇子の顔をすぐに認識しました。
二人は静かに頭だけで挨拶しました。
彼らに近づいたレアンは、嫌な顔もせず
何か問題でも起きたのだろうかと
二人を交互に見ながら尋ねました。
ラナムンとゲスターが口を開く前に
状況を見ていた宮廷人の一人が
二人が曲がり角でぶつかったと
説明しました。
レアンは、
それで、なぜ喧嘩をしているのか。
そのまま
通り過ぎればいいのではないかと
怪訝そうな声で尋ねると、
宮廷人は、もう少し詳しく
事情を説明しました。
それを聞くや否や、レアンは
「やれやれ」と言って舌打ちをすると、
ゲスターを見ながら、
二人のミスではあるけれど、
ラナムンは赤ちゃんのせいで
前を見るのが
余計に大変だったろうから、
ゲスターが、もう少し理解を
示してやればいいのではないかと
諭しました。
意外にもレアンが
ラナムンに味方したので、宮廷人たちは
意味深長に視線を交わし合いました。
ゲスターは眉をひそめました。
ラナムンも、意外にもレアンが
自分を庇ってくれたので、
何を企んでいるのだろうかと
疑いました。
しかし、レアンは、
そのような雰囲気が気にならないのか、
話には聞いていたけれど、
本当にきれいな皇女だと言うと、
ラナムンが抱いている皇女を見て
明るく笑いかけました。
皇女は、
レアンの顔をじっと見ているうちに
泣きやみ、
キャッキャッと笑いました。
ゲスターは、眉をつり上げながら
その姿を、注意深く見つめました。
◇怒りが収まらない◇
レアンの登場で事態が収束すると、
ゲスターは図書館へ行くのをやめて、
そのまま自分の部屋に
戻ってしまいました。
トゥーリは、部屋に入るとすぐに、
ラナムンは本当にひどい。
彼が、きちんと皇女を
抱いていなかったせいで
ぶつかったのに、
坊ちゃんのせいにするなんてと
怒りを露わにしました。
ゲスターは、
大丈夫。自分も、
きちんと前を見ていなかったのは
事実だからと、トゥーリを宥めました。
しかし、トゥーリは、
ラナムンも、同じように
よく前を見ていなかったのに、
なぜ、いきなり坊ちゃんに
謝れと言うのか。
一緒に謝るならともかく、
そうではないのにと息巻くと、
息を切らしながら、
腰につけていた剣を
テーブルの上に置き、
ゲスターの上着を受け取りました。
もし皇女が怪我でもしていたら、
坊ちゃんのせいにしようとしたに
違いないと、トゥーリが主張すると、
ゲスターは、
ラナムンは、そんな人ではない。
一時的に怒って、
あのような態度を取っただけ。
自分も慌てていて、
きちんと答えられなかったと
ラナムンを庇いました。
しかし、トゥーリは、
元々、坊ちゃんは驚くと、
あまり話すことができない。
ところが、ラナムンは瞬きもせずに、
カルドンの野郎が
坊っちゃんを侮辱するのを
放っておいたと、
とても腹を立てながら、
しきりに声を荒げそうになるのを
ぐっと堪えました。
そして、状況を見ていないレアン皇子が
口を出して、
ラナムンの肩を持ったことにも
腹を立てました。
そして、
ラナムンが皇女を抱いているのは、
皇女が後継者になると思って、
見せびらかしているのだと言うと
鼻息を荒くしながら
ゲスターの上着を
きちんとハンガーにかけました。
ゲスターは
きちんとソファーに座り、
トゥーリの様子を見守りながら
その可能性はない。
陛下は、あの皇女を嫌っているので
二番目の子が生まれたら、
あの皇女のことは
誰も気にしなくなるだろうと言って
寂しく笑いました。
それから、
大丈夫。 あまり怒る必要はない。
今頃、ラナムンとカルドンも
落ち着いていると思うと言うと、
トゥーリは、
おそらく落ち着いて、坊ちゃんのことを
一生懸命、けなしているだろうと
返事をしました。
◇なぜ助けてくれたのか◇
トゥーリが推測したように、
カルドンは部屋に戻ると、
優しいふりをしていたゲスターの本性が
全て明らかになったと、
熱心にゲスターを罵っていました。
カルドンは、
皇女があんなに哀れに
泣いていても、何も言わずに
自分の侍従を前面に出して
ラナムンと皇女を侮辱したことに
ひどく腹を立てていました。
ラナムンは無言で
皇女の髪の毛を撫でてやりました。
その間に皇女は元気になり、
熱心に部屋の中のあちこちを
見回していました。
ラナムンは、
皇女の目の周りに残った涙を手で
拭った後、注意深く赤ちゃんを
揺りかごの中へ入れました。
皇女は、すぐに寝返りを打って座ると
ラナムンを見ながら
ニコニコ笑いました。
カルドンは、
皇女が怪我をしなかったのが
せめてもの救いだ。
怪我をしていたら、あの男は
大変なことになっていたかもしれないと
言うと、皇女が好きな人形を持って来て
ゆりかごの中へ入れてやりました。
皇女が喜んで大声を上げると、
その時になって、
ようやくカルドンの額から
力が抜けました。
カルドンは、
なぜ、皇帝は、
こんなに愛らしい皇女に無関心なのか。
自分の娘でなくても、
皇女がとても可愛くてたまらないと
カルドンは、ぼやきました。
その理由を、
誰よりもよく知っているラナムンは
寂しそうに首を横に振ると、
レアン皇子が首を突っ込んだせいで
困ったことになったと
話題を変えました。
カルドンも、
ありがたかったけれど、
困ったことになった。
皇帝はレアン皇子を許しから、
呼び寄せたのだろうけれど、
まだ親しくなるのは憚られる。
なぜ、レアン皇子は
お坊ちゃまを助けたのだろうか。
皇女に、よく見られたかったのかと
尋ねました。
ラナムンは、
自分が対抗者だから、
レアンが自分を助けたのではないかと
しばらく考えました。
カルドンは知らないけれど、
レアンは妹がロードであると
半分確信していました。
後に皇帝と対立する際に、
正当性のある方を引き入れるために、
対抗者の自分を
味方につけたのではないかと
怪しみました。
◇レアンのための別宮◇
二人の側室と別れて
別宮へ歩いていく途中、
周囲に人がいなくなると、
レアンの腹心は、なぜ、あえて
ラナムンの味方をしたのかと
こっそり尋ねました。
レアンは、
にこやかな笑みを浮かべながら、
理屈に合った行動をしただけだ。
幼い皇女を抱いていれば、
ラナムンはゲスターより
前が見えにくかったはずだからと
答えました。
腹心は、
アトラクシー公爵と
ロルド宰相の勢力は、ほぼ等しい。
どちらか一方にでも
憎まれることになったら困ると
言いました。
そして、こぶしを固く握りしめると、
レアン皇子の側近の多くが
追い出されたり、失脚したと
さらに声を低くして話しました。
しかし、レアンは明るい表情で
大丈夫だと言い、取り戻した自由を
ただ喜んでいるように見えました。
腹心は、
レアンが平気に振る舞っているので、
辛うじて自分も表情管理しました。
周りに人が通り始めると、
二人とも静かになりました。
2人は、しばらく歩いた後、
しばらく滞在することになる別宮に
到着しました。
客用宮殿付近に建てられた
その別宮は、
アナッチャが過ごしている別宮とは
かけ離れていました。
そして、その建物は、三階建てで、
レアンが好きな
淡い緑色をしていました。
別宮に付いている庭園も
やはり、よく整備されていました。
特異なのは、人の頭ほどの花が、
あちこちに
植えられているという点でした。
その花を見て、
不愉快になった腹心は、
あの花は夜に見ると
まるで人間の頭のようだ。
皇帝の好みは本当におかしいと
ぶつぶつ文句を言いました。
レアンは何も言わずに
玄関の扉を開けて
別宮の中へ入りました。
内部もきれいに飾られていて、
生活するのに十分でした。
ここでは、腹心も
これといった不満の要素を
見つけることができませんでした。
レアンはその艶のある
整頓された内側を眺めながら
ゲスターに謝る人を送るよう
腹心に指示しました。
腹心は、なぜ彼に謝罪するのかと
尋ねましたが、レアンは、
そうするように。
ただし、遠くから見ても目立つ
大きなプレゼントを
持って行くように。
自分がゲスターに何か送るところを
誰でも気づけるようにと指示しました。
◇ゲスターへの贈り物◇
ゲスターは、
対外的イメージのために
皇女に送る冬用マフラーを
編むことにしました。
その姿を見たトゥーリは、
坊ちゃんは、
あまりにもお人好しだという表現を
使わないように
精一杯の努力をしました。
ゲスターは、
大丈夫。
ラナムンと自分がぶつかっただけで
皇女に罪はないと言って、
善良そうに笑うと、
籠いっぱいに入った
フワフワした毛糸をかき回しながら
皇女は何色が好きだろうかと呟いた時、
誰かが扉を叩きました。
トゥーリが出てくれたので、
ゲスターは気にせず
毛糸だけを選び続けました。
赤ちゃんが使うマフラーなので、
チクチクせず、羽毛のように
柔らかくなければなりませんでした。
ところが、
来訪者に応対したトゥーリが
微妙な表情で戻って来ました。
ゲスターが顔を上げると、
トゥーリは目で扉を差しながら、
皇子が送って寄越した人が来たと
伝えました。
レアン王子が?
ゲスターは、
しわくちゃになりそうな表情を
管理して扉の方へ歩いて行きました。
扉が二つとも開いていて、
巨大な籠を持った男が
廊下に立っていました。
ゲスターが出て行くと、
その男は愛想よく笑いながら
巨大な籠を渡し、
これはレアン皇子からゲスターへの
プレゼントだと告げました。
籠を目の前にしたゲスターは
呆れ果てて、一瞬、表情管理に
失敗するところでした。
あの人間は
頭がおかしいのではないかと
思いました。
しかし、
皇子の贈り物を受け取らなければ、
人々は、ゲスターが前皇太子の贈り物を
あえて断ったと囁くだろうし、
受け取れば、
皇帝とレアン皇子は微妙な関係なのに、
ゲスターはプレゼントを受け取ったと
ひそひそ話すだろうと思いました。
ゲスターは
笑いが出そうになりました。
あえて自分を相手に頭を働かすなんて
死にたがっているのかと思いました。
レアンの別宮の庭に
頭の形の花を植えるなんて、
ラティルも、なかなかやると
思いました。
けれども、花が聞いた会話を
花が再現できることに
レアンが気づいたら、
どうするのでしょう?
人間に、花の会話が
聞こえなければいいのですが。
対外的なイメージのためとはいえ
グリフィンやレッサーパンダたちに
遊び場を作ったり、皇女に
マフラーを編もうとするゲスターは
全く優しくないわけではないのだと
思いました。
以前の話を振り返ってみれば
ラティルが塀から落ちて
死んでしまったのではないかと
悪夢を見るほど心配したり
池に落ちたラティルを
助けようとしたのも、
元々、彼が優しかったからなのだと
思います。
その優しさゆえに、
ランスター伯爵に
身体を乗っ取られてしまったゲスターが
少しだけ気の毒に思いました。
それにしても、ゲスターの
ハンドメイドのマフラーとは
大きくかけ離れた
「策略」の匂いがプンプンする
レアンの派手なプレゼント。
宮殿に帰って来て早々、
行動し始めたレアンに腹が立ちます。