791話 レアンはアニャから、ラティルの情報を聞き出そうとしています。
◇盗み見◇
クラインを探しに行くために
ゲスターの部屋に入った時、
グリフィンが衝突するように
窓ガラスまで飛んで来て、
ライオンの尻尾で窓を叩きながら
「 ロード、急ぎの用がある。
早く行かなければならない」
と叫びました。
ラティルは
どうしたのかと尋ねて、
窓を開けたにもかかわらず、
グリフィンは
どれだけ焦っているのか、
ライオンの尻尾で
ラティルの首を叩きながら
「早く! 終わってしまう!」
と催促しました。
何なのか分からないけれど、
かなり急用みたいでした。
ラティルはゲスターに
後でアドマルへ行こうと告げると、
窓を乗り越え、
グリフィンの後を追いかけました。
ゲスターも、
その後を素早く追いかけました。
「こちらです! 早く!」と
グリフィンはラティルを
さらに慌ただしく急かしました。
ラティルはマントを脇に抱えて
さらにスピードを上げました。
グリフィンは
客用住居の近くまで来ると
ようやく止まりました。
ラティルも立ち止まり、
頭を突き出しながら
「何?」と尋ねました。
グリフィンは翼を嘴に当てながら
静かにしなければならないと
注意しました。
ラティルが黙ると、
グリフィンは翼で
木の向こうを差しました。
ラティルは足音を殺して、
慎重に茂みに近づきました。
そして、頭だけ突き出してみると、
アニャとレアンが
向かい合って立っていました。
グリフィンに
急用だと言われたけれど
ラティルの目には
それほど急いでいるようには
見えませんでした。
ラティルは不満が喉元まで
上がって来ましたが、声を出すと、
耳のいいアニャが
気付くのではないかと思い
渋々、口をつぐみました。
ゲスターもラティルのそばに近づき
並んで身を屈めました。
ラティルは唇を噛みながら、
アニャとレアンを見つめ、
一体どういうことなのか
見てみようと思いました。
アニャは、
どうして、あんなに
大騒ぎしてしまったのかと
弁解しました。
レアンは、小さくて優しい声で
大丈夫で良かった。心配していたと
囁くように答えました。
ラティルは眉を顰めました。
鳥肌も立ちました。
レアンは誰にでも優しい
言葉遣いをしていましたが、
今の彼の声は、いつもより少しだけ
奥ゆかしくなっていました。
ラティルは、
あの人間は狂ったのかと思いました。
しかし、アニャは、
そのレアンの声を聞いて
顔を赤くしていました。
それからラティルは、アニャが、
心配しないで欲しい。
あの時は、説明に
少し誤解があっただけだ。
自分は、あの時、お腹が
とても痛かったのではなく・・・
と話しているのを聞いて、
訝しがりながら
アニャとレアンを交互に見ました。
まさかアニャは、人狼が現れた時に
少しお腹が痛いと言い訳したことを
今になって、
あのように話しているのか。
それともアニャが話してくれなかった
二人だけの話がもっとあるのか。
いや、そんなはずはない。
自分はアニャから話を聞いたのではなく
アニャの記憶を
見たのだからと思いました。
ラティルが混乱している間も、
レアンとアニャの話は続きました。
おかしいのは、
アニャもラティルと同じくらい、
混乱しているように見えたことでした。
レアンは、
分かっていると答えました。
アニャは、
どうして、分かったのか。
バレバレだったのかと尋ねました。
レアンは、それを否定し、
大丈夫だ。全然分からなかったと
答えました。
アニャは、
それでは皇子は、
どうやって知ったのかと
戸惑いながら尋ねました。
ラティルは、アニャの目元が
固まっていくのを見ました。
ラティルもアニャ同様に
緊張しました。
もしかして、レアンは
アニャが吸血鬼だということを
知っているのか。
何かを知っていて、
しきりに、あのようにするのかと
疑問を抱きました。
レアンは、
これを渡したかった。
これで安心できると言いました。
アニャは、皇子から贈り物を
もらうわけにはいかないと
ドギマギしながら断りましたが
レアンは、
大した物ではないので、
負担に思う必要はないと言うと、
手を振り回すアニャの手の中に
レアンが持っていた何かを
握らせました。
それは、明るい色のリボンを
可愛く結んだ小さな瓶でした。
もしかして、毒だろうかと
不審に思いながら眺めていると、
それを受け取ったアニャが
飛び上がっているのが見えました。
「何?何をもらったの?」
ラティルは、
さらに気になりましたが、
出て行くことができませんでした。
その時、アニャは、
子供もよく飲む甘い腹痛薬だなんてと
心の中で、ぼんやりと呟きました。
ラティルは、
プッと吹き出してしまいました。
耳のいいアニャは、すぐに気がつき、
「誰だ!」と叫んで
ラティルの方へ駆け寄りました。
ゲスターはラティルの頭の上から
素早く上着をかぶせました。
到着したアニャが発見したのは、
目をキラキラさせた
グリフィンだけでした。
アニャは呆然として
グリフィンを見ていると、
レアンが後ろから近づいて来て
どうしたのかと尋ねました。
アニャは急いで振り向くと、
何でもないと答えました。
レアンには
グリフィンが見えませんでした。
彼が遠ざかると、
アニャは安堵しながらも、
グリフィンに盗み見するなと
警告をし、その後、
レアンに付いて行きました。
アニャとレアンが消えると
ようやくゲスターは
ラティルにかぶせていた上着を
持ち上げました。
ラティルの姿が徐々に現れると、
気をつけの姿勢で固まっていた
グリフィンは、恨めしそうな目で
ラティルとゲスターを見ました。
ラティルはグリフィンに
何度も謝りながら、
レアンとアニャがうまくいく可能性は
全くなさそうだと、
心の中で思いました。
◇時間がない◇
その後、ラティルはゲスターと共に
本来の目的地である
アドマル付近に移動しました。
ラティルはアドマルに入り、
ゲスターは
ディジェットへ行きました。
最近は、時間を節約するために
待ち合わせの時間を決めて
それぞれ調べていました。
しかし、
今日もクラインや彼の痕跡を
発見することができませんでした。
何の成果もないまま宮殿に戻ると
ゲスターは、
櫛でラティルの髪から砂を払いながら
やはり白魔術師が、クライン皇子を
連れて行ったのではないかと
呟きました。
ラティルは、すっかり疲れ切って
部屋に戻りました。
ところが、扉を開けて中に入ると
窓枠にカルレインが座っていました。
カルレインはラティルを見ると
目を開け、素早く彼女に近づき、
上着を受け取りながら、
黒死神団は
人間の傭兵とも連携している。
彼らにアドマルとディジェットを
調べてもらったらどうかと
提案しました。
カルレインはタッシールに
今回の計画について聞いたようでした。
ラティルは
彼の肩にもたれかかると、
時間がないので、人の力でも
借りなければならないと呟きました。
◇肖像画◇
ヒュアツィンテに、
ランスター伯爵に関する資料の調査を
指示された歴史学者は、
思ったより早くやって来ました。
歴史学者は執務室の中に入ってくると
幸いにもよく保存されていたと
話しました。
彼の後ろでは、2人の青年が
厚手の布で覆われている
大きな額縁を運んでいました。
ヒュアツィンテは緊張しました。
青年たちは額縁を持ったまま
途中で立ち止まり、
指示を待ちました。
ヒュアツィンテは立ち上がると
尋ねました。
歴史学者が満足そうな表情で
「はい」と答えました。
歴史学者と青年たちが出て行くと、
ヒュアツィンテは
ゆっくりと布を引っ張りました。
ヒュアツィンテの表情が
妙に変わりました。
彼が数ヶ月前に会った男性の姿が
古ぼけた肖像画の中に
そのまま納められていました。
◇ギルゴールを何とかしろ◇
レアンは、あまり良くない表情で
先帝の側近たちが送って来た
いくつかのメモを見ていました。
メモをあちこちから回収して
持ってきた腹心は、
レアンが眉を顰めたままなので
焦りながら、
彼の顔色だけを窺いました。
そして、レアンがメモを置くと、
腹心は、大丈夫かと
心配そうに尋ねました。
レアンは首を横に振り、
先帝の側近たちは、ギルゴールも
捕まえて欲しがっていると
呟きました。
数日前、レアンは先帝の側近たちに
決戦の日と
ゲスターとギルゴールの去就について
まとめたものを送りました。
ゲスターは、
白魔術師が捕まえておくだろうし、
ギルゴールは狼藉を働くことで、
むしろ、ラティルのイメージを
損ねるから大丈夫だという内容でした。
他の時ならともかく、
彼らが準備した計画において、
ギルゴールの暴走は、
むしろレアンの言葉の信頼度を
高めるだけでした。
ところが、先帝の支持者たちは
自分たちも
手に負えない狂った人間を
どうすればいいのかと
レアンの言葉に反対し、
無理な条件を出してきました。
怒った腹心は、
ギルゴールが壊した邸宅が
まだ復旧もできていない状況を
彼らも、
よく知っているはずなのに酷いと
息巻きました。
レアンは、
彼らは口を開くだけでいいと
いつもより少し否定的に
呟きました。
彼はこめかみを押さえながら、
目を半分ほど閉じました。
シウォラン伯爵事件の前だったら
彼らはレアンに、
これほど無理な要求をしませんでした。
あの事件によって生じた変化に
レアンは、
かなり頭を痛めていました。
レアンは素早く手紙を書き、
腹心に渡すと、
とりあえず、これを持って行っていけと
指示しました。
数時間後に
腹心が返事を持って来ました。
レアンは、再びメモを
一つ一つ開いて読みました。
彼の顔がさらに曇って来ました。
腹心は、
今度は、どのような無理な要求を
して来たのかと尋ねました。
レアンは、
彼らが自分たちで方法を考えた。
ギルゴールが
必要とされるような戦闘を
できるだけ遠くに作り出し
その隙を狙えと言っていると
答えました。
腹心は、
どうやって戦闘を作り出すのかと
尋ねました。
レアンは、
多くの怪物が自然発生しているので
彼らにも、手があると言っていると
答えました。
レアンは、
バンと音を立てながら
メモを閉じて、下に置きました。
今度は腹心は怒りませんでした。
もし、
先帝の支持者たちが乗り出して、
ギルゴールを
どこかへやってくれれば、
レアンにとって悪いことではない。
レアンは、
ただやっていたことをすれば
良いだけではないだろうかと
思いました。
しかし、レアンは、
非常に不満そうな表情をしているので
腹心は、
いい提案だと思うけれど、
他に気になることがあるのかと
慎重に尋ねました。
レアンは、
対怪物小隊の副隊長が
アニャであることを
気にしていました。
怪物たちを威嚇すれば
ギルゴールが出る前に
彼女の小隊が先に出ると思いました。
しかし、そんな話を
腹心にすることはできないので、
レアンは、
そんなことはないと答えました。
アニャがそこで
危険にさらされようが、なかろうが
レアンの支持者たちとは
関係がありませんでした。
腹心が出て行った後も、
レアンはソファーに足を組んで座り
メモだけを見下ろしました。
アニャ卿は
ラティルと親交があったせいで
副隊長の地位に上がったけれど、
彼女が戦うことになったら
耐えられるだろうか。
危険なのではないか。
百花が一緒に行くというけれど
彼は怪物と戦いながら
アニャ卿を守ってくれるはずがない。
レアンは眉を顰めました。
彼は本当に彼女のことを
心配していたわけでは
ありませんでした。
しかし、彼女が無事に
元気に過ごさなければ、
自分が計画した美男子系を
使うことができませんでした。
彼は計画が狂うことを
望んでいませんでした。
その時、レアンを呼びながら
部屋の外へ出ていた腹心が
再び飛び込んで来たので、
レアンの想念は破られました。
レアンはメモを集めながら
どうしたのかと尋ねました。
腹心の表情がよくなかったので、
嬉しいことで
飛び込んで来たわけではないことは
確かでした。
腹心は、
皇帝がおかしくなった。
ベゴミアの侍女たちを
馬小屋に送って
馬の管理を指示したと叫びました。
レアンは、
ラティルは、そんな風に
誰かに復讐したりする人ではないと
反論しましたが、腹心は、
本当だ。
今、皆、大騒ぎしていると
返事をしました。
◇自分は行かずに◇
ラティルは
本のページをめくりながら
窓の外を何度も見ました。
サーナット卿は見ていられなくなり
カーテンを閉めながら、
カルレインが斡旋した傭兵たちなので
仕事をうまくやり遂げると
ラティルを慰めました。
今までラティルは、
クラインを探すために
いつも自ら歩き回りました。
しかし、白魔術師が
クラインを連れて行った確率が
高い上、アイニまでここへ来た今、
他の所へ目を向けることが
難しくなりました。
このためラティルは、
カルレインの提案を受け入れ、
ディジェットは吸血鬼の傭兵たちに、
アドマルは、人間の傭兵たちに
探させることにしました。
しかし、いざ彼らに仕事を任せても
気になって仕方がありませんでした。
ラティルは、
そうだといいけれどと
サーナット卿に返事をすると
無理やり机に頭を下げました。
ベゴミア嬢の侍女たちを
馬小屋に行かせたのは本当なのか。
それは適切な対応ではないと思うと
侍従長が
言いに来たりもしましたが、
ラティルは最初から
その話は聞きもせず、
侍従長を追い出しました。
そうして約30分が過ぎた頃、
扉が小さく開いた音がしたかと思うと
扉の隙間から
レッサーパンダが入って来ました。
レッサーパンダは扉を閉めるや否や
すぐにラティルの机の上に飛び乗ると
ロードの言う通りにした。
侍女たちが馬小屋で
誰か一人だけを、
ひときわ庇っているか見て来たと
報告しました。
サーナット卿は
目を丸くしてラティル見ました。
ずっと落ち込んでいたラティルは、
ようやく笑みを浮かべながら
ペンを置きました。
これで、アイニが一人で来たのか、
本当にベゴを連れてきたのかが
分かると言いました。
ラティルは、
レアンとアニャがうまくいくと
思っていないけれど
以前に比べて、二人の距離は
随分、縮まったと思います。
それに、どう見てもレアンは
アニャに恋しているので、
自分の納得できる理由をこじつけて
アニャに接近し続けると思います。
アニャは、レアンがハンサムだから
ときめいているのか、それとも、
本当にレアンに恋しているのか
分かりませんが、
彼女の思いが
あまり強くならないうちに
レアンが依然としてラティルを
酷い目に遭わせていることに
気づいて欲しいです。
先帝の側近たちとの間に
隙間風が吹いていそうなレアン。
それに比べて、
ラティルと側室たちとのつながりは
強固。
これだけ見ても、どちらが勝利するか
予測できそうです。