786話 ゲスターはアドマルの境界石の所で、白魔術師の杖の破片を見つけました。
◇杖の破片◇
ラティルは仕事を終えると、
いつものようにアドマルへ行くため
寝室に直行しました。
アドマルは砂混じりの風が
よく吹く所なので、服を着替えてから
出かけるつもりでした。
ところが、
先にゲスターが応接室で
ラティルを待っていて
彼女が入って来ると、
ソファーから立ち上がりました。
普段は、
ラティルがゲスターの部屋を訪ねて
一緒に移動し、
ゲスターが先に来ることは
ありませんでした。
訝しく思ったラティルは
ゲスターを連れて部屋に入ると、
彼は、
アドマルの近くで見つけた
白魔術師の痕跡について
素早く話しました。
ラティルはどれほど驚いたのか、
ボタンを外していた動作まで
止まりました。
しかし、すぐにラティルは、
ゲスターが
あの白魔術師と初めて会って
戦った時に、
残した痕跡ではないかと尋ねました。
しかし、ゲスターは首を横に振り、
自分もそう考えてみたけれど、
あの時、杖は折れなかった。
しかし、今回は折れていたと答え
ポケットから杖の破片を取り出して
ラティルに渡しました。
ラティルは杖の破片を受け取り、
あちこちを見回しました。
ゲスターは、
きっと白魔術師が
後で別に来たようだと話しました。
ラティルは、
これでクラインを探せるかと
尋ねました。
ゲスターは、これを使った人を
探さなければならない。
白魔術師が
そこに行ったからといって
確実に
皇子を連れて行ったわけではないと
話しました。
ラティルは、
欠片をギュッと握りました。
すでにグリフィンと
レッサーパンダ、吸血鬼まで動員して
緑の髪の白魔術師を探していましたが、
何の消息もつかめていませんでした。
しばらく、
そうしていたラティルは、
欠片をゲスターに返して
立ち上がりました。
ラティルは、
そのまま、まっすぐ
レアンの住居に向かいました。
◇五月頃◇
ラティルが無言で
レアンの部屋の扉を
バタンと開けて入ると、
ソファーに座っていた腹心は驚いて
ぱっと立ち上がりました。
腹心はレアンに重要な報告をしている
途中のようでした。
腹心は怒りで顔が赤くなりましたが
ラティルに抗議することは
できませんでした。
ラティルは腹心には目もくれずに
レアンに近づくと、
手だけを振り回して
腹心に出ていくように合図しました。
腹心は不愉快でしたが、
仕方なく丁寧に挨拶をしてから
立ち去りました。
腹心がいなくなると、
レアンは穏やかに微笑みながら
最近よく来るけれど、
今度はどうしたのかと尋ねました。
ラティルは、
「レアンが雇った白魔術師」と答えると
彼は驚いた表情をしませんでしたが
呆れたようにため息をつくと、
また、その話をするのか。
1日に何回くらい聞くのか。
1日に1、2回は来て
聞いているようだけれどと
文句を言うと、ラティルは
何回来ても返事をしてくれないからと
答えました。
レアンは、
自分も彼がどこにいるのか
分からないと言ったはずたと
返事をすると、ラティルは、
あの白魔術師はレアンが送ったのに
なぜ、レアンが知らないのかと
問い詰めました。
レアンは、
自分の側の人ではないと答えました。
どうして、そんな嘘をつくのかと
ラティルは思いましたが、
その一方で、あの白魔術師は、
自分の背後にレアンがいることを
すぐに知らせたので、
レアンの側の人ではないかもしれないと
思いました。
しかし、少しでも
白魔術師とレアンが手を握ったのは
事実なので、
ラティルは白魔術師を探すために
レアンに聞くしかありませんでした。
レアンは、
ラティルが黒魔術師を
側室に置いていることからして、
人々が嫌がることなのに、
白魔術師が、その黒魔術師と
戦ったからという理由で
その白魔術師が誰なのか
突き止めようとするなんて
国民が知ったら驚くだろうと
脅迫まがいのことを言って
ため息をつきました。
しかし、
ラティルは瞬きもしませんでした。
ラティルは、
国民がこの事実を知ったら
驚くはずなのに、
レアンは、
ゲスターが黒魔術師であることを
明らかにする代わりに、
白魔術師を送って攻撃してきた。
それは、レアンの目的が、
ゲスターが黒魔術師であることを
明らかにすることではないからだと
ラティルは考えました。
彼女は、
自分の側室の中に、
黒魔術師はいないと答えました。
レアンは、
そういうことにしておくので、
これ以上、聞くなと言いました。
ラティルは、
本当にレアンに腹を立てた。
しかし、許して和解しようと思い
宮殿に連れて来た。
それなのに、皇女を始めとして
ずっと自分を刺激していると
非難しました。
レアンは、
自分もラティル同様、
本気でラティルと仲直りしたいと
返事をしました。
ラティルは、
それなら白魔術師の居場所を教えろと
詰め寄りました。
レアンは、
どうして知りたいのか。
復讐でもするつもりなのかと
尋ねました。
ラティルは、
ゲスターは黒魔術師ではないのに、
何の復讐をするのかと聞き返しました。
レアンは、
それでは探す理由がないのではないかと
問い返して来たので、
ラティルは
忍耐心が切れそうになりました。
こんなことなら、レアンを酒に酔わせて
本音を聞いた方が
てっとり早いのではないかと
考えていた時、
レアンは、今は居場所がわからないと
きっぱり言って立ち上がりました。
ラティルは、
いつ分かるのかと尋ねました。
レアンは「後で」と答えた後
腹のうちを探るように
「5月頃」と付け加えた言葉に、
ラティルは鼻で笑いながら
出て行こうとしましたが、
5月はレアンが結婚してから
2ヶ月後のことなので、
たじろぎました。
彼女は、
レアンがふざけているのかと思い
抗議しようとして振り向きました。
振り返ったラティルの表情が
すぐに変わりました。
◇時間がない◇
タッシールはラティルの話を
慎重に聞きました。
話を全て打ち明けたラティルは、
5月に白魔術師の居場所が
わかるということは、
レアンが5月に、何かを
企んでいるということではないかと
表情を強張らせながら尋ねました。
タッシールは、
そのようだと答えました。
ラティルは、
どうやってレアンが、
ゲスターが黒魔術師であることを
突き止めたか分からないけれど
レアンはそれを利用せず、
白魔術師にゲスターを攻撃させたと
言うと、
タッシールは相槌を打ちました。
ラティルはイライラして
自分の唇をつねりました。
そして、このことが、
5月に企んでいることと
関連があるのかと尋ねました。
タッシールは、
とにかくレアン皇子が
何かを企んでいることは確実になった。
それを実行するのは
5月のようだけれど、
いつでもできることでは
ないのだろうかと自問しました。
横で話を聞いていたヘイレンは
あらかじめ防ぐことが
できるだろうかと、
心配そうな表情で割り込みましたが、
すぐに、
本当に5月で合っているのだろうか。
もしかしたら、適当に
言い繕ったのかも
しれないのではないかと
意見を述べました。
ラティルは、
レアンが5月と言った時
彼が一瞬見せた表情を
思い出しながら、
そうかもしれない。
レアンは頭をよく働かせる人だからと
答えると、タッシールは
それでは、
あらかじめ備えておいた方が
いいですねと、
何も難しいことはないといったように
笑って答えました。
ラティルはテーブルの上に
タッシールが置いておいた
カレンダーを見ると
苦しくなって体を捻りました。
ラティルは、
もうすぐ、レアンの婚約者も来るのに
時間がないと焦りました。
◇使節のリスト◇
その後、アクシアンは
ラティルを訪ねて来ませんでした。
それでも今回、ラティルの方が
アクシアンのことが気になったので
調べてみたところ、
アクシアンは夜明けになると
どこかへ出かけて、
夜遅くに戻って来るようでした。
どうやら別にクラインを
探しに行っているようでした。
ラティルはアクシアンが
ヒュアツィンテに仕えてはいるけれど
クラインを大切にする気持ちが
本物であることも知っていました。
しかも、アクシアンは
クラインと一緒に死ぬところでした。
それを知っていながらも
真実を隠すために、アクシアンに
ひどいことを言った自分が
ラティルはとても情けなくなりました。
クラインの失踪は、
ラティルとアクシアンだけに
影響を与えたわけではなく、
一番、溌剌と
ハーレムの内を歩き回っていた
クラインが突然消えると、
宮廷人たちでさえ
互いに顔色を窺うようになり、
雰囲気が索漠としてきました。
そのような状況の中でも、
レアンの新婦を迎えるための使節を
送る日が、やって来ました。
この使節が花嫁と一緒に
カリセンからタリウムまで旅をするので
ラティルは、その使節の名簿まで
直接調べながら、自分とレアンが
仲が悪くないということを、
どうにかして人々に示そうと
努力しました。
ところが使節の名簿に関して
いくつかの指示事項を話している途中
レアン側で書いて提出した名簿を
見ていたラティルの表情が
凍りつきました。
侍従長は心配になって、
どうしたのかと尋ねました。
サーナット卿も後ろで
何か変なことでも書いてあるのかと
尋ねました。
ラティルは何も言わずに
リストを前に出しました。
サーナット卿より一足先に
侍従長が名簿を受け取って
拾てました。
まもなく侍従長も目を見開き、
レアン皇子本人が直接行くのかと
言って驚きました。
◇悩む◇
ラティルは
レッサーパンダの頭を撫でながら、
レアンは退屈しているから、
行くと言っているのではない。
きっと何かを企んでいる。
あえてカリセンへ
自ら行くというのは・・・と
考えに耽っていると、
リボンにいたずらをしていた
レッサーパンダはラティルを見て
どうするつもりなのか。
直接行けと言うつもりなのかと
尋ねました。
◇もしかして◇
どうしたらいいのか。
ラティルは、
レアンが何を狙っているのか
見当がつきました。
それでも知らないふりをして
送り出してもいいのか。
それとも遮った方がいいのか。
ラティルは、
そんなことを考えながら、
レアンの住居の近くへ
また行ってしまいました。
しかし、顔を見たところで
また言い争いをするだけ。
解決できることは何もないと
思い直し、
元来た道を戻りましたが、
途中、立ち止まって、
反対側の客用の住居を
見つめているうちに、
「もしかして?!」と思いました。
◇予想外の護衛◇
レアンの腹心は、
荷物を馬車の後ろに運び込みながら
よく皇帝が許してくれたと
ブツブツ言いました。
レアンは、本とバイオリンだけを
別々に手にしながら、
「そうだね」と言って笑いました。
腹心は、一体、皇帝は
何を考えているのかと呟くと
レアンは、自分たちと同じ考えだと
答えました。
腹心が「え?」と聞き返すと、
レアンは意味深長な笑みを
浮かべました。
腹心は、
最後に残った荷物をまとめながら、
そんなレアンをのぞき込みました。
しかし、いくら見ても
レアンの考えていることが
分かりにくいので、
彼からバイオリンを受け取りながら、
「そういえば、
最近、あの方からの連絡が・・・」
と呟くと、見知らぬ人が
近づいてくるのを発見しました。
腹心は口を閉じて、
先に馬車の前へ行ってしまいました。
本だけ別に持って来たレアンは
首を傾げましたが、後になって
腹心が避けた人物を発見しました。
彼はそのまま固まってしまいました。
「あなたは・・・」
近づいて来た相手も、レアンを見て
しばらく立ち止まりました。
しかし、すぐに彼女は
平然と手を差し出し、
自分は対怪物部隊小隊副隊長の
アニャだと挨拶をし、
国境の外に怪物の数が増えたので、
レアン皇子を保護するよう
皇帝に指示されたと話しました。
レアンはその差し出された手を見て
一瞬ドキッとした感じを受けました。
なぜ、こんな気持ちになるのか
わかりませんでしたが、
それだけは確かでした。
その間、アニャは
相手が握手をしてくれないので、
ぎこちなく手を戻しました。
今の時代は、
先に握手を求めてはいけないのかと
考えました。
荷物を取りに来た腹心は、
その曖昧な雰囲気に気づいて驚き。
大丈夫か。
皇子の顔色が真っ青だと
心配しました。
レアンは素早く
アニャに背を向けると
大丈夫だと返事をしました。
◇ひたすら避ける◇
レアンはカリセンに行く途中、
馬車の外に
なるべく出ないようにしました。
彼は、なぜアニャを見た時に
不愉快な気分になるのか、
自分でも分かりませんでした。
しかし、一度、退屈になって
外に出て彼女と出くわした後、
レアンはできるだけ
彼女に会わないように
全力を尽くしました。
ラティルは、
自分がアニャに
少し好奇心を抱いたことを知って
彼女を送ったのか、
それとも本当に怪物のために
彼女を送ったのかは
分かりませんでしたが、
いかなる理由であれ、レアンは
自分がこの不明確で
理由の分からない感情に
揺れる人ではないということを
確信していました。
幸い、アニャも
特に命令を受けたわけではないのか
自分を避けて通るレアンを
あえて探し回りませんでした。
時折、レアンは馬車の窓越しに
アニャを見ると、実際、彼女は
一行の安全を統率することだけに
気を使っているように見えました。
しかし、絶対にアニャと
出くわさないようにしていた
レアンの努力は、最後の日に
崩れ去りました。
カリセン宮殿に馬車が止まると、
レアンは
アニャが遠くにいるのを確認して、
急いで馬車から降りた時に
足をくじいてしまいました。
ふらつく彼を
誰かがしっかり支えてくれました。
レアンはお礼を言った後、
頭を上げると、
彼を支えてくれているのが
アニャであることに気づき、
急いで手を引っ込めました。
アニャは、
大丈夫かと心配そうに尋ねましたが
レアンは頷くと、
素早く彼女のそばを通り過ぎました。
アニャは眉を顰めて、
向きを変えました。
◇レアンが話したいこと◇
アニャから離れた後、
レアンは、何も考えずに
前に歩き続けました。
幸い正門付近に到着した頃、
レアンは、
しばらく、ざわついていた心を
落ち着かせることができました。
レアンは、
自分がアニャ副小隊長を見て
心を乱す理由は、
ただの一つもないと再確認しました。
謁見室に到着する直前には、
ほぼ普段の落ち着きを
取り戻すことができていました。
レアンは
ヒュアツィンテの秘書に従い、
謁見室の中に入りました。
ヒュアツィンテは、長い演台に
寄りかかって立っていました。
レアンが入って来ると、
ヒュアツィンテは、
自分の側の人々まで退けると
ラトラシル皇帝に関して、
必ず自分に
話さなければならないことは何なのか。
密かに人まで
送って来るくらいなので、
重要な話だと思うけれどと
レアンに尋ねました。
白魔術師の杖の破片を
見つけただけで、
クラインが白魔術師に
何かされたという考えに
いきなり至ったのが
不思議なのですが、
あまり深く考えないようにします。
もしかして、
ページを飛ばしてしまったかもと
思いましたが、
それもありませんでした。
安心のタッシールの存在は、
今後、何が起こっても
大丈夫だよと言ってくれているように
思えます。
レアンがアニャを
気にしていることを思い出して、
レアンにアニャを同行させるなんて
タッシールには、
思いつけなかったかアイディアだと
思います。
アニャの存在に動揺しまくりの
レアンは、自分の心を
落ち着かせることができたと
思っているけれど、
いつもよりは冷静な考えが
できないのではないかと思います。
レアンはヒュアツィンテに
ラティルがロードであることを
打ち明けるつもりなのでしょうか。
もし、そうだとしたら、
レアンのせいで
ラティルに送った手紙や贈り物を
彼女に渡せなかったヒュアツィンテが
どう出て来るか気になります。