599話 バニルは、他の側室たちにも髭を付けたらどうかと提案しました。
◇アクシアンの名案◇
その言葉にクラインが
いい考えだ!
と叫ぼうとした瞬間、アクシアンは、
バニルの頭はおかしいのではないかと
言いたげな口調で、
どうやって、そうするつもりなのか。
側室たちに近づいて
顎に付けるつもりなのか。
彼らは、
じっとしている者たちではないと
思うと反論すると、バニルは膨れっ面で
ワインを注ぐふりをしながら、
育毛剤を化粧水に混ぜればいい。
そうすれば顔に塗るからと答えました。
クラインは再び
いい考えだ!
と叫ぼうとしましたが、
アクシアンは、
皇子にもらった化粧水を
疑うことなく使うのは
大神官と人魚の王様だけだ。
けれども、人魚の王様は
水の中で暮らしているので
化粧水を塗らないだろうし、
大神官は、塗ろうとしても
気の利く聖騎士団長が
阻止するだろうと反論しました。
その言葉にバニルが戸惑っていると、
続けてアクシアンは、
髭がたくさん生えて来たら、剃るか、
きれいに整えながら伸ばしてもいい。
皇子のように犬の毛を
顎に付けるのは問題だけれど、
格好よく伸ばせば、
何の問題もないと言い返すと、
クラインは、
羊毛だってば!
と大声で叫びましたが、
アクシアンは瞬きもしませんでした。
バニルはしょんぼりして
口をつぐみました。
髭をもじゃもじゃに生やした
側室たちの間で、
一人だけ、すべすべした顎でいれば
皇帝の目に留まると思いましたが、
アクシアンの言葉を聞いて、バニルは
自分があまりにも虚しい夢を見たと
思いました。
クラインは、バニルと一緒に
馬鹿にされたくなかったので
沈黙しました。
アクシアンは舌打ちをして、
その2人を見つめながら、
暗闘するなら、
完全に正統性のある方向に
進まなければならないと言いました。
クラインが、「正統性って?」と
聞き返すと、アクシアンは、
方法は色々ある。
しかし、ない罪を作り出す暗闘は
後遺症が大きい。
特にタッシールのように
頭脳明晰な側室がいるので、
誤ったことをして逆風が吹けば
大変だと説明ました。
クラインは、
それではどうすればいいのかと
尋ねました。
アクシアンは、
一番いいのは、
誰かがミスをするのを待ってから
叩くことだと答えました。
クラインは眉をひそめました。
バニルも、
それでは誰かがミスをするまで
待たなければならないと抗議すると、
アクシアンは、
そうすべきだと
断固として言いました。
その後、アクシアンは、
近衛騎士団の副団長である自分が、
こんなところで何をしているのかと
呆然としましたが、
それはほんの一瞬で、
アクシアンは素早く正気に戻ると、
皇子は、他の側室がミスをするのを
待っている間、タリウム国民の間で
認知度を高めなければならないと
言いました。
クラインが「認知度?」と
聞き返すと、アクシアンは、
今回の側室ランキングで、
人気ランキングでは皇子は最下位、
皇配候補ランキングでは6位だと
答えました、
クラインはショックを受けました。
しかし、アクシアンは、
皇子に何かが足りないからではなく、
皇子が外国の皇子のせいだ。
だから認知度を
高めなければならないと主張しました。
クラインは、
どうすればいいのかと尋ねると、
アクシアンは、
側室ランキングが掲載されている雑誌に
とても上手に描かれた
皇子の肖像画を持って行き、
今後、皇子の絵は
それを使ってもらえばいいと
答えました。
バニルは、
一体、アクシアンは、
そのようなことを
どこで聞いて来たのかと思い、
彼を怪訝そうな目で見つめました。
しかし、クラインは口を開けて
アクシアンの言葉に耳を傾けました。
彼の言うことが、
実際に効果があるかどうかは
わかりませんでしたが、
あのように、堂々と先陣を切ってくれて
頼もしいと思いました。
クラインは、
「そうしなくては」と返事をすると、
アクシアンは、
とても腕のいい画家を
呼ぶ必要があると言いました。
クラインは、カリセンに、
肖像画を美しく描いてくれる
画家がいると言いましたが、
アクシアンは、
タリウムの画家に描いてもらうよう
助言しました。
続けてアクシアンはクラインに
父親になるように。
一番の急務はそれだ。
皇帝は、まだ皇配を決めていないけれど
第一子の父親になれば、
有力な皇配候補になると話しました。
クラインはその言葉に素早く頷き、
その通りだ、いい意見だと
返事をしました。
◇森の妖精◇
クラインは、
実用的で楽な服を諦め、
最も美しく着飾った後、
その姿を肖像画に収めました。
艶のある肌には、
宝石を挽いたものを薄く塗り、
関節にはハイライトを軽く塗って、
肌がより滑らかに
見えるようにしました。
神秘的な銀髪も丁寧に洗って乾かし、
顔には軽く化粧をすることで、
元々はっきりとしていた目鼻立ちに
さらに陰影をつけました。
上半身に、様々な宝石を散りばめた
装飾品を身に着け、
丸くてふかふかの肘掛け椅子に座ると、
クラインの姿は、森で過ごす
大きな妖精のように見えました。
画家はクラインを描きながら
何十回となく感嘆し、全力を尽くして
後世に残る力作を作り出した。
そしてその高価な肖像画は、
側室ランキングで最も有名な
ゴシップ誌に送られ、使者は、
これからクラインに関する記事を
書く時には、
この肖像画を使って欲しいと
頼みました。
効果はすぐに現れました。
特別号に、
クラインの新しい肖像画が
掲載された後、
翌月に出た特別号で
クラインの順位が一気に
上がったのでした。
クラインは順位が最下位から
2位に上がり、
しかも、あと一歩で1位でした。
翌月には、さらに順位が
上がっているかもしれない結果でした。
クラインが外国人なので、順位争いで
いつも不利な位置にいると思っていた
支持者たちは、満足して、
雑誌社にあらゆる食べ物と花を
プレゼントしました。
バニルも満足して、
ようやく、きちんとした結果が
出ましたね。
誰が見てもクライン皇子様が
外見では一番です。
時間が経つほど、
その価値が輝く人がいますが、
それがクライン様です。
クライン様が皇配になってこそ
カリセンと仲が良くなる。
クライン様を皇配にすべきだ。
正直、皇配に向いているかどうか
分からないけど、
顔がかっこよくて選びました。
人気投票だから。
クライン様の実物を
一度だけ見ることができれば
明日、出勤しなくても
いいと思います。
と、雑誌の購読者のコメントを
読みました。
クラインは嬉しそうに
バニルの報告を聞いて喜びました。
アクシアンは、
最後に変な言葉があると思いましたが、
またバニルに背中を叩かれると思い、
じっとしていました。
そのように、クラインの容姿を
盛んに宣伝している中、
ついに皆が緊張しながら
待っていた日がやって来ました。
◇話し合いの様子◇
シピサが来るという話を
聞いてはいたものの、数日経っても
彼は現れませんでしたが、
意外にも、ラティルは、
議長が派遣する神官が
翌日に来るという情報を
侍従長から、聞きました。
シピサは、いきなり現れるのではなく
議長を通じて
正式に訪ねてくるのでした。
侍従長は、議長から、
公式的に来るわけではないので、
静かに入らせて欲しい、
ここで、しばらく客として
過ごしたいと頼まれたことを
ラティルに伝えました、
侍従長は、その神官が
ラティルの前世の子だということを
知らないので、
ラティルにその話を伝えながらも、
何も考えていないようでした。
ラティルは侍従長の顔色を窺いながら、
なぜ、彼が来るのか、
理由は聞いていないのかと尋ねました。
侍従長は、
人々が住んでいない辺境を中心に、
怪物たちが少しずつ出没しているので、
その件を始め、色々な面で
手伝いをしたいと言っていたと
答えました。
ラティルが頷くと、
侍従長は別の案件に移りました。
ラティルは侍従長の説明を聞きながら
このことを側室たちに知らせろと、
サーナット卿に目で合図をしました。
サーナット卿はすぐに理解し、
ラティルは、再び侍従長の報告に
耳を傾けました。
その後、ラティルが業務を終えて
ハーレムに行ってみると、
側室たちは会議室に集まって
おやつを食べながら
議論をしていました。
ラティルは自分を見て
一斉に立ち上がる側室たちに
座るよう手で合図をすると、
皆で集まって何をしているのかと
尋ねました。
誰かを名指したわけではありませんが、
自然にラナムンが代表となり、
シピサが来た時、自分たちだけで
簡単な歓迎パーティーを
開いてあげたらどうかという意見が出て
話中だったと答えました。
ラティルは、すっきりしない気分で
「歓迎パーティー?」と
聞き返しました。
側室たちに適当に良くしてくれと
頼んだものの、
まさか歓迎パーティーを
準備しようとするなんて、
予想もしていませんでした。
シピサが
気まずい思いをしないだろうかと
ラティルは考えました。
彼女の子とはいえ、前世の子で、
しかも、子供ではなく青年で、
しかも年齢も彼らよりずっと上で、
その子より年上なのは、
この場に出席していない
ギルゴールだけでした。
果たしてその子が、
自分より数十倍年下の人たちが
開いてくれる歓迎パーティーを
楽しんでくれるだろうかと
疑問に思いました。
それでも、冷遇されるよりは
歓待される方がいいのではないかと
ラティルは思いました。
しかも、一番パーティーが嫌いそうな
カルレインが賛成しているので、
ラティルは渋々、
頑張って準備するよう言いました。
その後、約30分間、
ラティルは側室たちが、
どのように歓迎パーティーを開くか
議論するのを見守りました。
あまり盛大にパーティーを開くと、
一体、あの人は誰なのかと、
大臣たちに疑われるので、
気をつける必要があるということは
皆の意見が一致しました。
皆、口に気をつけるだろうけれど、
それでも外部に
できるだけこの話が漏れないように
パーティーをハーレム内の
宴会場で開くという意見も
一致しました。
しかし、
どのように会場の飾りつけをするか、
料理、必要な使用人の数などについては
皆、意見がまちまちでした。
ラティルは、
それぞれの意見を調整していく過程と、
そこで声を出す人と出さない人、
意見を押し付ける人と仲裁する人などを
慎重に見守りました。
◇侍従長の驚き◇
翌日、静かに訪問したいという
希望通り、シピサは、
国務会議室や謁見室を通らずに
静かにラティルの執務室を
訪ねて来ました.
シピサは以前のように
マントのフードで顔を隠して
入って来ましたが
ラティルは、彼がフードの下で
緊張した表情をしていることが
分かりました。
ラティルは
「よく来てくれた」と言って
立ち上がると、シピサに近づき、
彼の手をギュッと握りました。
ラティルとシピサの関係を
知らない侍従長は、戸惑った表情で
その光景を見つめましたが、
ラティルはシピサの手を
しばらく握り続けていました。
実際、ラティルはシピサに対して
親としての愛情があるわけでは
ありませんでした。
この青年と話をした回数さえ
指で数えられるほど少なく、
彼の記憶もほとんどない彼女が
彼に愛情を抱くのは大変でした。
それでもラティルは、
一時、自分の子供だったという
シピサに、妙な好感を抱いていました。
最初、シピサに
宮殿に来るよう提案したのは、
議長を意識したためでしたが、
議長が去った今も、
ラティルはシピサが宮殿で
静かで安らかな時間を過ごすことを
望みました。
シピサは、
自分が邪魔になったのではないかと
尋ねましたが、ラティルは
そんなはずがないと答えました。
一方、侍従長は、ラティルたちを
不思議そうに見始めたので、
ラティルは、ようやく青年の手を離し、
彼を部屋に案内するよう
サーナット卿に指示しました。
「シピサに部屋を案内する」
という言葉は、
ラティルとサーナット卿が、
あらかじめ決めていた暗号で、
この暗号を聞いたサーナット卿は、
ハーレムで開く、
サプライズ歓迎パーティーに、
シピサを連れて行くことに
なっていました。
サーナット卿は、
「はい」と返事をして頷くと、
ラティルは、シピサの肩を叩きながら
サーナット卿について行くように。
自分は、今、仕事中なので、
直接、シピサを部屋に
案内することができないけれど、
夕方に訪ねて行くと言いました。
そのラティルの格式ばらない態度に
侍従長は、
目が飛び出しそうになりました。
聖騎士団長の百花には、
それでも、ある程度、
格式ばった態度を取るのに、
議長が自分の代理として、
直接送った神官に、
あまりにも軽々しく
話しているのではないかと
ラティルを問い詰めたいほどでした。
しかし、張本人のシピサは、
むしろフードの下で、
微かに微笑んで出て行きました
◇サプライズパーティー◇
シピサの表情から笑みが消えたのは
皇帝の執務室の外に出て、
サーナット卿と一緒に
歩いている時でした。
シピサの表情を見ながら
歩いていたサーナット卿は、
彼から笑みが消えると、
ひょっとして彼も
二重人格なのではないかと思い、
不安になりました。
しかし、サーナット卿は
シピサが唇を噛んでいるのを見て
緊張しているのだと思い、
安心しました。
サーナット卿は、
シピサの緊張した姿が気に入りました。
常に笑っている、タッシールや
ギルゴールや、
議長のような者たちより、
適度に緊張しているこの青年の方が
人間的だと思いました。
サーナット卿は、
青年をハーレムへ連れて行きながら、
最初に決めたのとは違い、
親しい兄のような言葉を
簡単にかけませんでした。
そして、2人は
ほとんど会話をしないまま、
側室たちが
サプライズパーティーを準備した
宴会場の前に到着しました。
扉の横には「準備完了」を示す、
小さな緑色の丸も描かれていました。
サーナット卿は安堵して
扉の取っ手をつかむと、
シピサを振り返りました。
幸い、まだシピサは
サーナット卿が、
自分をどこに連れてきたのか
全く分かっていない様子でした。
もう到着したのかと尋ねるシピサに
サーナット卿は
「はい、どうぞ」と言って
一気に扉を開けました。
シピサは何も考えずに
中に入りましたが、驚きのあまり
そのまま固まってしまいました。
天井は照明がいっぱいで、
金と銀のリボンが付いた風船が
天井まで上がっていました。
七つのテーブルには、
様々なデザートがたくさん並べられ
そのテーブルの前には
側室が一人ずつ立っていました。
結局、ギルゴールは来なかったのかと
サーナット卿が思っている間に、
側室たちは青年を歓待するように
軽く拍手をしました。
侍従たちが一緒だったら、拍手の音が、
もっと大きくなるところでしたが、
ここにいる侍従はヘイレンと
デーモンだけでした。
サーナット卿は、
拍手する人たちを、
ぼんやりと見つめるシピサに、
とんでもない所へ連れて来て
申し訳ないと謝罪した後、
皆が歓迎の挨拶を
したがっていると言って、
自分の担当である
紙笛を取り出して吹きました。
これらすべての準備は
確実に効果がありました。
呆然としていたシピサは、
サーナット卿が紙笛を吹いた時から
緊張が解けたのか、
フードの下から見える唇を
大きく広げて笑いました。
雰囲気はあっという間に盛り上がり、
側室たちは、
歓迎パーティーの準備をして
良かったと思いました。
しかし、シピサが、
歓迎してくれたことにお礼を言いながら
フードを脱いだ瞬間、
笑っていた側室たちの顔から
同時に笑いが消えました。
サーナット卿も微笑んでいましたが、
シピサの顔を見て
固まってしまいました。
あの顔!
近衛騎士団の副団長である
アクシアンは、本来なら、
ヒュアツィンテのそばで
彼を守る役目を
果たしているところなのに、
何の因果で側室たちの暗闘の
手助けをしているのかと、
ふと疑問に思ったのでしょうね。
それでも、その考えを払拭し、
クラインを助けようとするのは
主君であるヒュアツィンテに
クラインのことを頼まれたからなのだと
思います。
クラインに余計なことを言うせいで、
バニルに怒られてばかりいますが
アクシアンは忠誠心が強い
立派な騎士だと思います。
サーナット卿の吹いた紙笛って
もしかして、吹き戻し笛?
サーナット卿が、
ピーと音を出しながら、
笛を吹く姿を部下たちが見たら
どう思うのか、
とても気になりました。