
91話 ローラはスター夫妻と親しくなりました。
一途な男性ダルトン氏も、
まもなく、ローラが
スター夫妻と親しくなったことを
知りました。
彼はとても喜びましたが、
そのレベルが、傍から見ていても
少々、度が過ぎていると
感じるほどでした。
ローラに会う度に、
彼らと、どれだけ親しくなったのか
また、どれだけ、
彼らを好きになったのか、
根掘り葉掘り聞いて来たからでした。
ある日のお茶会で、
ローラは疑問を抑え切れなくなり、
自分がスター夫妻と親しくなることが
ダルトン氏にとって
それほど重要な問題なのかと
思わず尋ねました。
ダルトン氏は、恥ずかしそうに
赤くなった頬を手の甲で擦ると、
どうか許して欲しい。
自分にも良い友達がいることを
お見せする機会が訪れたのが
嬉しかった。
ペンドルトン嬢がそうであるように、
良い友達は自分の自慢だと
答えました。
友人を大切にするローラは、
すぐにその気持ちを理解しました。
ローラは、
それなら、ダルトン氏の反応は
ごく自然なことだ。
スター夫妻は、
自慢するのに十分な友達だからと
言いました。
ダルトン氏の口元に浮かぶ笑みが
深まりました。
ローラは、その微笑みを見て、
心地よくなりました。
そして、自分が彼を笑わせたという
事実に、
さらに気分が良くなりました。
ダルトン氏は、
スター夫妻が立派で尊敬する人たちで
夫婦の鑑でもあるので、
彼らとの友情を続けて欲しいと
ローラに頼みました。
ローラは、
そんな人たちと、
こんなに近くに住んでいるなんて、
ダルトンさんは幸運だと言いました。
彼はローラをじっと見つめながら
距離が近いという点では
確かに友情に有利だ。
ホワイトフィールドと牧師館は
歩いて30分もかからないからと
返事をしました。
ローラは、
自分よりは確実に有利だ。
自分は行き来するだけで
2時間以上かかってしまう。
馬車を使う度に
申し訳ないと思っていると
言いました。
ダルトン氏は、
ホワイトフィールドホールが
ペンドルトン嬢の家だったら、
今よりも、ずっと容易に、
友情を育むことができただろう。
ペンドルトン嬢にとっては
残念なことだと言いました。
ローラは
「そうですね」と返事をしました。
その後、ダルトン氏は、
頻繁に牧師館の晩餐会に出席しました。
彼は、ローラと晩餐会で会う度に
長くて険しい道を通って
ここまで来るのは、
どれほど大変だったことかと
彼女を気遣い、
もっと近い所に住めば、どれほど簡単に
ここまで来ることができるだろうかと
話しました。
ローラは、
彼が心配してくれるのが有難かったので
毎回、そんなに険しい道ではなかったと
返事をしました。
しかし、彼はいつも、
友達は近くにいるほど良い。
歩いて会える所に
友達がいるということは
人生で味わえる幸せの一つだから。
ペンドルトン嬢が
ホワイトフィールドホールに
住んでいれば、
この程度の距離は
歩いてでも来られたはずだと
付け加えました。
彼に会う度に、
毎回このような話を聞かされると、
ローラは、洗脳されるような
気分になりました。
そして、実際に
洗脳の効果が現れ始めました。
ローラは、ある瞬間から
友情を育んでいくには、
ダンビルパークと
スター夫妻の牧師館、ダルトン氏の
ホワイトフィールドホールとの距離が
とても遠いと思うようになりました。
そんな気がすると、
ローラは少し寂しくなりました。
ホワイトフィールドホールとの距離を
実感する時は、特にそうでした。
彼に会って帰る時、彼女の心には
うら寂しい秋風のような気持ちが
漂っていました。
その感情は、ダンビルパークに到着して
寝床に入るまで、
胸の真ん中に留まっていました。
ロンドンにいた時は、
こうではありませんでした。
友情の空白期に、
彼が恋しいとは思ったけれど、
それは、
一過性の感情に過ぎませんでした。
ところが、ヨークシャーに来てからは
感情が通り過ぎることはなく
留まっていました。
彼という存在が、心の中で
無視し難い存在感を
持つようになっていたのでした。
ホワイトフィールドホールを
取り囲んでいる白樺が
魔法をかけたのだろうか。
確かに、あそこを通る間、
催眠術にかかったような
気分ではあったけれど。
ローラは、
とんでもないことを考えていた自分に
呆れて笑いました。
魔法だなんて。そんな感傷的な想像は
少女時代に卒業しました。
彼女は断固として
感情の蓋を閉めました。
今のところ蓋は、
まだ、よく閉まりました。
ローラの分別は、
いつも感情に勝ちました。
過酷な運命の中で、
ひたすら理性だけを味方にして
生きてきた人生でした。
自分の両親の運命を辿らないために、
彼女は十数年間、血の涙を流し、
自分の胸を、
崩せない鉄壁の城に造り上げました
彼女は、この問題において
自分自身を信じていました。
決して誰にも、
自分の気持ちを悟られまい。
お墓へ行く日までずっと
1人だけの秘密にしておく
自信がありました。
しかし、彼女は
人生とは、いつどこから
意地悪な攻撃が飛んでくるか
分からない戦場であることを、
知りませんでした。
その戦場を切り裂いて
遠くから飛んで来た矢は
神が放ったものなので、
たった一発だけで、
人間が十数年間積み上げて来た
鉄壁の城を崩すのでした。
人生に往々にして訪れる没落。
まもなくローラは、その運命のために
理性が感情に飲み込まれる経験をし、
人生には、何一つ
確信できるものなどないのだと
気づくようになるのでした。
その始まりは、
ほんの小さな石碑一つでした。

ある暖かい水曜日の午後、
牧師館の暖かい居間で
リンゴがたっぷり入ったアップルパイを
味わっていたローラは、
「先生、正直に話してください」
という言葉に、フォークを止めて
自分の向かい側を見ました。
スター夫人が、フォークの先で
下唇を突いたまま、
リスのように丸くて黒い目を
輝かせながらローラを見ていました。
ローラは、
「何をですか?」と聞き返しました。
スター夫人は、
ダルトン氏がロンドンで恋に落ちて
慕っている淑女がいるのですよねと
尋ねました。
ローラは驚いて、あまり噛んでいない
アップルパイを飲み込みました。
スター夫人は、
うちの夫はダルトン氏と
本や神学について語り合いながら
よく川辺を散歩する。
ところが、
夏にロンドンへ行ってから
急に結婚の話を、
頻繁にするようになったそうだ。
家に妻がいるというのは
どんな気持ちなのかとか、
父親になるというのは
どんな感じなのかとか、
どうすれば、うちの夫のように
良い夫になれるのかとか。
それから間もなく、
またロンドンへ行ったと話しました。
ローラは、
そうですね、ロンドンでダルトン氏は
真剣に結婚を考えていると
話していたと答えると、
持っていたフォークと取り皿を
テーブルに置きました。
甘いものを食べた直後とは思えないほど
気分が沈んでいました。
ホワイトフィールドを行き来しながら、
ローラの心は、これまで以上に
彼に傾いていました。
しかし、
どんなに彼と近づいたとしても、
彼の隣は別の女性のもの。
彼が自分に親切だからといって
それは、友情から出た好意に
過ぎませんでした。
そうだろうし、
そうでなければなりませんでした。
時々、彼が
自分の何気ない言葉に顔を赤らめ
驚くほど細かな習慣や好みを
よく覚えていて
気遣ってくれたとしても、
それで、密かに彼の心を疑い
時には身の程知らずな希望が
心の中に
芽生えることがあったりしても、
彼の心は他の女性に向いているに
違いありませんでした。
ローラは悲しみを抑えようと、
素早く彼の妻候補が誰なのか
推測し始めました。
すぐに、一人の淑女が
頭の中に浮かびました。
良家の愛らしい淑女。
ドーラ・ランス嬢でした。
彼が直接ランス嬢を愛していると
口にしたことはありませんでしたが
彼は2度目のロンドン訪問で
ランス嬢の後にぴったり付いて回り、
彼女の友人たちに、
近いうち、ランス嬢が
ダルトン夫人になるという確信を
植え付けました。
ダルトン氏のような紳士が、
明確な意図なしに、
そんなことをしたはずがない。
彼の心はランス嬢のものだろう。
友人に、良い夫になる方法を
尋ねたりするなんて、
本当にランス嬢が好きなようだ。
良かったと思いました。
頭ではそれが可能でした。
しかし、彼女の胸には
悲しみが漂っていました。
ローラは、
ミルクポットの中に入った牛乳を、
紅茶の中に注ぎました。
そしてティースプーンで
優しくかき混ぜました。
無駄のない優雅な動きでした。
ティーカップの中の
濁った液体を見下ろす彼女の瞳には
何の感情も浮かんでいませんでした。
社交界で鍛えた演技力は、
生きる環境が変わっても、依然として
彼女の盾になってくれていました。
ローラは、
自分もダルトン氏が、いつまでも
独身でいるとは思っていないと
答えました。
スター夫人は、
何か知っているのかと尋ねました。
ローラは、
はっきり返事ができないことを
許して欲しい。
自分は第三者なので、
色々と慎重にならざるを得ない。
しかし、一つだけ言えるのは、
全てのことが決まった時、
ダルトン氏は、
きっとダンビルパークの人々の次に
スター夫妻に、全てを
報告するであろうということだと
答えました。
質問に対する肯定も同然の答えでした。
スター夫人は、
持っていたフォークを下ろして
手を叩きました。
まるで好きな友達とペアになった
12歳の少女のようでした。
「まあ、
ダルトン氏が恋に落ちたなんて!」
ローラは、はしゃぐスター夫人を見て
不安になりました。
彼女は愛らしい女性でしたが、
慎重さとは、かけ離れていました。
そして、あまりにも社交的でした。
噂の火種になるのに
うってつけの人物でした。
ローラは、
ダルトン氏に本当に相応しい人が
現れたとしても、実を結ぶ保証はない。
愛とは、目的地に辿り着く前に
座礁しやすい
古い渡し船のようなものだからと
忠告しました。
しかし、スター夫人は手を振ると
近所のあちこちに、
他人の縁談について触れ回って
まとまりかけた話に
水を差すような真似はしないので
心配しないで欲しい。
それでも自分は本当に嬉しい。
自分たち夫婦の幸せは、
全てダルトン氏のおかげだけれど
今や、この幸せをダルトン氏も
享受できるようになったのだからと
言いました。
ローラは、
彼女の気持ちを理解しました。
後ろ盾のない神学生だったスター牧師が
若くして適当な教区で
聖職録を得ることができたのは、
ダルトン氏が
彼を推薦したからでした。
ダルトン氏がいなかったら、
2人が夫婦になる日は
ずっと後回しになっていたはずでした。
顔が桃のように赤くなった
スター夫人は、
両手をギュッと握り合わせながら
教会のダルトン家の家族席が
彼らの家族で
いっぱいになるかと思うと、
とても嬉しい。
結婚式は、
どれほど素晴らしいものになることか。
ダルトン氏のように
気難しい紳士を虜にした淑女は
どんな人なのか。
自分に少しだけ、ほんの少しだけ
ヒントをくれないかと頼みました。
慎重さの化身のようなローラは、
ただ一度にっこり笑って、
紅茶だけをすすりました。
彼女は、これ以上、
一言も話さないつもりでした。
話せば話すほど
自分の胸だけが痛むだろうし、
何より、もし結婚が破談になれば、
彼の評判に傷がつくのではないかと
心配になりました。
ローラの気持ちを知るはずがない
スター夫人は、
欲しい情報を得るために、
やたらと愛嬌を振りまいて、
おべっかを使い始めました。
彼女は愛嬌たっぷりの
レトリバーの子犬のような
性格の持ち主でしたが、
愛嬌を受け入れてくれる人の前では
その天性を遺憾なく発揮しました。
ローラは、スター夫人が可愛くて
笑ってしまいました。
スター夫人は、
同性さえも武装解除させる
可愛らしさの化身でした。
そのように、
スター夫人の愛嬌ショーが
しばらく続いた後、応接室のドアを
誰かがノックしました。
スター夫人が返事をするとドアが開き、
太ったメイドが
よろめきながら入って来て、
ホワイトフィールドのダルトン氏が
訪ねて来たと伝えました。
ローラの体が震えました。
彼女は、これ以上、
整えられない自分の服と髪形を
いじりました。

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ホワイトフィールドホールが
ペンドルトン嬢の家だったら・・・
ペンドルトン嬢が
ホワイトフィールドホールに
住んでいれば・・・
これって、遠回しにローラに
プロポーズをしているように
思えるのは、私だけでしょうか?
そして、ダルトン氏は
ローラと話している時に
顔を赤らめたり、
些細なことも覚えているのでしょう?
今まで、ローラは仲人として
カップルを成立させて来たのに
なぜ、ダルトン氏の気持ちに
気づかないのでしょうか?
彼がランス嬢のことを好きだと
思い込んでいるせいなのでしょうか。
ダルトン氏はローラのことが
好きなのに、
片思いだと思って苦しんでいる
ローラにやきもきします。