714話 レアンから贈り物が届き、ゲスターはどうすべきか悩んでいます。
◇タッシールの提案◇
もちろん、レアンも、
変な目で見られるかも
しれませんでした。
レアンの支持者たちは
彼が寛大だと思うだろうけれど、
逆に、レアンが側室に
自分をよく見せようとしていると
あざ笑う人もいるだろう。
しかし、彼は
それに耐える自信があるから
そうしたはずでした。
ゲスターは、
レアンが、頭をよく働かせたと
思いました。
レアンの使いは、
もしかしてゲスターは、
皇子の誠意を受けたくないのかと
ゲスターの顔色を窺いながら
意味深長に尋ねました。
廊下を行き来していた宮廷人たちが
こちらをのぞき込みました。
使いは、わざわざプレゼントを
廊下で渡していました。
トゥーリは、イライラしながら
ゲスターを横目で見ました。
彼は、
あまりにも負担で・・・
と、久しぶりに顔を赤くして
呟きました。
ゲスターの途方に暮れたような姿は、
プレゼントをもらって
喜んでいるのではなく
どうしたらよいか分からないように
見えました。
意気揚々としていた使いは、
何ということだと、
心の中で嘆きました。
なぜ殿下が私に
こんなプレゼントをくださるのか・・・
使いは、むしろ廊下ではなく
部屋の中で渡せば良かったと
嘆きました。
これでは、ゲスターが
プレゼントを受け取ったとしても、
皆、ゲスターとレアンの仲を
疑うどころか、むしろ、
レアン皇子に、何か目的があって
ゲスターが
あんなに負担に感じるプレゼントを
渡したと思われると考えました。
ゲスターはトゥーリと使いを
何度も交互に見た後、震える手で
プレゼントを受けとりました。
ゲスターが、
殿下がくださるのに
断ることはできませんから・・・
あの・・・感、感謝していると
伝えてください・・・
と言うと、
行き来しながら見守る人々が
使いを訝し気に見つめました。
使いの者は、
もちろん、必ず伝えると
笑いながら返事をして
背を向けましたが、
表情はすぐに冷たくなりました。
ゲスターは
プレゼントを受け取った後も、
どうすることもできず、
その場をうろうろしていましたが
トゥーリが背中を押したので、
ようやく中に入りました。
坊ちゃまが純粋で本当に良かったと
トゥーリは部屋の中に入って、
ようやく安堵のため息をつきました。
ゲスターは、なぜ皇子は、
プレゼントを送って来たのだろうかと
怪しみました。
トゥーリは、
良い意図で送って来たとは思えない。
皇子は頭がいいことで有名だからと
無愛想に返事をすると、
悩みの種でも見つめるように
籠を見ました。
二人は籠を開けることもできず、
捨てることもできず、
ぼんやりと眺めていました。
10分ほど、そうしていた後に、
ついにトゥーリは、
このまま倉庫に
片付けておいたらどうかと
慎重に提案しました。
それでもいいかな・・・?
とゲスターは尋ねました。
トゥーリは「はい」と返事をし、
プレゼントを
どこに使っているかまでは
確認しないと思うと答えました。
ゲスターは
確認したら?
と尋ねると、トゥーリは腕を組んで
深刻に悩み始めました。
その間、ゲスターは
籠に軽く触れました。
中に毒が入っていたり、
呪いがかかっていたりは
しませんでした。
ゲスターは、
ここ数日、たまっていた怒りを
レアン皇子で晴らせばいいと
心の中で喜びました。
その時、また扉を叩く音が
聞こえて来ました。
今度は誰なのかと、
トゥーリはブツブツ言いながら
扉の方へ歩いて行きました。
そして、すぐにトゥーリが
タッシール様!
と叫ぶ声がしました。
トゥーリはゲスターに
タッシールが来たことを告げると、
ゲスターは彼の入室を許可しました。
タッシールが入って来ると、
トゥーリは、
コーヒーを持ってくると言って
出て行きました。
ゲスターは挨拶もせず、
足を組んだまま、
タッシールをじっと見つめました。
しかし、彼は、そんなことは気にせず
ゲスターが
そのような態度に出るのが大好きだと
ウィンクしながら話すと、
カーペットの上に置かれた
巨大な籠を指差し、
あれが、その問題のプレゼントかと
尋ねました。
ゲスターは、
もう話が広まっているようだ・・・と
答えると、タッシールは、
見せびらかすために
持ってきたプレゼントだから、
すぐに話が広まった。
レアン皇子が監禁生活を終え、
今日、宮殿に戻って来たので、
皆がそちらに注目していると
言うと
にっこり笑って、
ティーテーブルの椅子に座りました。
そして、ゲスターに
皇子の命を奪ってはいけないし、
病気にしてもいけないし、
呪ってもいけないし、
狐の穴に放り込んでもいけないと
警告しました。
ゲスターは眉を吊り上げました。
彼は、
その話をしに来たのか・・・と
尋ねました。
タッシールは「はい」と返事をし、
知らせを聞くや否や、仕事を放り出して
駆けつけて来たと答えました。
ゲスターは口元を隠して、
目を細めると、
なぜ、タッシールの言うことを
聞かなければならないのかと
尋ねました。
タッシールは、
自分たちは友達だからと答えると、
ゲスターは、
何を言っているのかというような
反応を示しました。
しかし、タッシールは
皇帝がレアン皇子を試すために、
わざと許すふりをした。
皇帝は彼を利用して、
次々と釣りをする準備をしていると
説明しました。
タッシールの言葉に
ゲスターは眉を顰めながら、
なぜ、タッシールが
それを知っているのかと尋ねました。
タッシールは、
自分も一緒に計画したからだ。
本当は、皆に
内緒にしておくつもりだったけれど
今は、教えるしか仕方がないと答えると
困っているように
首を横に振りました。
そして、
まさか、レアン皇子が来るや否や、
ゲスターに手を出すとは、
思ってもいなかったと打ち明けました。
タッシールは、
レアン皇子の送った人が
ゲスターの所へ
向かっているという話を聞いた瞬間
心臓から血の気が引いたような
気分になりました。
最初にレアンが
皇帝の許しを拒否した時から、
彼が普通の人ではないと
感じていましたが、
まさか、来て初日にすぐに、
ゲスターを利用しようとするとは
思ってもいませんでした。
問題は、ゲスターが
レアンにポンと叩かれれば、
すぐに噛みついて飲み込んでしまい、
骨も残さない怪物だという点でした。
レアンを利用する前に、
ゲスターが彼の命を
奪ってしまうかもしれないので、
タッシールも、
計画を急いで話す以外に
他の選択肢がなかったのでした。
実際、あるかもしれませんが
思いつく時間が足りませんでした。
ゲスターは目を細めました。
タッシールの話を聞いても、
あまり興味がないように見えました。
タッシールは、仕方がなく、
ゲスター様は、最近陛下との仲が、
少し、ぎこちなかったでしょう?
と2番目の札をひっくり返しました。
ゲスターは黙ったままでした。
タッシールは、
ゲスターがレアン皇子のせいで
困ったことになったけれど、
タッシールから、
レアン皇子と皇帝の計画を聞いたので
皇帝のために我慢すると
皇帝に言えばいいと提案しました。
ゲスターは頬杖をついて、
タッシールの細い目を
じっと見つめました。
タッシールは両手で
自分の目の前を遮りました。
◇鉢合わせ◇
タッシールが帰った後、
トゥーリは、
コーヒーが半分ほど残ったカップと
ゲスターを交互に見つめました。
タッシールが来る前とは違い、
レアンからプレゼントの籠をもらって
困っていたゲスターの表情が
妙に変わっていました。
気分が良いのか悪いのか
表現するのが難しいほど、
とても曖昧な表情でした。
トゥーリは
コーヒーカップを片付けながら
大丈夫ですか?
と、そっと尋ねました。
ゲスターは「ああ」と
大丈夫なのか、そうでないのかと
不明瞭に答えると、
扉をじっと見つめました。
トゥーリは、ゲスターが
話したがらない様子なので
静かに茶碗を片付けて外に出ました。
一人残されたゲスターは、
タッシールが座っていた席を
じっと見つめました。
彼の言葉が正しいということは
分かっているけれど、
妙に気分が良くありませんでした。
私が皇配になるのを
一番邪魔する人がいるとしたら
彼だろうか・・・
複雑な心境ではありましたが、
ゲスターは30分後に
上着を取り出して部屋を出ました。
タッシールの指示通りにするのは
気が進みませんでしたが、
とにかく皇帝が
レアンを餌にしたとすれば、
誤解されないように、
あらかじめ知らせなければ
なりませんでした。
トゥーリは、
さっとゲスターの後を追いかけました。
ゲスターは時計を確認して、
皇帝の寝室の方へ歩いて行きました。
この時間なら、皇帝は
仕事を終え、さらに寝室で働いたり、
休んでいる時でした。
トゥーリはゲスターに
皇帝の所へ行くのかと尋ねました。
ゲスターは「うん・・・」と
答えると、トゥーリは
もっと早く言ってくれれば、
もう少し着飾らせたのにと嘆きました。
ゲスターは、
大丈夫。
レアン皇子の話をしに行くのに、
あまりにも着飾って行くと
恥ずかしいからと言いました。
ところが、皇帝の寝室につながる
廊下に入るために、
角を曲がったゲスターは、
彼より5程先に、
ラナムンがいるのを発見しました。
ゲスターが急に立ち止まると、
前を歩いていたラナムンも
気配を感じて後ろを振り向きました。
ゲスターを見たラナムンの眉が
不満そうに吊り上がりました。
皇帝の寝室の前を守っていた
近衛騎士たちは、
一本道で出会った二人の側室を
見なかったふりをしましたが、
うまくいきませんでした。
◇二回戦◇
シピサは、
こういう物をよく作るのね。
ラティルは、
シピサが持って来てくれた
入浴剤を見ながら
ニヤリと笑いました。
シピサは、
皇帝が好きかもしれないと思い
とても昔のやり方で作った。
香りが気に入ったら、
今度、また作ってあげると
言いました。
シピサはギルゴールと
顔は似ているけれど、
やることは全く違うので可愛い。
話したくない時に
逃げることだけを除けばと
思いました。
ラティルは、
早く入浴剤を浴槽に入れて
泡が立つのを見物しようと
浮かれて走っていましたが、
廊下に立っている
ラナムンとゲスターを見て
急いで後ずさりしました。
何なの?
あの二人は、なぜあそこで
あんなことをしているの?
ラティルは
心臓をドキドキさせながら、
壁にもたれかかりました。
後を付いて来たサーナット卿は
変な目でラティルを見ました。
彼女は
シーッと合図をすると、
耳をそっと傾けました。
残念だけれど、
自分が先に来たので、
今度、訪ねて来るようにと
ラナムン。
まだ部屋に入っていないではないかと
ゲスター。
まだ部屋に入っていなくても、
自分が先に着いたのを皆が見たと
ラナムン。
階段を先に上がっただけであって
皇帝の所に先に着いたわけではないと
ゲスター。
どうやら、
ゲスターとラナムンの両方が
ラティルに会いに来て、
鉢合わせしたようでした。
午後に一度、
二人は頭をぶつけ合ったのに、
今度は、二回戦をしているのかと
思ったラティルは、
音を立てないように
急いで階段を下りました。
見かねたサーナット卿は、
皇帝が気まずいのであれば
自分が行って二人共、追い返すと、
提案しました。
しかし、ラティルは首を横に振り、
シピサがくれた入浴剤の籠を
サーナット卿に渡すと、
自分は大丈夫なので、
これを自分の執務室に置いてから
先に退勤するようにと指示しました。
サーナット卿は、
ハーレムへ向かう回廊を
チラッと見た後で
皇帝はどうするのかと尋ねました。
ラティルは客用の宮殿に向かう道を
指差すと、
今日は側室を避けるつもりなので
アニャの所へ行くと答えました。
◇出会い◇
アニャは、
薄暗い散歩道を大股で歩きながら
一人だけ、こんなに気楽に過ごしても
いいのだろうかと考えました。
もう棺桶のそばで
寂しく過ごさなくてもいいということを
分かってはいるけれど、何もせずに
のんびりと過ごしていると、
時々、自分が怠け者になったようで
気まずくなりました。
アニャは、これまで生きて来て、
こんなに、のんびりしたことは
一度もありませんでした。
私も働きたいと、
ドミスに言ってみましょうか・・・
アニャは、自分を見るだけで
からかうのに忙しい皇帝を
思い出して、
訳もなく首筋を擦りました。
自分の方から訪ねて行ったら
困るだろうかと考えたアニャは
誰かがこちらに近づいてくるのに
気がつきましたが、
相手が避けるだろうと思い、
アニャは無視して、
そのまま歩いて行きました。
しかし、相手も同じ考えだったのか
そのまま歩いて来たので、
アニャは向かいから来た人と
肩をぶつけました。
吸血鬼のアニャと強くぶつかると、
相手はそのまま跳ね返りました。
目をしっかり開けて歩いて!
アニャは座り込んだ相手に、
ぶっきらぼうに文句を言った後、
しばらく躊躇いました。
跳ね返って倒れた男が、思いがけず、
恍惚とするほど美しい
青年だったからでした。
彼は月明かりから抜け出た
高貴な金属のような雰囲気でした。
アニャは、
しばらく我を忘れていましたが、
相手が自分より五百歳も年下の
人間であることを思い出すと、
さっと背を向けて、
そのまま通り過ぎました。
◇可愛い◇
レアンの腹心は
アニャに呆れすぎて凍りつき、
あの女は頭がおかしいのか!
と、彼女が完全に見えなくなった後に
呟くと、急いでレアンを支えながら、
彼のことを心配しました。
レアンは、
大丈夫だと返事をすると、
ヒリヒリする肩を擦りながら
立ち上がりました。
そして、骨が頑丈な女性だと呟くと、
レアンの腹心は、
すぐに、あの無礼な女を
捕まえて来ると言って、
歯ぎしりしながら
走ろうとしましたが、
レアンは笑いながら
彼の腕を掴みました。
そして、自分も不注意だった。
当然、あちらが避けてくれると思って
そのまま歩いて行ってしまったからと
弁解しました。
しかし、レアンの腹心は、
殿下は皇子だけれど、
あの女は下女か官吏だろうから
当然、あの女が避けて
道を譲るべきだったと主張しました。
腹心は、先程のことを
考えただけでも呆れましたが、
レアンは笑い出しました。
レアンは、
本宮の外で働いていたり、
新しく雇われた人なら、
自分の顔を知らないのも当然だと
腹心を宥めましたが、彼は、
あの女が殿下に
目・・・目・・・
と、アニャが吐いた言葉を
そのまま伝えるのも不敬だと思い
口をパクパクさせました。
レアンは、
構わない、可愛いじゃないか。
と言うと、腹心は否定しました。
レアンは、戻ってきて以来、
彼の全ての行動を
分析するかのように見ていた人々を
思い出して笑いました。
レアンがいなくなると、
姿を消して、
その様子を見守っていたグリフィンが
自分のくちばしを翼で塞ぎました。
タッシールのゲスターに対する評価が
凄すぎて、驚きでした。
彼が仕事を放り出してまで、
ゲスターのもとへ
駆けつけたということは
もしかして、タッシールは
吸血鬼や怪物やダークリーチャーよりも
ゲスターの方が恐ろしいと
思っているのかもしれません。
もしも、タッシールが
ゲスターを止めなければ、
本当に彼は、レアンに
手を出していたかもしれないので
タッシールが止めてくれて
本当に良かったと思います。
レアンはアニャに
一目惚れしたのでしょうか。
アニャの容姿について、
どこにも書いていなかったと
思いますが、
面食いラティルの兄であるレアンが
一目惚れしたということは
アニャも、なかなかの
美人なのかもしれません。
ロードを退治しようとしている
レアンが、
ロードの味方で吸血鬼のアニャに
恋をしたとしたら、
皮肉な話だと思います。